決して無駄になんかしない。
したくない。
だから、私は。
最後の夏に見上げた空は
「ー!!アンタ本っ当に心配させてー!!」
「ごめん有希・・・。心配かけて・・・。」
病院は数日で退院することができ、一緒に退院することの許された英士とともに学校へと戻る。
私たちのクラスのドアを開けると、そこには泣きそうな顔をして私に飛びついてくる有希の姿があった。
「アンタたちがいなくなって・・・。本当に怖かった。つらかったんだから・・・!」
「うん。・・・うん。ごめん。」
「よかった・・・!戻ってきてくれてよかった・・・!!」
有希が私に抱きついたまま、泣きじゃくる。
気が強くて、人前で泣く姿なんて見たことのなかった有希。
彼女の心をここまで弱らせてしまったことに、痛みが走った。
それと同時に、ここまで心配してくれていた友達を心から愛しく思った。
「ちゃん!郭!!」
「二人とも、本当に無事だったんだな・・・。よかった・・・!」
「心配かけさすなよ・・・。」
「よかった・・・。本当に・・・。」
大切なクラスメイト達が駆け寄って、私たちを迎えてくれた。
皆、気が抜けたように安心して笑う。その場は温かい雰囲気に包まれていた。
「俺たちも見舞いに行きたかったのに。功先生なかなか行かせてくれねえんだもん!
若菜と真田は行かせたのにさ!贔屓だよな〜。」
「ちょっ・・・!それは聞き捨てならないぞ!俺は公平にじゃんけんで決めさせただろ?!」
「その後は行かせてくれなかったじゃない。私も早くに会いたかったのに!」
「ちょっと待て小島!お前、英士には会いたくなかったのかよ!」
「うるさい若菜!郭もついでにお見舞いする気はあったわよ!」
「ついでだと?!何だお前なんか、いきなり泣き出しやがって!」
「〜〜〜っ!うるさいわね!どうせアンタだって、郭に会ってピーピー泣いたんでしょ?!」
「ああ?!ピーピー泣いてなんかねえよ!」
「・・・お前ら、話の趣旨がずれてるぞ?」
相変わらずのクラスメイトたちに、笑いがこぼれる。
きっとまた、今みたいにこれからも過ごせる。
残りわずかな時間であっても、変わらずに過ごしていける。
「そうよ!功先生よ!私たちも病院につれていってくれないから!」
「そ、それは悪かったって!病院の方でいろいろあって、お前らを連れていけない状況になっちまったんだよ!」
「功先生ひいきー!」
「ああもう!わかったよ!俺が悪かった!」
「わかればよし!」
皆の笑い声が聞こえる。
功先生が私たちのために、どれだけ動いてくれたか。
私たちをどれだけ思ってくれているか。
それがわかるから、皆本気で先生を非難なんかしていない。
「ちゃん。郭も、二人とも怪我したんだって?大丈夫?」
「ありがと藤代くん。大丈夫だよ。ね?英士。」
「ああ。心配かけたね。」
「・・・何か郭、丸くなった?
『お前に心配されなくても。』とかなんとか言われるかと思った。」
「藤代くん・・・。郭くんにそんなイメージ持ってたの?」
藤代くんの何気ない一言を聞いていたが、苦笑しつつ藤代くんに問い掛ける。
藤代くんは、そんなことないよと、少し焦ったような笑いを浮かべていた。
「丸くなったか・・・。うん。そうかもね。」
「・・・郭くん・・・。よっぽど怖い思い、したんだね。」
「・・・そうだね。いろいろと。」
「郭ー!何かあったらいつでも俺を頼っていいよ!
