大切な人が側にいる。
それだけで、毎日がこんなにも楽しくなる。
最後の夏に見上げた空は
「はい先輩!これが約束してたプレゼントです!」
「・・・・・。」
「三上先輩!寝ないでください!起きて!!」
早朝の学校。
朝食の前に、私と三上先輩は学校の屋上へと来ていた。
まだ寝ぼけている三上先輩をゆすって、声をかける。
「・・・ふぁー。ねみぃ・・・」
「眠いのはわかってますし、私も眠いですけど・・・。
忘れないうちに渡したかったんですよ。先輩へのプレゼント。」
「・・・ふーん。」
「昼間、学校に持っていって、抜き打ちの持ち物検査があったら嫌だし
かと言って、夕方に寮に戻って取りにいくのも、なんかあやしまれそうだし・・・。」
「忘れてなかったんだな。これ。」
「ないですよ!ちゃんと買って、こっちにも持ってきてました。
渡せるなんて、思ってなかったですけど・・・。」
三上先輩が一度こっちを見てから、プレゼントの包みを開ける。
そこには、散々悩んで買った腕時計。三上先輩が凝視している。
無言のまま、その時計を腕につける。
「あの・・・三上先輩?」
「寒い。」
「あっ、すみません。朝の屋上なんて寒いですよね。すぐに戻って・・・。」
言葉を終える前に腕をつかまれ、体を抱き寄せられる。
後ろから抱きしめられる格好になった私の肩に、三上先輩が眠そうにしながら頭を乗せる。
そんなことに慣れていない私は、恥ずかしさやらなんやらで一気に熱が上がってきた。
「三上っ・・・先輩っ・・・?」
「悪いと思うなら、俺の暖にでもなれ。」
「ホッ、ホッカイロかなんかと勘違いしてません?私のこと。」
ドキドキしすぎて、ワケのわからないことを口走る。
三上先輩って、誰かと付き合ったこととか結構ありそうだよなあ・・・。
私は恋愛初心者なんだから、あまり突然だと心臓に悪い・・・。
「まあ、悪くないんじゃねえ?」
「え?」
「これ。安物なんだろうけど。」
先輩が腕時計を指差す。
よかった。気に入ってくれた?けど・・・。
「安物は余計ですよ!安物ですけど!!」
「堂々と宣言すんな。やっぱりそうじゃねえか。」
「だって、しがない学生にそんな高い時計買えないですよっ。」
今までそうだったように、くだらない口喧嘩を繰り返した。
ただ、今までと違うのは、それがとても愛おしいこと。
当たり前のように、日常にあったことを、とても愛しく思うこと。
「・・・そういえば。」
口喧嘩を終えたところで、私はふとした疑問を思い出す。
「三上先輩。何で私がここにいるってわかったんですか?
・・・確か私は『急な転校』ってことになるって聞いたんですけど・・・。」
「・・・・。」
三上先輩の表情が少しだけ険しくなる。
何か・・・あったのかな。
「お前の親父にあった。そこで、聞いた。」
「・・・!!お父さん、に・・・?」
「お前が来なくなって、お前の家に行ったら偶然そこにいた。」
「・・・お父さんは・・・元気に、してましたか?」
「・・・ああ、まあな。」
私を見て倒れてしまったお母さん。最後、きっと泣いていたお父さん。
二人を思い出して、胸が痛んだ。
せめて、せめて元気でいてくれればいいと、そう思ってた。
「そうですか・・・。よかった・・・。」
「・・・。」
俯く私を三上先輩の腕がまた、強く抱きしめてくれたのがわかった。
私はそのまま先輩に体を預けた。・・・先輩の腕の中はとても安心する。
それと同時に、朝食の時間を告げるチャイムが鳴った。
「三上先輩。寮に戻りましょう?」
三上先輩に声をかけ立ち上がろうとする。
けれど、三上先輩は私を抱きしめたまま動かない。
「三上先輩?また寝ちゃってるんですかー?」
「。」
「え?はい?」
「お前、本当にこのままでいいのか?」
「・・・え?」
三上先輩の突然の言葉に、思わず聞き返す。
三上先輩の表情は、真剣そのもので。
「お前が、もうこんなところに居たくないとか、両親に会いたいとか
そう思うなら・・・一緒に、ここから逃げ出すか?」
「三上先輩・・・。」
やっぱり三上先輩は優しくて。鋭くて。
私がどんなに頑張って心を隠しても、必ず見透かしてしまうんだ。
両親に、会いたい。
隔離されたこの学校から、逃げ出したい。
三上先輩と一緒に武蔵野市に帰って、ずっと一緒に、いたい。
そう思ったこともある。けれど・・・。
「ありがとう。三上先輩・・・。けど、私・・・」
「・・・。」
「私、ここから逃げ出したくないんです。
私を勇気付けてくれた皆と、頑張っていきたいって思うんです。
この場所で生きてきた皆と、最後まで一緒に生き抜きたいんです。」
「・・・それで、いいんだな?」
「はい。」
「わかった。お前がそういうならいい。」
三上先輩が腕の力を緩める。
それと同時に私の腕を引っ張りあげて、その場に立たせる。
屋上から出て、二人並んで寮へと向かう。
「三上先輩。」
「あ?」
「先輩も最後まで一緒に、側に、いてくれますか?」
