ほんの数秒の小さな願い。





貴方は、それすらも。



















最後の夏に見上げた空は




















展望台の中にある小さなレストランで昼食を済ませ、
私たちは施設の中をまわって歩いた。





「先輩先輩。桜町展望台の歴史なんていうのがありますよ?」

「うわ。すっげえつまんなそう。」

「でも、こんな小さな町に展望台があるなんて、興味ありません?」

「・・・。」





我ながら、なんてくだらないことに興味を示したんだか。
けれどそのことは亮先輩も、少し興味を持ったようだ。
壁に貼ってあるパネルと、その説明文を一緒に読んでみた。





「・・・ふむふむ。絶景の夜景が見れたらしいですね。昔は。」

「・・・ライトアップもされてたみたいだぞ。昔は。」

「ていうか、桜町の町おこし的存在だったんですね。」

「完璧にはずしたみたいだけどな。」





遺伝子強化兵が生まれるまでは、普通の小さな町だった。
何で展望台だったのかはわからないけれど、私にとっては残っていて嬉しい施設だったかもしれない。
ちなみに展望台のその後は、政府に引き取られ、政府によって運営されているらしい。





「今も夜景くらいは綺麗なんじゃねえか?どうせなら教師だまして見にでもくるか?」

「とか言って、だます先生って功先生でしょう?ダメですよ!
それに私はさっきみた青空でいいですよ。高いビルとかないし、何も邪魔するものがないって感じで。」

「・・・前から思ってたけど。」

「?何ですか?」

「お前って何でそんなに空が好きなわけ?」





先輩の素朴な疑問に、思わず首をかしげた。
確かに私は空が、特に夏の青空が好きで。
何かがあったときには屋上に行って、必ず空を見上げていた。

いつからだっただろうか。
私が空を見上げるようになったのは。
どうして見上げる青空は、こんなにも私を落ち着かせてくれていたのか。





「・・・いつの間にか、ですかね?」

「俺に聞くな。」

「小学校のときには屋上に行ってなかったし、じゃあ中学校のときに・・・」

「あーもういい。どうせ大した理由じゃねえだろ。そんなんじゃ。」

「ええ。ひどいなぁ。先輩が聞いてきたんじゃないですか。」





めんどいからもういいと、そう言ってまた私の手を引いた。
今更ではあるけど、手をつなぐって行為がなんとも気恥ずかしい。
亮先輩って、何でもさりげなくて大人だよなぁ・・・。





「あ、先輩!お土産買っていきましょうよ!」

「・・・もう何も言わねえ。」

「何ですかそのため息は!」





亮先輩の、今日何度目のため息だっただろうか。
先輩って、結構苦労人体質?
って、今は私が苦労させてるのか・・・。





「先輩もため息ついてないで、買っていったらどうですか?
渋沢キャプテンとか、翼さんとかに。」

「ぜってえ嫌だ。」





無駄かなと思いつつ、聞いてみる。
亮先輩はやっぱり心底嫌そうな表情を浮かべた。

皆のお土産を見ているうちに、ふとあるものが目についた。
それはとても可愛らしく、でも子供が身につけるようなおもちゃみたいなもの。
それを少しだけ見つめて、すぐに視線をはずした。

