ここに、いてほしい。





残された大切な時間。





貴方は大切な人だから。














最後の夏に見上げた空は















!!」





英士の部屋に入ると、そこには懐かしい顔。
何日ぶりでしかないのに、随分長い間、彼らに会っていなかったような気がする。





「目が覚めたんだな・・・。よかったっ・・・。」

「うん。心配かけてごめんね。」

「本当、マジで心配したんだからなっ!!」





一馬が泣きそうな顔をして私を見つめ、
結人は私を抱きしめる。
温かい。大切な場所。大切な仲間。
この場所に戻ってくることができて、本当によかった。





「英士っ。大丈夫みたいだ。よかったな!」

「・・・ああ。本当に・・・。」





抱きついてきた結人の先に見えたのは、ベッドの背もたれによりかかっている英士。
笑って、私たちを見つめている。





「英士。体は・・・。」

「俺は全然平気だよ。それよりは?」

「私も大丈夫。英士が無事でよかった・・・。」





英士がまた笑う。
けれど今度は複雑そうな表情だった。





「さて若菜。真田。感動の再会中に悪いんだけど、ちょっと出ていてくれるか?」

「ええ?何でだよ功先生!」

「大切な話があるんだ。今回の件についてな。」

「あ・・・下山先生が言ってた話が本当ってことなら・・・英士に聞きました。
大切な話ってそのことじゃ・・・?」

「そうだよ!英士はそのこと、正直に俺らに話してくれた!
それでいいじゃんか!まだ英士を・・・」

「若菜。真田。別に俺らは郭を追いつめる気なんてないよ。
ただ、話を聞くだけだ。けどそれは、お前らが聞くべき話じゃない。」

「何だよそれっ・・・!」

「結人。一馬。功先生の言うとおりにして。」

「英士・・・?」

「二人とも、先生に無理言って連れてきてもらったんでしょ?
ここで逆らって、他のクラスメイトが見舞いに来れなくなったら
二人とも恨まれるよ?特に小島辺りとかにね。」

「うっ・・・。」





結人が言葉につまって、恨めしげに功先生を見る。
功先生は困ったような顔で、結人の頭を優しくポンポンと叩く。





「後で絶対内容教えろよな!英士!」

「また来るからな!」





二人は納得しないながらも、渋々と部屋を出ていく。
部屋に残されたのは、英士と私、功先生に亮先輩となった。





「・・・あいつらには言ってねえんだな。粛正施設の話。」

「・・・決まってもいないことを話して、不安にさせる必要はないだろ?」

「決まってもないって・・・ほとんど決まりのようなものでしょ?
俺はもう覚悟を決めてる。そうなって当然のことをしたんだから。」





亮先輩と功先生の小さな会話を聞き取って、
英士がまっすぐに私たちを見る。





「俺が話したことは全て本当。
尾花沢と連絡を取っていたこと。政府の壊滅を願っていたこと。を攫ったこと。
そして・・・出るはずのなかった犠牲を出したこと。全て俺のせいだよ。」

「何・・・言ってるんだ郭!」

。君は本当のことを言えばいい。
俺のためを思ってここに来てくれたこともわかる。
だけど俺は、も不破も、たくさんの人を傷つけた。」

「・・・。」

「俺は俺自身が許せない。
粛正施設に行くのも当然だと思ってる。」





英士の目に嘘はない。迷いもないように見える。
もうすでに、自分の中で決心を固めているように。





「郭・・・!俺たちはお前を助けたいと思ってる。
若菜や真田だってそうだ。お前と一緒にいたいと願ってるはずだ。
なのにお前がそんなことを言わないでくれ・・・!」

「・・・功先生。そんなこと・・・しなくていいよ。
俺は粛正施設に行く。俺のために、これ以上何かをしなくていい。」

「郭・・・!!」





功先生が必死で説得するが、英士の決心は変わらないようだった。
必死になる功先生に対し、英士はあくまで冷静だ。
そんな英士を見て、私は胸に痛みが走るのを感じた。

自分の罪の意識で苦しんでる英士。
優しい彼は、この後何もなかったのように生活していくなんて考えられないんだろう。
覚悟を決めたように冷静でいる英士なのに、その姿はとても、とても悲しくて。





「本当・・・ムカツク奴だな。てめーは。」

「・・・三上?」

「・・・わかってます。を連れ出した俺を、先輩がどんなに憎んでいるか。
だから俺は・・・。」

「んなこと言ってんじゃねーよ。まあ確かにてめえを許す気は絶対ねえけどな。」

「・・・?」

「お前は粛正施設に行って満足なんだろうよ。せいぜい自分が悪かったって泣いてりゃいい。
けど、お前がいなくなった後はどうすんだよ。」

「・・・それは・・・。」

「そこの教師も、さっきのお前のダチも、・・・も、
お前がいなくなったことに、傷ついたままだ。」

「・・・!」

「普通なら、また戻ってくると思うやら、時間が解決するやらするんだろうけどな。
・・・お前らにはそれができねえだろうが。」

「・・・亮先輩・・・。」





先輩が少しだけ顔を背ける。
残りわずかな私たちの時間。大切な人を待つことさえできないわずかな時間。
優しい先輩が、その言葉を口にすることは、どれだけつらいだろうか。