「・・・バーカ。当たり前のこと聞いてんじゃねーよ。」
「・・・はい。」
先輩が前を向いたまま、ぶっきらぼうな口調で返す。
けれど、私にはその声がいつもよりも優しく聞こえて、涙が出そうになった。
そのまま二人で歩き、寮の敷地内へと到着する。
2年と1、3年の寮は別れているため、そこで三上先輩と別れる。
「じゃあな。また昼休み。教師に見つかんなよ。」
「はい。先輩こそ、この学校来たばっかりなんだから、気をつけてくださいよ!」
「は。お前じゃあるまいし。」
「む。失礼ですね!私のほうがこの学校先に入ってるんですからね〜!」
「ハイハイ。ワカリマシタ先輩。」
別れ際にまた、口喧嘩をしてそれぞれの寮に向かう。
そして私はそのまま食堂へと向かった。
「あ!。どこ行ってたんだよ!」
「結人。おはよう。ちょっと外の空気を吸いに行ってました。」
「具合でも悪いの?」
「ううん。気分気分。」
「・・・変な奴だな。」
「あはは。今日の朝ご飯何?」
私の姿を見つけた結人が真っ先に声をかけてきた。
先生がいる手前、本当のことを言うこともできないので、適当な理由を説明する。
「ー!ちょっとちょっと!!」
「きゃあ!有希!びっくりした〜。」
「小島?急に出てくんなよ〜!」
その場にいた結人たちも有希の声に驚いて、私たちを見ていた。
有希はそんなことお構いなしに、結人たちからは少し離れた席へと私を座らせる。
そこには準備よく、私分の朝食まで用意されていた。
「おはようちゃん!」
「!会えた?渡せた?例の『大切な人』!」
「う、うん。大丈夫。先生達には見つからなかったし。
って、何でがいるの?」
「今日はお母さんに用事があって、朝早くから学校に来たの。
そしたらちゃん、先輩に会いに行ったって聞いたから・・・大丈夫だったかドキドキしちゃった。」
「やっぱり翼さんが言ってた転入生がそうだったのよね。
全くもう、いきなり喧嘩するなんてバカなんだから!」
「・・・そうだよ。バカだよちゃん。」
私を囲んだ二人が小声で話す。
『人違いだった』と伝えた有希には、喧嘩をしてイライラしてたからって謝った。
は、私がそう伝えた理由を察したようだった。
「けど、よかったねちゃん。」
「・・・うん。」
「その先輩と会うために、先生ごまかすのとかあったら協力するわよ?
功先生とかだったら簡単にだませそうだし!」
「あはは。そうだね!」
有希の口からさりげなく出てきた、功先生。
私とは、顔を見合わせて笑う。
「そうだ!その先輩、サッカー部に連れてきなさいよ。
私も見てみたいんだけど。アンタの大切な人。」
「え!そんな期待されても困るんだけど。」
「わかってるわよ。タレ目で意地悪で根性悪いんでしょ?」
「・・・それ三上先輩の前で言わないでね。」
「あはは。何よ自分でそういう紹介してたくせにー!」
まあ確かにそうなんだけど。
そんな風に紹介してたなんて知られたら、三上先輩に何されるかわかんないし。
「も見に来る?」
「あ、うん。でも・・・その先輩がサッカー部に行くのって問題があるんじゃ・・・。」
「え?何が?」
「確か椎名先輩と大喧嘩したんだよね?」
「「あ・・・。」」
「確かに、サッカーしてるときもブツブツ言ってたわね・・・。」
「翼さん。かなりキレてたしね・・・。」
「・・・。」
「まあ・・・なんとかなるわよ!」
「・・・そうかなー。」
「だって、ウチのクラスにも来ないし、先輩のクラスにも私たちは行きにくいし
だったら、サッカー部に連れてきてくれないと、見る機会なんてないじゃない!」
「ていうか、そこまでして見なくても・・・。」
有希が「見るったら見るの!」とか燃えている。
これは、なんとか連れていかないと納得しなさそうだな〜。
けど、三上先輩と明らかに相性悪そうな人がいる気がするんだけど。本当に大丈夫かなあ。
けどね。本当は私も、三上先輩に見てもらいたいって思ってるんだ。
この町に来て、私が見てきたたくさんのものを、
私が勇気付けられたサッカー部や、友達を。
やっぱり今日、誘ってみようかな。
それで、翼さんやキャプテンとも仲良くなってくれるとうれしい。
もしかしたら、キャプテン辺りとは、すでに仲良くなってたりして・・・。
なんて、都合よすぎかな?
「よし!今日、誘ってみるね!」
「それでこそ!頑張って連れてきてよね!」
「・・・何で二人ともそんなに気合入ってるの?」
がいかにもなツッコミをして、私たちは笑いあう。
私を勇気付けてくれた人たち。きっと、三上先輩と同じくらい優しい人たち。
だから三上先輩にも見てほしいと思う。
先輩がもっと素直になれば、きっとわかりあえるはずの人たちだから。
・・・なんて言ったら怒られるかな。
うん。だから誘ってみよう。
・・・さて、三上先輩は素直に来てくれるかな?
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