俺たちは『今』を生きてる。









精一杯生きてるのは『今』なんだ。










最後の夏に見上げた空は














「へー!サッカーの試合なんてやるんだー?
だから最近藤代たち、即効で教室出ていってんだなー。」

「うん。一刻も早く練習始めたいんだって。」

「へー。燃えてんなー。つか、だったら授業さぼって練習しちゃえばいいんじゃねー?」

「あはは。そうなんだけど、試合する条件に『授業はきちんとする』っていうのがあるんだって。」

「うわー。せこいなウチの学校は相変わらず。こういうときくらい、融通きかせればいいのにな!」





放課後、勢いよく出て行ったサッカー部の面々について尋ねられた。
最近、異様なテンションのサッカー部を結人たちは気になっていたみたいだ。





「けど・・・よく許したな。部外者がこの町に入ってくるわけだろ?」

「詳細はよくわからないんだけど・・・先輩たちが頑張ってくれたみたい。」

「試合っていつやるんだ?」

「今週の土曜日。結人たちも見に来たら?」

「おもしろそうかもなっ!行こうぜ英士!一馬!」

「そうだね。どうせ暇だしね。」

「暇とか言うなよ!暇だけど!!」





結人と英士が軽く言い合い、笑いあう。
一馬がそんな二人を呆れた顔で見ている。





「そうだ!この後遊べる?
功先生引き連れて、買い物とかゲーセンとか行くんだけど!」

「あ、ゴメン。私、約束があるんだ。」

「えー!マジかよ〜。サッカー部?」

「ううん。えーと、前にちょっと話した、前の学校の先輩と。」

「・・・ああ、この学校に転校してきたっていう・・・。」

「もしかしてって思ってたけど・・・やっぱり彼氏・・・?!」

「え?!えーと・・・あの、・・・うん。」





なんだかすっごい恥ずかしいんだけど・・・。
友達に好きな人のことを話すっていうのは、やっぱり慣れないなあ・・・。





「・・・!?」

「うわー!!マジかよ〜!!すっげーショックなんだけど!!」

「・・・一馬?意識しっかりしてる?大丈夫?」

「・・・あ、え?あの」

「えっと・・・そんなに意外だったのかな?」





何故か結人はうなだれて、一馬は絶句したまま固まってる。
そんなに私、彼氏とかいなさそうかな?まあ今まで恋愛ってことしてきたことないもんなあ。
唯一驚いた風でもなく、冷静な英士が私に声をかける。





「何でもないよ。気にしないで。」

「え・・・そうなの?」

「約束あるんでしょ?こいつらは気にしなくていいから、行っておいでよ。」

「えっと、うん。じゃあ行くね?」





二人ともどうしちゃったんだろう?そんなに衝撃だったのかなあ?
逆に英士は冷静だったし。もしかして、もう知ってたとか?
隣の席だし、有希との会話が聞こえててもおかしくないしね。

