その思いがどんな思いであっても







あなたのその思いは彼らを、私たちを確実に救ってくれていた。











最後の夏に見上げた空は












「ふー。これでOKですかね!」

「ありがと。手伝ってもらって悪いね。」

「いえ。お手伝いできて、嬉しいですから!」





ついに試合をする土曜日がやってきた。
サッカー部の皆は朝早くから、練習をしたり、試合の準備を進めたりしていた。

皆は一刻も早く、試合前に練習をしたかっただろうから
椅子を用意したり、点数板を出したりなんていう雑用は買って出た。
今はそれらの作業が完了したところだ。





「皆、ユニフォーム似合ってますね?」

「ああ、学校じゃユニフォームなんて買ってくれないと思ってたんだけど、
風祭先生がお祝いだって、用意してくれたんだよね。」

「わあー。さすが功先生!よかったですね!!」

「まあね。俺らじゃなかなか頼める人もいないし。感謝してる。」





翼さんが皆を見ながら、嬉しそうに笑う。
そんな翼さんを見て私も嬉しくなって、一緒に笑う。





「おいお前ら。人に仕事押し付けて笑ってんじゃねーよ。」

「あ!三上先輩。先輩も終わりました?」

「いいだろ?暇そうだったから頼んでやったのに。」

「ざけんな。ていうか、さっき渋沢から聞いたけど、何で俺が線審なんてやることになってんだよ?」

「三上、サッカー部だったんだってね。線審くらいできるだろ?」

「そりゃできる・・・ってそういう問題じゃねーっつの!何でわざわざ俺が!」

「だって仕方ないだろ。人数足りないんだよ。
サッカーのルール知ってる奴なんて、桜塚高校にはあまりいないんだよね。」

「だからって勝手に・・・「よし!じゃあ俺も練習参加してくるよ。」」

「おい!椎名!!」

、あいつらのこと応援してやってよね。」

「了解です!」

「って、俺のこと無視して話進めてんじゃねーよ!!」





三上先輩の言葉を聞き流して、翼さんがグラウンドに走っていく。
先輩はその後姿に、ぶつぶつ文句を言いながら、諦めたようにため息をついた。

・・・というか、この二人。大分仲良くなってるように見えるのは気のせいかな?





「はははっ。」

「おい。何笑ってんだよ。」

「別に何でもないですよ?」

「あーもう腹立つ!どいつもこいつも俺をなめてんのか!」





三上先輩が怒りながら、その場を離れていく。
この方向は、寮?まさか怒って帰っちゃうなんて・・・ないよね?





「先輩?どこ行くんですか?」

「ああ?着替えてくんだよ!この格好じゃ何もできねーだろ。」

「ああ、制服・・・ですもんね。そうですよね!ジャージじゃないと線審も不自然ですね!」

「・・・お前は元からジャージだしな。何張り切ってんだか。」

「へへへ。じゃあ先輩、着替えてきてくださいね!待ってますから!」





ぶつぶつ文句を言いながらも、ちゃんと考えてくれてるんだ。
やっぱり三上先輩って、いい人なんだよね。




















試合の準備も終わったところで、私はその場に座って、皆の練習風景を眺めていた。
すると、後ろから聞いたことのない声に呼びかけられる。





「こんにちはっ!!」

「・・・へ?」

「君、マネージャーか何かなん?」

「ノリック。いきなり声かけるから、この子驚いてるやん。
まず自己紹介でもしてやりや。」





かけられた声に振り返ると、そこには口元のほくろが印象的な男の子と
金髪の男の子が立っていた。ていうか、関西弁・・・。初めて生で聞いたなあ。

その二人はジャージ姿で、大きなバッグを持っていた。
その姿はまるで、これからスポーツでもやるような・・・。ってまさか!





