帰れる。大切な人たちの下へ。






帰ろう。大切な場所へ。














最後の夏に見上げた空は












・・・本当に大丈夫?」

「うん。平気平気。」

「二人ともこっちだ。とりあえずそこの部屋に入るぞ。」





英士が一緒に帰ろうと言ってくれた、その夜に私たちは行動を起こした。
もう1日でも、きちんとした計画をたてた方がよかったのかもしれないけれど、
英士と不破くんが私の体を心配し、一刻も早く、ここから脱出することになった。
すでにこの施設の調査が終わっていた不破くんに誘導してもらい、廊下を駆け抜け目の前の部屋に入る。





「・・・それにしても、建物を出るだけでこんなに走るはめになるとはね。」

「仕方がないだろう。他の入り口は全て厳重なロックがかかっている。
俺たちが脱出できる可能性が一番高い場所に向かうのは当然だ。」

「わかってるよ。・・・は大丈夫?」

「うん。大丈夫。」

「無理しないでよ?何かあったら俺が担いででも、を連れていくから。」

「あはは。ありがと。大丈夫だよ。」





私と英士が会話を続けている間に、不破くんが小さな紙を取り出す。
薄暗い部屋の中で、ペンライトをつけ、その紙を照らす。





「今、俺たちがいるのがこの場所だ。出口はここだ。」

「うん。もう少しだね。」

「しかし、先ほども話したように、俺たちがここを脱出してもこの場所は山奥。もちろん俺は外のことは知らない。
すぐに追いつかれるのは目に見えている。よって、協力者を呼んでおきたい。」

「警察は当てにならない・・・だから俺たちの信用できる人間に連絡を取る・・・だったね。」

「そうだ。俺たちの通るルートの途中に電話機がある。
ここにも当然見張りはいるが、こいつも今までのようになんとかなるだろう。」

「・・・確かに不破くん、すごい強いよね・・・。」

「確かにね。音も無く、標的を仕留めていくところなんか、何者だって感じがしたよ。」

「・・・?たいしたことではないだろう?人体の急所がわかっていれば、なんということはない。」





英士と顔を見合わせ苦笑する。
そう。今までに何人かの見張りに遭遇し、それらは全て不破くんが倒していた。音も無く。
不破くんの考えた綿密なルートと、音も無く目の前の人間を倒していくおかげで、
私たちの行動はまだ、この施設に知れてはいないようだった。





「それで・・・どこへ連絡するのかは決まっているな?」

「・・・まあ決まってはいるけど・・・。よく考えたら連絡をすればそれで済みそうじゃない?
居場所さえ連絡すれば、後はあっちから助けに来てくれるような気がするけど・・・。」

「あまいな。尾花沢は腐っても薬学の権威、権力者だ。誰かが来ても誤魔化し、時間をかせいで
お前たちを別の場所へ連れていくことくらい容易くできる。」

「・・・なるほどね。わかったよ。自分たちで行動するしかないってことだね。」

「その通りだ。」

「連絡は桜塚高校にするよ。というか、俺たちが知る連絡先なんてそこしかない。
功先生か・・・西園寺先生に連絡がつけばなんとかなるでしょ。」

「では行くか。電話機で連絡をつけたら、真っ直ぐに出口まで向かうぞ。」

「ああ。」

「うん!」





部屋の外の様子を伺い、静かに部屋の外へ出る。
そしてなるべく音を立てないように、早足で目的の場所へ向かう。

私たちが通ってきた道は、普段実験ばかりしている、夜中には人の寄り付かない場所。
多少の音は立てても問題はなかった。
ドラマに出てくるような、センサーなんかがあるのかとも思ったけれど
山奥にあるこの施設に、そのようなものはつける必要がないと不破くんが言っていた。
そして、それは私たちにとって本当に好都合だった。
だってそんなものがあったら脱出はもっと難しかっただろうから。



