後悔して、苦しんで。







その言葉は嘘じゃないって、そう思うから。












最後の夏に見上げた空は











「尾花沢・・・。」

「大地。まさかお前が裏切るとは思わなかったぞ?
郭くんも・・・政府が憎いのではなかったのか?」

「裏切ってなどいない。俺は俺の思うとおりに行動しただけだ。」

「・・・政府は今でも憎いけどね。そんなことよりも、もっと大切なことに気づいた。
もう、アンタの言いなりにはならないよ。」





銃を構えたままの尾花沢に対して、不破くんと英士が毅然と言葉を返す。
二人の表情に迷いはなかった。





「・・・なるほどな。二人ともくんに影響されたということか?
よかったなくん。君の偽善に付き合ってくれる人がいてくれて。」

「・・・そうね。二人がいなければ、私はきっと何も出来なかった。」

「二人とも愚かだな。こんな小娘の言うことを真に受けてどうする?
今ならまだ今回の行動も不問にしてやろう。おとなしく部屋へ戻れ。」





尾花沢が少しずつ歩を進め、私たちに近づいてくる。
英士と不破くんが、私を背に回して尾花沢と対峙する。





「所長!ご無事ですか?!」

「ああ。今・・・」

「尾花沢!!」





尾花沢の後ろから別の所員の声し、尾花沢が一瞬気を緩めたその瞬間・・・





「な・・・あがっ!!」

「所長!」





不破くんが渾身の力で投げつけた、ペンライトが尾花沢の額に命中する。
その機を逃さず、英士と不破くんが尾花沢ともう一人の所員へ向かって駆け出す。

駆け出した二人の先にもう一人、人影が見える。
その人が手に持っているものを目にし、慌てて駆け寄り叫ぶ。





「英士!不破くん!前!銃持ってる!!」

「なっ・・・?!」





パァン!!!





尾花沢に手刀を浴びせようとしていた不破くんに対し、銃が発砲される。
やっぱり彼らが持っている銃は本物。脅しなんかじゃない。その銃声に背筋がゾッとした。





「不破くん!」

「大丈夫だ!郭!!そこの道へ入れ!!」





私の一番近い場所にあった、横道へ飛び込む。

狭い廊下で、銃に狙われたらそれこそ致命的だ。
尾花沢の銃は遠くに蹴り飛ばし、もう一人の所員は銃を持っていない。
発砲した所員との距離はまだある。今は銃による攻撃から逃げる必要があった。

必死で、夢中で走り、他の場所よりも明らかに雰囲気の違う廊下に出る。
真っ白な壁に囲まれた、とても綺麗な廊下。





「ここは・・・。」

『おいっ!こっちの方へ来たはずだ!行くぞ!!』

「・・・撒けたと思っていたが、あまかったか。仕方がない。こっちの道を・・・」





私たちが走ってきた方向から、数人の男の声がし、
別の道の方向を見る。しかし、そちらからも同じように複数の声がしていた。





「・・・どちらから行くべきか。あの人数を相手にするのは無謀だ。」

「けど仕方ないね。道はどちらかにしかない。
二つの道から合流される方が厄介だしね。」

「俺たちの来た道ならば、銃を持っている所員がいないはずだ。
多少人数は多いが・・・」

「おい。君たち。」





白い綺麗な扉が開き、私たちに向かって声がかかる。
驚いて見たその人物は。





「松下さん・・・!」

「入れ。この部屋ならば誰も入ってこれない。ましてや君たちが入れる部屋だとは
誰も思わないだろう。捕まりたくないのなら早くしろ!」

「何・・・言って・・・!いつも尾花沢の近くにいる人間の言うことを信じると思ってるわけ?
罠に飛び込むようなことを誰がすると思って・・・!」

「・・・いや、入ろう。」

「不破?!」

「いいから入れ。あいつらに捕まりたいのか?!」

「・・・!」





不破くんに引き込まれるように、私たちは松下さんのいるその部屋に入る。
松下さんは扉を閉め、暗証番号で鍵をかけた。
私たちはそのまま、声を潜め、外の様子を伺う。





『おい・・・?いないぞ?!』

『こっちに来たと思ったんだが・・・。』

『どこかの部屋に入ったのでは?』

『いや、ここ一帯の部屋は尾花沢所長と、数人の所員しか入れない。大地も知らないはずだ。
そもそも俺らでは、確かめることもできない。』

『どこかで道を変えた可能性が高いな・・・。戻るぞ!』





足音が遠ざかっていく。
ホッと胸を撫で下ろし、私たちを助ける形になった、松下さんの方へ向き直る。





「大地。どうして俺を信じたんだ?」

「この部屋は、施設の数人しか入れないような重要な部屋だ。
何か重要なものが置いてある部屋だと予測はしていた。
その部屋に俺たちを入れるということは、その重要なものを盾に俺たちが優位にたてる可能性もあるということだ。
あの人数を相手にするよりは、よっぽど脱出の可能性が上がる。」