・・・おもちゃであっても、私が望んでいいものなのか迷ってしまって。




























施設の中をあらかた周って。
充分に満足した私は・・・いや、私たちは展望台を後にした。
そして、その後に亮先輩に連れてきてもらった場所は。





「・・・お前って本当、ムードとかねえのな。」

「初デートの人にそんな高度なこと求めないでください。」

「それにしたって、最後に周る場所が墓とは思わなかったけど?」





桜塚高校に戻る時間を考えれば、今日最後の場所。
近くにお寺があるのみで、周りには何もない。
私たちは今、ポツンとひとつだけあるお墓の前に立っている。





「不破くんに会っておきたくて。」

「・・・。」





お墓の前で手を合わせた。
心の中で、お礼の言葉やいろいろな思いを話す。

不破くんが守ってくれたから、不破くんがいたから、私は今ここにいられるよ。
幸せを願ってくれてありがとう。私は幸せだから、安心してくれていいからね。

感謝の気持ちも、後悔も、これからの恐怖も、幸せな気持ちも。
本当にたくさんの気持ちが溢れ出す。
目の前で合わせた両手に、力がこもった。

閉じた両目を開けて、隣にいた亮先輩を見る。
その光景に、私は少しだけ驚く。

真剣な表情で目をつぶり、何かを祈るような亮先輩の姿。
当たり前の姿なんだけれど、何だか驚いてしまった。





「・・・。」

「・・・?!なっ、何だよお前!もう終わりか?!」

「はい・・・一応。」

「・・・コイツに助けてもらったんだろ。・・・俺だって、感謝くらいしてんだよ。」

「・・・はいっ。」

「何でそんなに嬉しそうにしてんだか。別に深い意味なんかねえからな?」

「あはは。わかってますよ。」





先輩が感謝するだなんて、すごいことだよ?不破くん。
まるで自分のことのように話してくれた亮先輩の言葉が、嬉しくて。顔を綻ばせた。





「済んだなら、そろそろ行くぞ。
まーた風祭辺りがうるせえだろうし。」

「心配してくれてるんですよ。功先生は。」

「おせっかいって言葉も知ってほしいけどな。」

「先輩。そんなことばっかり言ってるから、仲悪くなる人ができちゃうんですよ?」

「べっつにー。どうでもいい奴に嫌われようがどうでもいいし。」

「・・・本当は優しいのに。」

「なんか言ったか?」

「・・・いーえ。何にも言ってないですよー。」





軽くお墓の掃除をして、花を添えて。
不破くんのお墓を後にした。

ここにはバスを使って来たため、最寄のバス停でバスを待つ。
備え付けてあった椅子に座り、私は無意識のうちに空を見上げていた。
優しい風が吹いて、心地がいい。

ふと、先輩の疑問を思い出す。私が空を好きな理由。
何度も助けられてきた青空と、優しい風。





「・・・あ・・・。」





一番初めに、屋上へ言った日。
思い出した。





「どうした?」

「思い出しました。私が空を好きな理由。」

「・・・ああ?」

「今日、自分で聞いたんじゃないですか。もう忘れちゃんたんですか?」

「あー・・・。それで?」





自分から聞いてきたのに、何だか興味なさげだなぁ。
気まぐれな人なんだから。





「・・・聞きたいですか?」

「・・・聞いてやってもいい。」

「そんな風に言うなら秘密です。」

「・・・。」





無言で頭を押さえつけられる。
やっぱり俺様だ!聞きたいなら聞きたいって言えばいいのにー!





「両親に・・・本当のことを告げられた時期、そのとき初めて屋上に行ったんです。」

「・・・本当のことって・・・。」

「私が両親と血のつながりがなかったこと、ですね。」

「・・・。」

「私、それを聞いたとき・・・子供ながらに反抗して。
私なんていらないんじゃないかって、そう・・・思ったんです。」





そのときの自分を思い返す。
まだ中学生の自分。今だってそんなに成長できているわけじゃないけれど、大分浅はかだったように思う。





「先輩も知ってるように、私、友達って呼べる人がいなくて。
誰にも相談できなかった。一人でぐるぐる考えてて、お父さんもお母さんも憎んでしまったり。」

「・・・。」

「もう授業を受ける気も起きなくて、行ったことはなかったけど、屋上に行ってみたんです。
鍵はかかってましたけど、意外と簡単に開いてしまって。」

「・・・お前、犯罪的にうまいからな。鍵開け。」

「あはは。まあ犯罪に使わなければいいのです!
それで、そのとき初めて・・・屋上に行ったんです。扉を開けて、初めての光景を見ました。」





見渡す限りの青。空いっぱいに広がったその光景を、私は飽きることなく眺めていた。
というよりは、目をそらせなかった。

大きな空を見上げて、空いっぱいの青を見つめて。優しい風を受けて。





「気持ちが、落ち着いていくのがわかりました。自分の小さな考えも。
両親の気持ちを、もっとちゃんと考えてみようって思えました。」

「・・・単純だな。」

「単純でいいんですよ。それでも私は、助けられたんですから。」

「・・・ふーん。」

「今までの両親の気持ちは嘘なんかじゃないって、よく考えればわかることだったのに。
それに気づかせてくれたのが、あの・・・青空だったんです。」





話をしながら、遠く離れた両親を思う。
会うことはないけれど、心から幸せを願っている人たち。





「それからですね。屋上が好きになって、何かある度に空を見上げるようになったのは。」

「・・・そりゃいい話だな。けど、そんないい話をお前は忘れていたと。」

「ちっ・・・違っ・・・!いつから屋上行ってたかなーって思い出すのに時間かかっちゃっただけですよ!
私がそれだけ屋上に行ってるってことじゃないですか!」

「言い訳すんなっての。ま、暇つぶしにはなったし。」

「暇つぶしって・・・!ひどいですよ亮先輩っ。」





そんな言い合いをしていると、丁度よくバスがやってきた。
文句を続ける私をかわして、先輩が先にバスに乗り込む。
うるさいと置いていくぞ、と言われ、後について私もバスに乗り込んだ。

