様々な思い。





たくさんの後悔。





それでも、愚かな俺は願うんだ。
















最後の夏に見上げた空は














「ふ・・・わ・・・くん?」





俺たちの目の前で、静かに目を閉じた不破の名前を
震えた声でが呟く。





「・・・不破くん?不破くん!!」





徐々に強くなっていく声。
がどんなに叫んでも、不破は目を開かなかった。





「不破くん・・・!!嫌だよ!!どうして・・・どうして?!」

・・・!落ち着いて・・・!!」





不破の前で叫ぶを抱きしめる。
俺だって心の中はグチャグチャで、冷静なんかじゃなかった。
に声をかけて、を抱きしめて、冷静になろうとしていたのは俺の方だった。





「君たち!!無事か?!」

「松下さん・・・。」

「ふ・・・不破くんがっ・・・不破くんが・・・!!」

「!!」

「俺たちを・・・守るために・・・。」

「・・・まさか・・・遺伝子強化兵の力を・・・?」

「・・・はい。」





松下さんが、息を切らせて俺たちに駆け寄ってくる。
この状況を見て全てを察したかのように、静かに不破の側にしゃがみこんだ。
無言のまま、目を覚まさない不破の体を看る。
医学の心得があると言っていたとおりに、その行動は早かった。





「ま・・・松下さんっ・・・」

「・・・。」





無言のまま俯く。
松下さんの行動が、表情が、その結果を物語っていた。





「・・・残念だが・・・もう・・・」

「・・・そ・・・んな・・・。」





が茫然として、呟く。
俺はを抱きしめる腕の力を強めた。
を落ち着かせるためなんかじゃなかった。
に縋っていないと、もう自分を保てない気がした。

様々な思いが、後悔が自分の中を巡っていた。


















「・・・ほう・・・。大地は・・・死んだか。」





茫然とする俺たちの元に聞こえてきたのは、まるで悪魔の声。
何度も何度も、俺たちを追いつめて、不破を、を苦しめた人間。





「尾花沢所長・・・。」

「松下・・・。遺伝子強化兵に・・・協力するなんて、バカな真似をしてくれたものだ。
所員に消すように言ったのだがね・・・。」

「所員の全てが、貴方の言いなりだと思ったら大間違いですよ。」

「・・・他にも・・・裏切り・・・ものがいたという、わけか。」





その姿は血まみれで、発する言葉もたどたどしい。
ただ、その冷酷な笑みだけは変わることがなかった。





「もう、終わりにしましょう。
彼らを、これ以上追いつめてどうするんです。
大地を・・・死なせたのは私たちだ。罪を、償いましょう。」

「罪・・・?!一体・・・何を、言ってるんだね?
私のしてきたことは、敬われることはあっても・・・罪なんかでは・・・決して、ない!!」





尾花沢が半狂乱になって叫ぶ。
自分の傷口を抑えながら、血を吐きながら。
遺伝子強化兵への、自分の研究への執念だけで行動しているかのように。





「・・・貴方がどう考えていようと、この施設も、研究ももう終わりだ。
これだけの騒ぎになれば、さすがに警察も動くでしょう。」

「終わり・・・?!バカな・・・ことを言うのではない。
私の研究はまだ・・・続くのだ!!まだそこにくんが、いる、だろう?!」





フラフラと立つ尾花沢がを指差す。
はそんな尾花沢の声が聞こえていないかのように、一点を見つめて茫然としたままだった。





「今の貴方に何ができるんですか。
貴方が何をしようが、もうこの子たちに手は出させない。
大地の・・・大地の死を無駄にはさせない・・・!!」

「・・・松下。お前が無事、だったと言う、ことは・・・
別の場所に・・・待機させていた所員も・・・無事だったということだ。」

「・・・!!」





パアン!!!





「くっ・・・!!」

「松下さん!!」





血まみれの尾花沢の後ろから、銃声が聞こえ
松下さんが倒れこむ。





「お前、ら!!そこの、二人は・・・殺せ!
くんも撃ってもかまわん!・・・だが、致命傷にはならないようにしろ!!」

「なっ・・・!」





尾花沢の後ろに現れた、数人の所員がこちらに銃を向ける。
狙っているのは俺ではなく・・・明らかに
が茫然としている間に、を動けなくするつもりのようだ。
力を使えないだろう俺よりも、の方がよっぽど脅威なのだろう。





っ・・・!!」





パアン!!!





を抱え込むようにして、地面に倒れこむ。
肩に軽い痛みが走る。





「・・・英士っ!!」





の声が聞こえて。
俺はには、にだけは銃弾が当たらないように、を強く抱きしめた。

けれど。
その後は何も起こらない。
次の銃声も聞こえてこない。

俺たちが起き上がってくるのを、待つ理由なんてないはずだ。
ならば何故・・・?





ガキッ!!

ドカッ!!





