聞こえる。





俺が欲しかった声。





ここにある。





俺が求めつづけたもの。














最後の夏に見上げた空は













声が、聞こえる。





「・・・・・・んっ・・」





フィルターにかかったように、かすかに耳に届いて。
俺はその声を聞きたくて。無性に聞きたくなって、耳を澄ます。





「ふわ・・・く・・・」





ああ。そうだ。
俺が聞きたかった声。
俺が守りたいと、初めて思った人間。





「不破くんっ・・・!!」





俺に『感情』を与えてくれた。
俺に、生きる意味を与えてくれた。





・・・・。」

「不破くん!!しっかりして!!どうして・・・どうしてこんな・・・。」





が悲しそうに顔を歪める。
ああ。俺の姿を見て悲しんでいるのか。
自分のためでもなく他人のために、こんな表情が出来るを少しだけ羨ましく思った。

それと同時に、見上げたの顔に赤い血がついていることに気づく。
俺は痛くなんてないのに、何故か苦痛を感じた。

俺は自分の手が動くことを確認し、の顔に触れる。





「怪我を・・・しているな。」

「こんなのっ・・・たいしたことない!!それより不破くんが・・・!!」

「なるべく・・・後ろに衝撃が行かないようにしたのだが・・・どうやら失敗したな。」

「そんなのいいよ!私よりも・・・自分の心配を・・・。」

「・・・。そんな・・・顔をするな。俺は大丈夫だ。」

「不破くん・・・。」

「・・・そんな傷で大丈夫なワケないでしょ。強がるなよ不破・・・。」





聞こえたもう一つの声。
掠れた視界の先に、もう一人が見える。





「・・・声が、震えているぞ。お前らしくもない。」

「震えてなんかない!不破、お前はもう喋るな・・・!
後でいくらだって、何だって聞いてやるから・・・!!」





俺は強がってなどいない。本当に大丈夫だ。
確かに大量の出血、動かせない部分もあるようだが、痛みは感じない。
苦痛は、ない。

それよりも今、言わなければならない。
お前たちに伝えなければならないことがある。

痛みはない。苦痛もない。けれど。





俺に残された時間は、本当にわずかだから。






















「これで、お前らは『大切な場所』に帰れるのだな・・・?」

「不破!これ以上話したら・・・」

「郭。喋らせてくれ。・・・今、話がしたいんだ。」

「・・・っ・・・。」





郭も、と同じだな。
の前では強がっていただけで。
何かに意地になっていただけで。
こんな状況でも、他人の心配をしているなんて。





「・・・帰れるのだな?」

「・・・うんっ・・・。不破くんの・・・不破くんのおかげだよ・・・!」

「そうか・・・。」





よかった。心からそう思う。
これでも郭も自由になれる。
いや、完璧な自由などないのだろうが、少なくとも『大切な場所』には戻れる。

もし今回の脱出が失敗していたら・・・おそらくもう二度と、その場所に戻ることはできなかっただろう。





「不破くんも一緒に桜町に行って・・・そしたら、いろいろな人を紹介するね?
私も途中から入ったんだけど、皆いい人たちばかりなんだよ。」

「・・・そう、か。」

「・・・そうだよ不破。少し規則が厳しいけどね。
きっとお前の考察対象が増えるような奴らがたくさんいるよ。」





それは、楽しみだな。
俺の知らなかった世界に、何があるのか興味深い。
お前らと『普通の生活』というものをしてみるのもよかったかもしれない。





「それは興味深い・・・が、俺は、そこへは行けないな。」

「不破くん?!」

「自分の死期くらいわかる。」

「何・・・言ってるの?!」

「どちらにせよ俺は、お前らと一緒に死ぬことは出来なかっただろう。
様々な実験の末に、いつ死んでもおかしくない体だったんだ。」





外の傷は治っても、体の内部はボロボロだった。
ここまで生きていられたことが、奇跡とでもいえるだろうか。
不思議なものだ。理屈で、理論で、説明できないことが、俺の中で起きていた。





