思いを抑えることができなかった。






貴方はそのとき、何を思っていた?













最後の夏に見上げた空は














「今・・・何て・・・?」





思いがけない不破くんの言葉に、ようやく英士が聞き返す。





「俺もお前らと同じ遺伝子強化兵だと、そう言っている。」





不破くんは、先ほど私たちに言ったセリフと同じものを返す。





「・・・嘘でしょ?遺伝子強化兵は桜町にしかいないはずだ。
それなのに、こんなところにいるわけがない。」





そう。あるわけがないんだ。そんなこと。
私だって、わざわざ桜町に連れてこられた。
大切な人たちを置いて、遺伝子強化兵だと思い知らされて。

そう。私みたいに、間違いが起こらない限り・・・。





「・・・まさか・・・。」

?どうし・・・」





自分の境遇に当てはめて考えてみて、一つの可能性に行きつく。
私の声に驚いて、私を見た英士も同じ考えに行き着いたようだ。





「・・・時間だな。」

「え?」





自分の腕につけられている時計を見て、不破くんがぼそりと呟く。
それと同時に部屋のドアが開いて、そこには見知らぬ男が立っていた。





「郭。迎えが来たな。部屋に戻れ。
。お前は体調を崩さないために、決まった時間には眠ってもらうことになっている。」

「ちょっと待って・・・!まだ話は・・・。」

「・・・わかった。不破も一緒に出ていかないの?」

「俺はの監視役だと言っただろう。」

「・・・!そう。・・・じゃあね。」





英士が少しだけ驚いた表情を見せた後、不破くんの言葉に従い部屋を出ていく。
そして、扉の前にいた見知らぬ男と共に、英士の部屋へと帰っていった。





。お前は寝ろ。眠れなければ、睡眠薬も用意できるが?」

「いらない。それよりも不破くん・・・さっきの話・・・」

「話はまた明日だ。お前は決められた時間に眠ってもらわなくては困る。」





それだけ言うと、不破くんは部屋の電気を消し、私が何を言っても「早く寝ろ」としか言わなくなった。
私はそれ以上聞くことを諦めて、黙ってベッドの中にもぐりこんだ。
そして、さっきまでの疑問と、考えた可能性を考えていた。

もしも不破くんが本当に遺伝子強化兵なのだとしたら。
桜町にいない理由、それは・・・。















次の日。
朝、起きたときに見たのは、不破くんと白衣を着た見知らぬ女の所員だった。
不破くんとともに研究所にある、浴場に連れてこられる。
さすがの尾花沢も、浴場まで不破くんに見張らせるといったことはしなかったようだ。

私に浴場の説明をしながら、その女性所員はずっと笑顔だった。
変わらない笑顔。けれどその笑顔の裏には、私に対する恐怖が見え隠れしている気がした。





。行くぞ。」

「え?」





部屋に戻ってすぐ、不破くんが私を見る。
部屋に戻って尾花沢に呼ばれるまでに、不破くんと昨日の話をしようとしていた私は、拍子抜けする。





「尾花沢と朝食を取る。郭も一緒だ。」

「え・・・!」





ふと昨日の出来事が甦る。
不破くんの前で感情に任せて、自分の思いを話してしまった。
尾花沢の計画に反対すると、話してしまった。
もしかしなくても、それが不破くんから尾花沢に伝わった?
だから一緒に朝食なんてまわりくどいことをして、私に釘をさすつもりなのかもしれない。





