伝えたい思いはたくさんあった。





けれど、臆病な私は





それを伝えることさえできなかった。













最後の夏に見上げた空は
















「よう。」





目の前には三上先輩。
彼はまるで当たり前のように、いつもそうしていたように、私を見て声をかける。
この場所にいるはずのない、三上先輩を見たまま、私はその場に立ち尽くす。

三上先輩が私の立つ場所へと近づく。
一歩、二歩、混乱した頭でただただ、三上先輩が歩を進めるのを見つめる。





ペシッ





・・・ペシッ?
頭のてっぺんに、軽い痛みが走った。





「・・・痛い。」

「バカっぽい顔したサン。目は覚めましたか〜?」

「・・・痛いですよ三上先輩!女の子を殴るなんて最低です!」

「俺がそんなこと気にする人間に見えるか?」

「見えません。」

「だからそこは否定しろっての。」





いつかしたような会話を、当然のように繰り返す。
三上先輩と二人でいた時間が、昨日のことのようによみがえってくる。
三上先輩が、意地の悪い笑みを浮かべ、私もまたいたずらっぽく笑う。





「久し振りですね。三上先輩。」

「ああ?そうか?」

「そうですよ。半年ぶり。」

「半年なんてたいしたことねーよ。お前のバカ面なんて、いつでも思い出せるし。」

「久し振りに会ってバカ面とか言わないで下さいよ。相変わらず失礼ですね。」





いつものように、他愛のない会話をして、少しの沈黙。
私は聞きたかった話を切り出す。





「・・・どうして、ここに?」

「・・・・・。」

「ここは桜町で、簡単に入ることなんて・・・。」

。」

「はい?」

「お前、俺に渡すモンあっただろーが。」

「・・・は?」





三上先輩の言っていることが、理解できずに聞き返す。
その後すぐに、約束していたプレゼントのことを思い出した。



「お前。忘れてただろ。人からはもらっといて。」

「わっ!忘れてませんよ!!ちゃんと買っといたんですから!!」

「慌てるところがあやしい。」

「ウソじゃないですってばー!」



私は必死に弁明する。
だって、本当のことだし。・・・渡す機会がもうないと、思ってはいたけれど。





「まさか先輩。そのためにここに来たんですか?!」

「・・・お前って相変わらずバカだよな。」

「え!何ですかいきなり!失礼ですよっ・・・」





反論する私を温かいものが包み込む。
一瞬、何が起こったかわからずにいたけど、それが三上先輩の腕だとわかる。





「みっ・・・三上せっ・・・何してっ・・・」

「少し黙れバカ。」





三上先輩の腕の中に、すっぽり収まる形で抱きしめられる。
何?何で三上先輩がこんなことしてるの?!





「お前、人から物はもらっといて、シカトしたままだし。
お前がいねーから、パシリになる奴もいないし。
お前がいねーから、ストレス解消できねーし。」

「・・・三上先輩〜?一体、どんな目で私を見てるんですか〜?」





三上先輩に抱きしめられたまま、呆れた声を返す。
いくら抱きしめられてるからって、そのまま貶されていたら雰囲気も何もない気がする。
この行動さえも、三上先輩のいたずらであるような気がしてきた。















「お前がいないと、つまらねーんだよ。何もかも。」















私は三上先輩の腕の中で固まっていた。
三上先輩も私と同じ思いでいてくれた?私のことを思ってくれていた?





「あの・・・それはつまり・・・」

「あ?」

「私のため・・・に来てくれたんですか?」





その言葉を言った瞬間、顔が真っ赤になるのがわかった。
私は何を言ってるんだ。これじゃ自意識過剰な女だよ・・・。
三上先輩がデビスマを浮かべる。





「バーカ。自惚れんな。」

「うっ・・・。」

「俺は自分の為に来たんだよ。」

「・・・え?」

「けど、お前がどうしても俺の側にいたいって言うなら、自惚れることも許してやるよ。」





こんなときでも、三上先輩は偉そうな態度で、私をからかう。
けれど今は、その態度でさえ、愛しく感じている自分がいた。

今こそ言おう。難関と言われる試験を突破して、きっとたくさんの大変なことを乗り越えて
私に会いにきてくれた貴方に。
ずっと胸に募らせていた想いを。伝えよう。





「私っ・・・」





瞬間、帰宅時間のチャイムが鳴る。
言おうと決心したところへ、学校のチャイムが鳴り、拍子抜けする。
それと同時に、頭の片隅へと追いやっていた、別の思いが私の中を駆け巡る。







私の想いを伝えて、どうするの?

それで、三上先輩と一緒にいて、少ない時間を過ごして。
きっと、私は幸せだろう。幸せに逝けるだろう。けれど。

三上先輩は?残される三上先輩はきっと苦しむ。
偉そうで、乱暴な口調でも、それでも貴方は優しい人だから。



三上先輩に会えなくて、気持ちも伝えられなくて、
だから私はずっと願ってた。三上先輩に会って気持ちを伝えたかった。
できるなら、その後も一緒に過ごしたかった。
けれどそれは私の幸せであって、私の我侭な願いであって
残される三上先輩のことなんて考えていなかった。

私といる時間が長くなればなるほどに、残される三上先輩の傷は深くなるはずなんだ。
私はそう言って、そんな光景を思うことが嫌で、両親を切り離したのに。





想いが強すぎて、自分の気持ちばかり優先して、それでいいの?









「・・・?」



急に黙り込んだ私の顔を三上先輩が覗き込む。
同時に、腕の力を緩めた三上先輩から抜け出す。





「チャイム。鳴っちゃいましたね。」

「・・・あ?」

「先輩は寮暮らしですか?」

「ああ。」

「じゃあそろそろ戻らないと。この学校ってそういうとこ厳しくて
見回りのときにその場にいないと、処分を受けるんですよ。」





。「三上先輩」」

「私、三上先輩と同じ想いを、持っていません。
気のいい先輩としか、思えません。」

「・・・・・。」

「もし、私を追ってきてくれたというのなら、気持ちには応えられません。」

「それが、お前の答え?」



静かに尋ねる声に、胸が痛んだ。
精一杯冷静を装って、私は答える。



「・・・はい。」

「ふーん。」





三上先輩は顔をしかめて、私の目を見つめる。
私はその視線に耐えられず、屋上の扉に向かう。



「じゃあ、私、先に行きますね。
先輩も遅くなりすぎないようにしてくださいね。」



屋上から出て、扉を閉める。
扉を閉めるときに、三上先輩を見たけれど、その表情は見えなかった。

階段を駆け下りて、寮へ向かう。
目に涙が浮かんで、視界は悪かったけれど、それでも一心に寮を目指して走った。























「・・・ったく。親子そろって嘘が下手だな。」

私の去った後の屋上で、三上先輩が呟いた言葉は風に乗って消えた。






























あんなにも自分の想いを伝えたいと願っていたのに



あんなにも貴方に会いたいと願っていたのに



それでも、実際に貴方を目の前にすると、こんなに臆病になってしまう。













三上先輩。貴方が好きだけれど



好きだから、伝えたくなかった。



他人から見たら、何て愚かな考えと思われるかもしれない。





けれど、貴方を出来る限り傷つけないようにする術が



このときの私にはこれくらいしか思いつかなかったんだ。






















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