幸せなこの時間。






いつまでも続けばと、何度思っただろう。







何度、願っただろう。















最後の夏に見上げた空は


















。とっとと行くぞ。」

「ちょ・・・ちょっと待ってくださいよー。」





土曜日の朝、亮先輩が2年の寮へと私を迎えにきた。
ちょうど一緒にいた有希に「気合入れていきなさいよ!」と背中を押され、寮の外へと出た。
・・・デートって気合入れるものだったっけ?

寮から出てきた私を見てから、亮先輩は逆方向に振り向いて歩き出す。
私もそれを見て慌てて先輩を追った。





「先輩っ。何でそんなに歩くの早いんですか?!」

「・・・ガキどもがうるせえからだよ。」

「え?」





先輩の言葉に疑問を感じ、再度寮の方を振り向く。
すると玄関まで見送りをしたくれた有希の他に、何人かのクラスメイトが窓から私たちを見つめていた。





ー!悔しいけど楽しんでこいよー!」

「あ、ありがとー!」

「いちいち返事返すなお前も!」

「先輩・・・なんか機嫌悪いですか?」

「何でたかが出かけるだけで、こんなに注目されてんだよ。マジでうぜえ!」





先輩の顔が少し赤い。これは・・・照れてるのかな。
どんどん進んでいく先輩を追いかけつつも、先輩には気づかれないように
見送る友達に小さく手を振って返した。




























「・・・で?どこ行きたいか決まったのか?」

「いろいろ考えたんですけど・・・。桜町展望台に行きたいです!」

「・・・展望台?よく知ってたなそんな場所。」

「へへ。に頼んで、桜町の名所を教えてもらいました。」

「・・・ああ。家から通いの奴か。」





カラオケとかボーリングとか映画とか、いろいろ考えはしたけれど。
どうにもしっくりこなかった。というか、この町にはどこまで娯楽施設があるのかも知らなかったし。
そこでに頼んで桜町の名所というか・・・遊び場を聞いて、教えてもらった。





「そこでだったら、ちょっとした買い物も食事も出来るし。
何より景色がすごい綺麗だって聞いてます。私、それが見たいんですよね。」

「展望台ねえ・・・。」

「あれ?嫌ですか?」

「いや、お前らしくていいんじゃねえの?」





先輩が私を見て笑う。
展望台って別におかしくないよね・・・?普通の17歳はあまり展望台とか選択しないのかな?!
・・・そういえば展望台なんて家族旅行とか、修学旅行でしか行ってない気がしてきたぞ?





「なーに考えこんでんだよ。」

「え?!えっと、あの・・・展望台って選択、おかしいんでしょうか?」

「おかしくねえよ。ただお前って・・・屋上といい、展望台といい高いところが好きな奴だなと思っただけ。」

「・・・そう、なんですか。じゃあ何で笑って・・・。」

「なんとかと煙は高いところが好きって言うよな。」

「・・・っ・・・亮先輩ー!!」





亮先輩は声を殺して笑っている。
本当にもう、やっぱり先輩ってば失礼だよね!





「展望台だったら、夜の方がいいんだろうけどな。その時間まではいられねえし。」

「いいですよ。私、夜の空よりも昼間の空の方が好きです。」

「ま、それもお前らしいか。」





未だしかめっ面をしている私の頭を軽く叩く。
見上げた亮先輩の表情が妙に優しくて、私はため息をつきながら表情を元へと戻した。
いつも意地悪そうに見てるのに、そんな優しい表情をするなんて反則だ。





「・・・亮先輩って・・・。」

「あ?」

「デートとかめちゃくちゃ慣れてそうですよね。」

「・・・そんなことねえし。」





あ、目をそらした。
別にいいのに。私より先輩が経験豊富だってことくらいわかってるし。
前の彼女とああした、こうしたなんてことを言われるのは嫌だけど、これくらいなんてことはない。
目をそらして隠そうとしている先輩の態度が、何だかおかしくて思わず笑みをこぼした。





