ただ、一緒に。








貴方の側にいられたなら。















最後の夏に見上げた空は

















「何やってんだお前は。」

「何って・・・あいたっ。」





昼休み、既に屋上にいた亮先輩の第一声。
その声とともに額まで叩かれた。ペシッと悔しいくらいに良い音が響いた。





「いっ・・・いきなり何するんですか!先輩!」

「問題起こすなってあれほど言ってんだろーが。」

「へ?」

「食堂。」

「・・・あ、ああー。」

「ああー。じゃねえっつの!何でお前は俺のいないところでばっか問題起こしてんだよ!」

「そ、それは私にもさっぱり・・・!!」





叩かれた額をさすりながら、困ったように答える私を見て
亮先輩がため息をつく。

今朝の食堂でのことをもう知ってたんだ。
さすがというか・・・先輩は情報を集めるのが早いなぁ。
まああれだけ大勢がいる場所でしたことだから、当然と言えば当然なんだけど。





「それで?何もされなかっただろうな。」

「あ、はい。一人じゃなかったですし、ちょっと言い合っただけで・・・。
それに・・・からんできた彼の気持ちもわかってましたから。」

「・・・。」

「大丈夫です。本当に。
また先輩に心配かけて・・・ごめんなさい!」





先輩に嘘はつかない、と言うように先輩の目をまっすぐに見た。
先輩もまた私の目をまっすぐに見つめ返す。
少しの沈黙の後、先輩の鋭い視線が元に戻った。どうやら先輩にちゃんと通じたようだ。





「全くだ。次になんか問題起こしやがったら、マジでけり倒すぞ。」

「わわっ。はい!肝に銘じておきます!!」

「お前っていつも返事だけはいいよな。」

「なっ・・・返事だけじゃないですよっ。ちゃんと行動も伴って・・・。」

「・・・。」

「・・・いないときもありますね。ははっ。」





・・・先輩の言葉が否定できない。
私は先輩に何度も心配をかけて、苦労させてしまっているんだよなぁ。
自分がちょっと情けない。

でも、それでも先輩は私の側にいてくれる。
何回心配かけたかしれない。何回苦労させたかしれないのに。





「明日から・・・。」

「はい?」

「明日から、お前らは授業なくなるんだろ。どうする?お前は何がしたい?」





先輩が真剣な表情で尋ねる。
そう。最後の日は明日から3日後。
最後の3日間は授業もなく、私たちの好きに過ごせる。中途半端な政府の配慮。
好きに過ごせるとは言っても授業がなくなるだけで、今までの制限が変わることはないのだけれど。





「先輩の授業は・・・?」

「あ?知るかそんなもん。大体世間じゃ夏休み中なんだし、問題なんてひとつもねえだろ。」

「私の好きなことでいいですか?」

「ああ。どっか行きてえなら行くし。・・・サッカー部でも見たいってんなら・・・まあそれでもいい。好きに言え。」

「・・・先輩がそう素直に優しいと調子狂いますね。嬉しいですけど。」

「ああ?!変なこと言ってねえで、とっとと言え!」





最後の3日間。貴方といられる最後の時間。
貴方が望みを叶えてくれるのなら、答えはもう決まっていた。





「先輩と一緒にいられれば、それでいいです。」





時間はいつでも。場所はどこでだって。
貴方といることが、自分の一番の幸せだと私は知っている。





「・・・それじゃいつもと変わんねえだろ。」

「いいんです。いつも通りで。」





少しだけ驚いた表情をした亮先輩を見つめてニコリと笑う。
特別なことなんてなくても、貴方が側にいればそれでいい。
ただ、一緒にいたい。それだけで。





「・・・は・・・。何だそれ。お手軽な奴。」

「難しい奴よりもいいでしょ?」





笑いながら答える私を見て、先輩も笑った。
お互いの気持ちの中には『別れ』という言葉が浮かんでいただろう。
それでも、その言葉は最後まで口に出したくなかった。
最後まで、いつも通りに・・・貴方の側にいたかった。























今日の放課後は、亮先輩とサッカー部に行ってみた。
相変わらず先輩は仏頂面だったけれど、本気で嫌がってる風には見えない。
本当に先輩ってば素直じゃないんだよね。

そこには結人と一馬と、英士もいた。
数日経って、英士の怪我も少しはよくなったようだ。

私たちに気づいた結人や藤代くんが大きく手を振った。
亮先輩になついている藤代くんが亮先輩を引きこもうとして、それに必死で抵抗している先輩が可愛く見えてしまった。
やっぱりこの二人って、相性いいんじゃないかな。なんて、じゃれあう二人を見てそんなことを思っていた。

