例えばどんなに多くの人たちが







私たちを忘れてしまったとしても。














最後の夏に見上げた空は
















!おはよ!」

「有希。おはよう。」





朝の食堂。
たくさんの生徒が集まって、ガヤガヤと騒がしい中で
聞きなれた友達の声が聞こえた。
お互い朝の挨拶をかわし、そのまま目の前にあったテーブルに朝食を置き、椅子に座る。

お箸を持って朝食に手をつけようとした有希が、視線を下に向けて動きを止める。
その視線の先は明らかに私の手。
有希の視線にあるものが何かわかり、何だか気恥ずかしくなる。





「・・・これ、三上先輩?昨日もつけてた?」

「え・・・?えっと・・・うん。」

「昨日は全然話せなかったから気づかなかった!
ていうか本当に?!あの人こんなことする人だったんだー!キャー!!」

「有希・・・声が大きいから!」





昨日の日曜日はサッカーの練習をしていた有希と少しだけ話したのだが、お互いタイミングが合わず
ほとんど話すこともなかった。有希は今初めて、私の指に光るものに気づいたようだ。

異様なテンションを見せる有希に、周りの生徒の訝しげな視線が集中する。
それでも興奮冷めやらぬ様子の有希は、私の指にあるその指輪をまじまじと見つめていた。





「三上先輩って意外と気が利く人なのね。」

「・・・うん。」

「普段の先輩からは、女の子に指輪を贈るなんて想像できないわ。」

「あはは。私も。」





サッカー部にも幾度となく出入りするようになった亮先輩。
亮先輩のその性格は、サッカー部である有希も理解している。
その先輩が指輪なんて贈り物をしたことに驚いているのだろう。