「俺はお前なんかどうなったっていいと思ってる。
けど、お前を信じてる奴らの願いくらいは、聞いてやれよ。」

「・・・俺・・・は・・・。」

「できなくても、足掻くくらいしてみろ。
お前が粛正施設に行って、満足するのはお前と、あのムカツク政府くらいだ。
自分が悪いからなんて理由で、自己満足して済ませようとしてんじゃねえよ。」





英士が自分の足にかかる毛布を握りしめる。
少しの沈黙が続いた後に、英士が私を見た。
私は笑って、英士を見つめ返す。





「私、英士と一緒にいたいよ。皆、そう思ってる。」

「けど、俺は・・・を傷つけて、不破を・・・。」

「・・・自分が、許せない?」

「だって、そうだろ?!にも、不破にだって、何回謝っても足りない・・・!
そんな俺がまた、皆の場所に戻っていいなんてこと・・・あるわけないだろ!!」





英士が叫ぶ。
きっと私が眠っている間にも、様々な感情に苦しめられたんだろう。
いろいろな思いが駆け巡っただろう。粛正施設に行く恐怖もあっただろう。
そんな葛藤の中で、今までの幸せを投げ出す覚悟を決めたのだろう。





「自分が許せないのなら、許さなくていいよ。」

「・・・・・・?」

「私が英士を許すことさえ許せないのなら、私は貴方を許さない。」

「・・・!」

「それで英士がこの場所にいてくれるのなら。」





英士が驚いたような表情のまま、私を見上げる。
許すも許さないも、そんな言葉に意味なんてない。
けれど、貴方がそれを望むのなら。それでこの場所にいるのなら。





「不破くんの、最後の言葉覚えてる?」










「出会えて、よかった。」










最後まで私たちを守ってくれた不破くん。
不破くんの言葉は、鮮明に私の心に残っている。





「出会えてよかったって、そう言ってくれた。」

「・・・。」

「私たちの幸せを願ってるって、言ってくれた・・・。」





そして、不破くんが私たちに向けたあの表情を忘れることなんて、絶対にない。





「笑って、そう言ってくれたでしょう・・・?」





表情を変えることのなかった不破くんが、初めて見せてくれた笑顔。
それはとても、温かくて、優しかった。

自分勝手な考えで、不破くんに声をかけて。
自分は何もできないのに、不破くんに頼りっぱなしで。
それでも笑って、私たちの幸せを願ってくれた不破くん。

泣くことはいつだってできる。
後悔も反省もいつだってできる。
あのときこうすればなんていう後悔が尽きることはないけれど。
泣いて後悔するよりも、不破くんの思いを無駄にしたくないと、そう思ったんだ。





「言ったでしょう?英士がいないままじゃ、私は幸せになれないって。」

「・・・・・・。」





ガチャッ!!





勢い良く開いたドアから、二人の人影が飛び込んでくる。
その二人は目に涙を浮かべて、私たちに近づく。





「そうだよ!ふざけんな英士!!
俺らから離れようなんて、絶対許さねえからな!!」

「俺たちだって英士に側にいてほしい・・・!
お前がいなくなるなんて、絶対に嫌だ・・・!!」

「・・・結人。一馬・・・。」

「お前ら・・・帰ってなかったのか?」





英士に抱きつく二人に、功先生が呆れたように声をかける。
けれど二人の気持ちを理解したかのように、その先は何も言わなかった。





「・・・本当、皆・・・バカじゃないの・・・?」

「何だよ英士!俺ら本気で・・・」





英士に抱きついた結人が、怒ったように反論する。
けれど、英士を見上げた結人のその言葉は途中で途切れた。
彼が見上げた先には、涙を流す英士の姿。





「そんな、呆れるくらいのお人よしで・・・。
俺みたいな奴にまで、そんなに優しくしてどうするんだよ。」

「俺みたいな奴じゃなくて。英士だから、優しいんだろ?」

「・・・俺、ここにいていいの?」

「当たり前でしょ?」





笑って答える。
英士が粛正施設に行ってしまうなんて、そんなことを喜ぶ人は一人もいない。
ここにいてほしい。一緒にいてほしい。皆、そう思ってる。





「それが・・・許されるなら、望んでもいいのなら・・・。
俺も、ここに・・・いたい。」

「いいんだよ!いろよ!!」

「そうだ英士!大丈夫だ!絶対なんとかなるから!!」





「絶対って・・・軽く言ってるけど、いいんデスカ?風祭センセイ?」

「・・・それを『絶対』にするのが教師だろ?なんとかなるさ!」

「生徒も楽天的なら、教師も楽天的だな。
政府が来るのは直前。頼りはの証言だけ。この状況でどうするって・・・」

「風祭先生!!」





結人と一馬が飛び込んで、開いたままのドアに、また一人が駆け込んでくる。
息を切らせた西園寺先生だった。





「松下さんが目を覚ましました!意識もはっきりしているわ!」





亮先輩と功先生が顔を見合わせる。
功先生は笑い、亮先輩はムッとした顔を見せる。





「主犯の右腕。腹心の部下のお目覚めですか。」

「ホラ。なんとかなりそうだろ?」












部屋の端で、亮先輩と功先生が何かを言い合って。
目の前で、英士と結人と一馬が笑いあってる。

帰ってくることのできたこの場所。
温かく、大切なこの場所。
守りたい場所だとそう思う。





例えその時間が短くても、長くあったとしても





大切な人たちといるこの場所は、この時間は、かけがえのないものだから。















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