そのまま大きな障害も無く、私たちは電話機のある場所についた。
そこには不破くんの言ったとおり、見張りの男が立っていた。





「・・・!」

「不破くん・・・?」

「・・・いや、何でもない。隠れていろ。」





私と英士が今までのとおりに壁際に隠れる。
一人で現れた『所員』の不破くんには、誰もが油断するだろう。
油断した相手を倒すことはワケない・・・と不破くんは言っていた。
言葉どおり、不破くんはなんなく相手を倒してきていたんだけれど。

今まで少しだけ違う様子を見せた不破くんを壁際から見つめる。
英士も同じことを感じたらしく、目を離さずに不破くんを見ていた。



「・・・おお大地。どうしたんだ?こんな時間に。」

「少し目が覚めてしまった。そっちこそこんな時間に見張りとはご苦労なことだ。」

「本来の見張りが体調崩したらしくてな。俺が代打ってわけだ。
しっかし、見張りなんてしたって、意味ないと思うんだけどなー?」

「・・・なるほど。」



この研究所の人間にしては、やけに明るく、体格のいい男が笑いながら不破くんに話し掛ける。
周りを見渡すように話すその男のスキを見逃さず、不破くんが素早く動く。





ガッ!!





「・・・!」

「・・・なんのつもりだ?大地。」





先ほどまで数人の男たちを倒してきた手刀を、その男はなんなく受け止める。





「・・・やはりお前は、他の奴らと同じようにはいかないな。」

「『お前』はないだろう?一応俺は、お前に戦い方を仕込んだ先生だぞ?
それにその口調も一体誰から影響を受けたんだかなー?」

「確かに。俺はお前には勝てないだろうが・・・。」

「よくわからないが、俺はここでお前を捕まえておいた方がよさそうだなー?」





明らかに今までと雰囲気が違う警備員と不破くんの間に、緊張した空気が張り詰める。
今までの不意打ちとも言える不破くんの攻撃を、いとも簡単に止めた人。
話の内容からすると、不破くんに武術を教えた人のようだ。

不安になって、隣にいるはずの英士を見上げる。けれどそこに英士の姿はなかった。
慌てて周りを見渡し、英士の姿を見つける。英士が向かっている先は・・・ってええ?!





