前を向いて、生きていきたいと思ってた。





けれど、押し寄せる感情は





そう思うことを、許さずに。













最後の夏に見上げた空は

















「あれ?亮先輩?」

「・・・あ?」





昼前の授業が少しだけ早く終わり、
授業終了の鐘が鳴るよりも前に私は屋上にやってきた。
鍵のかかった屋上に来るのは、私と亮先輩のみ。
当然、屋上にはまだ誰も来ていないのだと思っていた。
けれど、目の前にいるのは壁によりかかって、しかめっ面をした亮先輩。
どうやら気持ちよく眠っていたところのようだ。





「先輩・・・。授業さぼってましたね?!」

「うるせーな。あんなくだらねえ授業受けてられっか。」

「前の学校もそうやってさぼってたくせにー。
先輩にとってはどの授業もくだらないんでしょ?」

「わかってるじゃねえか。俺を納得させる授業ができる奴がいれば
俺も喜んで授業受けてやるぜ?」

「もう・・・。どこまで俺様なんですか。」





もう夏と言っても問題のない時期。屋上には強い日差しが照り付けていた。
ちょうどよくできた、用具入れの影の中にいる先輩の隣に腰掛けた。





「先輩。お昼持ってるんですか?」

「あー。そういや買ってねえな。」

「じゃあこれあげますね。」

「・・・これだけ?」

「文句言わないでくださいよ。私のお昼分けてあげるんですからね!」

「・・・あーソウですか。それはアリガトウゴザイマス。」

「・・・先輩、寝ぼけてます?」

「寝ぼけてねえよ。アホ。」





休み時間に買っておいた、購買のパンを渡す。
感情がこもってはないけれど、めずらしく先輩が私にお礼の言葉を返したので
ちょっと聞いてみた。・・・別に寝ぼけてるわけじゃなかったのか。





「あ。」





渡したパンの袋を開けながら、先輩が思い出したように声を出す。
自分の持っていたおにぎり袋の開封作業を止め、先輩を見つめる。





「ホラ。」

「・・・これ・・・。」

「お前のだろ?」

「どうして、亮先輩が・・・?」

「お前が連れて行かれた日、廊下で拾った。」





先輩の手の中にあったのは、先輩にもらったクロスのストラップ。
私がお守りのようにして、いつも持ち歩いていたもの。





「あの施設に・・・置いてきてしまったのかと思ってました。
そこに忘れてきたなんて言いづらくて・・・その・・・。」





先輩にもらったストラップを無くしたなんて言いづらくて。
だから口に出さなかった。先輩に言わなくちゃと、そう思っていただけで。
その考えが頭を巡り、言葉につまってしまった。





「じゃ、よかったんじゃねえの?」

「え?」

「気に入ってたんだろ?これ。」

「は、はい。」

「拾ってやった俺に感謝しろよな。」





亮先輩が意地悪そうな顔で笑う。
こんなことなど何も気にしていないかのように。
こんな意地悪そうに笑っているのに、妙に安心してしまうから不思議だ。

渡されたストラップを握りしめて、少しだけ微笑む。
こんな小さなものなのに、なんだかホッとする。
色合いもデザインも好きだし、ずっと側にあったものだから。それもあるけれど。
一番の理由は亮先輩。貴方にもらったものだから。













「お前、あれから何ともないのか?」

「・・・はい。私は怪我なんていえるものはありませんでしたから。」

「・・・。」

「・・・先輩?」





先輩が無言で私を見つめる。
私はその視線を感じながら、先輩の昨日の言葉を思い浮かべていた。



「誤魔化すな。嘘もつくな。・・・わかってるな?」



ストラップを握りしめて。
少し目を伏せ、迷ったように俯く。
私の心を見透かして、そう言ってくれた先輩の言葉。
嬉しかった。嬉しかったけれど。





。」

「・・・。」

「俺の性格はわかってんだろ?
お前が話したくなるまで待つなんて、そんな悠長な奴じゃねえぞ?」

「・・・はい。」

「お前は余計なこと、考えすぎんだよ。言いたいことがあるなら、はっきりしろ。
一人でグチグチしてんじゃねえよ。」

「・・・先輩。」

「他の誰に話せなくても、俺にだけは話せ。
そんな顔させとくために、ここに来たんじゃねえんだよ。」





「バーカ」と悪態をつきながら、私の髪をぐしゃぐしゃとかき回す。
私はされるがままにぐしゃぐしゃになった髪の毛を気にもせず、俯いたままでいた。
でもそれは、迷って俯いていたわけじゃない。















「・・・私、何もできなかったんです。」





俯いたままに、口を開く。
心の中に渦巻く、たくさんの思いを吐き出すような気持ちで。





「何も考えずに、ただ脱出だけしたいと望んで。

英士に一緒に帰ろうって思いだけを伝えて。

不破くんに一緒に行こうってそう言って。

何も考えず、願いだけを思って。」





思っていたことを口に出すこと。
それだけで、後悔が押し寄せてくる。悔しさが押し寄せてくる。





「私は口ばっかりで、私を助けてくれた彼らを救うこともできなかった・・・!!」





彼らが私を気遣ってくれていたことはわかってた。
私の足に合わせて、走ってくれていたことも。私をかばうように、進んでいたことも。
力のない私が「私をかばわないでほしい」なんて言葉を言うことは、卑怯だと思った。
優しい彼らにそんな言葉、言ってはいけないとそう思った。