「・・・あははっ。」

「何笑ってんだよお前は!」

「そこは別に気を遣わなくていいですよー。」

「ああ?!別に気なんて遣ってねえっての!」

「ははっ・・・あははっ・・・!」





必死になる先輩。
いつも飄々としているのに、こんなささいなことで必死になる先輩が何だか可愛く見えてしまった。

暫く止まらなくなった私の笑い声と、亮先輩の怒った声が続いて
そうこうしているうちに、展望台に到着した。





「到着ですね!」

「・・・あー疲れた。すげー疲れたんだけど。」

「・・・あははは!」

「だーかーらー!お前は笑いすぎだっての!!」





笑うことを止めない私の首に、亮先輩が腕をまわす。
その腕で一緒に口を押さえられ、私は声になっていないようなうなり声をあげた。





「・・・言っとくけどな。」

「?」

「女と出かけることはあっても、それでもお前が初めてだからな。」

「??」





亮先輩の言っている意味がわからない。
口を押さえられたまま、私は首をかしげて疑問の表情を見せる。





「俺から誘ってやった女はお前が初めてだ。光栄に思えっつってんだよ!」





先輩の予想外の言葉に目を見開いて。
少し呆然とした後に、嬉しさがこみ上げてきた。

この体制だと見ることのできない先輩の表情を浮かべた。
私の口を抑える力が強くなったことから、多少なりとも赤い顔をしているんじゃないだろうか。
素直じゃない先輩の言葉を理解するようになるのは、少し難しかったけれど。
一度知ってしまえば、それさえも愛おしい。

それはそうと、抑える力が強くなって息ができないんだけど亮先輩・・・。
私は先輩の腕を何回か叩いて、ようやく解放してもらう。





「光栄です!亮先輩!」

「・・・うっせえ。バーカ。」





自分で光栄に思えって言ったくせに・・・。
相変わらず、先輩は俺様だなぁ。

浮かんだ言葉とは裏腹に、私の顔には笑みが浮かんでいて。
それを見た亮先輩がまた、私の髪をかき回した。





「・・・で?早速どこに行きたいんだよ。」

「最上階!空と景色が見たいです!」

「・・・なんとかと煙は「それはもういいです。」」





また失礼なことを言われる前に、先輩の言葉を遮る。
先輩がした、小さな舌打ちの音は聞かなかったことにしよう。























「わあー!」

「・・・。」





桜町展望台の最上階から、桜町が見渡せた。
興奮する私を、亮先輩は呆れたように見つめている。





「お前は小学生か。って言いたいんデスケド。」

「先輩。それ既に言ってますから。」





先輩が再度呆れた表情を見せる。
そうして、諦めたように私の隣に立った。

土曜日の昼間だというのに、周りに人の姿は見えない。
ついでに言ってしまえば、店員らしき姿も見えない。
人口の少ない桜町では、滅多にお客も来ないのだろう。
『御用のお客様はこちらのボタンを押してください。』なんて書かれている。

けれど政府は数少ない娯楽施設として、ここを残しているのだろう。
桜町から出ることのできない遺伝子強化兵のためと称して。
複雑な思いに駆られたが、今はそんな感情に押しつぶされたくない。
目の前に見える景色を楽しもうと、ガラス越しに見える町の風景を眺めた。





「・・・こうやって見ると、桜町も結構広いんですね。」

「まあ、そりゃな。」





桜町という小さな町。
くだらない戦争の犠牲になって、遺伝子強化兵が生み出された町。
こうして眺めていたって、普通の町となんら変わりないのに。





「あ、先輩!桜塚高校が見えますよ。」

「・・・ソウデスネ。」

「先輩、今『こいつ、ガキかよ。』とか思ったでしょ?」

「まっさかー。そんなこと考えたこともアリマセン。」

「くうっ・・・。先輩も一緒に楽しみましょうよ・・・!!」

「それはお前・・・俺もお前と一緒にはしゃげってことか?」





先輩にそう言われて、一緒にはしゃぐ亮先輩を想像してみた。





「・・・ごめんなさい。」

「何だかムカつくが、わかればよし。」





やっぱり人には向き不向きがあるよね!と、亮先輩に対して失礼なことを考えながら
私はまた視線を戻す。





「綺麗だなあ。」

「・・・何が?」

「今日も快晴ですよ。亮先輩。」

「・・・ああ。」





私の返答に、亮先輩は理解を示して頷く。
先輩が聞いた質問の返事になっていないような気もしたが、
亮先輩は私の意図したものが、目の前に広がる青空だとわかったようだ。





