「本当に来るの?」 「もちろん!選考会前に元に戻れれば万事解決だもん。」 「なんの根拠もないくせに・・・」 「可能性は諦めた時点で0になってしまうのだ!」 「はー・・・わかった。でも、元に戻らなかったら諦めてよね。 わざわざサッカー出来ない姿を見せることなんてないんだから。」 「OK!ボス!」 「誰がボスだ。」 この世界に来て2回目の朝。寝坊することも慌てることもなく出かける準備を終えた。 ちなみに一馬と英士の寝起きは見れませんでした。ねえ、君たちもっと寝ぼけていいと思うよ? なんで朝からしゃきしゃきしてるの?なんで目覚ましかけた時間よりも早く起きてるの? 「先に起きて、走ってたんだよ。」 「ええ?!何?!エスパー?!」 「お前、ぶつぶつ言ってんの口に出てる。」 「自覚なしか。まったく手に負えないね。」 「負える負える!そんな簡単に見捨てていいと思ってるの?」 「お手上げ。」 「関わりたくない。」 「ちょっとおおおお!!!」 昨日、結人と話すことが出来たからか、二人は割と落ち着いていた。 そして、二人が私を見る表情が、だいぶ柔らかくなった気もしてる。 ありがとう結人!結人効果絶大だよ! 「それじゃあ遊んでないで、行こう。」 「おう。」 「おー!」 my precious story 「よー、若菜!この間話した本、読んだか?」 「よーっす。ええっと、読んだ読んだー。」 「どうだった?」 「・・・あーと、うん、良かった!」 「だよな!だよな!」 東京都選抜ならばともかく、ユースの方のメンバーはさっぱりわからない。 しかし、私たちが控え室に到着すると同時に、友達らしき人たちに取り囲まれるのは、さすが結人といったところだ。 話している内容はさっぱりわからないけれど、ここは話をあわせておいた方がいいだろう。 隣には英士も一馬もいる。何かあればフォローしてくれるはず・・・はず、だよね? 「すっげえ体してただろ?」 「か、体・・・?」 「そうそう、俺のおすすめの子はー・・・」 「!」 わかる!わかるよ私でも!これは俗に言う男の子トークじゃないですか?! ちょっと待って待って待って。私意外と純粋です。割とそういう話ダメな子なんです! ここは英士と一馬にSOSを・・・!って、二人とも無視して先行っちゃってるしー!! 「わ、わりい!先に着替えてきてからな!」 「なんだよお前、着替えてから、時間とってしっかり聞きたいってことか?どんだけえろいの?!」 ちがうちがーう!!やめて!私をえろキャラにするのはやめて!あ、今は結人か・・・。 とにかく逃げよう今すぐ逃げよう。ていうか、本当にほったらかしにするのはやめてよ二人とも!! 「あ!若菜!」 次の友達来ちゃったし・・・!どんだけ人気者なの結人!! 「あ、あー・・・」 「若菜?」 「・・・結人。まずは先に着替えたら?いつもギリギリになるんだし。」 「っ英士!うん、そう!そうだよな!!」 うまく対応できない私を見かねたんだろう。英士のため息が聞こえ、ようやく助け舟が出る。 声をかけてきた子に笑顔で手を振り、英士と一馬の元へと駆け寄った。 「ありがとう英士ー!」 「飛びつかないでよ。今、自分が結人の姿だって忘れないで。」 「やっぱり連れてきたらまずかったんじゃ・・・?」 「いいえ、だいじょぶ!私・・・俺は結人!若菜結人!」 「大体、俺らにからんでくるときの威勢はどうしたの?」 「・・・いやー・・・私、知らない人とはちょっと・・・」 「俺らとも初対面だっただろ。」 「それは違うんだってばー!」 ほっておかれた理由は、私がうまく切り抜けると思っていたからだろうか? ただ普通に面倒だから、放置されてただけという気もするけど。 「・・・まあいいけど。とりあえず、着替えるなら場所探さないと。さすがに控え室はね。」 「・・・え?英士、心配してくれるの?」 「うん。変態を俺らと同じ部屋で着替えさせる訳にはいかないでしょ。」 「・・・一馬。」 「な、なんだよ?」 「泣いていい?」 「却下。」 「英士には聞いてないー!バカー!」 大声を出してしまったがために、額に平手をくらうと、ずるずると控え室の方へと連れていかれた。 