あなたが私を忘れていたとしても
あなたの存在は確かに、私の支えとなっているから。
最後の夏に見上げた空は
「ねえ。」
「何?」
「の大切な人って、誰?」
学校での休み時間。有希に突然尋ねられた。
一緒にいたも少し驚いてたけど、やっぱり女の子だし、こういう話題には興味津々のようだ。
「・・・この町に来る前のことなんて、あまり聞かれたくないのかと思って
聞かなかったんだけど・・・。やっぱり気になっちゃって。」
「それは別にいいんだけど・・・ちょっと恥ずかしいっていうか・・・。」
「前の学校の人なんだよね?」
「そうだよ。」
・・・好きな人の話題って、結構恥ずかしいぞ。
私の年だったら当たり前の話題なんだろうけど、
今まで好きな人がいたこともなかったし、そんな話をする女友達もいなかったし。
「どんな人なの?」
「うーん。タレ目。意地悪。根性悪い。」
「・・・それのどこがいいのよ。」
がワケのわからなそうな顔をし、有希が呆れたように私に聞く。
「けど、たまに優しくて、一緒にいると・・・安心する人。」
最後に、付け加える。・・・やっぱりこんな話は恥ずかしい。
私は顔が熱くなってきたのに気づいた。
「・・・ふーん。そうなんだ。」
「・・・ちゃん。本当に好きなんだね!可愛い。」
「や、もう本当やめて。恥ずかしすぎるから!」
有希とが笑いながら私を見る。
ちょっと悔しかったので、同じ話題を二人にもふってやった。
「有希とこそどうなの?」
「「え?」」
「有希は水野くんでしょ?」
「・・・え?!何で知ってんのよ?!って、ああ!!」
「あはは。認めた。実はカンだったんだけど。
サッカー部見学したり、前の席の二人を見てるときにそうなのかなーって。」
「あ、やっぱりそうだったんだ有希ちゃん。」
「やっぱりって、!アンタも気づいてたの?」
「え?えへへ。」
「あーもう!恥ずかしいから隠してたのに!何でこんなにバレてんのよ・・・。」
「もしかして・・・付き合ってたりする?」
「付き合うって言葉は違う気がするけど・・・アイツの気持ちならわかってるから・・・。
何をするっていうよりも、最後まで一緒にいられればいいと、そう思ってる。」
私とは有希を見つめる。
有希は少し顔を赤らめて、綺麗に笑っていた。
「私の話はいいのよ!!で、は?」
「好きな人いるって言ってたよね。」
「え・・・あ・・・」
話題はへと移る。
今度はが顔を真っ赤にして俯く。
「〜?私たちのを聞いたんだから、アンタも言いなさいよ〜?」
「あの・・・私は・・・その・・・」
「オラオラ〜!鐘なったぞぉー。席つけ〜!」
を問い詰めていると、功先生が教室に入ってきた。
皆、ダラダラと移動を始め、私たちも話を中断して自分の席に戻る。
「もー!功先生タイミング悪すぎよ!いいところだったのに!」
「何キレてんだよ小島。先生授業しにきただけなんだけどなぁ。」
「タイミングが悪いのよタイミングが。そんなんじゃ先生、モテないわよ。」
「小島・・・何てこと言うんだ!理不尽だぞ!!」
「おい小島〜。功先生いじめるなよ!!」
「若菜っ・・・お前は俺の味方だな・・・?」
「本当のこと言っちゃカワイソウだろー?」
「結人。フォローしてるんだか、追い打ちかけてるんだかわかんないよ。」
教室に笑い声が響く。私もその輪の中で笑っている。
ねえ三上先輩。私、割とうまくやれてるよ。
友達も増えたし、クラスメイトもいい人ばかり。
きっと、そっちにいた頃よりも、充実した日々を送ってる。
ただ、やっぱり足りなくて。
側にあなたがいないことが寂しくて。
たまにね。無性に悲しくなるときがある。
そんなときには屋上に行って、空を見上げてる。
この学校って、門には警備員とか置いてるのに、屋上は意外と簡単に入れちゃうんだ。
っていっても、鍵はかかってるのを無理やり開けたんだけど。
それで、三上先輩も同じ空を見てるのかなーなんて思ってる。
そう思うと少しだけ、寂しくなくなるんだ。
あなたと毎日のように会っていたときには、こんなこと思わなかったのに。
会えなくなって初めてわかるなんて、笑っちゃうよね。
三上先輩は今、どうしていますか?
もう、私のことなんて忘れちゃってますか?
私のこと、忘れていてもいい。
けれど、あなたを想っていることは許してください。
この気持ちは、この想いは、私の支えになっているから。
「・・・三上 亮。実技テスト、満点です。」
眼鏡をかけた真面目そうな教官が言う。
大きな眼鏡に隠されたその表情は読めないが、多少驚いているようだ。
「まさか半年足らずで、この試験に合格するとは思っていませんでした。
三上くん。あなたは実技、筆記、適性・・・どれも全く問題ありません。合格です。」
「・・・これで俺も桜町に入る許可が出るわけだな。」
俺が受けていたのは、遺伝子強化兵の監視役となる試験。
遺伝子強化兵がもし『力』を解放してしまった場合の、歯止めとなる役だ。
遺伝子強化兵に対抗できる体力、とっさのことに対応できる判断力
何が起こっても冷静でいられる精神力・・・なんてものが試験される。
試験内容は厳しく、試験に合格するまでには数年を要するほどらしい。
俺にとっちゃ、たいした試験でもなかったけど。
「あなたはどこで、知識や技術を身に付けたのですか?
