想いは募っていく。
それでもこの想いは伝えられずに
私は前に進めないでいた。
最後の夏に見上げた空は
「ちょっと!何だったのよ昨日は?」
「・・・え?」
朝の教室。ボーっと外を眺めていると、
教室にやってきた有希にいきなり詰め寄られる。
昨日・・・?私何かしたっけ・・・?
「翼さんと話して、急に走り出していったって・・・。
話を聞いて何事かと思ったわよ。」
「あ・・・。」
そういえばそうだった。
翼さんが三上先輩の名前を出して、そのまま何も言わず屋上に向かったんだ。
その後は、そのまま寮に戻っちゃったし、心配かけちゃったかな。
「いや、あの・・・ゴメン。」
「転入生の名前を聞いて、もしかしてって思ったけど・・・。
『三上』って、の大切な人の名前と一緒よね?」
「・・・うん。」
「だからその人に会いに行ったってことでしょ?」
「・・・うん。」
有希には三上先輩の名前まで話したことがあった。
だから、翼さんから話を聞いた有希は、ピンと来たんだろう。
「渋沢キャプテンと翼さんには、事情を説明しといたからね。
『昔の知り合いがその『三上』さんかもしれないから、会いに行ったんだろう』って。
まったくもう。いくら動転してても一言くらい言っていきなさいよ。」
「ありがと有希。ゴメン。」
「・・・で、どうだったの?会えた?」
「・・・。」
・・・会えた。会えたけれど。
「・・・人違い、だった。」
「そう、だったんだ。残念だったわね・・・。」
始業のチャイムがなり、風祭先生が教壇に立つ。
有希は「気を落とさないで。」と言い、前を向く。
私はどうすればよかったんだろう。
やっぱり三上先輩に気持ちを伝えるべきだった?
三上先輩が私を『遺伝子強化兵』とわかっていて気持ちを伝えてくれたのに
その気持ちさえにも応えられなかった私は、何て臆病なんだろう。
けれど。
できるなら、誰にも傷ついてほしくはない。
三上先輩なら私じゃなくても、きっといい人が見つかる。すぐ、見つかる。
私よりも確実に長く、ずっと一緒に生きていける人が見つかるから。
放課後、サッカー部にも屋上にも行く気になれず、そのまま寮へ向かった。
すると、昇降口に見知った顔が見えた。
「あ、ちゃん。」
「。どうしたの?誰か待ってるの?」
「・・・うん。今日は、家庭訪問のある日なんだ。」
「そっか。じゃあ功先生を待ってるんだね。」
そういえば、は寮じゃなく、家から通ってるって聞いてた。
家から通う遺伝子強化兵は、定期的に家庭訪問が行われている。
「・・・あの、ちゃん。」
「ん?」
「よかったら、よかったらなんだけど、一緒にウチに来ない?」
「え?」
突然の申し出に思わず聞き返してしまった。
まあ友達の家に呼ばれるのは普通なんだろうし、うれしいんだけど
「今日うちに来る?」ってノリでもないよね。
「あ、あのっ、こんな機会滅多にないから、ちゃんに遊びに来てほしくて。
先生も一緒なら外に出ることも許可されるし。め、迷惑かな?」
「そんなことないよ。・・・じゃあ一緒に行こうかな。」
がホッとしたような顔をする。
これは、私に来てほしいっていうよりも、何だか違う理由がある気がするなあ・・・。
そんなことを考えていると、功先生が走ってこちらに向かってきた。
「待たせたな!・・・お?もいたか。」
「はい。先生、私もの家に一緒に行きたいんですけどいいですか?」
「ああ、別にかまわないぞ。ちょっと待ってろ。今、お前の外出許可証も書いてくるから。」
「すみません。ありがとうございます。」
功先生は爽やかに笑って、もう一度来た道を戻る。
すぐに、許可証を持ってまた昇降口にやってきた。そのまま、一緒に外へ出る。
「も随分、この学校に慣れたな!」
「はい。おかげさまで。周りがいい人ばっかりですからね。」
「そうだな。あいつらは俺をからかいすぎるのが難点だけど、根はいい奴らだからな!」
「あはは。先生もいい人ですよね。」
「そういってくれるのはお前だけだよ〜!!」
功先生と他愛のない話をしながら、の家に向かう。
は一歩ひいた形で私たちの後を追う。
「?大丈夫か?歩くの速いか?」
「あ、いえ・・・。」
「そうか。歩くの速かったり、疲れたりしたら言えよ?」
「はい。」
は口数が多い方じゃないけど、今日は一段と口数が少なかった。
やっぱり何か、あったんだろうか。
10分ほど歩いて、の家に到着する。
ドアから出てきたの母親に、軽く挨拶をして家に上げてもらう。
の母親はやっぱりに似ていて、綺麗で優しそうな人だった。