そして聞こえてきたのは、何かが壊れる音。
何かを殴ったような音。





っ!!無事?!」

「郭!!!!大丈夫か?!」





俺は目を見開いて、俺たちに声をかけた人物を見た。
その顔は、見たことのある顔。





「椎名・・・先輩・・・!功先生・・・!!」





不破の力に影響されずにいた所員たちが、この場所へ集まってきていたが
椎名先輩が次々と倒していく。
その間に、功先生は俺たちの側へと駆け寄ってくる。





「お前ら・・・こんな怪我して・・・。
来るのが遅かったよな・・・!すまなかった!!」

「・・・先生のせいなんかじゃない。」





そう。全ては俺のせい。
俺の醜い感情が巻き起こしたこと。
も、不破も、巻き込んだのは俺だ。





 ・・・!!お前は・・・!お前だけは・・・!!!」





椎名先輩から逃れてきた所員が、俺たちの方へと襲い掛かってくる。
目は虚ろで、もはや尾花沢への忠誠心だけで動いているんだろう。
一体どうしたら、そんな感情が芽生えてくるのだろうか。





ドカッ!!!





俺と功先生が構えた瞬間、その所員がその場に倒れる。
倒れた所員の後ろに立っていたのは。





「・・・・・・。」





茫然としたの表情が、何かに縋るような悲しい表情に変わる。
そして、目の前に立つ相手の名前を呼ぶ。





「・・・亮・・・先輩っ・・・」





ああ。きっとは、何かに縋りたい気持ちを必死で抑えて。
何もかもを投げ出したくなるような気持ちを、必死で抑えて。



強くあろうと、していたのだろう。



そんなが、強くて弱いが、その強がりを解ける相手。
弱さを、見せることが出来る相手。
それが三上先輩なのだろう。





三上先輩はの側にしゃがんで、の顔に触れる。
をじっと見つめて、ため息をつきながら、その肩に自分の額を寄せる。





「・・・無事だな?」

「・・・はい・・・。でも・・・。」





が苦痛に顔を歪めて、三上先輩がの近くに倒れる二人を見つける。
そして、の髪を優しくなでる。





「ちょっと・・・待ってろ。あいつらを潰してきてやる。
それから全部話せ。何でもいい。お前が思ったこと、全部話せ。」





そう言うと、三上先輩は椎名先輩とは別方向から現れてきた所員に向かっていく。
遺伝子強化兵の監視役としての試験を通った二人の強さは、とんでもないものだった。
何分も立たないうちに、周りの所員は戦意を喪失していた。





「郭。こっちの二人は・・・。」

「・・・助けて、くれたんだ。俺たちのこと。」

「そうか・・・。それは感謝しなくちゃな。早く病院に連れていかないと・・・!郭、。お前らもだぞ。」

「・・・私は大丈夫です。ほとんど怪我なんて、してないんです。
ここにいる人たちが・・・不破くんや英士や、松下さんが・・・守ってくれたんです。だから皆を先に・・・!」

「何言ってるの?。俺は何も出来なかった。や不破を・・・巻き込んだだけだ。
不破が死ぬことなんてなかったのに・・・!俺がっ・・・」





震える手に、優しく手が添えられる。
が悲しそうに首を振る。





「自分を・・・責めないで。英士が・・・そんな風に思ってた・・・ら・・・。」

・・・?!」

っ!どうした?!しっかりしろ?!」





言葉を途中で途切らせて、がその場に倒れる。
功先生と一緒に、の名を呼ぶ。
本当はどこか怪我でも・・・?!





「早く病院に連れていこう。救急車なんていつ来るかわからない。
俺の車に乗せていくぞ!!」

「わかった!」











所員を全て倒した三上先輩と、椎名先輩が戻ってきて
三上先輩がを優しく抱きかかえる。
倒れた3人を車に乗せて、車は山道を降りていく。

俺は隣に座る功先生に、静かに話し掛ける。





「功先生。」

「・・・何だ?」

「後で、全て話すよ。正直に。
俺がしてきたこと。この施設であったこと。」

「・・・そうか。けど、その前に、若菜や真田・・・クラスメイトに顔を見せてやれ。
皆、お前らのことずっと心配してたんだからな。」

「・・・はい。」









たくさんの犠牲を出して、ようやく俺たちは桜町へ帰る。
俺たちの大切な場所。

その大切さに気づかずに、一度は手放した場所。
大切な人を巻き込んで、傷つけて、自分の愚かさに気づいて。

俺に、帰る資格なんてないんだろう。
けれど、俺がそこにいることを望んでくれているなら。
俺がそこに帰っていいのなら。
もう一度、あいつらに会いたい。





こんなことを引き起こした俺の、行く先は決まっているけれど
それが最後であってもいい。

俺が大切だと言ってくれた
俺を親友と呼んでくれたあいつらに会って、謝りたいんだ。
例え許してなんて、くれなくても。





そんな願い、持つ資格すらないのだろう。





たくさんの人を傷つけたくせに、そんな自分勝手な思いだけは一人前で。










最後になっても、もう一度だけでも。





大切な場所で、大切な人たちと、笑いあいたい。





そう願わずにはいられなかった。











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