「皆、こっちねー。こっちで並んで整列ー。」 うちのクラスの体育祭実行委員の声が聞こえる。 面倒そうにのそのそと動き出すクラスの奴らを横目に俺は、 「くそ、日生め余裕見せてられるのも今だけだからな・・・!」 同じく自分のクラスを既に整列させ、目があった俺にひらひらと手を振る日生を睨みつけていた。 「小鉄!ちゃんと並べー!」 クラスの実行委員の声なんてなんのその。 俺と遠くにいる日生は、言葉も発せずに既に(威嚇という名の)勝負を始めていた。 だから日生、笑ってるなっての!もう勝負は始まってるんだからな! Run and Run 「小鉄、その足の速さを生かすときがきたな!頑張れよ!」 「そうだよ、お前それしかとりえねえんだから!頑張れよ!」 「普段うるさいだけの奴って思われないようにね!頑張れよ!」 クラスメイトたちの声援が飛ぶ・・・って、バカにしてんのかこいつら。 そうだよな。そうとしか聞こえねえのは俺の被害妄想じゃねえよな?! くそ、バカになんてさせないくらい活躍してやる。それで日生にも勝って俺はに聞く。 聞きたいこと全部。日生のことも、俺のことも、の気持ちも。 「位置について、ヨーイ・・・」 パァン!! 一番初めの競技、100m競争。 うちの学校は各学年のA組で1チーム、B組で1チームという感じでクラスごとの縦割りでチームが決まってる。 だから日生は敵チーム。学年も同じだから、走る組さえ同じになれば何度だって勝負できる。 けど今回の100m走は走る組が日生と離れすぎていて同じ組になることができなかった。 日生がいないこの組は張り合いがないくらいにあっさりと俺が1位。 「いいぞー小鉄!そうだ、そうやってお前の唯一のとりえを活かせ!!唯一の!!」 唯一って・・・確かにそうかもしんないけどそんなに強調しなくていいっつの! 「きゃー!みっくんってば何やってもカッコいい〜!!最高ー!!」 ・・・何だこの差は! しかも日生の奴、笑いながら手振って何様のつもりだちくしょう! 「小鉄、やっぱり速えじゃん。」 「当たり前だろ!」 「次の競技は並ぶ順番の口裏でも合わせとく?」 「!・・・やっとちゃんと勝負する気になったんだな日生!」 「ちゃんとっていうか、勝負しなきゃお前後からしつこそうじゃん。」 「ぐっ・・・!」 相変わらず余裕綽々の顔しやがって。 次はお前から俺に勝負だって言ってくるんだからな!今だけでも調子に乗ってればいいっつーんだ。 「お、おおー!」 「?」 日生が俺の後ろに視線を向けて、なにやら感嘆の声をあげている。 何だと思い、日生の視線を追うと女子の100m走が始まっていて よく見ればゴールした後の1着の場所にはが立っている。 「すげえじゃん。さっすがテニス部!」 「アイツ、昔から運動神経いいからな。」 「もしかして小鉄より足速いんじゃね?」 「んなわけあるか!」 よく考えれば、コイツは俺をからかっているだけに過ぎないとわかるのに どうも日生にはペースを狂わされる。いや、別に俺が単純すぎるとかそんなことはないからな! 「・・・でもさー・・・。」 「?何だよ。」 「いや・・・ま、気のせいか。」 「何だお前。はっきりしろよな!」 「小鉄だってこの前、何か言いかけて止めてたくせに。」 「あ、あれは仕方ねえんだよ!」 「ぶはっ、何だその理屈!何が仕方ねえんだよ。」 「な、何でもだ!細かいこと気にしてんじゃねえ!」 「あーハイハイ。わかったわかった。」 そう言って日生が自分のクラスの席へと戻っていく。 って、そうだ!口裏あわせとかないと、次でも勝負できねえじゃんか! 「おい、ひな・・・」 日生の名前を呼ぼうとして、それは途中で途切れる。 別の方向から違う奴が日生の名前を呼び、奴の隣にいたからだ。 「あ、鉄平。」 当然、日生を呼んだ俺の声も聞こえたらしい(ていうか俺の方が数倍でかかったし) 俺の名を呼んだのは、久しぶり(って言っても数日だけど)に顔をあわせた幼馴染。 「鉄平1位だったね。見てたよ。」 「お、おう。お前もな!」 「とか言って小鉄、の走ってるとこ見逃したんだぜ?」 「ちょ、おい日生・・・!」 「えー、そうなの?ひどいなー鉄平は。」 そう言って、が小さく笑う。 あ、なんか久しぶりに見たかも。の笑った顔。 いやだから数日なんだけどさ!でもなんか、すげえ久しぶりな気がして。 ・・・どうすんだよ俺。 何でこんなに緊張してんだ。 「ひ、日生!」 「え?」 「次、200m走だよな!3列目の組に入れよ!俺もそうするから!」 「え、あ、ああいいけど。」 