貴方が私を救ってくれているように





私も貴方を支えていたい。





それが、わずかな時間であったとしても。


















最後の夏に見上げた空は























暗くなって誰もいなくなった校庭。
その先に見える高い塀と頑丈な門。
私は寮の窓から、もう警備員しか残っていないその場所を見つめていた。





「・・・大丈夫かな。」





呟く。
待っていたのは、今日中には戻るとそう言った亮先輩。
心配はいらないと微笑んではくれたけれど、それでもやっぱり心配で。
・・・ううん。心配は心配だけど、それだけじゃない。
たった一日だったけれど、やっぱり先輩の存在は大きくて。
私、早く先輩に会いたいんだ。

見つめた先に動きが見えた。
そして、誰かが門の中へと入ってくる。
その人が誰だったかなんて、この暗さと距離で見えるわけもなかったけれど
こんな時間に帰ってくる人は今、一人しかいないはずだ。

私は持っていた懐中電灯のスイッチをチカチカと切り替えて、合図を送ってみた。
もう寮から出ることは出来ない。でも、一目だけでも先輩に会いたくなって。
明日じゃなくて、今日会いたい。先輩の顔を見て安心したい。

先輩も疲れているだろうに、こんなことをして怒られてしまうかな。
ちょっとした不安を抱えつつ、気づくかわからない合図を送り続ける。
すると、この合図に気づいたようだ。
まだはっきりと姿の見えない人影が、こちらに向かってくるのがわかった。





「何やってんだよお前は。」

「おかえりなさい!亮先輩。」





先輩が少しだけ驚いたように私を見た。
私は窓を開けて微笑んだ。嬉しい気持ちが溢れ出してくるように、自然と笑顔が浮かんでいた。





「・・・おう。」

「変わりはなかったですか?困ったことありませんでした?」

「・・・。」

「あ・・・亮先輩?」





先輩が無言のままに私を見つめる。
何か、あったのだろうか。不安になって声をかける。





「何もねえよ。バーカ。」

「え?」

「俺はお前じゃねえから、何の問題も起こしてねえって言ってんだよ。」

「なっ・・・!先輩ー?!」

「つーかお前。こんなとこであんな合図送るなっての!
警備員にばれてたら、不審な行動取ったとかなんとか言われてたところだぜ?」

「うっ・・・。だって・・・こうでもしないと先輩、気づかないでしょ?」

「たく。何を心配してたんだか。俺様の何が不安だったんだよ。」





いつも通りにからかわれて、額を小突かれる。
そう。いつも通り。いつも通りの先輩に見えるけれど。





「・・・不安、ですよ。」

「あ?」

「だって先輩。私には誤魔化すなって、嘘つくなっていうのに
先輩はきっといろんな気持ち、隠してるでしょう?」

「・・・何言ってんだよ。」

「私はきっと、人の気持ちに鈍感で。
先輩に頼ってばかりで。先輩ばっかり苦労させてしまっている。」

「・・・。」

「そう思うと不安でした。また私の知らないところで、先輩が苦しんでるんじゃないかって。」





先輩はいつでも私を救ってくれている。
けれど私は、先輩を救えているのだろうか。
頼りきりになっていないだろうか。
私を助けてくれる先輩は強くて、優しいけれど。
弱いところなんて見せないけれど。





「私、先輩の側にいたいです。
助けられているだけじゃなく、救われているだけじゃなくて。」

「・・・。」

「私も先輩の、支えになりたいんです。」





それは、心からの願い。
残りわずかな自分の命。

私を想ってくれている貴方が本当に苦しむとき、もう私はいないのに。
一番支えが欲しいときに、側にいることはできないのに。

それでも、ほんの少しであっても。
貴方の支えでありたいと、そう願うことを許してほしい。





先輩をまっすぐに見つめて。
気持ちを述べて初めて、先輩の表情が少しだけ崩れた。
何でもないように飄々としていた先輩。
いつもの意地悪そうな表情が消えて、悲しそうな表情が浮かぶ。

悲しそうな瞳で、それでも先輩は微笑む。
笑っているのに、悲しい。切ない。そんな気持ちになる。

そんな自分の表情は見せないかとように
先輩は不意に私の体を抱き寄せた。





「お前・・・本当にバカだよな。」

「バカバカ言わないでくださいよ。」

「支えなんて、もう充分だ。」

「・・・?」

「・・・もう、なってんだろ。」

「・・・先輩・・・?それって・・・」

「うるせえ。黙ってろ。」





先輩は悪態をつきながら、私を抱きしめる力を強めた。
寮の窓から先輩と話していたために、いつもより少しだけ高い位置にある私の肩に頭を乗せながら
先輩はそのまま動かず、無言でいた。

