「はじめまして、日生光宏って言います!」 昔から父親の転勤が多く、ひとつの場所に長くとどまることは少ない。 知らない土地に生活をうつして、新しい学校に転入するのももう慣れた。 俺はそれまでの経験を活かして、新しいクラスメイトたちに満面の笑みを向けて挨拶する。 「これからよろしく!」 第一印象は大事だと思うし、たとえ少ししかいない学校なのだとしても 俺はやっぱり楽しく過ごしたいから。 どんな状況でも、どんな場所でも楽しめる。それは俺の特技のひとつ。 さあ、この学校ではどんなことが待っているだろうか。 Run and Run ― きみと出会って ― 「だあー!ありえねえ!ありえねえーーー!!」 あまりにも大きなその声に、俺は軽く耳を塞ぎながらけれど笑顔を浮かべる。 今、俺の目の前でせっかくセットしてあるらしい髪をくしゃくしゃにして盛大に叫んでる男の名前は小岩鉄平。 同じ学年、違うクラスなのだけれど、何の縁かこうして毎日のように勝負を挑まれている。 まあ何の縁かも何も、数日前に俺が面白半分で奴に勝負をしかけて見事勝利してからの縁なのだけど。 そのときの勝負の内容、足の速さに小岩は絶対の自信を持っていたらしく、俺に負けたことが相当ショックだったみたいだ。 その勝負以来、小岩には毎日のように勝負を挑まれている。 「ありえないも何もこれが結果だし。また俺の勝ちだな小鉄!」 必死で勝負を挑んできて、負けて、思いっきり悔しがる姿がまた面白くて。 俺は奴がさらに悔しがるような笑みを向ける。 「ちくしょう!次はぜってえ負けねえからな!」 「いいぜ?いつでも受けて立ってやるから。」 俺が新しい学校に転入してから数日。 意外なところで面白い奴に出会った、なんて思った。しばらくは退屈しそうになさそうだ。 「みっくん、小鉄と勝負してるんだって?」 「小鉄?」 「ああ、小岩鉄平のこと。アイツ、足には自信あるからみっくんにもしつこいでしょ〜?」 ああ、小鉄って名前を略してるのか。 次は俺もそう呼んでやろーっと。なんでそんな呼び方してんだ、って怒って必死になるアイツが想像できる。 「しつこいね!俺の全勝なのにな〜!でもアイツ、見てて面白くねえ?」 「あははっ、それはわかるかも!」 この学校は小学校からの持ち上がりが多いって聞いた。 だから、違うクラスの小鉄のことも知ってる奴が多いんだろう。 そしてアイツはやっぱり単純熱血な性格と思われてるみたいだ。恰好のからかい対象になりそうだよなあの性格・・・。 「いい加減、負けを認めればいいのにね〜っと、!」 「?」 一緒に話してた子が、近くを通りかかった女子の名前を呼んだ。 まだクラス全員の名前を覚えていない俺は、その子の名字の名前もまだ覚えていない。 「何?」 「あのねみっくん、この子。なんと小鉄の幼馴染なんだよ〜!」 「え?そうなの?」 「うん。」 「ねー。あの単純熱血くんと幼馴染とか対照的すぎだよね〜。でも二人って仲いいんだよ! まあ保護者とその子供って感じだけど!」 「へえ、そうなんだ。」 彼女とは席が近くて顔は覚えていたけれど、印象は少し薄い。・・・いや、違う意味で濃いとも言えるけど。 それというのも、ノリのよいこのクラスの中で彼女は喋っている姿も少なく、表情もあまり変わらなく思えたから。 俺が挨拶したときも、全然表情変わらなかったからなー。別にそれは人の性格だから気にしてなかったけど。 そんな彼女があの小鉄とつながりがあったんだ。 でもある意味、一人で突っ走ってる小鉄とあまり感情を表に出さなそうな。 意外と相性はあってるのかもな。なんて、どうでもいいことを考えてた。 「からも言ってあげなよ。みっくんとの勝負、いい加減負けを認めちゃえって!」 「私が言ったとしても絶対聞かないよ鉄平は。」 「だよね〜。頑固なんだもん小鉄ってば!」 「・・・日生くんは迷惑してるんだ?」 「え?いや別に?だってアイツからかうのおもしれーんだもん!」 「・・・。」 