そもそも口調をあまり気をつけていなかったのもまずいとも思ったけれど、周りはあまり気にしていないようだ。 少しの女口調くらいじゃ、誰も動じないらしい。ユースにおける結人は一体どんなキャラなんだろうか。 「とりあえず、集合はまだ先だから、そこでまず着替えなよ。扉の前には居てあげるから。」 部屋の外で英士と一馬が着替え終わるのを待ってから、ほこりっぽい、小さな倉庫へと案内された。 この練習会場は今までにも何回か来ているから、鍵のついていない小さな倉庫があることも知っていたらしい。 言われたとおりにすばやく着替えを終え、英士と一馬に声をかけようと扉へ向かう。 カチ、カチ、カチ・・・ さすがにこれは外さない方がいいだろうと、リストバンドの下につけた腕時計が秒針を刻む。 なんだか胸がざわついていた。英士の言っていた通りに、私が考えたのはただの仮説であって、元に戻れる確証なんてないのに。 時計を見つめて、今までのことを思い返す。まるで夢みたいな時間。夢みたいな出会い。 「・・・っと、うわあ!!」 思考がぼんやりとして、足元にあったダンボールらしきものにつまずく。 そのままの勢いでほこりの乗ったマットへとダイブしてしまった。 「?」 「何かあったのか?!」 「・・・入るよ。」 「え?!いいのかよ?!着替え・・・」 「どうせ姿は結人なんだし、そもそもごときに俺らが気を遣う必要なんてないね。」 「た、確かに・・・って、英士!」 「・・・ほら、バカなことしてた。」 どうですか、相変わらずのこの扱い。 少しは仲良くなれたと思ってたのに、ごときとか言われるこの切なさ。 そして一馬はそんな英士の言葉を全肯定。天然って割と凶器になることに気づいて! 「そんなところで寝てたら、練習前から汚れるよ?」 「・・・うん。」 「・・・どうしたんだよ?どこか変なとこぶつけたか?」 カチ、カチ、カチ、 1秒ずつ進んでいく時計の音が、やけに頭に響く。 なんだろう、さっきから徐々に大きくなっていく、この感覚。 感じたことのない、たとえようのない感覚は、私に何かを伝えている。 ありえなかったこの出来事が元に戻ろうとしているのだろうか?結人も同じように感じているだろうか? 「・・・英士、一馬。」 「?」 「大丈夫。」 「・・・え?」 「元に戻れる。」 こんなことを言ってしまって、いざ戻れなかったら、冷ややかな視線どころか完璧に無視でもされかねないけれど、 口に出してしまった一言は、今更戻せない。驚いた表情をする二人に向けて、私は笑顔を浮かべる。 「・・・自分じゃどうにもならないんじゃなかったの?」 「うん。」 「それじゃあ、結局まだ戻れるかはわかってないじゃねえかよ。」 「うん。だけど、そんな気がする。」 「そんな気って・・・またそんな調子のいいこと・・・」 「結構まじめ。実はもう頭がぼーっとしてる。 うまく表現できないけど、自分がどこかに引っ張られてるみたいな、そんな感覚。」 「・・・何それ・・・」 いつもの私と違っていたからか、二人は神妙な面持ちで私を見つめていた。 そんな表情で二人に見つめられるなんて、喜んでいいところだったのかもしれないけれど、 喜ぶことはできなかった。いつものように二人を褒めることも、飛びつくこともしなかった。 「と、いうわけで!先に挨拶をしておこうと思います!」 「・・・は?」 「だって、違う世界なんだよ?もうこうやって話せないんだよ?最後くらいちゃんとさせてよ。」 「・・・。」 ホイッスルがずっと大好きだった。私はずっと、彼ら自身や、彼らのがむしゃらな姿に勇気付けられてきた。 好きで、好きで、この大好きな世界に行くことが出来たなら、どんなに幸せだろうとさえ考えた。 きっと他人に聞かれたら笑われてしまう。叶うことなんてないとわかってる、ただの空想のはずだった。 「まずはー・・・選考会前にハラハラさせちゃってごめんね。3人の邪魔しちゃって、ごめんなさい。」 それでも、誰もが驚くような奇跡が起きて、私は今この場所にいる。 「でも、結人も言ってたように、3人なら大丈夫って信じてるよ。」 