通常の高校生活で学べる内容でも、身につく技術でもないはずですが・・・。」
「特殊な家庭でね。ガキの頃からいろいろな知識も技術も覚えさせられてた。」
「・・・まさかとは思いますが、政府の関係者ですか?」
「知らなかったか?調べはついてると思ってたけどな。
試験を受ける奴の家庭事情までは調べたりしないんだな。」
「不覚にも。まさか政府に関わる人間が、この試験を受けるとは思いもしませんから。」
「は。上は高みの見物だからな。自分からわざわざ危ないとこに行くなんて思わねーか。」
自分たちが生み出した『遺伝子強化兵』に対し、決して近づこうとしない。
危ないことは『監督者』に任せる。まさに政府らしい考えだ。
「しかし、何故今になって監督者の資格を取ろうとしたのですか?
来年の夏には意味のないものになると思いますが・・・。」
「・・・あ?」
俺は教官をにらみつける。
意味のないものになるなんて、まるで他人事のように、当然のように言う教官に
異様に腹がたった。
・・・おかしいよな。つい最近までは俺だって『他人事』だったクセに。
「・・・失礼しました。
三上 亮を遺伝子強化兵監督者として認めます。
ただし、本人が未成年のため、桜町へ入るには親の同意が、
入った後には、桜塚高校へ編入することが義務付けられます。」
「・・・ああ。」
アイツまで、あと一歩。
最後の難関を突破して、もうすぐお前に会いに行く。
「亮。」
家に着くと、低くて感情の薄い声が俺の名前を呼んだ。
「何だよ。親父。」
「・・・お前、隠れて遺伝子強化兵の監督者試験を受けていたそうだな。」
「ああ。ついでに合格もした。」
「俺は許さん。桜町などにお前が行く必要はないんだ。」
「何故?」
「遺伝子強化兵の町だぞ?もしものことがあったらどうする?
お前は三上家を継ぐ人間なんだ。」
「その遺伝子強化兵を生み出したのは誰だよ?親父たちだろ?」
「・・・それとこれとは関係のないことだ。」
「関係ない?『遺伝子強化兵計画』の責任者様が関係ないなんて言わせないぜ?」
「・・・お前は遺伝子強化兵に興味もなく、同情もしてないように見えていたが?」
「事情が変わったんだよ。」
そう。俺にとって遺伝子強化兵なんて他人事だった。
『遺伝子強化兵計画』なんてくだらない計画の責任者であり、それを実行した親父に
嫌悪は感じていたけれど、それだけで。同情さえもしていなかった気がする。
いや、今だって他人事だ。アイツ以外の遺伝子強化兵に興味もない。それが俺の正直な気持ち。
「なぜお前がわざわざ危険な場所に行く必要がある?
何か気になるなら、部下や他の監督者に任せればいい。」
「任せられないから、俺が行くんだよ。」
「・・・何のために行くんだ!」
「バカな後輩と、自分のために。」
当たり前のように俺の隣で笑ってたアイツに
知らぬ間に俺を救っていてくれたアイツに
親を守るために、傷つきながら一人で行ったアイツに
俺は、会いたいから。
「親父が同意しないっていうのなら、法を破ってでも一人で行く。」
「バカが・・・!そんなことをしてもすぐに連れ戻して・・・!!」
「そしたら抜け出す。何度でも。」
「・・・亮・・・!!
「譲れない。これだけは、どうしても。」
「お前に・・・もしものことがあったら・・・!!」
親父は少し悲しそうに俺を見る。
いつも威厳のある親父が小さく見えた。
「俺、政府の人間の息子なんて嫌だった。
周りから一線おかれるし、いろんな知識や訓練も受けなきゃならなかったし。」
親父が顔を上げる。
俺は続ける。今まで思っていたことを、思ってきたことを親父に伝える。
「それでも、俺はその訓練のおかげで試験に受かった。
それは、それだけは、親父の息子で良かったと思う。」
「亮・・・。」
「俺が今までしてきたことは、無駄じゃないと思いたい。
アイツに、に会うためだったと、守ってやるためだったと、そう思いたい。」
初めて親父に本音を語った。今まであきらめて、口にしなかった本音を言った。
親父は俺の顔を見たまま動かない。
俺も親父を見ていた。まっすぐに、目をそらさずに。
やがて親父が口を開いた。
「俺がどんなに止めても行くか?」
「ああ。」
「そうか。・・・わかった。ただし、一つだけ約束してくれ。」
「何?」
「絶対に、ここに戻ってこい。」
「・・・。」
「約束しろ。」
「・・・ああ。」
自分に、これほどまでの行動力があるなんて、知らなかった。
自分に、これほどまでの強い意志があるなんて、知らなかった。
自分が、これほどまで強く誰かを想えるなんて、知らなかった。
。
もうすぐ、お前に会える。
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