どんな理由でも、どんなきっかけでも
私たちの為に動いてくれた貴方だから
だからこそ今、自分を大切にすることを知ってほしい。
最後の夏に見上げた空は
「・・・待て。」
「・・・?どうしたんですか。松下さん。」
「大地。お前はどこの扉から、出ようとしていた?」
「緊急用の扉・・・。セキュリティロックのない扉だ。ここからだと、A3の扉になるか。」
「A3か・・・。君たち、もう一度部屋に入ってくれないか。俺に考えがある。」
英士と不破くんと顔を見合わせて、所員の数人しか入れないという、その部屋に戻る。
松下さんが再び暗証番号を入力し、鍵をかける。
「何だ松下。俺たちにはゆっくりしている時間などないぞ?」
「手短に話すよ。大地。A3の扉から脱出すると言ったな。」
「ああ。他の扉には厳重なセキュリティロックがかかっている。
今のように、カードと、扉ごとにある暗証番号の入力が必要だ。
よって、俺たちにはその扉を開けることはできない。」
「そうだな。俺でさえ全ての扉の暗証番号は知らない。
だが、A3の扉ではおそらく警備員にまた追いつめられる。
というよりも既に、緊急用の扉のほとんどに警備員が張り付いているだろう。」
「多少の危険は覚悟のうえだ。」
「その危険を避ける方法が浮かんだんだ。」
「・・・何?」
「俺が警備室へ行って、全てのセキュリティロックをはずす。そうすればお前らはどこの扉からでも脱出可能だ。
それに、セキュリティのかかっている扉から脱出できるなんて、誰も思いもよらないだろうから
扉付近の警備もあまいはずだ。」
「・・・確かに。それができれば、脱出の成功率は大幅に上がるな・・・。」
「問題は・・・そこまで俺を信用してくれるかだけどな。」
松下さんの行動をシュミレートして、ぶつぶつと呟いている不破くんをよそに
松下さんは私たちを見る。
二人の話を聞いた感じだと、松下さんの案は危険がすくなくすみそうなもの。
けれど、もしも松下さんがロックを解除できなければ、私たちは開かない扉に邪魔され
無駄な体力だけ使い、下手するとそこで追いつめられる可能性だってある。
「・・・不破。そのA3っていう扉はかなり遠いの?」
「そうだな。尾花沢に会った場所の近くだったのだが・・・。
そこから逃げるために、大分離れた場所に来てしまったからな。」
英士が私を見る。
そして、意を決したように松下さんに向き直る。
「松下さん。貴方を信じるよ。ロックをはずしてほしい。」
「それは当然・・・。俺を信じてくれるなら、俺だってそれを望んでいた。
けれど君が一番に俺を信用するなんて意外だったな。君を信用させることが一番手ごわいと思っていたよ。」
「勘違いしないで。俺はアンタを完璧に信用しているわけじゃない。
けど、相手は銃を持ってる。距離のある扉まで何があるかわからない。
なら安全と思われる方法を取ろうと思っただけだよ。」
「・・・ふむ。確かに松下任せにはなってしまうが、それが一番危険は少ない。」
「。それで・・・いい?」
「うん。危険は少ない方がいいもの。
不破くんも英士も・・・さっきみたいに危ない目に合ってほしくない。」
「例え脱出できなかったとしても、もうをあんな・・・ひどい目にはあわせない。
どんなことをしても、は俺が守るから。」
「・・・うん。ありがとう英士。けど英士も・・・絶対無理はしないで。」
「わかってる。」
私をまっすぐ見つめる英士を見て、頷く。
英士は私に対して、負い目を感じている。
けれど、その負い目のせいで、英士を危険な目には合わせたくない。
ただでさえ私は、戦うこともできずに、二人についていくしかできていないのに。
「じゃあ俺は警備室へ向かう。
くれぐれも無理はするな。死んでしまえば・・・何にもならない。」
「わかってるよ。俺だってまだ・・・死にたくないからね。」
「松下さんも、気をつけてください。」
「ああ。ありがとう。じゃあ後のルートは大地。任せたぞ。」
「施設のことは全て頭に入っている。問題ない。」
そうして私たちは松下さんと別れる。
警備員もいなくなり、静まり返った廊下の先を不破くんが見据える。
「行くぞ。郭。。」
「ああ。」
「うん!」
人気のない廊下をまた、駆け抜ける。
不破くんの選ぶルートは、ロックのかかっている扉に向かう道。
松下さんの言うように、私たちがその扉に向かうとは思っていないようで
警備員の数は、先ほどに比べ大分少なかった。
「うぁっ!!」
「よし。扉はすぐそこだ。後は松下がロックを解除できているかだな。」
不破くんがまた、一人の警備員を気絶させながら言う。
その表情は全く変わらず、不破くんのすごさを再認識した。
「・・・不破。その警備員、銃持ってたよね。」
「ああ。それがどうかしたか?」
「・・・どうもこうも・・・。そいつが銃を発砲したらどうなってたと思ってるわけ?」
「まあ確かに・・・発砲されたら俺たちの居場所がわれてしまうな。しかし、発砲する前に動けばいい話だ。