「そうやな!どうも!明駱高校の吉田 光徳いいます!今日はよろしく!!」

「俺は藤村 成樹。シゲでええよ。一応キャプテンなんかやってる。
ここのサッカー部は強いって椎名に聞いてたからな。楽しみにしてたんやで?」

「あ・・・!そうだったんですか!!
私は です!手伝いしてるだけで、サッカー部ってわけじゃないんですけど・・・。」

「あ、そうなん?グラウンド来たら、いきなり君みたいな可愛い子がおったから
思わず話しかけてしもたわ〜。」

「ノリックには気をつけた方がええでちゃん。コイツ、こうやってナンパすんねん。」

「藤村っ!失礼なこと言うなや〜!」

「あははっ」





二人のかけあいに思わず笑いがこぼれる。
ああ、いい人そうだ。彼らが今日の試合の相手。





「藤村?!」

「おお。椎名!久し振りやん。」

「本当だよ。中学のときの・・・全国大会以来だね。
まあ、電話では何度も話したけどね。」

「お前が強いっていう奴らだから、めっちゃ楽しみにしてるで?楽しませてくれや??」

「当然。悪いけどうちの奴ら、なめてかかったら大変だよ?今日は勝たせてもらうから。」

「君が椎名か!藤村が他人を認めるってなかなかないからなぁ!
結構興味あってんけど・・・。意外と小さくて可愛いんやね?」

「・・・まあね。サッカーは体の大きさじゃないからね。
ていうか、君も人のこと言えないと思うけど?」





翼さんが静かに怒っている・・・!けど抑えてる・・・。

翼さんとシゲさんは知り合いだったようで、昔話に華を咲かせていた。
その隣で吉田さんがうんうん頷いて話を聞いている。





「ところで来るの早くない?」

「ああ、近くのホテルに泊まっててんけど、早くお前ら見たくて
俺らだけ先に来たんや。」

「そうそう。門番に引き止められて大変やったわ〜!」

「よく通してくれたね。」

「そこは藤村の手八丁口八丁で!いや〜藤村は詐欺師になれるんちゃうかな?」

「なんでやねん!許可証見せただけやん!」





翼さんが二人を見て、呆れたように笑う。
そして、明駱高校のための控え室の方向へ視線を合わせる。





「控え室の準備はみゆきがしてたはずだけど・・・終わってたかな?」

「あ、私見てきますよ!」

「いや、いいよ。僕がサッと見てくる。は充分仕事してもらったから。」





翼さんがすばやく控え室に向かう。
明駱高校の二人はまだ何か言い合って(じゃれあって?)、その場からいなくなった翼さんに気づく。





「あれ?椎名は?」

「僕ら置いていかれたんとちゃう?!藤村がふざけるからやん!」

「俺はふざけてへんわ!それを言うならノリックの方が椎名怒らせてたで?」

「?僕、何か言ったっけ?」

「ほら天然や。椎名のあのオーラに気づかないなんて幸せやな。な?ちゃん?」

「あはは。そうですね。翼さん、怒ると怖いですもん。」

「そうやんな〜?俺も怒った椎名は怖かったわ〜!
あんな可愛い顔しとんのに・・・ってこれ禁句やったわ。」

「(怒らせたことあるんだ・・・)翼さんは、明駱高校さんの控え室に準備に行きましたよ。
すぐ戻ってくると思うので、もう少し待っててくださいね?」

「ほんじゃ、桜塚高校の練習風景でも拝ませてもらいましょか。」





そう言うと、シゲさんと吉田さんが私の隣に腰掛ける。
さっきの二人の別人のように、真剣な目でその光景を眺めていた。

翼さんが強いと言っていた明駱高校。
彼らには皆が、どんな風に映っているのだろう。二人をじっと見つめる。





「ん?ちゃん?どうしたん?」

「あ、あの!いえ・・・そうだ!シゲさんって翼さんと知り合いだったんですね?」

「ああ、そや。全中で戦った相手やねん。結果、俺のチームが勝ったけどな。」

「えっと、吉田さんは・・・?」

「おっと!吉田さんなんてやめてや!ノリックでええでv
僕は椎名は知らんかったけど、藤村に話は聞いててん。」

「かろうじて椎名のチームには勝ってんけど、全中で戦った中で一番手ごわかった相手かもしれんな〜。」

「そんなに強かったんですね?翼さん。」

「そやな!1対1で俺を止めたんは、あの姫さんくらいや。」





シゲさんが昔を思いだすようにして上を向く。
翼さんはそんなにもすごい選手だったんだ。





「高校でも戦える思てたけど・・・あいつはぱったり姿見せなくなって・・・
どこにいるのかと思てたわ。」

「・・・。」





翼さんはこの町に、桜町にいた。
西園寺先生と一緒に、きっと、私たちのために。

優しくて、頭がよくて、行動力もある。
サッカーがうまくて、きっと人望もあっただろう。それでも。

翼さんは桜町に来た。



どんな思いがあって、翼さんがそれを決断したのかは知らないけれど
中途半端な気持ちじゃ絶対にできないこと。

それでも翼さんは、私たち『遺伝子強化兵』と共にいることを選んだんだ。





「・・・だから俺、うれしいねん。」

「え?」

「あいつが自信を持って『強い』って言える、そんなチームと戦えることになって。」

「僕もやね!前からずっとワクワクしとったもん!」

「皆も・・・サッカー部の皆も、翼さんだって、楽しみにしてましたよ!ずっと!!」

「そか!楽しみやな!!久し振りに本気で楽しめそうや!!」





翼さんが戻ってきて、控え室の準備が整ったことを伝える。
シゲさんとノリックさんに別れを告げて、私はまた皆の練習風景に向き直る。



きっと翼さんは、しなくてもいい苦労をたくさんしてきたんだろう。
今回の試合だって、すんなりいったとは思えない。
私が最初に翼さんに会ったとき、「桜塚高校と試合をしてくれる高校はない」と、そう言っていた。

それでも、諦めずに、彼らのために相手の高校を探してたんだろう。
そして、見つけた高校が明駱高校。



ここまで必死で動いてくれることに、どんな思いがあるかなんてわからない。
けれど。そこにどんな思いがあったとしても。





「・・・優しい、人だな・・・。」

「誰が?」

「わ、わぁ!先輩!!」





思考にふけってひとり言を呟いた直後、ジャージ姿の三上先輩に声をかけられた。





「何だお前。その驚きようは。一人言なんて怪しい奴ー。」

「あ、怪しくないですよ!三上先輩こそ急に声かけないでくださいよっ!」

「まあ、怪しいの言い訳はほっといて。誰だよ?今の金髪とチビは。
あ、チビって椎名の方がチビか。椎名じゃない方のチビ。」

「先輩。わざわざ翼さんを貶さなくていいですよ。
今日の試合相手の明駱高校の方たちです。ちょっと早めに来たそうですよ。」

「ふーん。どいつもこいつもやる気満々だな。面倒くせー。」

「いいじゃないですか。私だって、先輩だってそう思ってるくせにー。」

「ああ?思ってねーっつの!仕方ねーから付き合ってやるだけで。椎名には借り作っといてやる。」

「もー。素直じゃない・・・。」










しばらくすると、皆のしている練習に、シゲさんとノリックさんが混ざり始めた。
・・・仮にも試合相手なのに、いいのかなー。
最初は戸惑っていた皆も、徐々に二人に慣れはじめて、笑いながらボールを蹴る。



さらに時間が経って、ついに明駱高校のサッカー部がやってきた。
それは想像していたよりも少ない人数。けれど。
待っていた対戦相手。皆にとって初めての試合。




笑っていた皆の表情に、緊張が走る。





始まる。

皆の望んでいた試合。






始まりのホイッスルはもうすぐ。















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