家庭訪問ということで、先生との母親はリビングに
私とはの部屋へ向かった。
「はいちゃん。紅茶でよかった?」
「うん。ありがと。」
ぬいぐるみや可愛い小物の集まっている、いかにも女の子らしい部屋だ。
真ん中にある、小さなテーブルにがカップを2つ置く。
やっぱり可愛らしいカップに口をつけて、一息つく。
「さ。」
「ん?何?ちゃん。」
「何かあった?」
「な、何かって?何もないよ??」
「・・・言いたくないならいいんだけど。ちょっと今日のおかしかったから・・・。
もし何か悩んでるなら力になるよ?一人で悩むって、キツイもんね。」
「・・・ちゃん・・・。」
が俯いて、自分の手に力をこめたのがわかった。
何に悩んでいるんだろう。大きな悩みを一人で抱えてるのかもしれない。
それなら、私で力になれるなら。力になりたい。そう思うから。
「私っ・・・好きな人がいる・・・。」
「うん。」
「・・・先生なの・・・。」
「・・・!」
「功先生が・・・好きなの・・・。」
が俯いたまま、唇を噛む。
少しだけ見えたその表情は苦しそうで、悲しそうだった。
それでも、は少しずつ、自分の気持ちを話し出す。
「いつ好きになったかなんてわからなくて。けど、いつのまにか、想いはどんどん強くなってた。
先生はいつも誰かに囲まれてて、笑顔で、優しくて、安心できて、大好きだった。」
「うん。」
「家庭訪問のときに、二人で歩けることもすごくうれしかった。
皆の先生を私が独り占めできたみたいで、すごく幸せだったの。」
「うん。」
「でもね。もう先生と二人になりたくないの。」
「・・・どうして・・・」
「想いが、あふれてくるの。隠せないの。」
「どうして隠さなきゃいけないの?いくら先生っていったって・・・」
は顔をあげて、綺麗で、けれど寂しそうな笑みを浮かべる。
私は自分の言葉を終える前に、の笑みの意味に気づいた。
「私の気持ちを知って、先生は幸せになれるのかな・・・?」
「・・・。」
「例えば先生が気持ちに応えてくれても、応えてくれなくても
私の気持ちは重荷でしかないよね・・・?」
「っ・・・。」
「もうすぐいなくなるのに。そのことがわかっているのに。
残される先生にわざわざ重荷を背負わせたくなんてないよ・・・!!」
の気持ちが痛いほどにわかる。
の気持ちが痛いほどに伝わって、私の胸を締め付ける。
私も昨日、同じ思いでいたから。
三上先輩に想いを伝えることができなかったから。
そうだよね。誰だって、好きな人の重荷になんかなりたくない。
苦しませたくなんかない。悲しませたくなんかない。
「・・・ありがとうちゃん。」
「え?」
「話を聞いてくれて、気持ちが楽になったよ。
私、きっと大丈夫。この気持ちはちゃんが知っててくれてるって思えるから。」
「っ・・・。」
「大丈夫。この想いはなくならない。
伝わらなくても、確かにここにあるから。想えたことは幸せだから。」
想えるだけでいいなんて。そんなことあるわけないのに。
ずっと側にいたのに、気持ちがあふれてくるほどに好きなのに。
が、この優しい女の子が、どうしてこんなにも寂しい顔で笑わなければならないんだろう。
コンコン
部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「?先生とのお話終わったわよ?」
「うん。今行くよ。じゃあちゃん。また明日会おうね。」
「・・・。」
階段を下りて、玄関に向かう。
階段を下りながら、の後ろ姿をずっと見ていた。
「うし!帰るぞ!」
「・・・はい。」
「ん?何か元気ないか?」
「あ、はは。そんなことないですよ?」
「そうか。ならいいけど・・・。
じゃあも!また明日な!!」
「はい。」
「では、今日はこれで失礼します。」
先生がの母親に挨拶をして、学校へ戻る。
先生が私に話し掛けていたけれど、内容は頭に入っていなかった。
学校に着き、先生と別れてからも、私はずっと上の空だった。
好きな人に好きだと伝えることが、こんなにも難しいなんて。
好きな人に好きだと伝えられないことが、こんなにも苦しいなんて。
三上先輩。
貴方を想ったことで、私は支えられてた。きっと、強くもなった。
けれど、同時に臆病にもなってたんだ。
あなたに嫌われたくない。傷つけたくない。幸せで、あってほしい。
伝えたい。けれど、伝えたくない。
私たちのこの想いは、一体どこへ行くのだろう。
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