それに多少の危険は覚悟の上だと言っただろう。躊躇していたら、それこそこちらが不利になる。」
「俺が言ったのはそういう意味じゃないんだけど・・・。
ていうか今更だけど、何でここの所員は銃なんて持ってるわけ?」
「この施設の研究には、海外からも支援者がいる。そこから入手したものだろう。」
「・・・はあ。法も何もあったものじゃないね。」
英士が肩を落として、ため息をつく。
いくら海外の支援者がいるからと言って、銃なんて入手しようとするほうがおかしい。
遺伝子強化兵の研究といい、銃の入手といい、この研究所は争いを望んでいるようにしか思えない。
「ここだ。ロックは・・・。」
ついに私たちは、目的の扉の前に到着した。
扉の前には一人の警備員がいたけれど、不破くんにより、あっさり倒された。
不破くんがその扉に手をかける。けれど扉はびくともしない。
「・・・ダメだな。まだ解除されていない。」
「松下さん・・・大丈夫かな。」
「・・・不破。警備室へはさっきの場所からどのくらいかかるの?」
「5分もあれば着く。もう解除されてもいい頃だが・・・。」
不破くんが自分の時計を見る。
どうやら私たちがここへ来るまでに、5分以上の時間が経っているようだ。
「・・・あと、5分。待っても解除されなかったらロック解除は諦めたほうがいいな。」
「5分か・・・。ここでじっとしているのは危険だね。逃げ道がない。」
「ならば、少し扉からは離れるが、そこの廊下の角に入ろう。
そこなら例え見つかっても、左右の横道に入れる。」
周りを警戒しながら、不破くんの言った場所に隠れる。
不破くんが周りの警備員を気絶させてきたため、人の気配はもう、感じられない。
私は周りを見渡しながら、不破くんの腕に巻いた包帯に血がにじんでいることに気づく。
「不破くん。腕・・・血がまだ止まってなかったんだ・・・。」
「む?ああ。たいしたことはない。」
「・・・不破くん。何も、できない私が言えることじゃないのかもしれないけど・・・。
もっと自分を大切にして?」
「?何がだ?」
「さっき英士が『銃が発砲されてたら・・・』って話したよね?
それは銃声が聞こえたら、私たちの居場所がバレるって言いたかったわけじゃないんだよ?」
「・・・では、どういう意味なんだ?」
「不破くんが撃たれていたかもしれないって言いたかったんだよ。
こんな、腕くらいじゃ済まないケガをしていたかもしれない。」
「俺は痛みを感じないと言っただろう。ケガをしても、体の機能が損なわれない限りは
俺は動ける。痛みによって動けないということは発生しない。」
「そういう問題じゃなくて。痛みを感じなくたって、私たちは人間なんだよ?
遺伝子強化兵であったって、ただの人間で。痛みを感じなくても、死んでしまったら何にもならないでしょう?それに・・・」
「・・・何だ?」
「不破くんのそんな姿を見たくない。不破くんに、英士に、危険な目にあってほしくないよ。」
「しかし・・・。」
「多少の危険は覚悟の上・・・って言った不破くんの言葉も正論だし、理解できる。
何もしていない私が、何かを言える立場じゃないこともわかってる。だけど。」
「・・・。」
「だけど・・・だからこそ、どんな状況でも自分を大切にしてほしい。
不破くんがいなくなるのは嫌だよ。」
不破くんが驚いたような表情で私を見る。
私の言葉が、よっぽど聞きなれない言葉だったのかもしれない。
多くの人が、自分を一番大切にして生きている中で、不破くんはそんなこと、言葉すらも聞いたことがないように。
ほとんど変わらない表情が崩れるくらいに。私の言葉に驚いていた。
「俺も、と同意見だよ。」
「英士・・・。」
「お前がいなかったら、俺たちは脱出なんて出来なかっただろう。
そんな、一番の功労者が自分を大切にしないでどうするの?
これから『大切なもの』を見つけるんでしょ?」
「・・・。」
私と不破くんの話を黙ったまま聞いていた英士も、不破くんに言葉をかける。
あまり見られない不破くんの表情の変化。驚いて、困惑したような顔。
「お前らのような人間は、初めてだ。」
そう一言呟くと、不破くんはまた、いつもの無表情に戻る。
そして顔を背け、また長い廊下を見つめた。
「誰も・・・来ないな。
ここまで静かだと、かえって不気味だ。」
「そうだね。こっちとしては好都合なんだけど・・・。」
「5分経ったな。待っていろ。俺が扉を見てくる。」
「・・・気をつけてね?」
「わかっている。そもそも人気はない。問題ないだろう。」
扉へとゆっくり歩いていく不破くんを見つめる。
不破くんが扉に手をかける。その瞬間。
パァンッ!!!
どこからともなく、銃声が響く。
私たちはその音を聞いて、反射的に辺りを見渡す。
そして。
見渡した光景の中、まるでスローモーションのようにゆっくりと、
静かにその場に倒れていく不破くんの姿が、
茫然としたまま動くこともできずにいた、私たちの視界を流れていった。
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