バスの社内には運転手以外、誰もいなかった。
桜町は本当に人が外を出歩かない町なんだなぁと、今更ながらに思う。





「・・・。」

「はい?」

「今更なこと、言うけど。」

「?何ですか?」

「俺の親父・・・政府の人間だって言ったよな。」

「はい。聞いたことあります。」





亮先輩が神妙な顔つきで、数秒だけ黙る。
けれどすぐにこちらを向いて、言葉を続けた。





「・・・親父は・・・遺伝子強化兵計画の最高責任者だ。
この計画を実行したのは・・・俺の親父だ。」

「!」





ガタンッとバスが揺れる。
亮先輩の言葉に、ただただ驚いた。
こんな身近なところに、好きな人の父親が、この計画を実行した人・・・。





「・・・そうなんですか。驚きました。」

「・・・それだけ?」

「え?他に何があるんですか?」

「俺の親父だぞ?」

「それは驚きましたけど・・・。それ以外は・・・。」

「俺を見る目が変わんねえのかよ。」

「どうしてですか?亮先輩は亮先輩でしょう?何も変わったりしません。」





迷うことなく、言葉にする。
だって私を助けてくれたのは亮先輩。
私をこんなにも幸せな気持ちにしてくれるのは亮先輩。
どうして今更、貴方を見る目が変わるというのだろうか。





「本当、お前って単純・・・。」

「ええ?」





亮先輩はそういうと、隣に座る私の肩を抱き寄せる。
私もそのまま、先輩に体を預けた。





「・・・あれ?もしかして・・・英士のことで政府に掛け合ってくれたのって・・・。」

「・・・俺じゃねえ。」

「・・・そういうことにしておきます。」





先輩が答えるまでの微妙な間。
それは肯定しているようなものだよ。先輩。
不満そうな顔をしながらも、先輩はそれ以上何も言わなかった。





「・・・手、出せ。」

「え?」





言葉を返す間もなく、膝の上にあった左手を掴まれる。
先輩の突然の行動に、何事かと思いつつ
目の前に出された小さく光るものをみて、言葉を失った。





「・・・これって・・・。」

「物欲しそうな顔するくらいなら、言えっての。」





それは展望台のお土産屋にあったもの。
とても可愛らしくて、でも子供が身につけるようなもの。



青いガラス玉のついた指輪。



おもちゃみたいな指輪だったけれど、私の好きな青がとても綺麗で。
ほんの数秒。それを見つめていた。けれど、すぐに視線をはずして。

それを自分で買うことも、亮先輩に望むことも
すぐに選択肢から消えた。

もうすぐいなくなってしまう自分。
この指輪が、自分の、亮先輩の重荷になることを恐れた。





「・・・どうして・・・。」

「だからお前が物欲しそうな顔してたからだって。」

「だって私、ほとんど見てないですよ?どうして・・・わかったんですか?」

「お前の単純な行動なんて、いつだってわかるっての。」

「なっ・・・何ですかそれ・・・。」






混乱している私をよそに、亮先輩は余裕の笑みを浮かべている。
まるで私の考えなど、お見通しだったかのように。
笑んだまま、私の手を持ち上げる。





「・・・ちょ、ちょっと待ってくださいっ・・・。」

「あ?」

「あの、これ・・・指輪ですよ?!」

「だから?」

「だって・・・その・・・。」





指輪に特別な意味を感じてしまうのは、私だけなのだろうか。
亮先輩は私の慌てぶりなど我関せずというように、飄々としていた。

そしてそのまま、指輪は私の指にはめられる。
フリーサイズの指輪は、丁度よく私の指におさまる。





「せ・・・先輩っ!」

「さっきから何なんだよ。お前すっげえ挙動不審。」

「だ・・・だって、あの、薬指ですよ?左手の・・・。」





私よりも恋愛経験豊富で、大人な先輩が
その指の意味を知らないはずがない。
私はさっき以上に焦って、先輩を見た。





「ああ。だから?」





それでも先輩は表情を崩さない。慌てることもない。





「・・・先輩って、実は世間知らずですか?」

「お前バカだろ。」





あまりの落ち着きぶりに、おそるおそる質問を投げかける。
するとすかさず、手痛い返事が返ってきた。

やっぱり・・・知らないわけがないよね。
知っていて、私の指にはめてくれた。



貴方といられる時間は、もうわずかなのに。
私はもうすぐ、貴方の前からいなくなるのに。
それでも、迷うことなく。










ほんの数秒の願いさえも、見落とさずに。










「・・・ありがとうございます。すごく、すごく嬉しいです。」

「・・・。」





先輩は無言でまた、私を抱き寄せる。
それは優しくて、温かくて。けれど、切なくて。
自分の視界がぼやけて、先輩からは自分の表情が見えないように
体を預けたままに、少しだけ顔を背けた。










浮かんだ涙は、嬉しかったから?



それとも、貴方と離れる悲しみだったのだろうか?



たくさんの感情が入り混じって、それすらもわからずに。






けれど、ただひとつわかっていたこと。





この時の私はきっと。













誰よりも、幸せだった。

















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