「私は足手まといでしかなかったのに。それでも英士はいつでも私をかばってくれていた。
自分勝手に動いてしまったときも、茫然とその場を動くことができなかったときも・・・。」





自分を盾にしてまで、英士は私をかばってくれていた。
彼が負い目を感じていたことは知っていたのに。





「不破くんだって、私たちをかばって・・・。命までかけてくれた。
彼は命を落とすそのときさえも、笑ってくれてた。
私が不破くんを誘わなければ・・・彼はまだ生きていたかもしれないのに・・・!」





こんなことになるとも考えもせずに、彼を巻き込んだ。
幸せになってほしいと、そんな自分勝手な願いで。

ならばせめて、不破くんが願ってくれたことを。
精一杯生きていこうと、そう思った。
だから英士にも、松下さんにも、そう生きてくれるように願った。
二人に後悔してほしくないと思ったことは本当で。
二人に前を向いてもらいたいと思ったことだって本当。
けれど。










「出会えてよかったって、そう言ってくれた。」



「不破くんは、下を向いて後悔して生きていくことなんて、望んでない。」










「英士にも松下さんにも、偉そうな言葉だけ残して。
それなのに、私はこんなにも後悔でいっぱいで。
二人に言葉をかける資格なんて、なかったクセに・・・。」





「なのに、どうして・・・?」










も・・・最後まで巻き込んでごめん。」




「ありがとう。君は・・・優しい人だな。」



「・・・それでも俺は思うよ。君に出会えて、大地はきっと幸せだった。」










「私は、優しくなんてない・・・!弱いくせに、強くみせようとしているだけで・・・。
一番前を向けていないのは、私かもしれないのに・・・。
後悔することなんて、不破くんが望んでいないってそう思うのに・・・。
それでもこの考えは消えなくて・・・!!」





頭にあった手の感触が、自分の肩にうつる。
それを感じた瞬間、自分の体温とは違う温もりに包まれる。





「英士の力になるって言いながら、それは自分のためだったんです・・・。
誰かのために動いていれば、それでこの感情が誤魔化せる気がして・・・。」





自分の感情を吐き出して。
安心する温もりに包まれて、気持ちが少し落ち着くのがわかる。
本当はこの気持ちを告げることが、少しだけ怖かった。
こんな考えを聞いて、亮先輩が私を軽蔑してしまったらと、そう思ったから。

私を腕に抱いたまま、先輩が静かにため息をつく。
そして、私の頬に自分の指を当て、何かを掬うような動作をする。
先輩のその行動で初めて、自分が涙を流していたことに気づいた。





「いいじゃねえか。それで。」

「・・・え・・・?」

「お前がどんなに自分勝手だったって、どんなに足手まといだったって。
それでもあいつらは、お前に感謝してただろ。」

「・・・。」

「お前が誰も救えないと思ってたって、相手がお前に感謝してたんなら
それは救えてたってことになるんだよ。」

「・・・でもっ・・・。」

「後悔なんて、誰だってする。」





私の言葉を遮って、先輩が強く言葉を返す。
先輩の強い瞳に、私は言葉を返すことができなかった。





「したっていい。いくらでもしたらいい。
でも、一人でグチグチやってんのは許さねえからな。」

「先輩・・・。」

「俺の前で誤魔化すな。嘘もつくな。
誰に言えなくても、俺にだけは話せ。」

「・・・っ・・・。」





「絶対だ。」





先輩の強い言葉。強い眼差し。
それなのに、温かい。
私のこんな考えさえも、包み込んでくれる。

嬉しい。
この人が側にいてくれることが。
この人の側にいられることが。
言葉を紡ぐことができなかった私は、先輩の胸で泣きじゃくりながら
彼の言葉に頷いて返事を返した。



















「たくっ・・・。お前も面倒くせー奴だよな。
俺なんか、自分以外どうでもいいと思ってるぜ?

「・・っ・・・」

「お前からしたら、どんなに悪い奴になんだよ。」

「・・・うっ・・っ・・・。」

「お前も少しは俺を見習え?敬え?」

「・・・っ・・・うぅっ・・・。」

「・・・泣きすぎ。」

「・・・うぇっ・・・うっ・・・いた・・・。」





先輩の胸でいつまでも泣いていた私の頭を、先輩が軽くはたく。
それでも私は泣き止むことを知らずに、反論の言葉もうまく返せずに
ただただ、先輩に抱きついて泣きつづけていた。





「たくっ・・・。しょうがねえな。」





離れる気配のない私の頭を、ポンポンと軽くたたいてから
軽く私を抱きしめて。そのまま私が泣き止むまで、側にいてくれた。














たくさんの思い。
たくさんの後悔。
自分勝手な考えも、強がりでさえも。

全てを知っても、受け止めてくれる人がいる。










亮先輩。





貴方が側にいてくれてよかった。















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