数分も立たずに、先輩は私から体を離した。
そして、いつも通り飄々とした顔で顔を上げた。





「・・・さてと、お前のバカ面も見たことだし。帰って寝るわ。」

「・・・。」

「何だよ。バカ面がいけねえのか?じゃあマヌケ面にしとくか?」





もういつも通りの亮先輩。
さっきのあの短い時間。悲しそうな顔で、弱弱しい声で。それでも悪態をついて。
あまりにも短いその時間は私に頼ってくれたのだろうか。

・・・だとしたら、なんてわかりにくい。
先輩が何を思っていたのかも、何に苦しんでいたのかもわからなかったけれど。
それでも、こんなところでまで格好つけて。
本当、わかりづらい。わかりづらいけれど。



でも・・・亮先輩らしい。



先輩のその態度に、自然と笑みがこぼれた。
そんな私を見て、先輩が訝しげにこちらを見る。





「何だよ。マヌケ面が気に入ったか?」

「どっちもダメです。そんな呼び方するんだったら、私も先輩のこと変な呼び方しますよ?」

「ほー。そんなことができるもんならやってみろ。」

「・・・うーん。じゃあ、タレ「却下。」」





少しだけ悪戯心が沸いてきたけど、すぐに却下されてしまった。
まあ当たり前だけど。先輩が「いい度胸してんな」とでも言うようにひきつった笑みを浮かべていた。





「まだ言い終わってないじゃないですか!」

「うるせえ。お前もあのチビみたいなこと言ってんじゃねえよ!
たくっ。変なところで影響されやがって!」

「・・・はーい。」





別に翼さんに影響されたわけじゃなく、前から思ってました・・・。
なんてことは言えるはずもなく、私は素直に返事を返した。





「じゃあマジで帰るからな。
こんなとこ教師とか警備員とかに見られたらうるせえしな。」

「はい。来てもらえて嬉しかったです。」

「お前が下手くそな合図送ってきたからだろ。バーカ。」

「・・・先輩、今日何度目の『バカ』ですか?ひどいですよ!」

「ハイハイ。悪いな、本当のこと言って。」

「亮先輩ー?!」





最後にまた私をからかって、先輩は自分の寮の方へと歩いていく。
そんな先輩の後姿を見送りながら、自分の部屋の窓を閉めようとすると、
亮先輩が再度こちらを振り向いたことに気づいた。





。」

「はい?」

「お前、どっか行きたいとことかあるか?」

「・・・え?」

「ずっとこんなとこ閉じ込められてたら、息がつまるだろ。
どうせ桜町からは出られねえけど、土曜にでもどっか出かけようぜ。」

「は・・・はいっ。」

「はっ。何慌ててんだよ。どこ行きたいか考えとけよ。」





そう言い残して、先輩はまた3年の寮へと向かっていった。
突然の先輩の言葉になんだか驚いてしまって、胸はドキドキと言っていた。

これは・・・デートのお誘いなんだよな。と今更ながら思って。
そういえば私、誰かと出かけたことなんてあったっけ?
行きたいところってどんなところがあるんだろう。

世間で17歳って言ったら、遊びたいと思う場所なんてたくさんあるだろうに。
友達と言える人がいなかった私は、遊ぶと行ってもどういうところがあるのかもわからない。
どこ行きたいか考えとけって言われてもなぁ・・・。





何だか間抜けなようで、それでも幸せな悩みを抱えながら、部屋の窓を閉めた。
ベッドに寝転がって、天井を見ていた。

告げられている私たちの最後の日は、本当にすぐそこで。
先輩と約束した土曜日がくれば、その次の土曜日が来ることはない。

自分はこんなに元気なのに。自分がいなくなると頭ではわかっていても、その実感はなくて。
それでも最後の日はやってくる。
先輩と出かけられる土曜日が待ち遠しい。でも。
その土曜日はずっとやってこないでほしいとも思う。

これが夢であればと思う。けれど、亮先輩のいるこの時は現実であってほしい。



様々な思いが、私の中を巡る。



一人になると襲ってくる恐怖や不安。
たくさんの思いが私を悲しませ、苦しめて。

けれどそんなときは必ず、貴方の言葉が、姿が頭に浮かぶんだ。
そうして私は、正気を保てる。襲い来る負の感情に押しつぶされることはない。





「よし。行きたいところ考えてみよう。」





悪態をつきながら、それでも優しく私を支えてくれている先輩を思い出しながら
一人、静かな部屋で呟いた。















先のことを考えて嘆くよりも、今を大切にしたい。





大切な人たちといられる時間を。





誰より愛しい人と過ごせる時間を。










最後の日がやってきても、私たちがいなくなっても





最後に思い出すその表情は










誰かを幸せにできるような、笑顔であるように。


















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