こんな考えを持つ自分が悔しくて。
信じきれない自分が情けなくて。
最後の夏に見上げた空は
「今日の授業はこれで終了です。風祭先生はお休みを取っていられますから、
帰りのHRもこのまま私が受け持ちます。」
今日も何事もなく一日が終わる。
それは変わらない日常。いつもの日常。
窓際に並ぶ二人の席が、未だ埋まらないことを除いて。
「明日は全校集会の予定でしたが、変更となり代わりに・・・・・」
最後の授業を担当した教師が、淡々と言葉を続ける。
俺はその言葉に耳を傾けてはいなくて。
いなくなった二人を、英士とのことを考えていた。
二人はどこへ行ったんだ・・・?
どうしてあの二人が連れていかれたんだ・・・?
どうして俺は・・・
「一馬っ!おい!!ホームルーム終わったぞ!!」
考えを巡らせている間にホームルームは終わり、目の前には結人がいた。
「とっとと寮に帰ろうぜ。また教師たちがうるせーし。」
「あ、ああ・・・。」
英士とがいなくなってから、遺伝子強化兵は学校が終わったらすぐに、寮へ戻ることが義務付けられた。
『生徒の安全を守るため』とか言っているが、本当のところはどうなんだかと思う。
俺は急いで帰り支度をし、結人と並んで廊下を歩く。
「功先生・・・。今日も休みなんだな。」
「・・・そうだな。」
「そういや、あのサッカー部の・・・椎名先輩と、あと三上先輩もいろんなとこ行って情報収集してるみたいだ。」
「・・・そう、なんだ。」
「・・・ちくしょうっ・・・!!
何で俺たちは何にもできねーんだよっ・・・!!英士もも俺たちの大切な仲間なのに!!
大人しく寮で待ってるなんてできねーよ!!俺だって二人を探したい!!」
「結人・・・。」
そう。俺たちは何もできない。
高い塀に囲まれ、学校から出ることもできない俺たちにできることなんてなくて。
今探している人たちからの良い知らせを待つことしかできない。
「こうなったら学校抜け出してでも・・・」
「おいおい。そんな無茶なことをするものじゃない。」
俺たちの後ろから声が聞こえる。
その声には聞き覚えがあった。
「アンタは・・・。」
「サッカー部の試合のときには世話になったね。」
「何だよ後ろからいきなり・・・。」
「すまないが、会話が聞こえてしまってね。
けれど学校を抜け出すなんてことは考えない方がいい。誰かに見つかれば間違いなく粛正施設行きだ。
君たちの友達が帰ってきても、君たちがこの場所にいないんじゃ仕方がないだろう?」
「・・・。けど、このまま何もしないなんて・・・!我慢できないんだよ!!」
「何もできないなんてことはないさ。俺もいろいろ調べていたんだが、君たちにも話を聞きたくてね。
少し、時間をもらえないか?」
意外な人物から声をかけられ、ここで話はできないからと、寮へ向かった。
俺たちの動きは制限されているが、3年の渋沢先輩ならば俺たちの寮に入ることもできる。
そうして、結人の部屋に集まり、渋沢先輩が話を始めた。
「・・・俺たちに聞きたいことって・・・?」
「まあ・・・始めから話そうか。君たちも今の状況を知りたいだろうから。」
俺と結人は無言のまま顔を見合わせ、渋沢先輩に向き直って頷く。
確かに功先生は動いてくれているが、先生が忙しすぎて状況を聞くことができなかった。
どんな些細な事でも聞きたかったから、先輩の申し出は丁度よかった。
「今、学校では二手に分かれて調査を進めてる。
三上、椎名、功先生の外組と、俺と西園寺先生の内部組だ。」
「・・・そう、なんだ・・・。」
「ああ。俺は地元の人間で、椎名たちと違って資格をもっていないから、おいそれと外には出れないんだ。
だから西園寺先生と内部情報を探っていた。」
「内部って・・・うちの学校に犯人がいるかもしれないってことか?!」
「・・・その可能性もあると言う事だ。君たちはこの学校を信用しきれているか?」
「・・・!!」
渋沢先輩の言っていることは最もだった。
政府の命令で教師をしている奴らがほとんどのこの学校で、信用できる奴なんて限られている。
そう考えれば内部を調べるのも当然だ。
「正直に言うと、俺はこの学校に犯人、もしくは協力者がいると思っている。」
「!」
「始めは明駱高校の関係者を疑ったりもしたんだが・・・。わざわざ疑われるような日に行動を起こすとは考えにくい。
それにが攫われる頃には、もう彼らは飛行機に乗っていることも証明されているからな。」
「・・・。」
「三上や椎名も同じ考えに至った。だから外の情報を集め、その人物を特定しようとしている。
俺は逆に中での情報から、特定しようとしているというわけだ。」
「どうして・・・この学校の人間だと思ったんだ?」
「・・・外部の人間が、誰にも気づかれずにこの学校へ入ってこれると思うか?
