彼らが望んでいたこと。
それが叶うことは、私にとってもこんなにも嬉しい。
最後の夏に見上げた空は
「小島っ!水野ー!!」
「?」
「何よ藤代。いきなり大声で呼ばないでよ。」
「だってさー!あ!ちゃんも聞いてよ!大ニュース!!」
昼休みも終わりに近づき、それぞれが次の授業の準備をしていたところに
藤代くんが駆け寄ってくる。なんだかすごい興奮してるけど・・・。
「ふ、藤代くん、走るの速いよ〜!」
「将?一体、何があったのよアンタたち。」
「俺たち、試合ができるんだ!!」
「「は?」」
有希と水野くんが揃った声で、わけのわからなそうな声を出す。
私も意味がわからず、首をかしげる。
「だーかーらー!俺たち試合できるんだよ!!」
「藤代くん。それだけじゃ伝わらないんじゃ・・・。」
「お前ら、言ってる意味わからないぞ?もっとわかるように説明してくれ。」
「そうよ。試合なんて私たちいくらだってしてるじゃない。」
「違うんだよ!俺たちだけの練習試合じゃなくて!!相手がいるんだよ!!」
「僕たちと試合をしてくれる高校があるんだって!!」
「・・・え?!」
今度は二人ともが、絶句して驚いた表情をする。
その後すぐに、藤代くんと将くんに次々と質問をなげかける。
「それ本当なのか?!」
「何それ?!どういうこと?!もっと詳しく話しなさいよ!!」
「今職員室の前通ったら、キャプテンと翼さんが先生と話してるところ見たんだ!」
「他の高校のサッカー部のこと話してて、僕たちとの試合の許可も下りたって言ってたよ!!」
「俺たち、それ聞いて慌てて伝えにきたんだ!あ!タク達にも話してやらないと!!」
昼休みが終わる間際にも関わらず、藤代くんはまたすごい勢いで教室を出て行く。
有希と水野くんはそれを止めることもなく茫然としていて、
興奮しながら経緯を話している将くんも気にする様子はない。
「本当に・・・?俺たち、試合ができるんだな?」
「藤代と将が持ってきた情報なんて、当てにならないなんて思ってたけど・・・。」
「できるよ!僕たち試合できるんだよ!!」
「「やったーーーー!!」」
将と有希が声を揃えて喜び、水野くんも嬉しそうに笑っている。
二人の声に驚いて、結人が自分の席から声をかけてくる。
「何だ?お前ら?何かあったのかー?」
「うるさいわよ若菜!アンタには関係のないこと!!」
「・・・すっごい満面の笑みで憎まれ口たたかれても・・・。」
結人が疑問の表情で有希たちを見た瞬間、歴史の先生が教室に入ってくる。
将くんは真面目に自分の席に戻り、有希と水野くんは興奮冷め遣らぬようで
二人で小声で話していた。ちなみに藤代くんはまだ戻ってきていない。
「すごいテンションだったね。サッカー部、他の高校と試合ができるんだ?」
「うん。そうみたいだね。皆ずっと試合をのぞんでたからうれしいんだよ。」
「・・・そういうもうれしそうだね。」
「うん。嬉しいよ!すっごい嬉しい!!」
隣の席で会話を聞いていた英士と小声で話す。
サッカー部の皆が試合ができるんだ。
他の高校との試合なんて、この町以外であれば当然のこと。
その当然のことさえできずにいたこの高校で、サッカーの試合ができる。
皆の願いが一つ叶う。それはもう、嬉しい以外の何者でもないよね。
放課後、屋上に来た三上先輩を誘って、サッカー部に向かう。
三上先輩は相変わらず嫌がっていたけど、今日はどうしても行きたくて。
キャプテンや翼さんから、試合の話が出てくるはずだから。それを確かめたかった。
三上先輩は諦めたように、それでも私についてきてくれた。
「・・・それで、藤代くんが言うには、サッカー部が試合できるってことみたいなんですよ!」
「・・・ふーん。」
「三上先輩ももっと驚いてくださいよー。皆、すごい喜んでました。」
「それはよかったデスネ。」
「もー。三上先輩も一緒に感動しましょうよー。
きっと今日サッカー部に行けば、翼さんから詳しい話が聞けると思うんです。」
「・・・やっぱ俺いいわ。お前一人で行って来い。」
「え?!何でですか?三上先輩も一緒に行きましょうよ??」
「めんどい。俺は屋上で寝てる。」
「えー・・・三上先輩ー。」
なんだかこの話聞くの結構嫌がってる?