「よっし!じゃあ次こそ勝負だからな!」 何だかと目が合わせられなくて。 俺は目的だった日生との勝負の約束だけ取り付けて、すぐに振り返り自分のクラスへと走った。 わかってるよ女々しいってこと。情けねえってこと。 だけど、久しぶりに会ったに、何て言っていいのかわからなくて。 日生に勝って、それからと話すって決めてたから、何だかすごく慌ててしまって。 どうせ俺は予想外のことには弱いんだよ、くそう。 それから少しだけ時間が経って、俺たちは周りの奴らにも協力してもらい約束通り3列目の組に並んだ。 横に並ぶ日生に視線を向けて改めて気合を入れなおす。見てろよ、絶対勝ってやるから。 対して日生は心ここにあらず、とでもいった感じだ。 俺を見ることもなく、視線は常に後ろに向けられている。一体何を見てんだよ。これから俺との勝負だっていうのに。 「おい・・・日生っ?!」 たまりかねて声をかけてみると、瞬間、日生が立ち上がりその場から駆け出した。 俺は呆然としながらもその場から立ち上がって、日生が駆けた先へと視線を向けた。 「・・・やっぱりじゃんか・・・!」 「み、光宏・・・?!」 後ろに並ぶ女子の列からを引っ張りだして、彼女の額に手を触れる。 日生の行動に、待機していた生徒たちがざわめきだした。 「さっき聞いたときもお前逃げるしさ!何こんな無理してんだよバカ!」 「・・・別に無理なんて・・・」 「あーもう!いいから来いよ!!」 そう言って強引にの手を引き去っていく。 周りの奴らはポカンとしたり、黄色い声をあげたり、無駄に騒ぎだしている。 けど、俺にはそんなこと関係なくて。 何が、起こったんだ? 日生は俺と約束してて、同じ3組目で今日こそ決着だって思ってて。 なのにアイツはずっと後ろを見てて、急に立ち上がってを引っ張りだして額に触れて怒鳴った。 やっぱりって、そう言った。 さっきも聞いたって、そう言った。 俺と話してたときだって、を見て何かを気にしてた。 「何だー?騒がしいなー。」 「先生ー、みっくんが連れてっちゃったー。」 「はあ?」 「格好よかったよねーみっくん。もしかして、具合悪かったのかな?おでこ触ってたし。」 「うそ、全然気づかなかった!すごいねみっくん!」 「・・・なんかよくわからんが、が具合悪くて日生が保健室連れていったってことでいいのか?」 「「「いいでーす。」」」 具合悪かったって・・・嘘だろ? だってはさっきの100m走で1位だって取ってて、俺と日生とだって普通に話して・・・。 普通に・・・? 話してなんか、ないだろ俺。 勝負に夢中になって、と話すことに緊張して、のことちゃんと見てなかった。 「くそっ・・・!」 「どーこ行くんだ小岩。お前の順番はすぐだろう?」 「俺もちょっと・・・!」 「そう言ってサボろうとしても無駄だ。どこか行きたいなら、この競技終わらしてから行け。」 「ちくしょうっ離せ!」 「教師に向かって生意気な奴だな!ぜーったい走らせるからなお前。」 すぐにのところへ行きたかったけれど、もう既に1列目のレースが始まろうとしていて。 列から抜けようとした俺は、ガタイのいい体育教師に捕まった。 そうこうしてる間に1列目のレースが始まり、2列目もスタートラインについた。俺がいる3列目も準備を始める。 わかったよちくしょう。走ればいいんだろ?そうして速く、のところに。 パァン!! スタートの合図。俺は誰よりも速く走る。 そこに日生がいようがいまいが関係ない。 勝負なんて関係なく、ちゃんとに伝えればよかった。 日生に勝って堂々となんて、誰にも文句を言わせないなんて、そんなのただの逃げでしかなかった。 俺は怖かったんだ。 俺が気持ちに気づいたことで、俺たちの関係が変わることが。 もしが日生を好きだったら?俺のことなんて何とも思ってなかったら? もうは俺の隣にいないかもしれない。笑った顔なんて、見れなくなるのかもしれない。 気づかないフリをしていただけで、他の理由で隠していただけで、結局はただそれが怖かった。 それほどに側にいてほしいと願っていたのに、意識しすぎてから離れて の様子がおかしいことにすら気づかないなんて、俺って本当にバカだ。 きっとに言わなきゃならないことだって山ほどあったんだろうけど、 そんなこと考えながら走れるほど俺は器用じゃないから。 だから今はただ、誰よりも速く走って、走って、走って。 こんな情けなくて格好悪い俺だけど、唯一のとりえのこの足で。 一刻もはやくに会うために、ただひたすらに走り続けた。 TOP NEXT |