桜町に入ることでさえ許可がいるのに。」
「・・・そりゃ・・・そうだけど・・・」
「警備員が倒された時間から考えると、あまりにもスムーズに事が進みすぎている。
この学校の構造を知っていなければ、誰にも見られず、誰にも気づかれずに行動するのは不可能だ。」
「・・・。」
「それに、廊下で攫われただろうはともかくとしても、郭くんは寮で寝ていたんだろう?
あの日は休日で他にもたくさんの生徒が寮に残っていたはずだ。
その中で郭くんの部屋まで行き、彼を連れ出すのだって難しい。知らない人間なら郭くんも抵抗するだろうしな。」
「確かに・・・そうだな・・・。」
渋沢先輩の話は、納得できるものではあったけれど、俺たちは多少の驚きを覚えていた。
いくら政府に頼まれている奴らが多いと行っても、まさかこの学校に犯人がいるなんて思いたくなかった。
そして俺は、渋沢先輩の考えを聞きながら、もう一つの可能性を頭に浮かべていた。
決して俺が浮かべてはいけない考えを。
「で?結局俺たちは何すればいいんだ?教師たちに情報収集でもすんのか?」
「いや・・・。俺は何故、郭くんとが狙われたのかが知りたい。そして二人に何か変わったことはなかったか。
彼らに不自然に近づいている奴らがいなかったか・・・。」
「・・・何で二人が狙われたのかなんて・・・こっちが聞きたいし。変わったことだって・・・何もなかったよな?一馬。」
「・・・あ、そう・・・だな。」
「・・・真田。」
「な、何だよっ・・・。」
「俺は特に君に聞きたかったんだ。サッカー部の皆から、君の様子がおかしかったと聞いてね。
具合の悪かった郭くんを、異様に心配していたと聞いたよ。」
心臓が飛び跳ねる。
俺は確かに英士を心配していた。ただの体調不良だと本人も言っていたのに。
具合が悪いくらい誰でもあることだったのに。それでも俺は英士が心配でならなかった。
その理由はわかっている。わかっていたけど、言葉にしたくなかっただけ。
「あ・・・!そういや一馬、確かにかなり英士の心配してたよな・・・?!
何かに英士が巻き込まれる心当たりでもあったのか?」
「・・・え、心当たりっていうか・・・。」
「もー!はっきりしろよ!!英士との手がかりになるかもしれないんだぞ?!