もちろんちゃんもね!!」
「うん。ありがとう。」
「わっ・・・私も!ちゃんと郭くんの力になるからね!」
「待て待てーい!!何抜け駆けしてんだよ!俺も忘れんなよ?!」
「私だってそうよ!私を差し置いていいカッコしないでよ!」
私は英士と顔を見合わせて、静かに笑い合う。
皆があまりに優しくて。私たちを待っていてくれて。
心が温かくなる。
あの施設は、本当に冷たくて。怖くて。
怖い思いをしたかと言われたら、それは否定できない。
けれど、悪いことばかりでもなかったよ。
あの冷たい場所で、かけがえのない人に出会えたこと。
私たちの幸せを願い、守り、笑ってくれた彼に出会えたこと。
それは、それだけは、悪いことなんかじゃ決してない。
不破くんに出会えたこと。
それは私たちにとって、かけがえのないことだった。
「。何とろとろしてんだよ。」
「とろとろなんてしてないですよ!先輩が歩くの速いんです!」
「ああ?何で俺がお前のちっせえ歩幅に合わせないといけないんだよ。」
「うう・・・。俺様め・・・。」
「何か言いましたかぁ?サン。」
「何も言ってないですよっ。」
皆と再会し、授業を終えた放課後。
私と亮先輩は小さな花束を持って、自分が入院していた病院に向かっていた。
まだ退院が先になる、松下さんに会うためだ。
「しっかしお前は・・・。今の今まで入院してた場所にわざわざ行くか?」
「だって・・・。動きが制限されてて、松下さんの病室には結局1回しか行けませんでしたから・・・。
きちんと挨拶もできなかったし・・・。」
「おーおー。律儀ですこと。俺にはとても真似できねえなー。」
「もー。先輩も意地が悪いんですから。本当は優しいくせに・・・。」
「何か言いましたかぁ?サン。」
「何も言ってないですってばー!」
学校から出てほどなく、私たちは松下さんのいる病院に着く。
亮先輩が受付で手続きを済まし、松下さんのいる病室へと向かう。
「こんにちは。」
「お・・・。こんにちは。今日はどうしたんだい?」
「お見舞いです。同じ病院にいたのに、あまりお話できませんでしたから。
英士にも声をかけようとしたんですけど・・・友達に囲まれてたので。」
「ははは。じゃあ君はそこから抜け出してきたんだな。で、彼に連れてきてもらったのか。」
「はい。」
松下さんの視線の先には、亮先輩。
話すことなどないと言うかのように、先輩は部屋の隅にたたずんで
私たちの様子を眺めていた。
「君がさんをここに連れてくるとは意外だったな。俺を憎んでいないわけじゃないんだろ?」
「当たり前だ。てめえだって、くだらねえ研究に手を貸してたんだろ?」
「ああ。その通りだ。それなのに、何故ここへ?」
「うるせえな。ソイツがあんまりうるせえからだよ。話が済んだらとっとと帰るっつの。」
「亮先輩・・・。来て早々ケンカごしにならないでくださいよ。」
「やかましい!話すんならとっととしやがれ!」
「ははは。」
数日前と変わらず、穏やかな表情を浮かべる松下さんの姿。
けれど所々に見える包帯は、まだ取れそうもない。
「・・・ありがとうございました松下さん。私たちの、力になってくれて。」
「俺は何もしていないよ。道を開いたのは君達だ。」
「いいえ。松下さんが力になってくれて・・・本当に嬉しかったです。」
「・・・君は・・・本当に・・・。」
「松下さん?」
「いや、何でもないよ。」
松下さんが呆れたような顔で、私を見つめた。
そして、静かに言葉を続ける。
「なあさん。」
「はい。」
「大地の計画は、失敗だったと思うかい?」
「・・・え・・・?」
「君達はこの場所へ戻ってくることができた。
それを一番望んだのは、きっと大地だ。結果的に大地の希望は叶ったことになるが・・・。」
「・・・。」
「大地は頭がいい。計画に狂いがなければ、君達は無傷でここへ帰ってきたことだろう。
けれど、計画は狂わされた。何度も、何度も。」
「・・・それは、尾花沢が・・・!!」
「そう。所長のせいだ。大地は頭が良かった。・・・だからこそ、様々な想定もしていただろう。
けれど、彼には経験や、狡猾さがなかった。・・・純粋な、知識しかなかったからな。」
不破くんは純粋で。
疑問に思ったことは、何でもストレートに聞いてくる人だった。
きっと人間が持つ汚い感情とか、ずる賢さとか、そんなもの持っていなかったんだろう。
「所長が想定外の動きをすることは、予想できていただろう。
それでも大地は、君達を助けられる方に賭けた。」
「・・・。」
「結果の見えないことなんて、大地は初めてだっただろうな。
それだけの価値があると思ったんだ。君達の手助けをすることに。」
