側にいたいと、願いつづけた貴方が
今ここにいる。
例えそれが夢であっても、
私にとっては幸せな夢。
最後の夏に見上げた空は
「ふーん。新入生。結構いるね。」
「本当だ!今の3年よりも多いんじゃねー?」
校庭に並ぶ、桜の木から花びらが舞っている。
季節はめぐって、春になり、私たちも2年生へと進級した。
私たちが進級したということは、当たり前だけど後輩が出来るってことだ。
桜の木の下で写真撮影をしている新入生について、英士と結人が語っている。
多いと言っても、普通の高校に比べたらたいしたことはないだろうけれど。
「まあ、俺たちも最後の学年になるからね。俺たちがいなくなれば安心だしって
思う子もいるんじゃないの?この学校、『遺伝子強化兵』の学校ってことで入学金0だし。」
英士の言葉に周りは一瞬、沈黙する。
そう。高校2年という学年は、私たちにとって最後の学年。
最後の夏は、もうすぐそこまで来ていた。
「・・・まあ、いいじゃんそんなこと!!新入生なんて関係ないし!
俺らは俺らで楽しもうぜ!なー!ー?」
「若菜!何どさくさにまぎれての肩抱いてんのよ!」
結人が有希に怒鳴られながらも、私の肩を抱いて、笑顔で話す。
こういうとき、結人の明るさは私たちを救ってくれる。
「・・・英士?どうした?」
「何が?」
「いや、お前最近ボーっとしてること多くないか?」
「俺はいつもこうだよ?一馬こそ最近、赤くなること多くない?」
「何だそれ!多くねえよ!」
「特にと話してるときとか・・・」
「だー!!そんなことねえって言ってんだろー!!」
私たちの横では、英士と一馬がなにやら言い合っている。
にぎやかで、当たり前になった日常。
この日常に、もうすぐ終わりが来るなんて、信じられなかった。
もう一度窓の外を見ると、新入生の写真撮影は終わり、皆自分の教室へと戻り始めていた。
早速できた友達と、笑顔で話している新入生の姿が微笑ましくて、しばらく眺めていると、
女の子と目があった。小柄で可愛らしい女の子だ。
女の子は私と目があうとすぐに、顔を俯けて、目線をそらす。
・・・やっぱり怖がられてるのかな。ちょっとだけ胸がチクッとした。
「・・・俺らが怖いなら、こんな学校、来なければいいのにね。」
「英士?お前・・・」
「何でもないよ。そんな気になっただけ。」
私の側ではまだ、有希と結人の言い合いが続いていて
一馬と英士の会話は、私には聞こえていなかった。
「お!ちゃん飲み物つくってくれたんだ!サンキュー!!」
「って言っても、元は西園寺先生の差し入れだけどね。後でお礼言ってね。」
「OKー!」
私はサッカー部の見学の常連になっていた。
たまにマネージャーのような役割もするようになった。
だって、これだけ見学してて、何もしないっていうのもなんだし。
「あれ?今日も渋沢さんと翼さんはいないんだ?」
「あーうん。何か難しいことしてるみたいだよ?」
「難しいこと?」
「うーん。何か先生と言い合ってたけど。俺にはよくわかんないや。」
藤代くんが、差し入れたポカリを飲みながら答える。
難しいことって何だろう?彼らもまた、私たちのために何か動いてくれているのかもしれない。
「よっし!じゃあ俺戻るね!」
「うん。」
藤代くんが校庭へと戻り、パス練習をしていた笠井くんと黒川くんに加わる。
そのままボールを奪って、ゴールへと走る。いきなり現れた藤代くんに呆れつつ
二人は藤代くんを追いかけ、立ちふさがる。
皆、笑っている。私がサッカー部に来るのは、その笑顔だった。
将くんも、水野くんも、有希も、藤代くんも、サッカー部の皆は心から笑ってる。
その姿を見ることは、私を勇気づけてくれていた。