どんな小さなことでもいいから言え!」
「真田。言いたくないことなのかもしれないが、郭くんとを助けたいと思うのなら・・・
話してくれないか?小さいことでも、くだらないと思えることでもいいんだ。」
どんな些細なことでも。どんな小さなことでも。
頭の片隅にあった、考えちゃいけない考えでも。
それで英士やにつながるのなら・・・。
「・・・最近、英士の様子がおかしかったから・・・。」
「おかしかった・・・?」
「なんて言うか・・・うまく表現できねーんだけどっ・・・。
今までの英士と違うって言うか・・・。」
「何だよ。俺には英士、いつも通りに見えたぜ?」
「何か・・・違うと思ったんだ。最近英士、一人でどこかに行くことが多かったし、
ボーっとしてることだってよくあった。俺がどうしたって聞いても、はぐらかすばっかりで・・・。
昔の英士だったら、何かあったら俺らに話してくれてたのに・・・。」
「・・・。」
「それに政府や周りを批判することが多くなってた。
英士は昔から政府を嫌ってたけど、あんなに鋭い目をして、それを言ってるところなんて
俺は見たことなかったんだ・・・。」
「だから、心配していたんだね?」
「・・・英士が一人で、どこかに行っちまいそうな気がして・・・。
でもアイツ、ポーカーフェイス崩さないし、俺は気づいてやれないんじゃないかって、そう思ったんだ・・・。」
「・・・バ一馬!そういうことこそ俺にはっきり言えよ!
お前一人で心配したって仕方ねえじゃんか!英士にだってはっきり聞けばよかったんだよ!」
「わっ・・・悪い。けど俺も混乱してて・・・。」
「・・・たくっ・・・!」
そんな俺らを見て、渋沢先輩が何か考えたように押し黙る。
そして顔を上げて、また俺らに問う。
「郭くんが、変わったことに心当たりはあるか?」
「もし本当に変わったんだったら・・・政府のせいじゃねえかな?
アイツ、昔から政府への恨みは半端じゃなかったから。
・・・もうすぐやってくる夏を前に、その恨みが再燃してきたとかかも・・・な。」
「・・・そうか。では、郭くんとよく話す教師や、学校の関係者はいたか?」
「・・・うーん。英士って意外と勉強熱心だったからなー。
結構いろんな先生ととこに質問に行ってたぜ?特定の先生っていないと思うけど・・・。」
「・・・真田も同じか?」
「・・・。」
「一馬っ!ちゃんと言え!」
「一度、見たことがある。英士と下山先生が言い合いしてるとこ・・・。」
「それだ!なあ先輩!下山に話聞いてみようぜ?!」
「待った。真田、どうして今までそれを誰にも言わなかったんだ?」
「そうだよ一馬!早く言ってたらそれだけ早く手がかり掴めたかもしれないんだぜ?!」
その光景を見たのは最近のこと。
けど誰にも、英士本人でさえも言うことができなかった。
「・・・そのとき、言い合いっていうよりは・・・英士が一方的に下山先生を責めてるように見えたから・・・。」
「何言ってんだよ?あの英士だぜ?あんな気の弱そうな下山なら、英士の方が強いに決まってんじゃん!」
「しかし郭くんは優等生だったと聞いたが?先生に逆らうようなことをするのか?」
「・・・そういや英士、教師に逆らったことってなかったかも・・・。」
「・・・二人とも。・・・これは一つの可能性だが・・・。」
「何だよ先輩。可能性があんなら話してくれよ。俺らだって協力するし!」
「郭くんは・・・」
「郭くんは自分からここを出ていったとは、考えられないか?」
結人が驚いた表情で渋沢先輩を見る。
俺は、俺は驚かなかった。
「何、言ってんだよ・・・。英士が何で自分から出てくんだよ。そんなことあるわけねーだろ?!」
「・・・寮にいた郭くんを、誰にも気づかれずに連れていくのは無理だ。警備員もいれば、生徒だっている。
それに郭くんの部屋は、入り口から離れた場所にある。誰かに連れられたとしても、郭くんを抱えていくには
目立ちすぎて、必ず見つかってしまうだろう。」
「・・・だからって・・・!!」
