お前の強さも優しさも








ずっと俺の憧れだった。











最後の夏に見上げた空は









「あれ?!よお!真田!!」





廊下を歩いていると、いかにも軽そうな奴に声をかけられた。





「・・・・。」

「何だよシカトかよ!クラスメイトなのにひどいねぇ〜。」

「・・・何か用かよ。」



声の主は鳴海。
・・・やっかいな奴に声をかけられた。
普段、学校なんてほとんど来ないくせに、何でこうタイミング悪く会っちまうんだ。



「んー!別に!けど、お前のその態度、結構むかついちゃったな〜?」

「うるせえな!お前そうやって人にからんでばっかりいるんだったら、学校なんてやめて
どこへだって行けばいいだろ?!」

「・・・あ?!」



俺ははっきり行って、コイツが嫌いだ。
同じ遺伝子強化兵で、皆が同じ運命を背負っているのに
そこから逃げて、人に当たり散らして、迷惑ばかりかけている。
俺だって、結人だって、英士だって、皆、つらい。
必死で生きているのに、我慢してるのに、その気持ちを逆なでするような奴は嫌いになるに決まってる。



「何調子乗ってんだあ?お前。」

「な・・・!」

「若菜や郭にくっついてないと何もできないような甘ちゃんが・・・
知ったような口聞いて、格好いいとでも思ってんのかっ?!!」



俺は胸倉をつかまれて、体が宙に浮く。
鳴海の刺すような目が俺を見る。クソッ・・・こんな奴、すっげーむかつくのに・・・馬鹿力すぎなんだよコイツ。
鳴海はそのまま俺の首をしめる。・・・やばい・・・オチる・・・。



「わっ!!一馬?!って何してんの!鳴海くん!!」

「ちっ・・・チャンじゃねーの。」

「・・・ガハッ・・・ゴホッ、ゴホッ・・・」



意識が薄れていくところで、高い声・・・女の声がして、俺は開放された。
咳き込みながら鳴海の言葉を聞いていると、その女がだとわかった。



「一馬っ・・・大丈夫?」

「・・ハッ・・ゴホッ・・・ああ・・・」

「大げさだなー。一馬チャンは。ちょっと遊んでやっただけだろー?」



な、何が大げさなんだ・・・!本気で落とそうとしてただろお前っ!!



「鳴海くん、学校来たんだ。」

「何それ?来てほしくなかったみたいじゃねーか?」

「あはは。別にそういうわけじゃないよ。赤面した鳴海くん、また見たかったし。」

「ってめー!!!!殺すぞ?!」



が笑いながら鳴海と話す。
ていうか、この二人っていつの間にこんな仲になってたんだ?
確か、鳴海が初めてにあったときなんて、結構殺伐としてたと思うんだけど。



「いいじゃん。せっかく学校来たんだから、ゆっくりしていったら?」

「お前に言われる筋合いはねーんだよ!相変わらずむかつく奴だな!!」



鳴海が俺たちを睨んで、その場から立ち去る。
俺はそれまでの二人のやり取りを、無言で眺めていた。
そんな俺の様子に気づいたが、心配そうに声をかけてくる。



「一馬、本当に平気?」

「え、ああ。平気・・・。」

「よかった。一馬いきなり襲われてるんだもん。びっくりしちゃった。」



・・・考えてみたら、俺は女に助けてもらったってことになるのか。うわ。格好わりぃ・・・。



「あの、悪い。迷惑かけた。」

「ううん。全然。」

って、いつの間に鳴海とあんな仲になったんだ?」

「あんな仲って・・・。微妙な言い回しだなーそれ。別に何もしてないよ。」





 は、不思議な人間だと俺は思っている。
俺たちが、生まれたときから桜町に閉じ込めらていたのに対して
16歳まで、武蔵野市という、桜町から離れたところで暮らしていた奴。
自分が遺伝子強化兵だと、知らなかった奴。

俺たちと全く違う環境で育ってきた
それでも、は俺らの心に入ってきた。ずっと苦しんでいた、結人を救った。

正直、ずっと一緒にいた結人を俺が救ってやれなかったのは悔しかった。
けど、結人はあれから本当に笑ってる。心から笑ってる。
だから俺はに感謝してるんだ。結人が信頼する奴なら俺だって信頼しようと思った。
きっと、英士だってそう思ってるんじゃないかな。

だからってわけじゃないけど、は俺の知らないところでだって、
いろいろな人間を救ってるんじゃないだろうか。鳴海も、そうだったのかもしれない。
俺たちと違う環境で育っていても、いや、だからこそ、わかる気持ちがあるのかもしれない。





「・・・かーずまー?やっぱり保健室行こうか?」



の顔を見たまま、またしても固まっていた俺に、が声をかける。
・・・あーもう、こんなところで考えこむって何やってんだ俺は。



「悪い!本当に大丈夫だから!教室戻ろうぜ。」



ここは、俺らのクラスから離れている。
早く戻らないと、次の授業に遅れるよな・・・。ってあれ?何でがこんなところにいたんだ?