「あのっ・・・!!」
彼らの姿を見ながら、残り少なくなったポカリの補充をしようと立ち上がると、
後ろから声をかけられた。そこには小柄で可愛らしい女の子が立っていた。
あれ?この子・・・。
「わ、私!1年の桜井 みゆきって言います。あの、サッカー部って、1年生でも入れますか?」
やっぱり、昼間見た新入生の子だ。
桜井さんは緊張しているのか、声が少し裏返っている。
「ううん。そんなことないと思うよ。
この部のキャプテンと副キャプテンは3年生だし。サッカー好きな人なら歓迎するんじゃないかな。」
「あの、先輩はマネージャーさんですか?」
「うーん。私は入部はしてないよ。たまに見学させてもらったり、手伝いしたりするくらい。」
「私も、お手伝いがしたいんです!マネージャーとして入部ってできるでしょうか・・・?」
なんていうか、少しびっくりした。
この子の昼間の印象からして、私たち『遺伝子強化兵』を怖がっているのかと思ったけど
どうやら違うみたいだ。
だって、そうじゃなきゃ『遺伝子強化兵』の集まるサッカー部に入ろうとするわけないし。
「大丈夫じゃないかな?今はキャプテンたちがいないけどもう少ししたら来るから・・・。」
「もう来たよ。」
緊張している桜井さんに状況を説明しようとすると、後ろから声がする。
振り返ると、そこには翼さんと渋沢キャプテンが立っていた。
「いきなり入部希望とは驚いたな。」
「そうだね。ヘタすれば1人もこないと思ってたからね。
「あ、あの・・・?」
「桜井さん。こちらがキャプテンの渋沢先輩と、副キャプテンの椎名先輩。」
入部希望者に二人は喜ぶと思っていたけれど、その表情は意外に固かった。
サッカーが好きであれば、すぐ歓迎する感じだったけど、何か違うのかな?
「桜井さん。どうして君はサッカー部に入りたいんだ?」
「あの・・・私・・・サッカー部のお手伝いがしたいんです!」
「手伝い?どうしてサッカー部なのさ。」
「受験の学校を決めるときに、学校見学に来て、サッカー部を見たんです。
皆さんすごく一生懸命で・・・笑ってて、私もその中にいたいって、そう思って・・・」
渋沢さんと翼さんが、険しい顔で次々に質問する。
桜井さんは、その雰囲気に気圧されながらも、質問に答えていく。
「・・・あいつらが遺伝子強化兵だってことはわかってるよね?
それも承知で、一緒にいたいって言うんだな?その覚悟も出来てるってことだろうね?」
「はい!」
「・・・OK。ウソは言ってなさそうだね。
興味本位や冷やかしで入るなんて言っていたら、どうしてやろうかと思ったけど。」
「え?」
桜井さんが首をかしげる。
渋沢さんが、説明を加える。
「君も知っているとおり、サッカー部は多くの遺伝子強化兵が入部している。
それを狙って、興味本位で入ってきたり、からかったりする奴が少なくともいるんだ。
だから、入部には、特に他学年には細心の注意が必要なんだ。」
「あ、私は違います!そんなこと思ってなんか・・・」
「わかるよ。目を見れば大体。
けど、もしもアイツらに何かすることがあったら、僕が倍返し以上のことするから、そのつもりで。」
「えっ・・・あ・・・」
「コラコラ椎名。あまり脅かすなよ。」
桜井さんがまた気圧され、渋沢さんが苦笑する。
翼さんは「こんなの脅かすに入んないよ。」とかぶつぶつ言ってる。
「じゃあ桜井さん。歓迎するよ。後で皆にも紹介しよう。」
「あ!ありがとうございます!!」
桜井さんを安心させるためか、渋沢さんは優しく微笑む。
桜井さんもとてもうれしそうに笑って、お礼を言う。
「とりあえずは、見学でもしてて。僕ら着替えてくるからさ。」
「はい!」