「郭くんが自分から寮を出て、そこで捕まったとしよう。
けれど寮を出るまでに、誰も郭くんを見ていないんだ。目撃者がいなさすぎるんだ。
何か理由があって、郭くん自身が隠れて寮を出たとすれば、つじつまがあうんだ。」
「そんなことっ・・・!おい一馬!違うよな?!お前も違うって思うだろ?」
「・・・俺は・・・。」
「・・・真田。君は、この可能性に辿り着いていたんじゃないか?」
「なっ・・・!一馬?!」
「だから言えなかった。郭くんの様子がおかしかったことも、下山先生と言い合っていたことも。
それを言ったら、郭くんの状況が悪くなると、今の俺の答えに行き着くとわかっていたから。」
「っ・・・!」
そう。俺はわかっていた。
最近様子がおかしい英士。下山先生との言い合い。日に日に強くなる、政府への恨み。
だから英士をずっと見てた。俺でも英士の力になれるかもしれないと。
ずっとずっと見てるうちに、英士の闇が深くなっているような気がしてた。
けれど英士は大丈夫だと言ってはぐらかした。
俺もそれ以上は聞かなかった。・・・聞けなかった。
そして英士とがいなくなった。
そのとき、俺は混乱した頭で、考えてはいけないことを考えていた。
『英士は自分で、ここから出ていったのではないか?』
俺たちは親友なのに、一番に信じるはずの親友を疑うなんて。
俺はなんて汚くて、最低な奴なんだ。
そんなわけない。英士が俺たちに何も言わず、俺たちを置いて行くわけがない。
だから余計なことを言う必要はない。
俺は英士を信じていればいい。それで、いいんだ。
そうやって、自分に言い聞かせていた。
「マジかよ一馬・・・。ウソだろ?!そんなこと考えてねえよな?!」
「・・・英士は、英士は誰よりも政府を憎んでた。だから・・・。」
「だからなんだよ?!英士は俺たちを置いて、政府に復讐にでも行ったっていうのか?!」
「・・・俺だって、俺だってそんなことないって、信じたい!
けど英士は、俺たちに何も話してくれていなかった。はぐらかしてばかりで
昔みたいに何でも話してはくれなくなってた・・・!!」
「・・・かず・・・」
「もしかして、一人で遠くに行くんじゃないかって・・・漠然とそんなことを考えて、
そしたら本当に英士がいなくなって・・・!だから俺は・・・!!」
「一馬・・・。」
「わかってるよ!俺たち親友なのに!
どうしてこんな考えが出てきたのかもわからない・・・!俺は真っ先に英士を信じてたはずなのに・・・!!
俺だって、俺だってわかんないんだよ!!」
自分の汚さを、不安でいっぱいだった心を、
いきなり結人にぶつけて、俺は何て弱いんだろうか。
結人に相談できなかったくせに、英士に直接聞けなかったくせに、
今更になって気持ちをぶつけたって、もう遅いのに。
「・・・わかったよ一馬。いきなり怒鳴って、悪かった。」
「違う・・・。俺が・・・。」
「・・・下山先生に聞きに行ってくるよ。何か・・・わかるかもしれない。」
「先輩!俺らも行くよ!!」
「君らは寮にいなければならないだろう?ここは俺に任せて・・・。」
「行く!俺らも行かせてくれ!!先生に怒られたって、少しでも動いていたんだ!」
「・・・学校を出るわけではないから粛正施設はないとしても・・・規則違反になるぞ?」
「いいよそのくらい!よし!行こうぜ一馬!!」
「・・・ああ!!」
「・・・全く・・・仕方ないな。」
親友の本音を聞けずに、
親友を疑うことしかできずに、
親友を支えられるような人間になると、そう決めたのに、
肝心なところで弱い俺をお前は愚かだと笑うだろうか。
でもさ英士。
それでも俺は、お前と友達でいたい。
こんな俺でも、お前は俺と友達でいてくれるって思ってるから。
だからお前に会うために、今度こそ怖がらず真実を見つけようと思う。
今までと同じように、皆で笑いあいたい。
今までと同じように、お前と結人と一緒にいたいって、そう思うから。
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