不破くんと一緒に向かった部屋には、すでに尾花沢と松下さん、
そして英士が席について私を待っていた。
私は無表情でいる英士をみて、それから尾花沢の表情をうかがう。





「どうしたんだね?くん。こちらに座りなさい。」

「はい。」

「大地も隣に座るといい。」

「了解した。」





尾花沢は昨日までと変わらないように見える。
私の考えなど、なんとも思っていないのだろうか。
それとも、変わらないように見えるだけなのかもしれない。





「今日は私の研究に協力してくれる君たちに、おいしいものでも食べさせてやろうと思ってな。
昨日の検査の結果も含めて、楽しく朝食でもどうかと思ったわけだ。」

「・・・。」





私も英士も無言でいる。
こんな状況で楽しくもなにもないだろうに。やっぱりこの男はどこかがずれてる。





「それにしても壮観だなあ。こうして私の元に『遺伝子強化兵』が3人も集まってくるとは。」





尾花沢が上機嫌に漏らしたセリフに、私と英士は顔を上げる。
3人・・・?私と、英士と、そして・・・。





「私の研究も・・・「ちょっと待って!」」

「・・・なんだね?郭くん。」

「今、『遺伝子強化兵』は3人だと・・・そう言ったよね?」

「ああ。言ったよ?」

「本当に・・・本当に不破も俺たちと同じってこと?!」





尾花沢が不敵に笑う。
それまで反応を示さなかった私たちが、急に反応したことを面白く思ったように。





「聞いていなかったのかね?特に口止めはしなかったが。」

「不破が・・・遺伝子強化兵だと言うことは聞いた。けれど、どうしてここにいるんだ?」

「それは、君達にもわかっているのではないかね?」





尾花沢が私を見る。そこにいる全員の視線が、私に集中する。
不破くんがこんなところにいるはずがない。そう。普通は。
何か、間違いが起こらない限りは・・・。





「・・・誘拐・・・されたんですね?」

「その通り。遺伝子強化兵が生まれた17年前。桜町では誘拐事件が起こった。くん。君のことだ。」

「・・・。」

「だが、誘拐されたのは一人じゃなかった。二人、いたんだよ。
それがもう一人の遺伝子強化兵。ここにいる大地だ。」





私は隣に座る不破くんを見る。
彼はまっすぐに前を見たまま表情を変えない。






「・・・じゃあどうして・・・?どうして不破はこの研究所にいるんだ?」

「・・・。」

が普通の家庭に拾われているのに、不破は何でこの研究所にいる?」

「・・・予想は、ついているのだろう?郭くん。」

「・・・!!」

「まさか・・・アンタ達が・・・・」





や、不破を・・・誘拐したのか?!」





尾花沢が冷たい笑みを見せた。
そして、笑みを崩さぬまま、英士の問いに答える。





「苦労したよ。さすが腐っても政府でね。2人の遺伝子強化兵を連れ出すことが精一杯だった。
その後は警備も強化されてしまってね。桜町に入ることすら難しくなってしまったし。」

「どうして・・・誘拐なんか・・・。」

「それは言わずともわかるだろう?遺伝子強化兵の研究のためだ。
生きたデータがあってこそ、研究もできるというものだろう?」

「・・・!」

「当時、私たちは2つのグループに分かれて計画を行なってね。
しかし、片方は政府に追い詰められてしまった。
そこで証拠隠滅のために、仕方なく一人の赤ん坊を、適当な施設の前に捨て置いたんだ。」

「・・・そ・・れが・・・」

「そう。くんだ。惜しいことをしたよ。
君が残っていてくれたなら、研究ももっと進めることができただろうに。」





尾花沢が笑いながら話す姿に吐き気を覚える。
この人は自分のしたことを何とも思っていない。全ては研究のため。
そのためには何をしてもいいと思っている。





「松下が言っていただろう?『通常の遺伝子強化兵の研究は終わっている』と。
それは大地がいたからなのだよ。」

「そんな・・・。」

「しかし大地は私たちの求めた結果を出してくれなくてね。
政府の出している薬も飲ませていないのに、全く力を出すことが出来なかったんだ。」





私はまた不破くんを見た。
こんな話をしているときでも、不破くんは全く表情を変えない。

誘拐された相手に育てられて、こんなところに閉じ込められて、研究の対象とされて。
それでも不破くんは表情を変えずに、話を続ける尾花沢を見つめていた。





「データは間違いなく遺伝子強化兵なのだがね。様々なことをさせたが、どうにもならなかった。
初めからくんを連れてきていれば、こんな苦労はしなくてすんだというのに。」