夢のような世界。もしかしたら、本当に夢なのかもしれない。 けれど、 「私、この世界に来られてよかった!」 別に何か特別なことをしたわけじゃない。いや、ある意味ではものすごく特別なことだけれど。 大好きな世界に来て、大好きな人たちと一緒の時間を過ごした。 想像とは違っている部分もたくさんあったけれど、私は彼らがますます好きになった。 「好き!大好き!すごく、すごく!何回言っても足りないくらいに、大好き!」 もう同じ世界で、同じ時を過ごすことはないだろう。それでも私はこれからも彼らを応援し続ける。 私は唖然とする二人の前で、精一杯の笑顔を向けた。 「・・・何、今生の別れみたいな台詞言ってるの?」 「寂しい?英士。」 「別に、大歓迎だけど。」 「うわあ、最後までひどい!」 「自分のしてきたこと覚えてる?俺らに迷惑しかかけてないでしょ。」 「うっ・・・それを言われると・・・」 「・・・・・・・・・でも、さ・・・」 「一馬?」 「訳わかんない奴だったけど・・・悪い奴では、なかった、な。」 一馬が少し顔を赤くしながら、視線を背ける。 ・・・なんだなんだ、可愛い。可愛いけど・・・それよりも、すごく嬉しい。 「ありがと!一馬!」 「べ、別に・・・」 一馬のことだから、今の雰囲気に飲まれちゃったのかもしれないけれど、 それでも一馬の一言に、私は自然と笑みが浮かんでしまう。 「俺はなぐさめの言葉なんてかけないよ。」 「えー、少しくらいいいじゃんー。」 「そもそも、本当に戻れるかだってまだ・・・」 「それは、あと数分もすればわかるよ。」 時計の時間はもう既に12時前を指していた。 こうして話している間にも針は進んでいく。 「英士もありがと!たくさん迷惑かけてごめんね。さりげないフォローもすごく助かってたよ。」 「別にフォローしたつもりなんてないけど。」 「そういうのがさりげないって言うんだよ。私が嬉しかったんだから、それでいいの!」 最後になるからって、英士から甘い言葉や、優しい台詞を期待なんて・・・まあちょっとはしてたけど! でも、英士が何も口にしない分、私が話していてもいいかな。 ・・・話していないと、英士の毒舌だけが聞こえて悲しくなってきちゃうし! 「・・・。」 「ん?」 「本当に心当たり、なかったの?」 「え?」 「ハーレムとかふざけた理由じゃなく、別の理由があったんじゃないの? 結人と入れ替わったことも、今、確信を持って帰れると思ったことも。」 「・・・。」 「今となってはどうでもいいことだけどね。」 「・・・ないよ。私はただ、皆に会いたかっただけ。」 「・・・そう。」 結人の"きっかけ"を聞いたとき、私にも思い当たることがなかったわけじゃない。 けれどそれを今、わざわざ伝える必要もないし、結人もそれを望んでいないだろう。 話さなくとも私は彼らに元気をもらった。それだけで充分だと思った。 「・・・別世界とか、本気で言ってた?」 「うん。」 「バカだよね。」 「し、信じられないのもわかるけど・・・そこまではっきり・・・」 「もう、会うこともない?」 「・・・そうだね。」 「人の親友を乗っ取るし、話を聞かずに突っ走るし、頭悪いし、迷惑ばっかりかけるし、 最後の挨拶なんかしなくたって、喜んで送り出すよ。」 「・・・っ・・・なんだか、本気で涙が出そう・・・!」 「だけど・・・もしも、万が一、」 「・・・え・・・?」 「また会うことがあるんだったら・・・」 英士の最後の毒舌に、本気で泣きそうになり俯けていた顔を上げた。 その瞬間、さっきまでよりも、もっともっと苦しくて、胸が痛くなった。 「今度は、本当の姿で会いに来なよ。」 やっぱり英士はずるい。 最後の最後で、そんな笑顔を見せるなんて、反則でしょう? もう大丈夫だって、もう充分だって、そう思ってたのに。 もっとたくさん話したかった。一緒に過ごしていたかった。 また、何度だって会いたいよ。 「英っ・・・」 名前を呼ぼうとしたその瞬間、目の前が暗転した。 何かに引っ張られるような、体が流されていくような、不思議な感覚に包まれて、私は意識を失った。 TOP NEXT |