翼さんと仲は良くないとはいえ、サッカー部については嫌ってないと思ってたんだけど・・・。
「三上先輩。やっぱりこの前、翼さんと何かあったんですか?」
「・・・ねーよ。何も。」
「・・・。」
「・・・。」
あ、先輩、目そらした。
この間は「気にするな」なんて言われたけど、やっぱり気になってたんだよね。
今、サッカー部の話をすることを嫌がってるのも、その関係なのかな。
「先・・「あー!わかった!!行けばいいんだろ行けば!!」」
「三・・・「よし!そうと決まったらとっとと行くぞ!」
私の言葉を遮って、ふっきれたようにサッカー部に向かっていく。
私も隠し事が下手だけど、先輩だってわかりやすいときは本当、わかりやすよね。
そんなに聞かれたくないのかなあ。
「オラ!。行くんだろ?置いてくぞ。」
「あ!行きます!待ってくださいよー!」
昇降口を出て、校庭に向かうと校庭の端にサッカー部員が集まっていた。
皆が座って話を聞こうとしているのは翼さん。翼さんを中心にして
横に渋沢キャプテン、西園寺先生が立っている。
そこへ向かって歩いていく私たちに、渋沢さんが気づく。
「お?に三上じゃないか。」
「すみません。見学に来たんですけど、お話中でしたか?」
「いや、今から始まるところだ。丁度いい。二人もそこで聞いていてくれ。」
「はい。わかりました。」
「・・・。」
「・・・。」
翼さんが無言のまま、こっちをずっと見てる。
こっちというよりは・・・三上先輩?
ふと三上先輩を見上げると、先輩も翼さんを見ていた。
本当、この二人どうしたんだろう。
三上先輩が私の視線に気づいて、複雑そうな表情で視線をそらす。
翼さんの方も、もう視線は皆に戻っていて、話が始まろうとしていた。
「えーと。誠二がもう皆に触れ回ってたみたいだから、改めて言う必要もないと思うけど・・・」
皆、次の言葉を無言で待つ。期待を込めた目で翼さんを見ている。
「試合が決まった。来週の土曜日、相手は明駱高校。」
一瞬だけ沈黙が流れ、それから、
「「「いやったぁーーーーー!!」」」
歓声があがる。肩を組んで騒いだり、笑顔で喜んだり、まだ信じられないように驚いたままの人もいる。
「翼さん翼さん!相手ってどんな奴ら?強いの?!」
「強いよ。特に俺は相手の高校のキャプテンと知り合いだけど、そいつはかなりうまい。」
「うわー!そっかあ!!すっげー楽しみだなぁー!!」
「誠二一人でその人に突っ込んで、突っ走るなよ?
そういう相手のときこそ、チームワークが大切なんだから。」
「わかってるよタク!俺はいつでも冷静だし!」
「どこがだよ。フォローしてる俺の身にもなってよね。」
「よっしゃ!そんな強い相手なら不足なしだなっ!俺が倒してやる!」
「お前じゃ無理だな桜庭。俺がやってやるし。」
「何だと!そんなわけねえだろ?
黒川!お前どう思う?俺と上原とどっちが勝てると思う?!」
「・・・いきなりふってくんなよ。まあ、どっちもどっちかな。なあ天城?」
「どっちが弱かろうと問題ない。俺が勝ってやるからな。」
「・・・ダメだこいつら。絶対個人プレーに走るな・・・。」
「ちょっと水野!何呆けてんの?本当に本当なのよ?」
「あ、ああ。なんていうか、実感が湧かなくて・・・。」
「実感も何も本当なの!私たちにとって初めての試合よ?気合入れていかなきゃ!」
「・・・ああ!そうだな!」
「あの・・・将先輩?大丈夫ですか?」
「ん?どうしたのよ将は。」
「えっと、さっきから俯いたままで・・・。」
「・・・・った・・・」
「え、何ですか?将先ぱ・・・」
「やったぁぁぁーーーー!!頑張らなきゃっ!!」
「って、感動してたの?!わかりにくいわね!」
「あははは。頑張ってください!私も精一杯お手伝いしますねっ!」
「ははは。大騒ぎだな。」
「よかったわね。皆。」
「・・・全く、本当にお前ら騒ぎすぎだよ。」
そういう翼さんの顔には、優しい笑顔があった。
もしかして、翼さんが最近悩んでいたことは、このことだったのだろうか。
「ホラ。お前ら、少し静かにしな。」
「翼さん!早く練習しましょうよ!」
「落ち着きなよ誠二。練習の前に、一言言っておく。」
そう言うと翼さんは、横に並んでいる二人を見て、言葉を続ける。
「今回の試合は、たくさんの人の協力があって実現したものだ。相手の高校はもちろん、渋沢や玲・・・」
翼さんが言葉を止めて、一瞬こっちを見る。
三上先輩は翼さんが向けた視線を見ないように、顔を背ける。
「・・・他にも、協力してくれた奴はいる。お前らはそのことを忘れないで試合をすること。
その人たちに、恥ずかしくない試合をすること。わかった?」
「そんなのわかってますよ!翼さん!!翼さんだって、すごい苦労してくれたんすよね!?