「つーか、何かいつもとしてること一緒じゃねえか?」

「え?」

「屋上と展望台が違うってだけで、それ以外やってることが一緒な気がするんですけど?」

「・・・ああ。そうですね!」





亮先輩と会うときは、大体が屋上だ。
そこで空を見上げて、他愛のない話をして。
そして今も、空と町を眺めながらいつものように話を続けている。





「でも展望台と屋上は違いますよ?屋上のあの日差しは、いつまでも耐えられるものじゃないですから!」

「まあな。って、違いはそこだけでいいのか?!」

「あと、気分も違います。」

「は?」

「私、デートって初めてなんですよ。亮先輩とは違って。」

「最後の言葉はいらねえ。」

「あはは。だから、好きな人とのデートってだけで、それだけでいいんです。
場所なんてどこだって、話すことなんてなんだって。」

「・・・。」

「こうして先輩と出かけられることが、嬉しいんです。」





だってこのままだったら。
好きな人とデートすることさえできなかった。
普段ならなんでもない当たり前のこと。それすら、できなかったから。

本当は先輩と一緒だったら、何でもよかった。
例えば、お互いの教室でも。廊下の階段でも。寮の前でだって。
と言っても、やはり一番は屋上だと思っているけれど。

それでもその想いとは別に、二人で出かけるって聞いてそれだけで胸がドキドキして。
それは私が恋愛経験がなかったからなのかもしれないけれど。
けれど私は本当に嬉しい。こうしてまた、幸せな時間を感じられる。





「・・・空見て、くだらねえ話して。それが楽しいってわけか。」

「はい。・・・先輩は楽しくないですか?」

「・・・別に。」

「ええ?!」

「だけど嫌いじゃねえ。・・・一番大切な時間だ。」





今日の先輩は、なんだか・・・。
私を喜ばせるような台詞を何度も言ってくれる。
矛盾した言葉なのに、なんだか胸が熱くなる。
やっぱりデート効果なのかな?なんて、ちょっと恥ずかしいことも考えてしまった。

じっと先輩を見つめていると、私の視線からはずれるように顔を背ける。
背けた顔が、少しだけ赤くなったのがわかった。





「今日は先輩のいろんな表情が見れますね。」

「うるせえよバカ。」

「へへ。そんな顔して言っても、怖くなんてないですよ。」

「あーもう、うるせえなっ!・・・こっち見んなっ。
お前の好きな空でも見てろっての!」

「はーい。」





やっぱり今日は珍しい日かもしれないな。
私がこんな風に何回も亮先輩をからかえる日なんて、そうそうなかった気がするし。
いつも私ばかりからかわれていて。



未だ、赤い顔が戻らない先輩をからかうのは止めにして、
先輩が言ったとおりに空を見上げた。

真っ青で。学校の屋上よりも高い位置から見る空。
やっぱり遠い。それでも私の好きな青空。

その青空を見てから、もう一度先輩の方へと視線を向ける。
赤くなっていた顔は、もとに戻って。
先輩も空を見上げていた。その表情は、なんだかとても切なく見えて。
何を思っていたかなんてわからない。私は先輩の横顔から視線がそらせずにいた。

ふと先輩が私の視線に気づく。
頭を小突かれて、「何か文句あるか」と悪態をつく。





「何もないですよ?」

「・・・ま、そういうことにしといてやるよ。
じゃあ次行くか。ここでボケッとして1日潰すつもりだったわけじゃねえだろ?」

「はい。けど半日くらいはいいかなーって気もしてましたけど。」

「・・・お前は小学生か。それとも老人か。」

「どっちでもないですし!」

「とりあえず、飯食いに行くぞ。腹減ったし。」

「了解です!」





そのまま先輩に手を引かれて、エレベータへと乗り込んだ。
つないだ手から、亮先輩の温もりを感じて。

このまま幸せな時間が続けばと、叶うことのない願いを思いながら
つないだその手を強く、強く握った。















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