近くもなくて遠くもない、そんな距離。







あなたの隣は居心地がよすぎて。









その大切さに気づくことができなかった。













最後の夏に見上げた空は









「あっつーーー!!」





季節は夏。
暑い日差しに身にしみる。
学校の中で一番太陽に近い屋上が、半端じゃない暑さなのも当然のことで。




じゃあ、そんなところ行くなって言われれば、それはそうなんだけど、
もう私の一種のライフスタイルってやつになってるわけで。
そう簡単に崩せるものじゃない。・・・まぁ、雨の日に傘もって屋上に行ったりはしないけど。




しかしそこは屋上歴数年。夏だって屋上だって涼しい場所はある。
私は用具入れの影に腰をおろした。本当は空に一番近い用具入れの上がいいんだけどな。

まぁそこは我慢しとかないとね。



ガチャッ



屋上のドアが開く音がした。それと同時に、





「あちーーーーー!!」





ほんの数分前の私のセリフがそこにはあった。
思わず吹き出してしまった。






「・・・・おい、そこの」

「・・・・」

「見えてんだバーカ。何笑ってんだよ。」





用具入れの影に隠れていれば、ドアを開けた場所からは見えない。
ちょっと黙って隠れてみたんだけど、吹き出した後じゃそりゃ遅いよね。






「先輩もこんなに暑いのに、屋上には来るんだなって思って」

「あー、どうせ教室にはクーラーもねぇし。暑いのは変わんねぇだろ。」

「でもここって日差しがガンガンですよ?」

「だからお前のその場所があるんだろ。オラ!どけ!!」

「ちょっ、ちょっとーーー!!」





三上先輩が私を日陰から出そうと足蹴にする。
影の大きさは余裕で二人分あるんだから、何も追い出さなくてもいいじゃない!鬼!傲慢!タレ目!!






「・・・なんか今、すげぇ悪口を言われた気がする。」

「(テレパシー?!)いやいやいやいや!!
それより先輩、これだけ大きい影なんだから、二人で使いましょうよ。」


「あー?・・・仕方ねえな。つーか、お前どうせ俺がどんなに追い出したって聞かねぇしな。」

「さっすが先輩!私をよくわかってますね!」

「調子にのんな。」

「そんな先輩のために!」

「シカトかよ。」

「こんなものを持ってきましたー!」

「・・・は?」





私は持ってきていた袋を取り出す。
くくられた紐をほどくと、こんがりと焼けたクッキーが顔を出す。





「何だ?これ?」

「いや、クッキーですよ。」

「そりゃわかるっつの!何?『先輩のために作りました』ってかー?」

「いや、これ作ったのうちの母なんで。」

「・・・はぁ?何でお前の親が作ったもの学校に持ってきてんの?」

「なんかね。『はりきって作りすぎちゃった☆お友達にでも上げてv 』って言われたんです。」

「・・・悪いけど俺は甘いモン嫌いなんだよ。それこそ友達にでもやりゃいいだろ。」

「うーん。まぁクラスの女の子たちには配りましたけど。結構余っちゃったんですよねー。」

「どれだけ作ったんだ。お前の母親は。」





あきれたように先輩が言う。
その後、少し驚いて私に尋ねる。






「お前って友達いんの?」

「なんですか急に。失礼ですねー。」

「お前みたいな変わり者、絶対クラスで浮くだろー?」





・・・変わり者っていうのは心外だけど。
先輩の言ってることは結構当たってたりする。






「確かに友達って言えるのかは微妙かもですね。
 ずっと一緒にいる子もいませんし。」


「だろーな。そんな奴がいるんだったら、こう毎日屋上なんて来ないだろ。」

「あはは。そうですね。」

「女ってのはめんどくせーよな。何の行動するにもグループだし。あんなぞろぞろいて、うざくねーのかって思うけど。」

「私もグループ行動って苦手なので。どこのグループにも属してないので
 周りから見たら『浮いてる』のかも。」


「寂しい奴ー。」





意地の悪そうなデビスマを浮かべて三上先輩が笑う。
むー。バカにされてる。私のこと言うなら先輩だって・・・。






「先輩こそ毎日屋上来て、友達いないんじゃないですかー??」

「あ?バーカ。俺はなー・・・・」

「・・・・??」





先輩はなぜか少し黙り込む。
あれ?冗談で言ったのに、実は本当だったのかな??






