生まれてきた理由、そんなものよくわからないけれど






生きていく理由は見つけた気がする。












最後の夏に見上げた空は

















「結人!!」

「若菜!!」



真田くんと有希が叫ぶ。
私は呆然と若菜くんを見ていた。
どうやら本当に、完全に若菜くんには嫌われてるみたいだ。

確かに彼からみたら、私なんて幸せな奴で、
きっと彼の半分も苦労していない。けれど、
それでも、あれだけは、三上先輩からもらったストラップだけは
渡すことなんてできない。私は若菜くんを追って、走り出す。



!」

「・・・何事?」



教室から郭くんが顔を出した。
私と有希は気にせず走り出し、真田くんは郭くんに経緯を話しているようだ。
その後、郭くんと真田くんも私たちの後に続いた。



「結人はどっち方向に行ったの?」

「今、右に曲がったところまでは見たんだけど、その後はもう・・・。」

「郭!真田!アンタたち若菜と一番仲いいんだから、どこか心あたりないの?」

「そ、そんなこと言われても・・・。」



私たちは廊下に立ち尽くして考える。
当然、私には見当なんてつくはずもないけれど。




「・・・仕方ないね。別れて探そう。」

「そうね。それしかないわ。」

「じゃあ、俺とさん。一馬と小島で二手に別れよう。
結人がそんな不安定な状態なら、俺たちのどちらかが見つけた方がいい。」

「・・・うん。わかった。行こう郭くん!」

「わかったわ。行くわよ真田!」

「お、おお!」










私は郭くんと廊下を駆け抜ける。
途中、先生に注意された気がするけど、もうそれどころじゃなかった。





「結人はね。俺たちとは少し違うんだ。」

「・・・違う?」

「結人は・・・親の愛情を知らない。」

「え?」





「・・・俺たちには、はじめから親がいなかったわけじゃないんだ。」

「・・・どういうこと?」

「大体の親は、俺たちが遺伝子強化兵であっても、17で死んでしまう運命でも
それを受け入れて、育てようとしてた。
けど、世間の目、差別の目、政府の監視・・・。何より、自分の子供に感じる恐怖。
それで、途中で我慢できなくなって、俺たちを『放棄』していった。」

「・・・・。」

「だから俺らはね。少なくとも多少の親の愛情ってものは受けてるんだ。だけど」

「・・・若菜くんは・・・?」

「結人はね。初めから親に捨てられた。後は政府の雇った感情のない保育士に育てられた。
だから、生まれてはじめて受ける、『愛情』ってものに触れたことがないんだ。」

「・・・だから、その『愛情』を捨てた私が、許せないんだね。」





















「はあっ・・・はあっ・・・」



全力疾走して走り出したから、すごい息があがる。
夢中で走って、俺は校舎の裏庭にいた。

狙ってきたわけじゃない。けど、そこには
図ったように焼却炉があった。

俺は握りしめていたクロスのストラップを見る。





・・・の大切なもの。
大切な人にもらった、大切なもの。
それを俺が奪えば、壊せば、にだって俺の気持ちがわかるだろうか。



「結人!!」



焼却炉の前にたたずむ俺を呼ぶ声がする。



「英士・・・。」

「何やってんの。戻るよ。」



後ろからはが走ってきていた。



「・・・来るな。」

「結人・・・?」

「来たら、このストラップをこの中に放り込む。」

「・・・若菜くん・・・。」





「なあ・・・?」

「・・・何?」

「俺たちって何で生まれてきたんだと思う?」

「・・・・。」

「だって、来年の夏にはもう死ぬんだぜ?たった・・・たった17年で死ぬって言われて
こんなところに閉じ込められて、一体俺たちは何のために生まれてきたんだよ・・・!!
ただの、戦争の道具でしかなかったのか??」





「答えなんてないと思う。」

「・・・何で!答えろよ!!『シアワセ』を知ってるお前が、何で答えられないんだよ!!
それとも、俺たちには生まれてきた意味なんてないのか?!」



「答えなんてないけど、私はこう思う。

『大切な何かに、大切な誰かに出会うために、私たちは生まれた』って。」





大切な何かって、大切な誰かって何だよ・・・!俺にはわからない・・・わからない!!