「不破くん・・・。」
「結果だけを見れば、大地が命を落とした時点で失敗だ。
けれど、大地が望んだことは叶った。君達を元の場所へ帰すことはできた。」
『これで、お前らは『大切な場所』に帰れるのだな・・・?』
不破くんの言葉が浮かんだ。
傷だらけになりながら、かすれた声で私たちを思ってくれた不破くんの言葉。
「大地が初めて、誰かのために考えた計画。
成功したとは決して言えない。けれど、失敗とも言えない気がするんだ。」
「・・・。」
私は言葉を紡ぐこともできずに、ただ黙っていた。
不破くんがもしも、自分のことを省みずに
私たちを助けることで計画の成功を思っていたのなら、そこは怒ってやりたいところだ。
貴方の命はそんなに軽くないと、大切にしろと、そう言ってやりたかった。
「まあ、今更言っても仕方のない話だな。」
「・・・そうですね。でも、私は・・・」
「?」
「・・・私、不破くんの思いを・・・無駄にしたくないんです。」
「さん・・・。」
「不破くんは、下を向いて後悔して生きていくことなんて、望んでない。」
「・・・。」
「だから、松下さんも・・・そんな顔しないでください。」
「!!」
ずっと悲しげだった松下さんの表情に、驚きの色が見える。
松下さんは何度後悔しただろう。何度嘆いただろう。
自分の弟を死なせてしまったと悔やんで、不破くんの死を嘆いて。
不破くんの実験を見てみぬフリをしてきたと言っていた。
自分の研究を遂げるために、そうした彼の行為を認めることなんてできないけれど。
傷を負ってまで私たちを助けてくれたのは松下さん。
自分のしてきたことを後悔していると、協力してくれた人。
不破くんの思いを理解しようとしている、優しい人。
彼がこれからも下を向いて生きていくことなんて、きっと不破くんも望まない。
感情がないように言われていたとしても、私とっては本当に優しい人だった。温かな人だった。
「ありがとう。君は・・・優しい人だな。」
「・・・優しくなんて・・・ないです。私は・・・そんな人間じゃ・・・。」
「・・・それでも俺は思うよ。君に出会えて、大地はきっと幸せだった。」
「・・・。」
「俺も、君の力になれたのなら・・・本当に嬉しく思う。」
「・・・っ・・・。」
「後ろの彼が怖いな。俺の面会時間もそろそろだ。」
「松下さん・・・。」
「来てくれてありがとう。けれどこれからは、自分の為にその時間を使ってくれ。
俺は大丈夫。前を見て、生きていく。」
松下さんが微笑む。
悲しげな表情が消えたわけではないけれど、それでも笑って私を見送ってくれた。
不破くんも松下さんも優しすぎて。
私は自分の心にモヤでもかかっているかのような、言い様の無い感情に襲われていた。
不破くんの思いを無駄にしたくないと、前を向いて生きると、そう言ったばかりなのに。
病院を出ると、もう日も暮れかけていた。
夕日の差す道のりを亮先輩と並んで歩く。
私も先輩も、黙っていた。
数分も経たないうちに、学校へと到着する。
「亮先輩。今日は・・・ありがとうございました。」
「・・・ああ。」
「・・・じゃあ、寮に戻ります。」
「。」
自分の名を呼ばれて、亮先輩を見上げる。
「俺、お前になんて言った?」
「・・・え?」
「全部話せって、お前の思ったことを全部話せって言ったよな?」
「・・・!」
「言えよ。全部。」
「亮・・・先輩・・・。」
私をまっすぐに見つめる亮先輩。
彼にはどうしたって、全てを見透かされてしまう。
「おーい!そこの二人!!そろそろ寮に・・・あれ?!」
「・・・。」
「功先生・・・。」
「三上、。ああ、今日は松下さんのところに行って来たのか。
けど、そろそろ寮に戻る時間だぞ?」
「あ、はい・・・。」
「・・・。」
「・・・っと・・・。亮先輩?」
先生に促されるまま、寮へと戻ろうとした私の腕を亮先輩が掴む。
「三上・・・?離れがたいのはわかるけど・・・。」
「うるせえ。黙ってろエセ教師。」
「うわ!三上!!お前仮にも先生に向かって・・・!」
先輩の悪態に反論する先生を無視して、亮先輩は私の腕を掴んだまま
まっすぐに私を見つめた。
「誤魔化すな。嘘もつくな。・・・わかってるな?」
「・・・はい。」
先輩が私の腕から手を離す。
功先生の言葉は相変わらず無視したまま、3年の寮へと歩いていく。
先輩の背中を見送って、私も自分の寮へ戻っていった。
亮先輩の表情と、言葉を思い返して。
少しの不安と
少しの安堵感を感じながら。
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