「よかったわね!
が幸せそうで、私も嬉しい!」

「・・・ありがと。有希。」





有希がその綺麗な顔で微笑む。
本当に嬉しそうに笑って、自分のことのように喜んでくれている。
有希のその気持ちが嬉しくて、私も一緒に笑った。





「おーい。さっきから小島うるさいけど、何の話してんだー?」

「げっ!若菜!!女の子の話に入ってこないでよ!」

「げってなんだよ!!失礼な奴だな!!」

。ここ座ってもいいかな。」

「うん。英士たち今日はちょっと遅かったんだね。」

「結人が寝坊してさ。起こしにいってやったんだよね。ね?一馬?」

「・・・ああ。」





言い合いを続けながら、有希の隣に結人が、
私の隣には英士と一馬が座る。
なぜか疲れた様子の一馬を疑問に思い、問いかけてみる。





「何で一馬、そんなに疲れてるの?」

「え・・・。」





一馬は言い合いを続ける有希と結人の方へ目を向けた。
ていうよりは、結人を見つめている。そして大きくため息をついた。





「結人の寝起きって、すごく怖いんだよね。
今日も一馬がいじめられちゃってね。」

「へえ・・・。そうなんだ。」

「い、いじめられてなんかねえし!」

「結人の第一声、『うるさい!リンゴー!!』だったからね。」

「リ・・・!!」





一馬にあまりにピッタリな台詞だななんて、失礼なことを考えて思わず笑ってしまいそうになった。
けれど真っ赤になって英士の言葉を止めようとする一馬をみて、こらえる。





「べ・・・別に怖いとかそういうんじゃねえからな!」

「そう?俺は怖いな。」

「嘘つけ!何でか結人は英士には攻撃しねえじゃんか!怖くなんてないだろ?!」

「そんなことないよ。俺も結人の一馬に対する暴言には心を痛めてるんだよ?」

「だったら何でいつも俺に任せるんだよ!お前が起こすのが一番早いのに!!」

「ひどいな一馬。俺は結人の寝起きが怖いんだよ?そんな俺に任せるの?」

「べっ・・・別にそういうわけじゃ・・・。」

「一馬は怖くないんでしょ?」

「こっ、怖くねえよ!」

「じゃあ問題ないじゃない。これからも任せるよ一馬。」

「・・・っ・・・くそー!!」

「あはっ・・・あはははっ・・・!」





二人のやりとりに、抑えていた笑いがこらえきれず、声をあげる。
私の笑い声で一馬はさらに真っ赤になり、英士も私と一緒に笑う。

私たちの笑い声に、有希と結人の言い合いが止まり
目の前には真っ赤になった一馬と、笑いあう英士と私の姿。
疑問の表情を浮かべて、私たちを見ていた。





「何?どうしたんだよ??一馬がリンゴだぞ?!」

「そうね。最近見た中じゃ一番のリンゴだわ。」

「リンゴリンゴうるせえ!!俺はリンゴじゃないっつってんだろー!!」





ガシャーーーン!!





