忘れる必要なんて、ないんだよね。
あなたを想っていて、いいんだよね。
最後の夏に見上げた空は
「どこ行ってたのよ!!!」
数時間、授業をサボって教室に戻ると、有希に怒られた。
「転校初日にいきなり授業サボるなんて何考えてんのよ!
先生にごまかすの、すっごい苦労したんだからね!!」
「・・・そう、だよね。ゴメン有希!」
有希の言う通りで、私は何てことをしたんだろう。
転校初日で、しかも私は遺伝子強化兵。
先生たちがあやしまないはずがない。私は必死で有希に謝る。
「・・・もう・・・。具合悪いことにしてあるから、後の授業はきちんと出てよ?」
「うん!ゴメン!ありがとう。」
それと同時に、化学の先生が教室に入ってくる。
有希は前を向いて、授業の準備を始めた。
私も・・・
って、私の教科書はまだ届いてないんだった。
・・・どうしよう。有希は前の席だし、この席は窓際の一番後ろだから後は、
「・・・教科書ないの?」
「・・・うん。」
さっき気まずくなったばかりの郭くんが、私の様子を見て声をかける。
「いいよ。机、こっちくっつけて。」
「あ、うん。・・・ありがとう。」
化学の先生の授業が始まる。
授業というより、教科書を読んでるだけって感じだった。
周りの生徒もそれがわかっているからか、授業を聞かずに雑談している方が多かった。
有希は意外とまじめに、隣の席の水野くんと授業内容について話合ってた。
「・・・バカらしいでしょ。」
「え?」
「だって、俺たち来年の夏には死ぬんだよ?
何で今更、将来もないのに勉強するんだろうって思うけど。」
「・・・。」
反論、できなかった。
私は今まで、何の疑いもなく高校に入っていたけれど、
それは自分の将来のためで。大学へ入ったり就職したりするための通過点のためだった。
けれど今は、それがない。大学も、就職も、将来がない。
「政府のキレイゴトで言えば、俺たちにも『普通の高校生活』を送ってもらいたかったからだって。
『普通の高校生活』って何だよって感じだよね。」
「・・・そうだね。」
「『遺伝子強化兵』って言っても、何が出来るってこともないのに。
知ってる?遺伝子強化兵は、万が一にも力を発揮できないように
薬を飲むことを義務付けられてるんだ。」
「・・・そうなの?」
「うん。さんも今日あたりから飲まされるんじゃない?
だから、俺たちにはどう頑張っても力は出せないってわけ。
何でそれなのに、こんな風に隔離されてまで、いろんなことを制限されなくちゃならないんだろう。」
郭くんの言っていることは、あまりにも当然のこと。
『戦争の負の遺産』、『いつ力が発揮されるかわからない』
その理由だけで、自由を奪われ、恐れられ、理不尽に隔離される。
小さい頃からそうだった彼らを思うと、胸が締め付けられた。
「俺は、このままじゃいたくない。・・・さんだってそう思うでしょ?」
「・・・うん。できるなら・・・」
私の住んでたあの町に、武蔵野市に帰りたい。
・・・そう言おうとしたけど、止めた。それを言うのは彼らにたいしてあまりに無神経だ。
「さっきは・・・少し言い過ぎたよね。」
「ううん。本当のことだから。」
「さんにも理由があるんでしょ。」
「・・・そう・・・だね。」
「けど、結人は頑固だから、しばらくさんに嫌な思いさせるかもしれない。
・・・それでも、悪く思わないでやってほしい。根はいい奴なんだ。」
「うん。大丈夫。」
郭くんも、若菜くんも、私に思うところがあるんだろう。
できるなら、傷つけ合わずに、クラスメイトとして仲良くなれたらと思う。
「。準備OK?帰るわよ。」
「うん。大丈夫。」
全ての授業が終わり、私は有希に寮まで連れて行ってもらうことになった。
寮は学校の敷地内にあり、すぐに到着した。
「あ、そうそう。は自宅暮らしだから。寮にはいないわよ。」
「って、さんのことだよね?D組の有希と私以外の女の子。」
「そうそう。あ、ここがの部屋になるわ。」
「了解。ありがとう。」
「あら?小島さん、さん。」