「・・・すみません!」

「・・・は?」

「どうやら本当のことを言っちゃったみたいで。
先輩、友達いなかったんですね。寂しくて屋上に来てたんですか??」


「んなわけねーだろ!!違う!!」







すごい勢いで否定された。
別に寂しくて屋上来てたっていいのになー。先輩も素直じゃないんだから。








「お前、絶対なんか勘違いしてんぞ・・・??」

「まぁまぁまぁ、家特製クッキーでも食べて元気だしましょう??」

「だから哀れむな!!違うって言ってんだろー!!」





三上先輩はしばらく、ぶつぶつ抗議を続けていたけど
私はもう目の前のクッキーに夢中だったから、かまわずもぐもぐ食べてた。
先輩もしばらくしたら、あきらめたようにクッキーに手を伸ばす。






「・・・」

「先輩どうですか?そんな甘くないから食べやすいでしょ?」

「お前の親は、普通の親なんだよな。」

「・・・・え?」

「・・・いや、クッキー作りすぎて、子供に持たせるような親だから、普通なんだろうけど。」

「・・・・三上先輩の親は違うんですか?」

「まぁ、普通の親ではないな。」

「・・・政府に務めてるんでしたっけ?」

「ああ。」





先輩は少し顔を歪める。
「親」というものにあまりいい感情を持っていないみたい。
二人の間を風がかけぬける。少しの沈黙の後、私は口を開いた。






「先輩」

「・・・何?」

「実は私、捨て子だったんです。」

「・・・え?」

「だから、今の両親とは血がつながってません。」

「・・・」

「正直、両親から離れようとしたこともありました。けど・・・。

やっぱり嫌いになんてなれなかった。
血のつながりなんて関係なくて、あの二人はまぎれもなく私の両親だったんです。」




「先輩が先輩の親の何に心を痛めてるかはわかりません。
だけど、心を痛めるってことはその人が好きだから起こる感情だって私は思うんです。」






「・・・無理に好きでいる必要はないです。けれど、



無理に嫌いになる必要だって、ないと思います。」





三上先輩はうつむいたまま、何もしゃべらない。
うーん。やっぱり「えらそうなこと語ってんじゃねぇ!」とか言ってどつかれるのかしら?




「・・・

「はい?」

「お前、今はその両親と仲良くやってるわけ?」

「・・・はい。この通り、クッキーまで作ってもらえてる仲です。」

「ふーん。」



先輩がなぜか私を凝視したまま動かない。
何を考えているんだろうか。というか、そんなに凝視されるとさすがに気恥ずかしいんですけど・・・。




「・・・俺、そろそろ戻るわ。」

「あ、はい。」

「お前もあまりサボってると、そのうち教師に目つけられるぞ。
あ、もうつけられてんのか。」


「う・・・。大丈夫ですよ。まだ・・・。」

「まぁお前がどうなろうと知ったこっちゃないけど。じゃーな。」



うぅ。見透かされてる。
この前も先生に注意を受けたばっかりだったりするのに。
三上先輩はどうやって、先生の目をかいくぐってんのかなー。謎だ。
今度教えてもらわなきゃ。先輩のことだから有償なんだろうけど。




先輩が屋上の扉を開けようとして、また私の方に振り向く。



。」



「はい?」





「・・・俺は、親にたいして反抗することしかできなかった。





「その選択肢しかないと、・・・そう思ってた。今までずっと。
けど、お前みたいな考え方もあるんだな。あまい考えなのかも知れないけど、でも、」








「結構、救われた。」









その言葉と同時に、屋上の扉が閉まる。
その場に一人残された私は、しばらく動けないでいた。












はじめて聞いた三上先輩の本音。



いつも意地の悪い笑みで何事もはぐらかす先輩の「ありがとう」



心が、あったかくなるのを感じた。







人間には生きていく中で、いくつかの傷を持っている。






それを見せてくれたこと、私自身の傷も見せられたこと。






そのことがとても、とてもうれしかったんだ。






TOP  NEXT