そんなことを考えながら、私は教室から出て、扉を閉めた。










「・・・もー。マジかよ〜。超へこむんだけどー。」

「・・・。」

「ふーん。やっぱり二人とものこと好きだったんだ。」

「いやー、好きっつーかさ・・・憧れに近かったかも。
といると安心できるみたいな・・・あー!やっぱり俺好きだったのかなー?」

「お、俺は別にっ・・・!」

「あれ、一馬復活したの?今更否定したってバレバレだからね?」

「あーショックだ。マジでショックだ。『大切な人』がいるって聞いてたけど、それでもショックだー!!」

「バ、バレバレって、何だよっ!俺は、さ、最初から何もっ・・・」

「はいはい。ちょっと落ち着きなよ二人とも。」





「つーか、英士はのこと何とも思ってなかったのか?
隣の席だし、授業中も喋ったりして仲良かっただろ?」

「そうだね。俺は何とも思ってないよ?もちろん、いい友達だとは思ってるけどね。」

「マジか?3人で同じ奴好きになるなんて泥沼だもんな〜。」

「まあそれ以前に相手には他に男がいるから、泥沼になるっていうよりは逆に友情が深まったかもね。」

「わかってるよ!ちくしょー!!
いいよいいよ。俺たちは友情を深めよーぜ。なあ一馬?」

「・・・はぁー。」

「そこでため息ついてんじゃねー!空気を読めお前はー!!」























「行っくぞー!タク!!」

「いちいち宣言しなくていいからね誠二。」





試合が決まって。
普段していた練習にも力が入る。
だって試合だろ?燃えないわけがない。





「っ・・・!!」

「残念〜!俺の勝ちっ・・・ってああ!!」

「ははは。DFを抜いたところで気を抜いたな?」

「キャプテン〜!絶対今シュート決まったと思ったのに!」

「もっとDFをひき付けろ。GKをひき付けろ。
そして今は風祭にパスを出すべきだったな。そうすればゴールにつながった。」

「誠二はボールコントロールがうますぎて、一人で突っ込む傾向がある。
もっと周りをよく見てみな?」

「ちえー。わかったっすー!」





先輩たちの指導も素直に受け取る。
サッカー部に入った頃には、結構わずらわしいと思ったこともあるけど
今の俺にはすごく重要なこと。だって、うまくなりたいじゃん?





「やっぱり藤代くんはすごいね!もう少しでゴールだったのに。」

「おう!俺はすごいぜ!けど止められたー!次はちゃんと将にパス出すからな!!」

「うん!僕もゴール決められるように頑張るよ!」





少し遅れて入部したサッカー部。
この部活が、俺にとってこんなにも大きなものになるなんて想像もしてなかった。
けど、今となってはサッカーにこんなにハマってる。人生って本当わかんないな。





「よっしゃー!次行きましょう次!」

「次は抜かせないよ。誠二。」

「おっ!言ったなタク!次も絶対抜いてやるっ!」

「熱くなりすぎるなよ?相手は竹巳だけじゃないんだからね?」

「わかってますよ翼さん!俺は周りの状況もきちんと見れる男っす!!」

「そう。お前だけじゃない。周りに味方がいるんだからね。」





俺は周りを見渡す。
タクが挑戦的に微笑んで、将も俺を見て頷く。
パス出しをしてる水野。その後ろで個人練習をしている皆。

そうだよな。俺には味方がいる。
俺にパスをくれる仲間が、俺のボールを受けてくれる仲間がいる。
そんな皆と一緒に試合ができる。
こいつらなら、このメンバーだったら、どんな奴らにだって勝てる気がするんだ。





「よっしゃー!行くぞ!絶対勝つ!!」





自分へのかけ声とともに、ゴールに向かって走り出した。

























「あれ?ちゃん?」

「あれ?藤代くんも水飲みにきたの?」





寮の食堂の水飲み場でちゃんを見つけた。
俺は結構この場所に来るけど、ここで彼女に会ったのは初めてだ。





ちゃんも?」

「うん。今日っていつもより少し暑かったから。喉かわいちゃったんだよね。」





この学校の寮では、朝、昼、晩以外の食事は基本的にとることができない。
その食事時間以外では、ここの水くらいしか飲めない。
俺たち育ち盛りなのに、ひどいなーって思うところなんだよなー。
無闇に外にも出れないから、買い食いだってできないし。





「俺よく来るんだ。腹減ってるのを水でまぎらわしたりね。
だってサッカーの練習してんのに、あんな夕飯じゃ足りないって思わない?!」

「あはは。そうだよね。動いてる分、お腹すいちゃうよねー?」

「そうそう!まあ俺、お代わり3杯以上はしてるけどね!」





そんなことを話しながら、ちゃんが俺に水を注いで渡してくれる。
俺はコップを受け取って、一気に飲み干す。





「くはー!うめー!水だけど!!味ないけど!!」

「すごい勢いで飲んだね藤代くん。そんな喉かわいてたんだ?」

「うん。最近は練習にさらに燃えてるから、特にね!動いた分喉かわくって感じ。」

「試合、土曜日だもんね。」

「おお!そうなんだよ!絶対勝つからさ!ちゃんも見にきてよね?!」

「うん。絶対行くよ!」

「よっしゃ!俺の活躍みてて!あー楽しみ!マジで楽しみ!!」





試合のことを思うと、ワクワクして今にも練習したくなる。
あーあ。学校の制限さえなければ、夜遅くまででも練習できるのになー。





「藤代くんって本当にサッカー好きだよね。あ、サッカー部の皆もだけど。」

「うん!俺、サッカー大好きだから!誰にも負けたくないし!」

「昔からサッカーやってたの?」

「ううん。始めたのは高校からかな。
サッカー部に入ったのも、皆よりも少し遅いくらいだったかな。」

「そうなんだ?それは結構意外かも・・・。」

「俺、昔から体を動かすことは好きだったんだけどさ。
特定のスポーツに興味を持ったことってなかったんだよね。どっちかって言うと、ゲームとかの方がハマってたかも。」

「へえ・・・。」





ちゃんがかなり意外そうに俺を見ている。
まあ今の俺はサッカーしか見えないって感じだし?無理もないか。





「きっかけはタクに誘われて始めたんだよね。タクは黒川に誘われて。
ほら、タクと黒川って同じクラスじゃん?俺はタクと幼馴染だったから、一緒にやるかってことになってさ。」