部屋へ到着したところで、女の人の声が聞こえた。
「西園寺先生。こんにちは!」
「こんにちは。小島さん、さんを案内?」
「はい!あ、。西園寺先生がこの寮を管理しているの。
だから、何かあったら西園寺先生までね。」
「あ、うん。よろしくお願いします。」
「ふふ。よろしくね。さん。」
やっぱりこの人の笑顔は優しくて、安心する。
「あ!そうだ!」
「何?」
「って運動神経いい?」
「うーん。普通?」
「私ね。実はサッカーやってるのよ。男子たちとだけど。
一応部活ってことで、西園寺先生が顧問を引き受けてくれてるの。」
「・・・そうなんだ。」
「そうそう。だから気が向いたら見にきてよ。
それで実際やってみたくなったら入って?楽しいんだから!」
有希が顔を輝かせて話す。
ああ、本当にサッカーが好きなんだ。
「じゃあ、今度見学に行くね。」
「うん!来て来て!」
有希と西園寺先生に残りの設備の案内をしてもらう。
日が傾きかけた頃、私は自分の部屋へ入った。
少し小さめだけど、1人部屋だから充分な広さ。窓から外を見てみると
学校の校庭が見えた。すると、
何か、人影が見えた。・・・男の子?
何かを追いかけて、走っている。・・・何してるんだ?あ、倒れた。
・・・って、え?倒れた??
やばいんじゃないの?とりあえず、校庭に行ってみなきゃ。
外に出て、校庭に入ると、男の子は復活していた。
追っていたのはサッカーボール。そして、その男の子には見覚えがあった。
確か、風祭先生の・・・
「あれ?さん?」
「そう!将くん!!」
「はい!」
私に急に名前を呼ばれた将くんは、思わず返事を返した。
彼は風祭先生の弟って言ってたから、名前もよく覚えてる。
「将くん、こんなとこで何してるの?」
「僕サッカー部なんだ。それで少しでもうまくなりたいと思って・・・。」
「自主練習?」
「うん。」
私は、思う。
今日の郭くんの言っていたこともそうだけど、
有希の言っていたこともそうだけど、
どうして、授業を受けて、サッカーの練習をするのだろうか。
未来は、ないのに。
「・・・将くんは、どうしてそこまで練習するの?」
「え?うまくなりたいから・・・ううん。それもそうだけど」
「サッカーが好き、だからかな?」
私は言葉を失って、将くんを見る。
将くんは照れたように、笑って顔を下に向ける。
「でも・・・私達は・・・・」
言葉につまる。ここまで前向きに生きている彼に、私は何を言おうというの?
それでも将くんは、私が言おうとしていたことに気づく。
「そうだね。僕らは来年の夏には、いなくなる運命だよね。
けど・・・僕は、それでも、サッカーが好きだから、最期までサッカーがしていたい。
皆と、笑って、そうやって過ごしていきたい。」
そう言って笑う将くんは、すごく綺麗な笑顔で笑っていた。
私は一体、何を考えていたんだろう。何で全てが終わったと、そう思っていたんだろう。
お父さんにもお母さんにも会えないから、
三上先輩の隣にいることができないから、
だから、これ以上悲しくならないために、彼らを忘れようとしていた。
忘れなければならないと、そう思っていた。
「将くん。」
将くんが顔を上げる。
「・・・ありがとう。サッカー、応援してる。」
「うん!ありがとう!」
私はその場を立ち去って、自分の部屋へと戻る。
そのままベッドに仰向けになって、ポケットに手をのばす。
掴んだクロスのストラップが、ゆらゆら揺れる。
三上先輩。
私、アナタを忘れようと必死だった。
好きだから、会えないことが苦しくて、楽しかった思い出が悲しくて、
大切な人たちを忘れようとしてた。
けれど、私を助けてくれるのもその思い出で
あなたたちを思い出すと心があたたかくなる。
無理に忘れる必要なんてなかったんだよね。
好きなら、好きのままでよかったんだよね。
私は揺れるストラップを見て微笑んだ。
それは、この町に来てから初めての、心からの笑顔だった。
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