「そんな・・・何を・・・。
不破くん、『大切なもの』を見つけるんでしょ?!だったら・・・!!」

「もう、見つかった。」

「・・・え・・・?」










逝く時は一人だと思っていた。





「・・・何て出来そこないを連れてきてしまったんだ・・・。」





この冷たい場所で、たった一人で。
誰も気にもとめない。俺という存在がなかったかのように。





けれど。











「不破くんも・・・一緒に行こう?」










お前はそんな俺を。










「慣れてても・・・私が心配だから。私が不破くんの手当てをしたいの。」










『欠陥品』だと、そう言われた俺を。










「だけど・・・だからこそ、どんな状況でも自分を大切にしてほしい。
不破くんがいなくなるのは嫌だよ。」










必要としてくれた。大切にしてくれた。










「・・・うんっ・・・。不破くんの・・・不破くんのおかげだよ・・・!」










俺の存在を、認めてくれた。





俺がこの施設に来てから感じていた『虚無感』。
それがなんという感情だったのか、今ならわかる。





俺は、『寂しかった』のだな。





誰にも存在を認められず、誰にも感情を見せられず
日に日に誰もが俺を気にしなくなっていく。

俺という存在が無くなっていく。
そうして一人、この世界からいなくなる。
それが何より、寂しかった。

にあって、その心を満たされて。
初めて理解することができた。





「もう、見つかっている。」

「・・・え・・・?」










「お前だ。。」










「な・・・何、言って・・・?」

「お前は俺を救ってくれた。俺に生きる意味を与えてくれた。
お前を守って逝けるのなら、何も思い残すことはない。」

「不破くっ・・・。何、を・・・。逝くなんて、そんなことっ・・・!」

。お前は優しすぎる。郭、お前にも言えることだ。
俺の死を嘆いて、時間を無駄にするな。
俺は、お前たちの幸せを願っている。それを、忘れるな。」

「・・・不破・・・。」

「ここで一人で逝くよりも、よっぽどいい終わりだ。」





掠れていく視界に、遠くなる声。
二人の姿が見えなくなっていく。二人の声が遠くなっていく。

俺の頬に何かが落ちる。
これは、水滴?雨が降っているわけでもないのに。

もう一度だけ目を開ける。
見えないはずの視界に、の顔がはっきり見える。










「・・・・・・。」










。お前は最後まで、俺の心を満たしてくれるのだな。










「・・・ありがとう・・・。」










その涙は、俺の為だと思っても良いだろうか。
生まれて初めての感謝の言葉。
伝えられるのが、お前でよかった。










「出会えて、よかった。」










このとき俺は、どんな表情をしていただろう。
俺の『心』を、お前たちに伝えることはできただろうか。













逝くときは一人だと思っていた。
この冷たい建物の中で、誰にも気にも止められず、誰も悲しむこともない。

ずっとあった虚無感の正体にも気づかずに、
ただ漠然と生きて、誰の記憶にも残らず、俺の存在は消えていた。



けれど今俺は、こんなにも温かい場所にいる。
この冷たい場所で、温かいお前たちに会って。
俺の虚無感は、寂しさは満たされて。

例えお前たちが、後少しの命であっても。
それでもお前たちの記憶に残れることが、
お前たちの力となれたことが、こんなにも嬉しい。














生きる意味なんてないと思っていた。





必死になることに、意味なんてないと思っていた。





けれど。





必死に生きるお前たちに、俺はこんなにも心を動かされて。





こんなにも、満たされた。












だから俺は感謝する。





誰にというわけではないけれど、ただ、感謝する。










今、この場所でお前たちに出会えたことを。






生まれて初めて感じた、温もりを与えてくれたことを。

















この温かい場所で、最期を迎えられることを。



















TOP  NEXT