「そうなんだ。」

「俺、それまで楽しめることって、ゲームくらいしかなくってさ。
サッカーも単なる暇つぶしとしか思ってなかった。だって、どんなにうまくなったって・・・。」





俺は当時の気持ちを思い出して、言葉を区切る。
ちゃんもその言葉の意味がわかったようで、複雑な表情を見せる。

そのときの俺はこう思ってたんだ。





−どんなにうまくなったって、そのことに意味なんてない。−

−どんなに何かを好きになっても、頑張っても、俺たちには『未来』がないから。−










「だからサッカーも暇つぶしで始めただけだったんだ。俺、運動神経いいし、軽く遊んでやろーとかね。けど・・・。」

「けど・・・?」

「軽く・・・どころじゃなかったんだよね。
すでに入ってたサッカー部の奴らに俺はボロボロに負けて。シュートさえ打たせてもらえなかった。」

「皆、うまかったんだ?」

「そうなんだ。サッカー部なんて皆、暇つぶしでしてるのかと思ってたのに。
奴ら、マジで、本気でサッカーしてるんだ。そんな奴らに遊び半分の俺が叶うはずなくてさ。」

「そっか・・・。」

「でも俺、そのことがマジで悔しくて。その日からすっごい練習した。
それまで毎日やってたゲームなんてほったらかして、ひたすら練習してた。
そのときはもう、先のことなんて考えてなくて。ただひたすらに、あいつらに勝ちたかったんだ。」

「うん。」

「で、練習続けていくうちに、DFを抜けるようになった。
ことごとくシュートを止められてた、キャプテンからゴールを奪えるようになった。
そのことが本当に嬉しくて・・・。こんな気持ち、今まで味わったことなかった。」





部屋の中でゲームばっかりしていた頃には味わえなかった気持ち。
『先』のことを考えて、前に進むことを避けていた俺が初めて知った気持ち。





「一人でゲームしてたらわからなかった。こんな気持ち。
誰かに負けることの悔しさとか、自分が成長してるって実感できたときの嬉しさとか
周りに仲間がいてくれる温かさとか、わからずにいるところだった。」

「・・・うん・・・。」

「だから俺、サッカーが大好きなんだ。
俺にいろんな気持ちを与えてくれた。目指す目標を与えてくれた。一緒に歩いていける仲間を与えてくれた。だから、」





「今よりもっと、ずっと、誰よりも、うまくなりたいって思う。」





ちゃんが俺を見つめてる。
そして、優しく微笑んだ。





「なれるよ。藤代くんなら。」





ちゃんの言った言葉は、本当に温かく感じて。
俺の心に響いて、嬉しさがこみ上げる。





「・・・うん!俺まだまだうまくなるから!土曜日も絶対負けない!」

「うん!楽しみにしてる。私も精一杯応援するから!」

「ありがとっ!よっしゃ!絶対勝つからさ!!」























−どんなにうまくなったって、そのことに意味なんてない。−



サッカーをすることがこんなにも楽しい。うまくなっていくことがこんなにも嬉しい。
意味がないことなんてないんだ。

意味があるからこそ、今の俺がある。
サッカーを楽しんで、目標を持って、仲間たちと笑いあえる毎日があるんだ。










−どんなに何かを好きになっても、頑張っても、俺たちには『未来』がないから。−



どんなにサッカーを好きでも、どんなにサッカーがうまくなったって、俺たちに未来はない。
それはどんなに足掻いても、変えようのない事実。だけどさ。

未来はないけど、『今』がある。
俺たちが生きてるのは『今』で。俺がサッカーを大好きで、うまくなりたいと思う気持ちがあるのも『今』なんだ。















俺たちがしていること、俺たちが思っていること。










意味がないなんてもう、思わない。










『誰よりもサッカーがうまくなりたい。』










そう思って生きてるのは、精一杯生きてるのは、笑って生きてるのは、










過去でも、未来でもない。『今』なんだから。
















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