誰かを悲しませるために、生まれてきたわけじゃない。
誰かを苦しませるために、生まれてきたわけじゃない。
誰かを傷つけるために、生まれてきたわけじゃない。
最後の夏に見上げた空は
「あなたは遺伝子強化兵です。」
黒スーツが告げる。
お母さんが私にすがりつき、怯えたように体を震わせる。
私は意味が理解できずに立ち尽くす。・・・私が遺伝子強化兵?
「悪いんですけど、意味が理解できません。
変な冗談でお母さんを怯えさせるのはやめてもらえますか。」
「なぜ、理解できないんですか?
私は言葉のとおり、真実を伝えているだけです。」
「私、授業で戦争の話だって習ってます。
もちろん、遺伝子強化兵のことだって。」
歴史の先生が話していたことを思い出す。
16年前まで続いていた全世界単位の大規模な戦争。第三次世界大戦。
その戦争に勝ち抜くために日本政府はさまざまな対策を講じた。
その中の一つが「遺伝子強化計画」
人間の持つ遺伝子を操作し、人間の限界を超える超人間を生み出すという、とんでもない計画。
その計画はまず、桜町という小さな町を対象に実験的に行われた。
私と同じ年に生まれた、桜町の子供たちには皆、遺伝子強化が施されている。
実験は成功し、その計画が本格的に実行されようとした直後、戦争は終結した。
それも世界会議という話し合いであっさりと、その長い戦いは終わった。
世界は戦争の終わりに喜んだ。
平和な世の中を喜んだ。けれど
遺伝子強化計画に巻き込まれた桜町の子供たちは、『遺伝子強化兵』という
戦争の負の遺産を背負って生きることになった。そして彼らは、
その望まぬ力の代償として、17歳の夏までしか生きられないという宿命を負った。
「・・・遺伝子強化計画は桜町の子供たちにしか行われていないんでしょう?
そして、その子たちは桜町から出ることさえ許されていない。私がいるこの町とは
大分離れているじゃないですか?その私がどうして遺伝子強化兵なんですか?」
「 さん。あなたはさんの本当の子供ではありませんね?」
お母さんがビクッと肩を震わす。
大丈夫だよお母さん。私はこんなことを言われたくらいじゃ傷つかない。
「それが?」
「桜町では遺伝子強化兵が生まれた年に誘拐事件が起きています。」
「・・・まさか。」
「はい。誘拐された子供。それがあなたです。 さん。」
私はしばらく、言葉を発することができない。
頭がまわらない。私が桜町の子供で、誘拐された遺伝子強化兵?
「な・・・なんでそんなことわかるんですか?!」
「あなたが今まで受けた病院の診療記録等を調べました。
あなたのデータは間違いなく、遺伝子強化兵のものです。」
「私、今まで普通に過ごしてきたんですよ?
遺伝子強化兵には人間を超える力があるはずでしょう?私そんな力出したことなんてありません!」
「遺伝子強化兵に人間を超える力があると言っても、平和に暮らしていたら、その力を発揮することもないでしょう。
力を発揮する訓練を受けるか、強い感情によって無意識に力が引き出されるか・・・それ以外は普通の人間となんら変わりないのですから。」
否定する私を黒スーツは淡淡と、否定の可能性をことごとく消していく。
否定する言葉が見つからず、私はまた言葉を失う。
「 さん。あなたは遺伝子強化兵です。」
黒スーツが確認するように、同じ言葉を繰り返す。
「遺伝子強化兵は桜町に住むことが義務付けられています。
あなたは今すぐ、この町から離れ、桜町に移住してください。」
「・・・ダメ」
私にすがりつき、ずっとうつむいて黙っていたお母さんが口を開く。
「ダメよ!は普通の子よ!!
遺伝子強化兵であるなんて、そんなことあるはずがない!!」
「お母さん・・・」
「・・・さん。あなたの気持ちはわかりますが、これはもう政府の決定です。」
「政府の決定が何?!関係ないわ!は私たちと一緒にここで暮らすの!
17歳で死んでしまうなんて、遺伝子強化兵だなんて、絶対違う!!」
「さんの移住はもう、決定事項です。
あなたたちがさんをさらった誘拐犯でないことも証明されています。
よって、血がつながっていないとはいえ、あなたたちの移住も認められました。
桜町で、さんの最期のときまで、一緒にいてあげたらいかがですか?」
『最期のときまで』
黒スーツの言葉が胸につきささった。本当に?本当に私は17歳までしか生きることができないの?