尾花沢の話す言葉の一つ一つに、怒りが込み上げる。





「とんだ出来損ないを連れてきてしまったよ。私も運が悪かっ・・・」





尾花沢の独白が止まる。
私の手には、中身が空のコップが握られている。

皆、驚いたように私を見る。
松下さんも、英士も、さっきまで尾花沢を見ていた不破くんも。
水浸しになった、尾花沢も。





「・・・どうしたんだね?くん。」

「自分たちの都合で・・・自分たちのために・・・不破くんを連れてきておいて
どうしてそんなことが言えるの?」

「私たちはこの17年、遺伝子強化兵の力を解明するために動いてきたんだ。
それなのに、やっと手に入れた遺伝子強化兵になんの力もないんだ。そうも言いたくなるだろう?
まあ・・・君には理解できないのかもしれないが。」

「そんなもの・・・理解なんかしたくない!!」





尾花沢とにらみ合う。
タオルを受け取って、水浸しになった顔を拭きながら、尾花沢は笑う。





「・・・理解してもらわなくて結構。
私が欲しいのは、君のデータ。力だ。君の考えなど私には必要ない。」

「・・・!!」

「君がどんな考えだって、私には関係ないことだ。
君が今感じている怒りでさえも、必要なデータだからね。いくらでも怒ってくれたまえ。」

「っ・・・!」

「昨日の検査結果は、大地や郭くんとは違う、良いデータだった。今日からも期待しているよ?」

「私は・・・!協力なんてしない!!したくない!!」

「あっはっは!おかしなことを言う。」





「今更、逃げ出せるとでも思っているのか?」





尾花沢の笑いが、冷たい笑みに変わる。
その笑みに恐怖を覚えた。





「せっかく連れてきた、最後の最良の研究データだ。決して逃がすことはない。・・・連れて行け。」





その場にいた数人の所員が、私を取り押さえる。
私は尾花沢を睨んだまま、その部屋を後にした。





数人の所員に抑えられたまま、廊下を歩く。
私の監視役である不破くんも後ろについて歩いている。





「・・・代わろう。女一人にこんなについている必要はないだろう。」

「不破。お前一人で大丈夫か?もし力を使ったら・・・。」

「問題ない。そんなことを気にしていたら、俺一人が監視役になるわけがないだろう。」

「・・・それも、そうだな。」





私の力が怖かったのか、不破くんが信頼されているのか・・・。
そこにいた数人の所員は、元いた部屋に戻っていった。
そして、その場には不破くんと私が取り残される。





「・・・お前はやはり理解できん。」

「・・・何が?」

「尾花沢の反感を買っただけだろう。お前はそれが望みだったのか?」

「っ・・・そんなわけ・・・ないっ・・・」

「ならば、何のためだ?お前は昨日から何にでも必死だな。」

「・・・。」





「・・・しかし、それが俺に足りなかったものなのかもしれないな。」





「不破・・・くん?」

「部屋に、戻ろう。」





不破くんに手を引かれ、部屋に向かう。
私は尾花沢に怒りを覚え、話の内容に混乱し、自分の行動に情けなさを覚える。
不破くんは無言のまま、私の手を握っていた。





その手はとても、温かかった。















誘拐された二人の遺伝子強化兵。
一人は捨て子として、普通の家庭で幸せに暮らした。
もう一人は誘拐犯である研究所で、研究のために生かされていた。



私は、優しい両親に会えた。大切な人に出会えた。
不破くんはこの冷たい場所で、何かを得ることができたのだろうか。











私の手を引いて歩く不破くんを見上げた。





いつでもまっすぐに前を見るその目に、今まで何が映っていた?





いつでも飄々として見える、その心の内で、何を思っていたの・・・?












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