私の帰るべき場所は決まっているから。






きっと帰れる。貴方の元へ。












最後の夏に見上げた空は













ああ、今日は楽しかったな。



サッカー部の皆はワクワクしてて。
私も一緒に準備をして。
三上先輩だって、ブツブツ言いながら線審までして。

実際の試合を見てドキドキして。
皆の笑顔が本当に楽しそうで。

三上・・・じゃなかった、亮先輩が私を名前で呼んでくれて。
亮先輩との距離も、また少し縮まった気がした。



ああ、今日は本当に・・・














「・・・?」



目を覚ましたときには、病院にあるような白いベッドにいた。
ぼんやりした頭で、ベッドに横たわったまま、周りを見渡す。

コンクリートで囲まれたその部屋には、私のベッドと小さな棚以外は何もないようだった。
・・・あれ?どうして私はこんなところにいるんだろう。今日あったことを思い返す。



明駱高校との試合が終わって、皆で片付けをして・・・。
片付けが終わりそうだったから、職員室に西園寺先生を呼びにいった。
そしたらその途中で、英士に会って・・・。



「・・・!!」



ぼんやりした頭から、はっきりとした思考に変わる。それと同時にベッドから飛び起きる。ここは・・・どこ?!
最後に見たのは、悲しそうに笑う英士だった。



「・・・起きた?」



横たわったままでは見えていなかった視界の中に、彼はいた。
ベッドから少し離れた位置に、椅子が一つ置いてあり、そこに座っていたのは。



「英士・・・?」



英士は椅子から立ち上がって、私のベッドの方へ歩いてきた。



「英士・・・!ここは、私たち、一体っ・・・」

「落ち着いて。大丈夫。心配しないで。」



英士が私を落ち着かせるように、手を握る。
そして、綺麗な微笑みを浮かべる。





「おー!目が覚めたか!!」





その瞬間、部屋のドアが開き、中から数人の男の人たちが入ってきた。
今、言葉を発していたのは、真ん中に立つ、小太りした中年の男性のようだ。





「君を待っていたよ! くん!!一体どれだけ心待ちにしていたか!!」

「・・・?」

「おっと。自己紹介が遅れたね。私は尾花沢。この研究所の所長だ。」

「・・・え・・・私・・・何・?」





尾花沢と名乗る、その男の話がよくわからず、隣にいた英士に視線を向ける。
しかし英士は目線を下に向けたまま、私の視線に気づかない。





「混乱しているようだね?まあ無理もない。松下、説明してやりなさい。」

「はい。」





尾花沢とは対照的に、細くて背の高い、松下と呼ばれた男が返事をする。
疑いの眼差しを送る私に対し、優しそうな笑顔を向ける。





「まず自己紹介をしようか。俺は松下。この研究所の所員だ。君は、 さんだね?」

「は・・・はい。」

「そして、この研究所では主に、薬に関しての研究、開発が行われている。表向きにはね。」

「・・・表向き?」

「俺たちの本当の研究対象・・・それは『遺伝子強化兵』だ。」

「!」





私たちを、遺伝子強化兵を研究する施設・・・?そんなものが存在していたなんて。
だから私と英士がここに連れてこられた?じゃあどうして英士が私を・・・?





「もうわかったかと思うが、率直に言おう。君を連れてきたのは、君の研究データが欲しかったからだ。
・・・手荒な真似をして、すまなかった。」

「私の・・・?どうして?何で私が・・・?!」

「俺たちはもう、通常の遺伝子強化兵についての研究は終えている。しかし、俺たちの求めた結果は得られなかった。」

「求めた・・・結果?」

「もちろん・・・遺伝子強化兵の能力の解明さ。」

「・・・。」

「しかし、やはりブラックボックス的な要素が多くて、解明は難しかった。
さらに遺伝子強化兵についての研究は、政府にて禁止されているからね。情報も自分たちで集めなければならなかった。」

「・・・どうして、私が・・・?」

「君は確かに皆と変わらない遺伝子強化兵だ。しかし・・・2つ、違うことがある。」

「・・・。」

「1つは君が誘拐をされたために、長い間、遺伝子強化兵に義務付けられていた『薬』を飲んでいなかったこと。」





松下さんが言った『1つめ』は私もすぐに思い当たった。
私は誘拐されたために、遺伝子強化兵の力を抑える薬を飲んでいなかった。
学校に入ってからはずっと飲んでいたけれど、それでも小さい頃からそれを飲まされた皆とは違い、
私は桜塚高校に入ってからだから、薬を飲みだしてから1年も経っていない。





「2つめ、これがかなり重要なことだ。君は・・・遺伝子強化兵の『力』を発揮したことがあるね?」

「っ・・・!」





記憶の底に押し込んでいた、悲しい記憶が甦る。
人を傷つけた力。お母さんを傷つけた力。自分が遺伝子強化兵であると思いしらされた力。





「遺伝子強化兵はそれなりの数がいるが、力を発揮したのは唯一人、君だけだ。
だから俺たちはどうしても、君のデータが必要だった。」

「・・・。」

「けれど俺たちはまず、桜町に入ることができない。禁止されている研究のために、その交渉もできない。
だから、郭くんにその役目を頼んだのさ。」

「・・・英士・・・?!」





それまでずっと無言のまま、誰とも目を合わせようとしなかった英士が、初めて顔を上げる。
私は不安な気持ちのまま、英士を見上げる。





「そこからは、私が話そうか。」





それまで、松下さんの隣で笑いを浮かべていた尾花沢が前に出てくる。





「私は薬学の世界では結構有名でね。政府の上の方にも顔がきく。
桜町にも何回か入ったことがあってね。そこで郭くんに会ったんだ。」





英士を見る。けれど英士は黙ったままだ。





「郭くんは私の考えに同意してくれてね。私の研究の協力者となってくれたんだ。
もちろん、遺伝子強化兵は外部の町との連絡はできないから、うちの所員を一人、桜町に送って
郭くんとの連絡役になってもらってね。遺伝子強化兵の情報を得ていた。」