「はは。なるほどな。さすが大地だ。」





不破くんの言葉を受けて、周りを見渡すと、そこには数台の機械やパソコン。
本棚には膨大な紙の資料が所狭しと並んでいた。





「・・・不破くん!」

「何だ?」

「腕・・・!血が出てるよ!」

「ああ。気づかなかったが・・・。先ほど撃たれたときだろう。銃を持っているとは・・・予想外だったな。」

「って、冷静すぎだから!手当てしなきゃ!って・・・私何も持ってないんだった・・・。」

「ああ。そこの棚に応急処置用だが救急箱がある。使って構わないよ。」

「・・・松下さん・・・。あ、ありがとうございます。」

「どういたしまして。
まだ所員がこの辺りをうろついているはずだ。彼らがいなくなるまで、ゆっくり手当てをするといい。」





笑って救急箱の場所を指し示す松下さんに、疑いの目を向けつつ、救急箱を取りに行く。
一体この人は何を考えているのだろう。いつも尾花沢の隣にいた側近のような人。
この人が私たちを助ける理由なんて・・・。





「俺は痛みを感じないといっただろう。」

「・・・聞いたけど、手当てくらいさせて?」

「そんなものしなくても、この程度の怪我なら慣れている。」

「慣れてても・・・私が心配だから。私が不破くんの手当てをしたいの。」

「・・・そうか。」





血で服が染まって、こんなにも痛そうなのに
それでも不破くんは、本当に何でもない顔をしている。
その表情がつらかった。
『痛み』にさえ、何も感じなくなってしまった不破くんを思うと、胸が痛んだ。





「・・・で、アンタはどうして俺たちを助けたの?」

「俺も疑問だな。お前は尾花沢の側近だったはずだろう。」





不破くんの腕に包帯を巻いていく中、一番聞きたかった質問を英士が松下さんに投げかける。
同じ所員だった不破くんも疑問だったようだ。英士に続いて質問する。





「・・・俺は、この研究所の所員ではないんだ。」

「・・・え?!」

「何を言っている?お前は数ヶ月前に、尾花沢に気に入られ、この研究所に入ったはずだ。」

「確かにね。俺は医学から薬学まで、幅広く勉強していてね。尾花沢所長に気に入られ、彼の側近となった。
けれど、俺には別の目的があって、その目的のために所長についていたんだ。」

「目的・・・?」

「・・・遺伝子強化兵の延命療法だ。」

「「「!!」」」

「俺の所属していた研究所はあまりにも小さくて。遺伝子強化兵の情報が少なすぎた。
その中で研究を続けていくことは困難で。だからこの研究所に来たわけだ。
ここなら大量の情報がある。隠れて・・・自分の研究を進めるには好都合だった。」

「・・・どうして?松下さんが私たちの延命なんて・・・。」

「俺には・・・弟がいたんだ。遺伝子強化兵のね。」

「え・・・?!」





松下さんの思いがけない言葉に、思わず声をあげる。
松下さんは自分の家族のために、そのために禁止されている研究を続けていたんだ。
けれど、少しだけひっかかる。松下さんは今・・・。弟が『いた』と、そう言った。





「どうして過去形で話す?遺伝子強化兵はまだ生きているはずだろう。」

「・・・。」

「・・・もう、死んでるんだね。」

「!」

「・・・君たちは勘が鋭いね。その通りだ。俺の弟は、3年前に自殺した。」

「そ・・・んな・・・。」

「俺は・・・同じクラスでいたことはないけど・・・。自分が遺伝子強化兵であることを嘆いて
自殺していく奴はいた。全てを諦めて、自分の命を絶ったんだ。」





初めて聞いた事実に衝撃を受ける。
確かに悲しくてつらくて。それでも私の周りの人は前向きに生きていたから。
私に勇気をくれていたから。そんなことがあったなんて、思っていなくて。