一馬の叫び声とともに、食器が散らばったような音が響いた。
けれどそれは一馬がしたことでも、私たちがしたことでもなかった。





「うるせえんだよ・・・!お前ら・・・!!」





記憶にない男の子。他のクラスの子のようだ。
静まり返った食堂で床に散らばせた食器に目もくれず、私たちを睨み付ける。





「何はしゃいでんの?何笑ってんの?今がどんな状態かわかってんのかよ?!」

「コ、コラッ・・・!!お前・・・食器を・・・!!」

「うるせえよ!俺たちにビビッて何もできない奴が!!黙ってろ!!」

「ひっ・・・!!」





食堂にいた先生は彼の言いなりになるかのように、縮こまって黙ってしまった。
何のための先生なんだろうかと、このときばかりは呆れてしまった。





「・・・うるさかったのなら謝るよ。悪かったね。」

「・・・お前、郭だろ?有名だぜ??そっちの女もな。」





英士の言葉を無視して、彼は私と英士を交互に見た。
敵意のある鋭い目で見られ、一瞬体が強張った。





「誘拐されたんだよな?そこで変な薬でも飲んできたんじゃねえの?
それとも実験でもされて、頭おかしくなったか?!」

「なっ・・・お前!!何言ってんだよ!!」

「そうだ!ふざけんなっ・・・!!」

「・・・何が言いたいわけ?」





彼に掴みかかろうとした一馬と結人を手で制して、英士が冷静に目の前の彼を見据える。
全く表情を変えない英士に不満だったようだ。彼は舌打ちをして、言葉を続けた。





「よくこんなときに、ヘラヘラ笑ってられんだなって言ってんだよ。
頭おかしいとしか思えねえ。」

「・・・はっきり言ってくれる?」





蔑んだような目で英士を見ても、英士は全く動じない。
遠まわしに言葉を続ける彼に対して、目をそらすこともない。
そんな英士の態度に、英士の胸倉を掴み彼は叫ぶ。





「俺らはもうすぐ死ぬんだろうが!!それを・・・わかってんのかよ!!」





彼のその言葉は、食堂中に響いた。
誰もが言葉を発することができなかった。
誰もがその言葉の重さを理解していた。



誰もがその言葉を口にしたくなかった。



重たい沈黙が走り、始めに口を開いたのは英士だった。





「わかってるよ。」

「・・・!!」

「わかってる。充分過ぎるほどにね。」





怯むことなく、彼の目をまっすぐと見て。
英士がはっきりと答えた。
そんな英士を見て、何も言えなくなったのは彼の方だった。
掴んでいた胸倉を力なく離した。





「お前さ。何なの?笑ってる俺らが気に入らなかったのかよ。」

「・・・気にいらねえよ!何でこんなときに笑ってられるんだ!耳障りなんだよ!!」

「『こんなとき』だからって何なのよ?『こんなとき』だから笑ってちゃダメなわけ?
暗く沈んで、皆で悲しんで。そうやって過ごせって言ってるの?」

「そ・・・それはっ・・・。」

「・・・からかわれてムカつくこともあるけど・・・俺は最後までこいつらといたい。
あと少しだって、大事な友達と一緒にいたい。笑っていたいって・・・俺は思ってる。」

「・・・。」

「私も、そう思う。今、この場所にいられること。皆と一緒にいられること。大切にしたいよ。」





静かな食堂に響く、私たちの声。
そこにはもう、ざわめきさえも消えていた。





「バカじゃねえのか?!どうせそれも全部無くなるんだよ!!
俺らみたいなお荷物なんて、すぐに誰もが忘れるんだ!!消し去りたい過去として、無くなるんだよ!!」

「・・・あー。まあ、それはありえるかも。」

「結人・・・?」

「俺らこの町を出たことないし、政府の奴らだって、俺らの存在なんてなかったことにしようとすんじゃねえの?
俺らのことなんて話題にもならないで、忘れられるってこともありえるかもな。」

「ホラ見ろ!!お前らだってそう思ってんだろ?!」

「けどさ。」





結人の言葉に勝ち誇ったように、腕を組んで私たちを見つめた彼が
続けられた結人の言葉に、訝しげな視線を向けた。





「それでも・・・いいかなって思う。」

「な、何言ってんだよ結人!」

「俺、今がすっげえ楽しいもん!!」





結人の言葉に、笑顔に、私たちは目を見開いて結人を見た。
私たちにからむ彼さえも、言葉を紡ぐことを忘れ結人を見ていた。





「はっきり言ってさ。死ぬってことに実感なんかねえんだよな。」

「・・・そうね。だって私たち、病気でも何でもないもの。
どこが悪いってことさえわからないのに、実感しろって方がおかしいわ。」

「だろ?だからさ、お前が言ってること・・・死ぬ直前になったら思い返すのかもしれない。」

「・・・。」

「けど、俺は今が楽しいから。大切な親友がいて、仲間がいて。それを見守ってくれる人もいる。
・・・それで、いい気がする。」

「結人・・・。」

「それに少しくらいはいるんじゃないかって思うんだ。俺らのこと、忘れないでいてくれる人たち。」





結人が笑顔で振り向いて、私も結人のその言葉に頷いた。
私たちがいなくなっても、私たちを覚えていてくれる人。
私たちの存在を、消さないでいてくれる人。

きっと、いるから。
どんなに多くの人が私たちのことを忘れても。
私たちが生きていたこと、ここにいたこと。
忘れないでいてくれる人が、いるから。





「・・・まあ、そういうことだから。俺らが耳障りなら、移動しようか?」

「・・・っ・・・。移動したってどうせヘラヘラ笑ってんだろ!勝手にやってろ!!」





彼はそう言うと、私たちの視線から逃れるように食堂から出て行った。
彼の気持ちがわからないわけじゃない。彼のような気持ちを、何度持ったことだろう。

でも、私には大切な人たちがいたから。
支えてくれる人たちがいたから。
側にいてくれる人がいたから。



最後まで、精一杯生きたいと願えるんだ。
















「ああー!」

「わっ。何だよ。どうしたんだよ結人。」

「アイツ!食器散らかしっぱなしで行ったぜ!マナーがなってない!!」

「・・・っ・・・。」

「・・・ははっ・・・」

「何だよお前ら!」

「まさか若菜の口から『マナー』なんて言葉が出てくるとは思わなかったわ。」

「何だそれ!!お前らー!!ああ!まで笑ってるし!!」





静まり返った食堂に、私たちの笑い声が響いて。
徐々に食堂はいつものざわめきのある姿を取り戻していった。



















大切な友達。





大切な仲間。





笑いあえるこの時間が、本当に楽しくて。





迫り来る恐怖や悲しさ、負の感情たちが消えたわけじゃないけれど。





それでも、私も思うから。





今の幸せを、楽しさを、温かさを忘れないでいたい。







いつまでも・・・そう思える自分でいたいな。
















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