「手合わせ願おう。」

「よし!いい度胸だ!俺も退屈してたから、思う存分相手してやるよ!」





警備員が不破くんに襲い掛かる。
不破くんが構え、迎え撃とうとしたとき、





「おわ!!」





予想外の位置からの攻撃に、警備員が声をあげてその場に倒れる。
警備員に静かに近寄っていた英士だ。





「お・・・お前っ・・・遺伝子きょっ・・・ぐぁっ!」

「・・・やれやれ。」





倒れた警備員に不破くんの手刀が決まる。
不破くんは本当に、人の急所がわかっているようで、警備員はその一撃で意識を失った。





「・・・後ろからの不意打ちに、2対1なんて、こっちが悪役みたいだよね。」

「悪役?使えるものは使うのが当然だろう。」

「まあ、そうだね。格好つけてる場合じゃないし。。出てきてもいいよ。」

「う・・・うん。」





飄々と話す二人を、呆気に取られたように眺める。
なんていうか・・・すごい二人だなあ。





「さてと・・・さっさと連絡をいれてしまおう。」





英士が桜塚高校へと電話をつなぐ。
どうやら運良く、一番に西園寺先生とつながったようだ。
必要なことだけ話し、電話をすぐにきる。





「あと1時間もすれば、来れるだろうって話だよ。」

「何?桜町からここまでは、少なくとも2時間ほどはかかると思っていたが・・・。」

「・・・ここと連絡をとるための・・・俺の、協力者が口を割ったらしい。丁度今、こっちに向かってる最中だった。」

「なるほどな。それならば好都合だ。2時間以上を逃げ切れる可能性に多少不安はあったが・・・。
1時間となれば、逃げ切れる確率は大幅に上がる。」

「そうだね・・・。」





受話器を置いた後、英士の表情が曇る。
部屋を出る前に聞いた、英士の協力者の下山先生。
先生はこの研究所の人間で、英士の目的も知っていた。

きっと、英士は不安なんだろう。
自分の意志で桜町を出たことを、一馬や結人に知られてしまったかもしれないことが。
桜町に戻ったときに、二人がどんな反応を返すのか。

確かに二人がそれを知ったら、自分が置いていかれたと思うかもしれない。
英士のことを怒っているかもしれない。





「大丈夫だよ。英士。」

「・・・え?」

「結人と一馬のこと、考えてたでしょ?」

「・・・俺も、弱いね。二人に嫌われてもいいと思って、桜塚高校を出たのに。」

「二人は何があったって、英士の友達だよ。
・・・それは英士が、一番よくわかってるんじゃない?」





俯いて何かを考えていた英士が、顔を上げて微笑む。
親友の二人を思い出したんだろう。その表情はとても優しかった。





「・・・うん。わかるよ。あいつら、底抜けのお人よしだから。」

「うん。」

「帰ったら、あいつらに謝るよ。・・・おとなしく叱られてやろうとも思う。」

「英士を叱るなんて、二人とも初めてなんじゃない?」

「もしかしたら、謝るなんてこともなかったかもね。」

「あはは。じゃあそれで、充分じゃないかな?」





私が笑い、英士もまた微笑む。
きっと大丈夫。結人も一馬も、私たちのクラスメイトも、皆ならきっとわかってくれるから。





「二人とも。そろそろ先へ進むぞ。いいな?」

「あ、うん!大丈夫。」

「・・・。」

「ん?何?英士。」

「ここから脱出したら、にもきちんと謝りたい。そのときには、話を・・・聞いてほしい。」

「うん。いつでも・・・いつだって聞くよ?」

「・・・ありがとう。」





私にお礼を述べて、英士はいつものように冷静な表情に戻る。
そうしてまた、不破くんを先頭に、人気のない廊下を走り始めたその時。





ジリリリリリリリリリリッ!!!!





施設中に火災報知機のような音が鳴り響く。
私たちは一度立ち止まり、辺りの様子を伺う。





『所員全員に告ぐ!!遺伝子強化兵2名と、不破 大地が警備員を気絶させ、
脱走を謀っている!3人を見つけ次第、直ちに捕獲せよ!!繰り返す・・・』





「なっ・・・!」

「・・・ばれたな。よし、ここからは何も気にしなくていい。ひたすら走れ!」

「わかった!!行ける?!」

「だ、大丈夫!!行こう!!」





ついに私たちの計画がばれ、施設内は騒然となる。
実験室の多いこの部屋の付近には、まだ人影はなく、遠くの廊下からたくさんの声が聞こえてきた。





「俺たちがどの場所にいるかまでは把握していないはずだ。
このまま出口まで向かうぞ!」





全力疾走し、脱出するべき扉へ向かう。
ここからならば、もうそんなに距離はないはずだ。
もう少し、もう少し頑張れば、ここから脱出できる。

前を走る不破くんが、目の前の角を曲がる。
私と英士も不破くんと同じように角を曲がる。
角を曲がった瞬間、そこで立ち止まっている不破くんにぶつかりそうになり、慌てて足を止める。





「不破っ・・・くん?!」





思わず不破くんに声をかける。
不破くんはこちらを振り向かずに、前だけを見つめているようだった。
不思議に思い、不破くんの横から顔をのぞかせると。





「何をしているんだね?君たち。」





そこには、冷たい笑顔を浮かべ、何か黒いものを構える尾花沢。
不破くんは無表情のまま、英士は顔をしかめ、悔しそうな表情をする。





「大事な実験対象を傷つけたくはない。大人しく部屋に戻ってもらおうか。」





尾花沢が構えていたものは、テレビや本でしか見たことがないようなもの。
私はそんなものを実際に目にするなんて、想像もしていなくて。
その黒いものが何なのかを理解するのに、少しの時間を要した。





「部屋に、戻れ。」





尾花沢は右手に持つ、その黒い物体を私たちに向けて





「まだ死にたくないだろう?」





真っ黒な銃を私たちに向けて、ぞっとするような冷たい笑みを浮かべていた。
















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