「・・・俺にはそんなものない!!『シアワセ』なお前にはあっても、俺にはない!!」





俺はそのまま、のストラップを焼却炉に投げ込む。その瞬間・・・





「・・・どいて!!」

さん!!」

「・・・!!」





が焼却炉に腕を突っ込む。・・・ウソ・・・だろ?!何やってんだよコイツ!!
英士が必死にを止めていた。





「・・・はあっ・・・った・・・取れた・・・」





が英士に引っ張られる形で、地面に座りこんだ。





「な・・・に・・・やってんだよ!!バッカじゃねーの?!
そんな、ちっぽけなストラップのために、何やってんだよ!!」

「うるさいなー。バカは若菜くんでしょう?」

「なっ・・・何でだよ!お前が悪いんだ!!」





「何やってんのよ!アンタたち!!」

「結人!!」

「二人とも、叫んでないで、水と薬と包帯持ってきてくれる?
俺たちまだここから動けないみたいだからさ。」

「何で・・・あーもう!わかったわよ!!」




横で丁度やってきた一馬と小島に英士が何か指示を出してる。
けど俺はもう、そんなこと気にしていられなかった。



「本当にないの?大切なもの。大切な人。」

「ないから言ってんだろう?『シアワセ』に暮らしてきたお前にはわかんねーよ!!」

「じゃあ、郭くんは?真田くんは??」

「・・・!!」

「若菜くんにとって、大切じゃないの?」

「そんなわけないだろ!あいつらは俺の・・・親友で・・・」

「・・・大切でしょう?」





俺はを支えたままでいる英士を見る。
英士は少し困ったように、けれど、優しく微笑む。

・・・俺は、今まで何で気づかなかったんだろう。
『愛情』をくれる家族がいなければ、大切にされてないなんて。大切じゃないなんて。
そんなわけ、ないのに。





「もし、若菜くんの言う『大切な人』が血のつながった家族を指すっていうなら、
私にもそんな人はいなくなるかな。」

「・・・え?」

「私は両親と血がつながってないから。若菜くんから言えば、他人ってことになるね。
けど、私はそんなこと関係なかったよ?幸せだったよ?」

「・・・何で、その『シアワセ』を自分から手放すようなことしたんだよ・・・」





は少し俯いて、考えている。
そして、意を決したように口を開く。





「・・・私、遺伝子強化兵の『力』っていうものを使っちゃったんだ。」

「え?!」

「それで、それが原因でお母さんを傷つけた。」

「・・・。」

「お母さんは、私を引き取る前に自分の本当の子供を亡くしているの。
だから、『人を失う』ことにすごく敏感な人だった。」

さん・・・。」

「私の側にいることも、私の最期を看取ることも、お母さんには傷しか残さない。
だから・・・っ??」



・・・!もういい・・・!!ゴメン・・・ゴメン・・・!!」





俺はを抱きしめる。
彼女は淡々と話していたけど、その表情はとてもつらそうで、苦しそうで
目には涙が浮かんでいた。





「・・・私も、無神経なことばっかり言って、ごめんね?」





俺の目から涙がこぼれる。



俺は、どうしてが『シアワセ』だなんて思ってたんだろう。
そう思い込んでを恨んで、憎んで、
の話も、思いも、聞こうとしなかったんだろう。





英士が困ったように微笑んで、も俺を抱きしめる。
心に、あたたかいものが広がっていく。





一馬と小島もバケツやら、氷やら、たくさんのものを持って
こっちに駆け寄ってくる。小島にいたっては、俺に何か叫んでいるようにも見える。



















俺が生まれた理由、そんな大層な理由なんて俺にはよくわからない。
けれどもう、寂しくはなかった。


















だって、俺はもう一人じゃないから。
















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