迫り来る時間は止められないのに








答えを出すことさえ出来ない。


















最後の夏に見上げた空は






















「久しぶりだな。亮。元気そうで何よりだ。」

「わざとらしい挨拶は止めろよ。さっさと用件を言ってくれ。」

「全く・・・。久しぶりの自分の家なんだぞ。もう少しゆっくりしたらどうだ。」

「・・・ゆっくりしてる時間なんてねえこと、アンタならわかってんだろ?!」





久しぶりに戻った自分の家。
無駄に大きく、まるで自分の権力をひけらかしているような家。
俺はこの空間が好きではなかった。自分の家なのに、息苦しささえ感じていた。
そんな家でゆっくりも何もないだろう。ただでさえ、こんなことをしている時間も惜しいというのに。
俺は思わず声を張り上げて、親父を睨む。





「わかった。話を進めよう。そこへ座れ。」

「・・・。」





俺は持っていた荷物を放りだして、親父が指し示すソファーに乱暴に座る。
親父は腕組みをしながら、俺のその行動を眺めていた。





「お前に話しておきたいことがある。」

「・・・何だよ。」

「今の前にあたる、この実験の始まりとなった遺伝子強化兵の話だ。」

「・・・!」





一体何を言われるかと思えば、遺伝子強化兵の始まりの話?
親父の口から、そんな言葉が出てくることに驚く。
今更そんな話をされたって、意味なんてないことはわかりきっている。





「何なんだよ今更。それが俺を呼び出した理由か?だったら帰らせてもらうぜ。」

「・・・黙って話を聞け。お前には俺の話を聞く義務があるだろう。」

「・・・くそっ・・・。何だよ。とっとと話せ!」





悔しい。
こんな奴の言いなりになることが。
こんな奴に頼らないと、を守りきることができないことが。
自分の無力さを痛感して、拳を強く握る。





「一番初めの・・・遺伝子強化兵の話を知っているな?」

「・・・ああ。世間にはあまり知られてねえけど、遺伝子強化兵の始まりとなった人間がいるんだろ。
あのくだらねえ試験の間に聞かされてる。」

「その通りだ。遺伝子強化兵の細胞がこの世に存在することになったのは、まさに偶然。
その偶然の産物を、人間に試した。それが遺伝子強化兵計画。」

「・・・。」

「今の遺伝子強化兵の前に、実験体となった3人の人間が初めて遺伝子強化兵となった。
彼らは秘密裏にではあったが、あの大戦争にも参加し成果をあげていた。」

「そんなこと知ってるって言ってるだろ。だから何なんだよ。」

「しかしその細胞は、理由は不明だが人間の中で17年弱しか存在できない。ある一定の期間で死滅してしまう。
人間を超えられる力を持つ代償は、細胞の死滅による死だ。例外はない。
・・・それがわかっても、その実験は終わることはなかった。実験は本格的なものとなっていった。
まずは桜町の子供たち、そして、日本中へ広がっていくはずだった。」





なんて、馬鹿らしい計画なのだろう。
こんな計画があっていいはずがない。
一体何を思ってこんな計画を認めたのか。考えたくもない。
そんな馬鹿らしい計画で、アイツがいなくなってしまうなんて。
悔しさがこみ上げる。

けれど、つらいのはアイツだ。
誰よりも悔しくて、痛いのは・・・なんだ。





「俺はその頃、若造だったが・・・計画の深いところまで携わっていた。」

「・・・知ってる。そんなこと。だから今アンタは・・・計画の最高責任者なんだろ。」

「そこには、俺の友人もいた。同い年だが、優秀な男だった。」

「・・・。」





親父が何を言いたいのかがわからない。
けれどここで文句を言うわけにもいかず、俺はただ黙って親父の話を聞いていた。





「そして、その友人の恋人が、遺伝子強化兵だった。」

「!!」

「年は離れていたが、とても仲睦まじい二人だった。
俺のところへもよく挨拶に来ていた。」

「・・・。」

「友人は彼女が遺伝子強化兵だと知っていても、決して気持ちが変わることはなかった。
それどころか、彼女の命を延命しようとさえ考えていた。
偶然の産物でしかなく、誰も解明できないその細胞の寿命をなんとか延ばそうと必死になっていた。けれど・・・。」





親父が顔を俯ける。
いつも偉そうにしている親父が、こんなにも頼りなく見えたのは初めてだったかもしれない。
・・・いや、一度だけこれに似た表情を見たことがあった。
俺が、桜町へ行くと伝えたとき。親父は悲しそうに俺を見ていた。そのときと似ている。





「専門の研究者であったわけでもない奴が、それを叶えられるはずもなかった。
彼女は17歳の夏。その生涯を終えた。同じく実験体となった残りの二人も・・・同じ日に亡くなった。」