絶望して、全てを諦めて。自分の命を絶つなんて、なんて悲しいことなんだろう。
私が絶望したとき、支えてくれる人たちがいた。けれど。
自ら死を選んだ彼らは、支えてくれる人さえいなかったんだろう。





「弟も・・・その一人だった。」

「・・・。」

「一番苦しいのは自分のはずなのに、俺たちに気を使ってばかりの、優しい奴だった。
なのに・・・。俺はそんな弟の優しさにも気づかずに、自分のことばかり考えていた。
弟を置いて、桜町から遠く離れた学校へ進学したんだ。」



今まで笑っていた松下さんの顔に影が差す。



「それから少しして、両親も桜町から離れた。弟は・・・一人になった。そして・・・。」





松下さんが悔しそうに顔を歪める。
自分のした行動を今でも後悔しているように。





「たった一人の弟が、自ら命を絶って。そうなって初めて、心からアイツの気持ちを考えた。
いつも俺に笑いかけていた、あいつの強さと、弱さを。」





不破くんも英士も。
静かに松下さんの話を聞いている。
不破くんは無表情のままに。英士は俯き、何かを考えるように。





「アイツは・・・どんなに寂しかったろう。どんなに・・・悲しかっただろう。
どんな思いで、自分の命を・・・。」





松下さんが言葉につまり、顔に手をあてる。
何年経っても消えない後悔の気持ち。自責の念。
この人はきっと、何度も何度も後悔しながら生きてきたんだろう。





「それからだよ。俺が弟のために・・・遺伝子強化兵のために何かしたいと思うようになったのは。」

「・・・それが、俺たちの延命?」

「ああ。正確に言えば、君たちの細胞を変異させ、通常の細胞に近づける研究をしていた。」

「では何故俺たちを助けた?お前の研究には俺たちが、が必要不可欠だっただろう。」

「・・・そうだな。そう思っていたよ。だから大地に対する研究の仕方にも文句は言えなかった。
さん。君に対してもそうだ。あんなひどい方法での研究なんて、君を苦しめるだけでしかないのに。」

「・・・。」

「君たちが傷つくことを見ても、俺は自分の研究を優先していた。
それで俺が研究を完成させれば、君たちの為になると。そう思い込んで。」

「・・・確かに私たちはもっと、生きていたいです。
もし、もっと生きる時間があるのなら、それが出来る限り長くあってほしいと、そう思っています。だけど・・・。」

「ああ。もう目は覚めてる。
俺に大切な弟がいたように君たちにも大切な人がいる。
その人たちと一緒にいないで、どうして幸せになれるんだ。・・・そうだろ?」

「・・・はい。」

「成功する保証のない研究よりも、君たちは大切な人たちと、大切な時間を過ごすべきだ。
俺は研究を諦めない。だが、もう君たちの時間を奪うこともしない。」

「松下さん・・・。」

「これが理由だ。だから俺は君たちの脱出に協力するよ。」





松下さんが笑って、私たちを見つめる。
私は松下さんの言葉に、嘘はないと感じ、黙ったままに頷いて答える。
そして。





「松下さんさ。話が長いって言われない?結論までが長いよ。
協力するなら協力するって一言でいいでしょ。」

「その話が本当なのかは知らないが、俺たちをこの部屋に入れたこと。
匿ったことから、お前を信じてもいいのだろうな。」

「ああ。信じてくれていい。」

「・・・そろそろ出てもいい頃かな?」

「ああ。そうだな。人の気配がなくなった。」

「では鍵を開けようか。ここから一番近いルートは・・・大地。頭に入っているんだろう?」

「当然だ。」





松下さんがポケットから、カードを取り出して機械に通す。
さらに暗証番号を入力し、扉の鍵が開く音がした。

不破くんが外の様子を伺う。どうやら誰もいないようだ。
不破くんの後ろに、英士と私がつき、最後に松下さんがその部屋から出る。
私はふと立ち止まって、松下さんの方へ向き直る。





「松下さん。」

「ん?何だ?」

「ありがとうございます。・・・松下さんみたいな人がこの場所にいてくれて、嬉しいです。」





松下さんが驚いた顔を見せ、もう一度微笑む。
まるで松下さんの弟さんに笑いかけているかのように。





その笑顔は少しだけ悲しくて。





けれど





とても、とても優しい笑顔だった。














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