恨むよりも、憎むよりも。





持っていたかったのは、温かな心。





貴方が教えてくれた、この気持ち。
















最後の夏に見上げた空は














夢を見た。
それはとても、怖い夢。

友達が、両親が、亮先輩が
私の側からいなくなっていく。

大切な人がいなくなった私が
たった一人で、暗闇の中叫んでる。

つらい。苦しい。悲しい。
一人は嫌だ。寂しくて、寂しくて。

















「・・・っ・・・!!」





声が聞こえて、私は目を覚ます。
そこは真っ白な部屋。まるで病院のような・・・。
私は研究施設の部屋を思い出し、ゾッとする。

私はどうしたんだっけ・・・?
また、あの施設に連れ戻されて・・・?





「おい!!!」

「あ、亮・・・先輩?」

「・・・お前・・・あー!くそ!!心配かけさせんな!!」





私の手を握ったまま、うなだれるように息をつく。
先輩の声が、温もりが、ここにある。
夢じゃ・・・ないよね?都合のいい夢を見ているわけじゃ、ないよね?
また、貴方に会えた。





「大丈夫か?」

「・・・え?」

「うなされてた。」

「・・・少し、怖い夢を見ました。皆が、いなくなる・・・夢。」

「・・・バーカ。」





三上先輩が立ち上がって、私の頭を抱き寄せる。
私はそのまま先輩に体を預けて、その温もりを感じた。
ああ。やっぱり夢じゃない。





夢じゃ、ないなら。





「先輩・・・!不破くんはっ・・・?英士と松下さんは?!」





夢じゃないのなら。
私が三上先輩に会えたのなら。
私を守って傷ついた人たちがいるはずだ。





「・・・。」





私を抱きしめたまま、先輩は少しだけ沈黙する。
そして、私の顔を見ずに口を開いた。





「郭も松下って奴も、同じ病院にいる。二人とも命に別状はない。」

「・・・そうですか・・・。」

「・・・不破って奴は死んだ。
病院に運ばれてきたときにはもう・・・手の施しようがなかったらしい。」

「・・・っ・・・!!」





亮先輩の服を強く掴む。
私を助けてくれた不破くんが。
ずっと一人で、つらい思いをしてきた不破くんが。
例え残り少なくとも、彼の幸せはこれからだったはずなのに。

少しだけでも『幸せ』を感じてほしかった。
そんな自分勝手な考えで、不破くんに声をかけた。
一緒に行こうと、そう言ったのは私。

私は、間違っていた・・・?
そんな考えが頭をよぎって。
考えても考えても、答えは出てこなかった。
不破くんはもう、戻ってはこない。



けれど・・・。













コンコン





ぐるぐると頭の中を巡る考えは、ドアをノックする音に遮られる。
ベッドにいる私の代わりに、亮先輩がドアを開けにいく。





!目が覚めたか・・・!よかった!!」





ドアを開けた先にいたのは、功先生。
心から安心したかのように、満面の笑みを浮かべて私の元にやってきた。





「功先生・・・。ご心配おかけしました。」

「心配くらいいくらだってするさ。お前は俺の生徒なんだから。無事で何よりだ!」

「ありがとう先生・・・。」





亮先輩も、翼さんも、功先生も・・・。
他にもたくさんの人が私たちを助けるために、動いてくれたんだろう。
だから私はこの場所にいられた。心から感謝の気持ちを込める。





「検査の結果、異常はないそうだから・・・。もいろいろあって疲れたんだろう。
郭から聞いたよ。・・・つらかっただろう?」

「・・・。」





心の中にいろいろな感情が押し寄せて、言葉にすることができなかった。
つらかった。苦しかった。でも、私よりももっと、つらい思いをした人がいる。
私を守ってくれた人たちがいる。





「私は・・・大丈夫です。それよりも英士や松下さんは・・・。」

「・・・ああ。さっき病室へ行ってきたんだが、二人とも命に別状はないそうだ。
郭は既に目を覚ましていて、お前のことを心配してたよ。ただ・・・」

「・・・ただ?」

。悪いんだが、郭の部屋に来てくれないか?
もう、時間がない。」

「・・・時間・・・?どういうことですか?」

「今回の件で、お前の口から真実を聞きたいんだ。」

「・・・え?」

「郭から全ての話は聞いた。でも・・・。
その話が本当なら、郭は間違いなく粛正施設行きだ。」

「!!」





遺伝子強化兵がルールを破ったとき、罪を犯したときに連れていかれる『粛正施設』。
話だけは聞いたことがある。
一度そこへ連れていかれた子はよっぽどのことがない限り、元の場所へ戻ることはできない。
『粛正施設』とは名ばかりで、危険な遺伝子強化兵を一生そこに閉じ込めておく。
暗い個室にたった一人で、残された日々を送ることになる。