「・・・アンタの考えに同意なんてしてない。目的の一致と言ってもらいたいけど。」

「はっはっは!そうだな。そして、君が桜塚高校に入学した。
政府の手違いってことで入学してきたそうだが、郭くんは君が誘拐されていたことまで知っていてね。
さらに、遺伝子強化兵の力まで使ったって言うじゃないか?!
研究に行き詰まっていた我らには、天の恵みはこのことかと思ったね。」

「・・・英士が・・・?」

「郭くんは実によくやってくれた。本人が遺伝子強化兵ということといい、他の強化兵とも近い存在で
同じ目線を持っていることといい、とても貴重な情報だったよ。
本当は我々もすぐにでも君をこちらに連れてきたかったんだが、やはりチェックが厳しくてね。
ずっと時期を待っていたんだ。ギリギリの時期にはなってしまったが、こうして君と会うことができた。」





いろいろなことが頭を駆け巡って、頭の中での整理が追いつかない。
ここは遺伝子強化兵の研究施設で、私は他の遺伝子強化兵とは違うから連れてこられて。
その私をここへ連れてきたのは英士で・・・。英士はずっと前からこの研究に協力してた・・・?
どうして、どうして英士が・・・?





「私・・・私、嫌です。こんな無理やり連れてきて研究しようだなんておかしい・・・!!
遺伝子強化兵の能力なんて、こんな悲しすぎる能力なんて解明して、一体何になるの?!」

「悲しすぎるなんてとんでもない!この能力はとても素晴らしい!!人間の限界を超える能力だぞ?!
確かに短命というのは欠点だが・・・それを補って余りある能力だ!!」

「なに・・・言ってるの?!いらない!こんな能力誰も望んでなかった・・・!!こんな力っ・・・なければっ・・・」





なければ。こんな力がなければ。遺伝子強化兵計画なんてなければ。
私たちはこんなにも、苦しまなくてよかった。普通に学生生活を送って、普通に生きていけた。
好きな人たちと、愛する人と、ずっと一緒に、生きていけたのに。





「英士っ・・・英士・・・帰ろうよ?!こんな人たちに協力して何になるの?桜町に帰ろう?
皆、きっと待ってる。私たちを探してるよ・・・!!」





ベッドから降り、英士の服を掴む。
英士は動こうとせずに、私を見ているだけだった。そして私はそのまま、その場にいた見知らぬ男に抑えつけられる。





「郭くんから聞いた君の性格上、そう言うと思ってたよ。だから今回も気絶させて連れてきたんだ。」

「っ・・・」

「君は貴重な研究材料だ。こちらとしては手荒な真似をする気はない。
しかし、あまりに言うことを聞かないのであれば、実力行使もやむを得ないと思っていることを忘れないようにな。」





尾花沢が冷たい笑みで私を睨む。
その表情のまま振り返り、部屋のドアへと歩を進める。私を抑え付けていた男が私を解放し、尾花沢に続く。
最後に松下さん、そして、英士が、私の部屋から出ていこうとする。
私は、どうしても信じられなくて、英士に駆け寄る。





「英士っ・・・!」

「・・・。」

「なんでっ・・・」

「・・・俺、に優しかったよね?」

「・・・え?」

「それは全部、この計画のため。に優しかったのも、助けたりしたのも、のためじゃない。」

「英士・・・。」

「それでもは今でも俺を信じてる。こんなところに無理やり連れてきた俺でも、まだ信じてる。」

「信じるよ・・・!当たり前でしょう?」





パンッ





乾いた音が、無機質なコンクリートの部屋に響く。
突然の出来事に驚く私に、冷たい目で見下ろす英士が立っていた。





「少しは人を疑うことも覚えたら?」

「・・・英士・・・っ。」

「俺はを何とも思ってない。君がこの研究でどうなろうが関係ない。」





部屋のドアが閉まり、カチャリと鍵の閉まる音がした。
少しだけ赤く腫れた頬が熱くなっていた。
痛かった。叩かれた頬よりも、胸が、痛かった。

一人でいた頃、大切な人がいない頃、こんな痛みは知らなかった。
桜町に来て、たくさんの人にあって、たくさんの気持ちをしって、大切な人がたくさんできた。

ねえ英士。
英士も間違いなく、その一人だったんだよ。
大切な人に拒絶されることで、こんなにも痛い。苦しい。










「・・・亮・・・先輩・・・。」





最も大切な人の名前を呟いた。
せっかく先輩に会えたのに、せっかく想いが通じたのに、また、離れてしまった。
きっと尾花沢は、私を桜町に帰すようなことはしない。最後まで、ずっと。

最後の夏はもうすぐやってきて。貴方と一緒にいられる時間も後少しなのに。
最後まで一緒にいたいと思う相手は貴方なのに。どうして私はこんなところにいるの?





「・・・。」





浮かんだ涙を拭い、前を向く。
亮先輩ならきっと、きっと私の元へやってきてくれる。私を探してくれたように。桜塚高校に来てくれたように。

だから私も、出来ることから始めよう。
英士とちゃんと話していない。脱出方法だってあるかもしれない。



だから。





きっと、帰ろう。英士と一緒に。





大切な人たちのいる桜町へ。










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