「・・・あれ?」 あ、しまった。幼馴染の小鉄をバカにしてるみたいに聞こえちゃったかも。 が無表情のまま俺の顔を見つめた。怒らせたかな。 「・・・っ・・・」 「・・・え?」 「それならよかった。それじゃあこれからも鉄平をよろしく。」 「え、ええ?」 「あははっ、がいきなり笑うからみっくんが驚いてるよ〜?」 「え?そうなの?」 「いや、そ、そういうわけじゃなくて・・・」 いや、まさにそういうわけだったんだけど。 それまでクラスでは彼女の無表情な顔ばかりしか見てなかったから。 突然優しく笑みを浮かべた彼女に驚いてしまった。 「幼馴染としてはOKなの?アイツをからかって遊ぶの。」 「いいんじゃない?鉄平も怒ってるように見えて楽しんでるよ多分。 まあ勝ちたいのは本当なんだろうけどね。」 「ふはっ・・・も結構言う奴なんだな?」 「別に私は本当のこと言ってるだけだよ。」 その日、俺にはまた新しいつながりが出来た。 それまで全くと言っていいほど話すことのなかったクラスメイト。 小鉄というつながりがきっかけとなったのは予想外だったけれど。 とは席も近いし、小鉄には毎日のように勝負を挑まれるから。 自然と彼女とよく話すようになった。 それは俺が小鉄のことを話して、彼女はそれに淡々と答えて。 たまに笑いあって、なんてのんびりとしたものだったけれど。 それまで俺は自分の性格からか、騒がしさの中にばかりいた気がするから、 彼女と一緒にいることはすごく新鮮に思えた。こういうのも悪くない、なんて思ってた。 「、教科書なんてじっと見つめてどうしたんだ?」 「・・・これ、さっき鉄平に貸したんだけどね。」 「うん?」 彼女がじっと見つめていた教科書のページをこちらに向けた。 そこに載っていた人物写真には、立派なひげが生えていた。 「・・・これって。」 「うん、鉄平だろうね。」 「アイツ人に教科書借りといてらくがきって・・・!」 「いや、わたしが思うにはね。」 「え?うん。」 「鉄平はこれをわたしに借りたものだということを忘れて書いたんじゃないかと。」 「えー?いくら小鉄でもさー!」 「鉄平、授業中によく寝てるんだよね?だから寝ぼけて書いたんじゃないかな?」 「でも返すときに気づくだろー。」 「うん、それもワンテンポ遅れて気づくんじゃないかなあ。」 「ワンテンポ?」 「ーーーー!!」 とそんな話をしてると、教室のドアが勢いよく開けられた。 そこには先ほどに借りていた教科書を返しにきた小鉄の姿。息をきらせながら彼女の名前を呼んだ。 「悪い!さっきの教科書、おれらくがきしちまった!!」 「「・・・。」」 「ちゃんと消して返・・・」 「「あははは!!」」 の言っていたことがあまりにもそのとおりで。 俺たちは顔をみあわせて笑った。普段あまり表情を表に出さないも声をあげて笑っていた。 「な、なんだよお前ら!!ていうか日生まで笑ってんなよこのやろー!!」 最初の印象とは違い、はよく笑うようになったなんて思った。 だけど、そういえば彼女が表情を出すのは小鉄の話のときばかりだ。 本当に小鉄のこと、わかってて。仲良くて大切なんだなって、そう思った。 転校ばかりしている俺は、そんな風に思える相手はいないから。ちょっとだけ羨ましいと思った。 「小鉄、お前最高!」 「ぜってえ変な意味で言ってんだろそれ!」 「あはっ・・・はははっ・・・」 「もいつまでも笑ってんなー!!」 楽しめればそれでいいと思っていた、新しい学校。 自分から何かしなくても意外と充分に楽しめていた。それ以上に、ここはとても居心地よく感じた。 その理由は、ノリのいいクラス、和気藹々とした部活とそして 単純熱血で見た目そのままな性格のライバルと、冷静沈着に見えて時々優しく笑うクラスメイト。 すぐに転校してしまうかもしれない。だから楽しんでも深入りはしないと決めていた。 だけど気づかぬうちに俺は、もっと彼らと話したい、彼らを知りたいと思い始めていた。 TOP NEXT |