「・・・。」

「そして同じ日、彼女の横に寄り添うように横たわる・・・友人の姿があった。」

「・・・!」

「・・・一人に、させたくなかったんだろうな。手を握り合って微笑んでいた。幸せそうに微笑んでいたよ。」





親父が肩を震わせる。
俺はそんな親父の姿を、言葉をかけることもなくただ眺めていた。





「・・・お前も、あの場所にいるのだろう?大切な人間が。」

「・・・ああ。」

「お前は約束したな?絶対に・・・帰ってくると。」

「・・・。」

「馬鹿なことは・・・考えるな。」





馬鹿なこと・・・?
親父のその一言に無性に腹がたった。
誰よりも大切な人間のために、命をかけることが馬鹿らしいこと?
親父はその友人って奴をそんな目で見ていたのか?
馬鹿らしくなんてない。・・・馬鹿らしくなんてあってたまるか。





「・・・亮。約束しろ・・・!お前はここに戻ってくるんだ!」

「アンタは・・・その友人が間違っていたって?そう言いたいんだな?」





親父の言葉には返事を返さずに、違う質問を問いかけた。
親父は言葉につまったように一瞬、口を閉ざす。





「奴の最後は本当に・・・本当に幸せそうだった。」

「・・・。」

「・・・わからない。俺には、何が正しかったのか。」





親父が俺の方を向きながらも、何かを見据えるように遠くを見た。
今はもういない友人と、その恋人を思っているのだろう。





「・・・二人の死を無駄にしたくなかった。
遺伝子強化兵計画を止めてしまったら、あいつらの死に意味がなくなる。それだけはなんとしても避けたかった。」

「・・・バカじゃねえの。それで・・・そんな勝手なエゴで・・・アイツが・・・あいつらが犠牲になっただけじゃねえか!!」

「・・・。」

「そんなこと思うくらいだったら、こんなくだらねえ計画、止めればよかったんだ!!
そいつらの死でわかってたはずだ!そいつらと同じ犠牲を出すことに意味がないなんて、わかりきってたはずだ!!」





伝えるつもりのなかった気持ちをぶちまける。
本当に、バカだ。
大切な奴らの死の結果を、こんな形でしか現せないなんて。
バカらしすぎて・・・悲しくなってくる。





「・・・なんとでも言ってくれ。今までだってずっと言われてきたことだ。
戦争は終わった。遺伝子強化兵計画を進めてきた事実。残された遺伝子強化兵。全ての責任は俺にある。」

「・・・。」

「いくらでも責められる覚悟はある。だが・・・。」

「・・・何だよ・・・。」

「だが・・・お前が友人と同じ道を辿るなんてことだけは、許すわけにはいかない。」

「!!」

「何が彼らにとっての・・・お前にとっての幸せなのかはわからない。
けれど、お前が大切な人との最後を考えているのなら、ここから帰すわけにはいかない。」





親父がまっすぐに俺を見る。
もう肩を震わせることもなく、威厳に満ちている。
失った大切な人間。自分の行動によって、続いている悲劇。
親父は既にその事実を受け入れている。
後悔に苛まれることはあっても、未だ悩んでいても、その事実だけは受け入れている。





「話は、それだけか?」

「・・・ああ。だがお前が約束するまでは・・・」

「その言葉に何の意味がある?」

「!!」

「俺がどう思ってても言葉だけ返せばいいのなら、お望みの言葉を返すぜ?」

「・・・亮・・・!」

「親父がなんと言おうと、俺は最後までアイツの側に・・・の側にいる。」





親父が顔を歪める。
俺が桜町へ行くといったときに、親父の表情や態度が変わったわけがわかった。
その友人と俺を重ねていたんだ。
今度こそは死なせないと、それこそ勝手なエゴでそう思ったんだろう。
だから俺を呼び寄せた。こうして釘をさすために。
けれど、俺は・・・。





「引き止めたって無駄だ。もう脅しなんて効かない。
・・・アイツが悲しむからしたくなかったけどな。
もしアンタがこれ以上邪魔をしようとするなら、を桜町から連れ出して逃げる。」

「なっ・・・!!」

「アンタにも大切な奴がいたのなら、わかるはずだ。」

「・・・。」

「・・・側にいたい。いてほしい。それが無くなるとわかってたって、そう思う。」

「!!」





こんな想いは初めてなんだ。
自分以外の誰かをこんなにも思えること。

いつも他人のことばかり考える、バカみたいにお人よしなアイツ。
自分のことさえよければいいって性格の俺とは正反対で。
それでもこんなに、こんなにも惹かれる。
あまりにも少ないその時間。それでも、いつまででも一緒にいたいと、そう思える奴。

こんなにも側にいたいと、いてほしいと願える相手。





「じゃあ俺は帰る。」

「・・・。」





茫然と俺を見送る親父を一瞥して、自分の家を後にする。
家を出た瞬間、家のドアが勢い良く開く。





「・・・亮・・・!!必ず・・・必ず帰ってこい!!」





少しだけ振り向いて、そう叫んだ親父を見据える。
親父の言葉には応えず、俺は再度前を向いて歩き出した。





「必ずだ・・・!!絶対だからな!!」





遠くなっていく親父の声を聞きながら、その声に振り向くことなく歩き続けた。















アイツが最後を迎えるときが来たら、俺はどうするのだろう。



アイツは、は何と言うだろう。



何を、望むのだろう。



の言葉を聞いて、俺はどうするだろう。












考えてみても答えを出すことは出来ずに、俺はただひたすらに桜町を目指した。





先のことなんてわからない。





考えたくも、ない。





だから今はただお前に。










。早くお前に会いたい。


















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