「そういえば。何でこんなとこ来てたんだ?」

「先生に頼まれちゃって。備品を資料室に戻しておいてって。」

「ああ・・・俺と同じか。」





俺も頼まれて資料を置きにきたんだよな・・・。
どうもこの学校の教師たちは、日直とかの係じゃなくて、頼みやすそうな奴に頼む傾向にあるよな。
頼みやすそうなんて、はともかく、俺もそれに入ってるってのは釈然としないけど。

教師に対する不満を心の中で言いながら、と並んで廊下を歩く。
ふと、を見ると、が窓の外を見上げていた。





「・・・?外に何かあるのか?」

「え?ううん。空がきれいだなーって思って。」



が空を指差す。俺もに並んで空を見上げる。
そこには見渡す限りの青空が広がっていた。

こんな綺麗な空を見たのは・・・いや、空を見上げたことさえ、久しくしていなかった気がする。
俺の心に、それだけの余裕がなかったということだろうか。
俺は空を見上げたまま、にずっと聞いてみたかった質問を投げかける。



。」

「ん?」

「お前は・・・何でそんなに強くいられる?」

「・・・え?」



が空から俺へと視線を移す。
俺の質問が、イマイチよくわかっていないって顔をしてる。



「俺、お前が転校してたときから思ってた。お前は俺らとは違うって。」

「何で?同じだよ?」

「俺らは小さいときから、自分の運命を聞かされてた。
そうやって育てられてきたから、あきらめなければならないものだって少なかった。」

「・・・。」

「けど、お前は違うよな?16年いた武蔵野市に、大切なものはたくさんあったはずだ。」
あきらめるものだって、たくさんあったはずだ。」





お前の言っていた『大切な人』、『両親』・・・それになによりも、今まであった『日常』さえも。
全てをおいて、ここに来なければならなかったはずだ。





「俺は思うんだ。俺たちの知らない、当たり前の『シアワセ』って奴をお前は知ってた。
でも、知っていたからこそ、それを無くしたときの絶望は、俺たちの比じゃないんじゃないかって・・・。」





は無言で俺の話を聞いていた。
視線はいつのまにか、また空へと向けられている。





「それでもお前は俺たちみたいに、自暴自棄になることも、全てを諦めることもなかった。
それどころか、結人を、俺たちを救ってくれた。真正面から向かってくれた。」





俺はもう一度、にたずねる。





「どうしてそんなに、強く、優しくいられたんだ?」





が空を見上げたまま、微笑む。
その横顔は・・・綺麗だった。けれど、とても儚く見えた。





「私は、強くも、優しくもないよ?」





今度は俺が、無言での話に耳を傾ける。





「私もここに来た頃はあきらめてた。大切なものは全ておいてきて、絶望してた。
 けど、諦める必要なんてないって、そう教えてくれた人がいたから。
 絶望してた私にも温かく声をかけてくれる人がいたから。
 まっすぐに、ぶつかってきてくれる人がいたから。・・・だから。

私も、諦めない心を持とうって、優しくなろうって、まっすぐに、ぶつかっていこうって思ったの。」





がまた、俺を見る。





「そう思えるようになったのは、アナタ達のおかげだよ?」





が笑顔で答える。
俺は顔が熱くなるのを感じて、とっさに下を向く。





「あはは。一馬赤くなった〜。」

「ち、違えよ!これはっ・・・」

「私、今楽しいよ?・・・皆に会えて、よかったって思ってる。」





顔の熱はどんどん上がっていく気がして、
俺はついに顔を上げられなくなった。





「やっぱり一馬って照れ屋なんだね。私も人のこと言えないけど。」

「う、うるさい!」

「・・・次の授業どうしよっか?」

「・・・え?」





ふと気づいて腕時計を見ると、授業の開始時間はもう過ぎていた。





「わっ悪い!俺が変なこと聞いたから・・・!今すぐ・・・」

「一馬、その顔皆に見られちゃうよ?」

「あ・・・!」





思わず顔を上げた俺をが笑いながら見つめる。





「・・・サボっちゃおっか?」

「へ?」

「私たち、今まで真面目に授業受けてきたんだし、一時間くらいいいんじゃない?
まあ私は、転校初日に一回サボってるんだけど、もう時効だよね。」





がいたずらそうに笑う。俺もつられて笑う。





「そうだな。たまには、そういうのもいいかもな。」

「だね!決まり!!」


















お前は自分のことを強くも、優しくもないとそう言った。
それでも俺はやっぱり、お前は強いし、優しいって思うんだ。



だって、お前といるとこんなにも穏やかで、楽しい気持ちになれる。
優しく、素直な気持ちになれる。

そんなお前だったからこそ、結人も心を開いたんじゃないかな。





だから俺もさ、お前みたいになりたい。





お前のように、優しく、強い人間になりたい。










そして、大切な誰かが困っているときに、





悩んでいるときに力になってやれるようなそんな人間に





俺は、なる。























TOP  NEXT