俺ら、すっごい嬉しいです!試合して、楽しんで、絶対勝ってやるっす!!」
藤代くんが満面の笑みで宣言する。
翼さんもつられたように笑って、言葉を返す。
「わかってるならいいよ。その気持ちを絶対忘れるなよ?」
「わかってるっす!」
「相手は強い。けど、お前らだって強い。
決して勝てない相手じゃないと僕は思ってる。・・・だから、勝つよ?」
「当ったり前じゃないですか!!」
「絶対勝ちます!!」
「くぅー!!楽しみ!!」
「よし。じゃあ士気も高まったところで、練習するか。」
「「「「はい!!」」」」
渋沢キャプテンの声とともに、皆校庭に走っていく。
皆の嬉しそうな顔が、自分のことのように嬉しくなって私も顔が綻んでいた。
初めての試合。皆には精一杯やってほしいと思う。
あんなにも楽しそうに、一生懸命に練習を続けてきた彼ら。きっと、負けない。そう思う。
「三上くん。」
彼らの後ろ姿を見送ってる間に、西園寺先生が私たちの側にやってきた。
先生は綺麗な笑顔で、三上先輩に声をかける。
「・・・何ですか。」
「ありがとう。」
一言、お礼の言葉を述べる。
「・・・何のことですか?」
「ふふ。翼はまだ貴方に素直になれないだろうから、私が言っておくわ。
覚えがなければ、気にしないで。」
「・・・・。」
「じゃあ私は校舎に戻るわね。二人ともゆっくりしていってちょうだい。」
三上先輩が不機嫌そうに、西園寺先生を睨む。
そんなことは気にせずに、西園寺先生は微笑みを崩さずに校舎へと戻っていった。
「三上先輩。」
「・・・何。」
「・・・ううん。何でもないです!」
「あ?!何だよお前!言いたいことがあるなら言え!」
「わっ。苦しいです!苦しいですって三上先輩っ!」
首に腕を回され、身動きが取れなくなる。
微妙に苦しかったので、三上先輩の腕を叩いて抵抗する。
西園寺先生の言葉を聞いて、なんとなくわかった。
翼さんが悩んでいた理由。三上先輩に頼んだこと。
翼さんや西園寺先生が、三上先輩にお礼を言う理由。
三上先輩はサッカー部の試合のことで、何かを頼まれてたんだ。
そして、それによって、サッカー部の試合が実現した。
犬猿の仲に見えた翼さんからの願いを、サッカー部の皆の望みを叶えてくれたんだ。
「あははっ。」
「何だよお前。何笑ってんだぁ?」
「三上先輩って、やっぱり格好いいです!」
「・・・お前、俺をバカにして言ってんだろ。どーせ。」
「そんなわけないじゃないですか。私、やっぱり三上先輩が好きです。」
「なっ・・・・。」
三上先輩が、めずらしく顔を赤くして驚いたような顔をする。
前にあんなに言うことを戸惑った言葉が、こんなにも自然に出てくるようになるものなんだね。
言った後少し恥ずかしかったけれど、それよりも嬉しさが勝っていた。
「・・・お前、そんなことばっか言ってっと、終いには襲うぞ?」
「襲っ・・・って、何言ってんですか三上先輩っ。」
「俺も男だし?お前のお子様恋愛に合わせてやってただけで、いつでも襲ってやるけど?」
「っええ・・!」
私の身動きを取れなくした状態のまま、三上先輩の顔がどんどん近くなっていく。
確かに三上先輩のことは好きだし、こういうことも嫌ではないんだけど、
ここは外で、校庭で、サッカー部が練習してて・・・。
「ちょ、ちょっと待っ−・・・!!」
「バーカ。」
先輩が私の髪に軽く唇を寄せて、いつものデビスマを浮かべる。
私はポカンとした顔で三上先輩を見上げた。
「期待したか?」
「し、してません!!」
「あれ?素直じゃねーな。マジで襲ってやろーか?」
「ええっ?!」
三上先輩が顔を真っ赤にした私の反応を見て、何度も笑う。
あーあ。結局この人にはいつも負けちゃうんだよね。
ふと、少し離れた場所で練習している皆を見た。
彼らは一心にサッカーの練習している。
『試合に勝つ』っていう目標が出来た彼らは、今までよりもより一層楽しそうで。
「三上先輩。」
「あ?」
「サッカー部の試合も、一緒に見ましょうね。」
「・・・そういうと思った。もうお前の好きにしろ。」
「はは。じゃあ先輩も一緒に試合観戦ってことで。」
「まあ奴らが負けて、悔しがるとこ見るってのもいいかもしんねーし。」
「三上先輩。根性悪い・・・。」
「ああ?何か言いましたかサン。」
「・・・言ってません。」
サッカーが大好きで、心から楽しんでる皆。
私を勇気付けてくれた皆が望んでいたこと。
それがもうすぐ実現する。
笑って、楽しんで、真剣にサッカーをする皆を
私も精一杯、応援しよう。
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