「まったく。ホームルームが長引いたせいで、また練習途中参加だよ。」
「そういうな椎名。転入生の紹介だったんだから、仕方ないだろ?」
「転入生?」
「そう。3年で転入生って何なんだよって思ってたら、政府の人間らしくてさ。
偉そうで感じ悪いんだよね。」
翼さんが、いかにも嫌そうな顔で説明する。
今日の翼さんが、機嫌悪そうに見えたのは、その転入生のせいだろうか。
「初対面で嫌われるって、どんな人なんですか?」
「・・・だから、偉そうで感じ悪い、あと、人を見る目もないね!ああ、あのタレ目じゃ見る目ないよね!!」
「椎名。それは全国のタレ目の人に失礼だぞ。ほら、水野だってタレ目だ。」
渋沢さんが、イマイチずれているようなツッコミを入れる。
翼さんが「ものの例えだろ!」って怒ってる。
そんな二人の光景に笑いがこぼれた。
「ほら!行こうよ渋沢!」
「ああ。わかった。」
部室へ向かう翼さんに返事をしつつ、渋沢さんは私にそっと耳打ちする。
「実はな。椎名、その転入生に女と間違えられたんだ。いや、からかわれたって感じかな。
それで言い合いになって。だから、あんなに嫌ってるんだよ。」
「あー・・・。翼さん、女の子に間違えられるとキレますもんね。」
さすがにこれだけサッカー部にいついていると、翼さんの性格も把握してくる。
初めて翼さんに会ったときに、男の子か女の子か一瞬迷ったけど、間違えなくてよかった。
「渋沢!何してんの!」
「ああ。すまない。今行くよ。じゃあな。」
「あー!もう本当、腹立つよ!」
やっぱりイラついてる翼さんに、渋沢さんが追いつく。
どうにも腹の虫がおさまらないみたい。渋沢さんにあたってるようにも見える。
私は二人の背中を見送って、ポカリの補充作業に戻ろうと後ろを向く。
「あの、三上ってやつ・・・!!」
・・・え?
私は耳を疑う。まさか、そんなことあるわけない。
貴方が、ここにいるはずないんだから。
偉そうで、人をからかうのが好きで、タレ目であっても
翼さんの言ってる人が、三上先輩であるなんて。そんなこと・・・あるわけ・・・・。
「先輩?」
桜井さんが不思議そうに私を見る。
私はその場に固まったままだ。そのまま、翼さんの元へ駆け寄る。
「翼さん!!」
「え?どうしたの。」
「あの・・・今、言ってた転入生・・・三上って・・・な、名前っ・・・。」
言葉がうまくつなげない。
あるわけないと思っているのに、かすかな希望が、願いが私を動かす。
「あの転入生が何なの?」
「・・・名前っ・・・三上って・・・。」
「ああ、うん。三上 亮。あいつがどうかしたの?」
私は目を見開く。頭の中でいろんな思いがぐるぐるまわって
何も喋ることができない。どういうこと?どうして?まさか・・・そんなことが・・・。
「え?!?!!」
まとまらない頭の中とは対照的に、体は無意識に走り出していた。
ある場所へ向かって。無心で、ただ、走り続けた。
もしも、貴方なら。きっともう、あの場所へ行っているはずだから。
二人でいつも話した、屋上にいるはずだから。
もしこれが都合のいい夢であっても私は、貴方に会いたい。
三上先輩。貴方に会いたい。
もう何度も来た、屋上の扉の前に立つ。
ヘアピンを取り出して、屋上の鍵を開ける。
そこにはいつもの通りに、広い青空と、吹きぬける風と、
「よう。」
大好きな、貴方がいた。
何か都合のいい夢を見ているようで、
私はその場に立ち尽くしたまま、動くことができなかった。
ねえ三上先輩。
私、貴方に会ったら話したいことがたくさんあったんです。
これが夢であっても、貴方に会えてうれしい。
何から話そう。
何から、伝えよう。
大好きな貴方に。
TOP NEXT
|