やがて練習の時間も終わり、私たちは後片付けを手伝ってからそれぞれの寮へと向かった。











部屋に戻り、私は自分の机に座って引き出しを開けた。
あまり物が入っていないそこには、数枚の紙が輪ゴムで止められて束になってしまってある。





「・・・・・。」





私は無言でそれを見つめる。
少し迷ってから、意を決して。それを静かにゴミ箱の中に放り込んだ。
この簡単な作業をするまでに、何度迷ったかしれない。
けれど・・・やはりこれは私の胸だけに留めておこう。それだけでいい。



沈んだ気持ちを抑えて、制服から部屋着に着替えようとクローゼットを開ける。
服を取り出してふと気づくと、窓際のカーテンが開いている。
カーテンを閉めようと窓際に近づくと、まだ外に人影が残っていることに気づいた。

薄暗くなったグラウンドで、見えるシルエットはスカートのようだ。
目をこらすと、まだ少しだけ残る明かりでそこにいるのがみゆきちゃんだと言うことがわかった。

彼女は家から通っているはず。
いつもは親が迎えに来ているようだったけれど、迎えが遅くなっているのだろうか。
まだ門限までは少しだけ時間がある。グラウンドまで行って聞いてみようか。

そう思った瞬間、彼女の近くに数人の影。
影にまぎれて、誰かはわからない。わからないが・・・。





「・・・!!」





その影が、みゆきちゃんを襲った。
倒れこむみゆきちゃんを、もう一つの黒い影が支える。





「みゆきちゃん・・・!!」





思わず叫んでしまった。
ここからは少し距離のあるグラウンド。
かすかだが私の声が聞こえたようだ。影たちが慌しく動こうとしていた。

しまった・・・!!このままじゃみゆきちゃんが連れていかれてしまう・・・!!





「全くだ。次になんか問題起こしやがったら、マジでけり倒すぞ。」





脳裏に浮かんだのは先輩の言葉。
でも、でも先輩。このままじゃみゆきちゃんが連れていかれてしまう。





「誰か・・・先生でもいい!グラウンドに呼んで!!」





誰かを呼びにいく暇なんてない。
今の私の叫び声に、部屋に近い子は少なからず気づいたはずだ。
この異変に気づいて、誰かを呼んできてくれる。

ならば少しでも時間を稼がなければ。
私は裸足のまま、窓から外へ飛び出した。





あの場所まで少し距離がある。
けれどなんとか追いつかなければ。全速力でグラウンドを駆け抜ける。

黒い影たちは、みゆきちゃんを背負っている。そして、極端に足の遅い人物が混ざっているようだ。
私と影たちの距離は徐々に縮まり、影の正体もはっきりと見えてきた。
人数は、3人。背が高くがっしりとした二人と、小さく、小太りした体型の・・・。





「!!」





影の正体がはっきりと見えた。
まさか。まさか。










「待ちなさい!!」











「待ちなさいよ!!・・・―尾花沢!!」










名前を呼ばれたことに驚いたのか、影たちの動きが止まった。
足を止めて、私の方へ振り向く。





「これはこれは・・・くんじゃないか。」

「何で・・・何でアンタがここに・・・!!」

「あれくらいであの高尚な研究を・・・私が諦めるとでも思ったかね?」





あの事件で尾花沢が警察に捕まっていないことは知っていた。
けれど、まさか。まさかまたこの人に会うことになるなんて。





「実を言うとね。一番連れていきたかったのは君なのだよ。
そんな我侭を言っていられる状態ではなかったから諦めざるを得なかったが・・・。」

「!!」

「まさかこんなに都合よく、君が現れるとは思わなかった。
やはり神はまだ私を見捨ててはいないようだな。」









忘れることのできない、冷たい笑みで笑う。










「さあ、最後の実験だ。我々の力でこの世界を変えてやろうではないか・・・!!」









尾花沢の冷たい笑みに、私の体は震えていた。
一歩一歩近づいてくるその恐怖に、動くことすらできずに。










浮かんでいたのは、一緒にいたいと願ったあの人の










呆れながらそれでも優しく笑う、亮先輩の笑顔だった。














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