「そんな、そんなこと認めないわ!!」
「さん。あなたがそんなことでは、さんと一緒に住むことすらできなくなりますよ?」
「いや!いやよ!!」
お母さんが半狂乱になって叫ぶ。
顔色もすごく悪くなってる。ダメだ。このままじゃお母さんが・・・。
「・・!・・・!!」
「お母さん、落ち着いて。大丈夫だから。私は大丈夫だから・・・。」
私たちを見下ろしている黒スーツたちに目を向ける。
「・・・今日のところは帰ってもらえませんか?
私もお母さんも混乱しています。今すぐにどうにかしろって言われても無理でしょう?」
「それはできません。あなたが遺伝子強化兵だと判明した時点で、桜町に連れていかなればなりません。
いつ、何が起こるのかわかりません。あなたが自分が遺伝子強化兵だと知ったことで、その可能性が強くなりますから。」
「・・・なっ!!」
「抵抗するようなら、無理にでも連れていきます。それが私たちの任務ですから。」
「・・・いきなり自分が遺伝子強化兵だと言われて・・・納得ができると思うの?!
そんなの無理に決まってるでしょ?!」
「・・・・」
「お母さんは体が弱いの!これ以上刺激したら体にすごい負担がかかる!
もっと落ち着いてから話をしようって言ってるだけじゃない!なんでそれがダメなの?!」
「・・・これくらいのことで、こんなに動じる弱い母親では、あなたと一緒に暮らすことなどできませんね。」
「!!」
なんなのこの人たち・・・。皆、感情のない顔をして、どうしてこんなに冷たい目ができるの?
どうしてこんなに心無い言葉を発することができるの?
「ダメ・・・!は連れていかせない・・・
は私より生きるの!子供が親より先に逝くなんてことあっちゃいけないのよ!!」
お母さんが苦しそうに、けれど必死に抵抗する。
「・・・あなたは遺伝子強化兵の監視者としては不適合です。
現実を現実としてみない。そんな人間が遺伝子強化兵の側になんていられません。」
そう言うと、黒スーツは私の腕をつかむ。
「では、あなただけで結構です。行きましょうか。さん。」
「ふざけないでよ!離して!!こんな状態のお母さんをほっておくつもり?!」
「ここには一人、私の部下が残っていましょう。」
「バカじゃないの?!余計悪化するわよ!!」
「・・・!っ・・・・!!」
ついにお母さんがその場に倒れこむ。
「お母さん!!離して!離してよ!!」
「それはできません。私の部下が介抱しますから、大丈夫でしょう。
さんが回復するまで待っていたら、またあなたを連れていくのが遅れてしまいます。」
目の前が真っ白になった。怒りという感情が私の中いっぱいに広がる。
どうして、どうしてこんなことができるの?私が、お母さんが何をしたというの?
体の中を電気のようなものが駆け抜ける。
気づいたときには、黒スーツたちが壁に寄りかかってうなだれていた。
頭がクラクラする。私は今、一体何をしたんだろう。
「お母さん・・・!大丈夫??」
よろめきながら、お母さんに声をかける。
お母さんは倒れながらも、目を見開いて私を見ていた。
「・・・。あなた今・・・何を・・・・」
「・・・え?」
「今のが、遺伝子強化兵の力・・・?」
まわりを見渡すと、壁にうちつけられた黒スーツたち。
吹き飛んだドア。崩れかかっている靴箱。割れた花瓶が散乱していた。
「・・・本当なの・・・?、あなた、遺伝子強化兵なの・・・??
私より、私よりはやく死んでしまうの・・・??」
「お母さ・・」
「イヤ・・・!イヤ!!イヤよ!!
もうあんな思いはしたくない!!もう何も失いたくない!!」
「お母さん!!」
「イヤーーーーーーーーー!!!」
叫び声とともにお母さんは意識を失う。
私は呆然と立ち尽くしていた。何よりも失うことを恐れるお母さん。
私はその理由をしっている。
「・・・わかったでしょう・・・?」
先ほどの黒スーツがよろめきながら立ち上がる。
「あなたは遺伝子強化兵なんです。」
今日何度も聞いたその言葉を聞く。
私にはもう、否定することはできなかった。
私が本当の子供ではないと、そう伝えてくれたのは中学生のとき。
それでも愛してると、私たちの自慢の娘だと
そう言ってくれた両親の顔は、今も胸に焼き付いている。
そんな両親をもう悲しませたくなんてないよ。
だから、私は行きます。
これ以上、優しいあなたたちを傷つけたくなんてないから。
TOP NEXT
|