最後にあなたを想う
この声が、この想いが、
あなたに届くことはもう、ないのだろうけれど。
最後の夏に見上げた空は
「ついて来て・・・いただけますね?」
「・・・はい。」
私が素直に返事を返すと
黒スーツが安堵の表情を浮かべる。
「・・・お父さんには、この話はしてあるんですか?」
「職場の方へ政府の人間が向かいました。
そこで、あなたについてのお話をしているはずです。」
そのとき、家の電話が鳴る。
私は無言で黒スーツを見る。黒スーツは何も言わない。
私は玄関に近い場所にある受話器を持つ。
「もしもし。」
「か?!」
低くて、少しかすれ気味の声が聞こえる。・・・お父さんだ。
「うん。」
「お前っ・・・今は一人でいるのか?!」
「ううん。政府の人が来てる。話も全部聞いたよ。」
「・・・!!俺も今、政府の人間が来ていた。
証拠の資料やらをたくさん持ってきて説明していたが、俺にはまだ信じられない。
とにかく今から帰るから、お前や母さんが苦しむことはない!待ってろ!!」
お父さんの声。少しぶっきらぼうなところはあるけど
体の弱いお母さんと私を支えてきた、私たちが最も信頼しているお父さんの声。
思わず視界がぼやけた。
「お父さん・・・。」
「大丈夫だ!すぐ行くから!!」
「あのね、お父さん・・・。私、桜町に行くことにしたよ。」
「・・・?!」
「私、今、遺伝子強化兵の力を使っちゃったの。
それを見たお母さんも倒れちゃった。『もう、何も失いたくない』って・・・。」
「・・・・・。」
「きっとお母さんは耐えられない。
遺伝子強化兵の私が側にいることも、私の最期を看取ることも。」
「・・・!!」
「行くよ。桜町へ。
私がいなくなって、お母さんはきっとすごく悲しむと思う。
けど、後はお父さんがいれば大丈夫だって信じてるから。」
「・・・!」
「後ね。一つだけお願い。」
「私を、追わないでね。」
「!!」
「追われると、つらくなる。私は一人で大丈夫。結構、強いんだから。
お父さんはお母さんについていてあげて。お母さんの悲しみを少しでも和らげてあげて。」
「そんな・・・そんなことを・・・」
いつも頼りになるお父さんの声が、低くて少しかすれた声がさらにかすれて聞こえる。
お父さん、泣いているの?
「悲しませて、迷惑かけて、ごめんね?
・・・愛してくれて、ありがとう。」
「っ・・・・!!」
「さよなら。」
受話器を置いて、電話を切る。
捨てられていた私を拾って育ててくれたお父さんとお母さん。
愛情を惜しみなく与えてくれた。
たくさんの幸せをくれた。
この優しい人たちを悲しませることなんてしたくなかった。
最後に、こんな形で悲しみを与えてしまってゴメンね。
それでも信じてほしい。私、あなたたちが大好きだったよ。
母親をベッドに寝かせて、家を出る。
お父さんももう、家に着く頃だろう。顔を合わせてしまうと決心がにぶるから、もう行かなきゃ。
「もう、よろしいですか?」
「はい。」
私がさっき、力を発揮したからか、黒スーツが多少なりとも気を使っているそぶりを見せる。
怯えなくても、あんな力の出し方なんて知らないよ。
「・・・学校にはどう伝わるの?」
「急な、転校と。」
「・・・ふーん。」
真っ先に頭に浮かんだのは三上先輩。
私はもう、明日から屋上に現れることはもうない。
先輩も少しはがっかりしてくれるかな。
先輩のことだから、また屋上が一人で使えるって喜んだりして。
がっかり・・・してくれたらうれしいな。
ああ、そういえば、先輩にあげるはずだった腕時計も
結局渡せなかった。携帯についている先輩からもらったストラップがゆらゆら揺れる。
結局もらいっぱなしになっちゃった。ごめんね?先輩。
思えば、学校で一番話をしたのは三上先輩だったなぁ。
先輩は口は悪いけど、実は結構優しくて、先輩との時間はすごく居心地が良かった。
『ここは俺が使ってんだよ。1年がはいってくんな。』
最初に先輩に会ったときには、『何、このえらそうな奴。』って思ったのに。
なんだかんだで一緒にいることを許してくれた。
『だから友達はいるって言ってんだろーが!!』
友達がいないのかって勘違いした私を必死で否定する先輩は、結構かわいいとか思ってしまった。
『結構、救われた。』
初めて見せてくれた先輩の本音。すごく、うれしかった。
だからこそ私も、先輩にだけは、本当の自分を出すことができた。
実はね。私が本当の自分を出して、本音を話した相手って三上先輩が初めてだったんだよ。
・・・ふと、疑問が浮かぶ。
どうして三上先輩なら、どんな理不尽なこと言われても笑って許すことができたんだろう。
どうして三上先輩へのお返しを買ったときに、あんなにもドキドキしたんだろう。
どうして今まで誰にも見せたことがなかった本音を、三上先輩には見せられたんだろう。
どうして三上先輩が本音を聞かせてくれたとき、あんなに心があったかくなったんだろう。
どうして・・・・
ああ、そうか。
私、三上先輩のことが好きだったんだ。
あなたが隣にいることが、傲慢な態度が、
意地の悪そうな笑みを浮かべていることが、ふと見せる優しい笑顔が、
あまりにも自然で、当たり前で、そんなことにも気づいていなかったんだ。
「ははっ・・」
私は自嘲の笑みを浮かべる。
バカだな・・・。
こんな日が来て、はじめて先輩への気持ちに気づくなんて。
こんなことがなければ、いつかは、先輩への気持ちに気づいただろうか。
先輩への気持ちを告白していただろうか。先輩は・・・その気持ちに応えてくれただろうか。
黒スーツが運転する車の中から見える星空を眺める。
もう、とっくに日は暮れていて、空には大きな月とたくさんの星が空いっぱいに広がっている。
夜空を見上げる私の頬に静かに流れていったもの。
それはまぎれもなく自分の涙だった。
先輩。
三上先輩。
私、あなたが好きだった。
あなたといる屋上だったから、あんなに居心地がよかったんだね。
あなたといる時間がずっと続けばいいと、そう思った。
この声が、想いが
あなたに届くことはもう、ないのだろうけれど
それでも、大好きだったよ。
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