それは私たちにとって、絶対の恐怖。
迫り来る死の恐怖、周りに誰もいなくなって、たった一人になる恐怖。
粛正施設に連れていかれた子たちのその後はわからないけれど、
そこに待つのは、絶望でしかないだろう。





「・・・外部との接触に脱走。そして、誘拐幇助。当然だろーな。」

「・・・っ・・・。」

「お前だってアイツのこと、恨んでんだろ?
・・・俺はアイツを許さねえ。絶対に。」

「・・・先輩・・・。」

「どんな理由があろうとも、アイツはお前の自由を奪った。お前を傷つけた。
帰ってこれたからよかったなんて、俺はそんなこと思わない。」

「・・・先輩・・・。ありがとう。」

「・・・なにいきなり礼なんて言ってんだよ。」





私のことを心から心配してくれている。
たくさんの申し訳なさと、感謝の気持ちが溢れ出す。





「確かに私も・・・諦めかけたんです。あの施設に連れてこられたことに、絶望もしました。
でも、悲しいって気持ちはあっても、英士を恨むって感情は・・・不思議と沸いてはこなかったんです。」

「・・・は。何言ってんだよ?」

「恨むって感情以上に・・・英士を信じたいって思う気持ちが勝ってたんです。
昔の私じゃ考えられなかった。こんなにも他人を信じられる気持ちなんて知らなかった。」

「・・・。」

「その気持ちを教えてくれたのは、亮先輩なんですよ?」





自分じゃない他人を信じること。大切に思えること。
こんなにも温かい気持ちを教えてくれたのは、亮先輩。
先輩に出会わなかったら、こんな気持ち、知らないままだったかもしれない。
英士を信じることさえできずに、友達を憎んで、恨んで。
そんな醜い感情を持ったままに、終わりを迎えることになったのかもしれない。





「大切に、したいんです。この気持ちを。」

「・・・。」

「不破くんに・・・私たちの為に、命までかけてくれた人に、恥ずかしくないように生きたい。」





例えその時間が、わずかであっても。





「英士を粛正施設なんかに行かせたくない。
大切な・・・大切な友達なんです。」

「・・・。」





亮先輩が無言になって、私を見る。
目をそらさない私を見たまま、深くため息をつく。





「・・・お前って・・・相変わらずのバカだな。」

「え?」

「あームカつく。マジでムカつく。全然納得いかねー!!」

「ええ?!」

「・・・ははっ!」

「え?!何?なに笑ってるんですか?!功先生?」

「お前の勝ちってことだよ。。」

「・・・へ?」

「何、余裕ぶって解説してんだよ!」

「してないしてない。俺には何のことか全然わからないぞ?」

「・・・このエセ教師っ・・・。」





亮先輩が今にも殴りかかりそうな勢いで、功先生を睨む。
いまいち状況の理解できない私は、そんな二人のやり取りを眺めていた。
亮先輩から逃げ出すように、功先生が私の隣に立つ。
やがて、笑っていた表情を真面目な表情に変えて、私に向き直る。





「俺も、お前と同じだよ。郭を助けたい。」

「功先生・・・。」

「何か方法があるはずだ。政府の人間がもうすぐこちらにやってくる。
その前に対策を練ろう。。お前にも協力してもらうが・・・。」

「はい。何でも言ってください。力に、ならせてください。」





私で力になれるのなら。私も誰かを救えるのなら。
それはもしかしたら、英士の為なんかじゃなく、自分の為だったのかもしれないけれど。
それでも、こんな自分勝手な気持ちがあっても、
英士にこの場所にいてほしいっていう、この気持ちは本当だから。





「・・・あー腹立つ。むかつく。」





亮先輩がぶつぶつと悪態を呟きながら、部屋のドアへと向かう。
私と功先生はそんな三上先輩の行動をじっと見つめる。





「・・・亮先輩?」

「あ?」

「やる気満々だな。三上!」

「ああ?!誰が!!バッカじゃねーの?!」





亮先輩が勢い良くドアを開け、その豪快に開けた音が響く。
足早に廊下を歩いていく足音が聞こえてくる。
私も慌てて先輩を追いかける。





「亮先輩!待ってくださいー!」

「・・・とっとと終わらせるぞ。こんなこと。
終わらせれば、お前ももう余計なこと考えねえだろ。そしたら自分のことだけ・・・考えろ。」

「・・・はい。」





静かに呟く亮先輩の言葉が、胸に響く。
先輩はいつだって、私のことを大切にしてくれる。私の気持ちを一番に考えてくれる。
嬉しくて、それなのに切なさがこみ上げてくる。





「よし。二人とも行こう。」

「・・・。」

「はい!」

















私でも誰かを救えるのなら。





大切な人を守る力があるのなら。





その人の力になりたいと、そう思う。










私を救ってくれた





守ってくれた





幸せを願ってくれた彼に、恥じないように。
















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