「・・・おいっ・・・か・・・」 あーもう、何?今日はお休みで、予定も何もないはずなんだから、そっとしておいてよ。 好きなだけ眠って、テレビ見て、漫画を読んで、ぐーたらする予定なんだからさ。 「・・・い、おい!ねーちゃん!」 なんでそんなに必死になってるの?らしくないなあ。 もー、しょうがない。よくわからないけど、可愛い弟のためだ。起きてあげよう。 「・・・おはよー。」 「おはよーじゃねえよ!なんなんだ、さっきから!」 「何よー、いきなり大声だして。」 「別人になった演技なんかするし、そうかと思ったらいきなり倒れるし・・・ 俺がそういう悪ふざけ嫌いなの知ってんだろ?」 「・・・別人・・・」 「別の世界からやってきたとか、入れ替わりとか、どんな設定だよ。妄想もたいがいにしろ、バカ姉貴!」 「・・・!!」 ようやく思考がはっきりとしてきて、私はそれまでのことを思い出した。 今目の前にいるのは、弟の俊平。そしてこの場所は私の部屋。 「・・・元に戻ったんだ・・・。」 「は?」 「・・・そっか・・・そっかー!」 「・・・姉ちゃん?やっぱどっかおかしいのか?」 my precious story 「俊平!おねーちゃん帰ってきたよ!」 「ひっつくな!何言ってんだよ、部屋で寝てただけだろ?」 「違うの!私、すっごい経験しちゃったんだよ!」 「何寝ぼけてんだよ。俺、姉ちゃんの夢の話なんて聞きたくねえからな。」 ・・・寝ぼけてなんかないんだけどなあ。なんて、弟に言っても信じてもらえないんだろう。 それどころか、元に戻った今は、私自身も夢だったんじゃないかと思えてしまう。 あまりにホイッスルのことばかり考えていたから、すごくすごくリアルな夢を見ていたんじゃないかって。 「ところで俊平、何で私の部屋にいるの?」 「あ?まだ寝ぼけてんの?さっき姉ちゃんに辞書借りに来ただろ? そしたら自分は男だとか、別の世界の人間らしいとか、訳わかんないことばっかり言ってさ。 その挙句、突然倒れるし。マジで何かの病気かと思った。」 「・・・ほーう!」 「ほーうじゃねえよ。覚えてないの?」 それは私の姿をした結人なんだろうけれど、それだって証拠になるわけじゃない。 弟からすれば、妄想気味の姉が、自分をからかっていたくらいにしか思えないだろう。 「ったく。心配して損した。」 「え?心配してくれたんだ?」 「・・・最近調子悪そうだったし・・・それに昨日喧嘩してた相手って父さんだろ。 ストレスで現実逃避でもしたのかと思った。」 「うわ、聞いてたの?」 「部屋、隣なんだから、聞こえない方がおかしいって。」 「ごめんごめん、そりゃ心配させちゃうよね。」 「・・・別に、いいけどさ。」 心配してくれたことが嬉しくて、弟の頭を撫でると、照れくさそうに視線を逸らした。 親との喧嘩とは言っても些細なことだ。昨日、携帯にかかってきた電話で、父親と言い合いになった。 まるで自分を否定されたような言葉に、怒りが収まらなくて、なんだかすごく悲しくなって、私は大好きな本を手にした。 そう、私もきっかけは結人と同じだった。 何もかもがうまくいかないと思い込んで、誰かに当たって、そんな自分にイライラして。 私を誰も知らない世界に行きたい。大好きな世界に行きたいって、そう思っていた。 「・・・夢かあ。」 「・・・姉ちゃん?」 「やっぱり、夢だよねえ・・・。」 それは私自身の空想の世界だったんだろう。 どれだけリアルに感じても、どれだけ幸せでも、本の中の世界に行けるだなんて夢物語でしかない。 「大丈夫かよ?」 「うん、大丈夫。」 それでも、私はその夢に元気付けられた。 父親の言葉だって撥ね付けるくらいの強い力で、また頑張ろうって、そう思えた。 『そりゃ行き詰ることもあるけど、俺は俺として生きたいかな。』 この世界に戻ることが出来たのは、"1日"という時間もひとつのきっかけだった。 だけど本当に大切だったのは、私の心だったようにも思う。 夢に向かって走り続ける彼らの姿を目の前で見て、一緒の時間を過ごして、きっと本当に心から自分でありたいと思った。 結人のままでいることに執着していたわけじゃない。私はずっと、元に戻るよう願っていたつもりだ。 けれど、願うことは、思うべきことは、元に戻ろうとすることじゃなかった。 結人がそう言ったように、自分でありたいと願うことだったのかもしれない。 「ところで姉ちゃんさ、それ、どうしたの?」 「それ?」 「そんな腕時計、持ってたっけ?」 弟の向ける視線の先。 私の腕には、少し古びた、男物の腕時計。 「・・・っ・・・」 これは神様のいたずらだろうか。気まぐれだろうか。 何もなければ、夢だったと思い込んでいたのに。 「・・・ごめん、泣きそう・・・」 「え?!な、何で・・・?!」 「うわーん!もう大好き!大好きだよー!!」 「おいっ、姉ちゃん?!」 夢じゃない。夢なんかじゃ、なかった。 私は本当に、大好きな世界に行った。 結人になって、英士と一馬と同じ時を過ごしていたんだ。 カチカチと小さな音を鳴らして、古びた腕時計が時を刻む。 その時計が示す時間に、狂いはない。 私はしばらく、その時計を見つめていた。 どうしてこんな奇跡が起こったのかは、わからない。 今でも夢だったんじゃないかって、疑ってしまうような、不思議な出来事。 けれど、ここにあるはずのない腕時計は、それが現実だったと知らせるように変わらず時を刻む。 自分の思い描いた望みどおりの世界だったわけじゃない。 だって、いきなり結人になっちゃうし、 その割に、サッカーは出来ないし、皆に迷惑ばかりかけて。 大好きなキャラと親密な仲になれたわけでもないし、 望んでいたハーレムだって程遠くて、むしろ蔑まれていたくらい。 だけど、本当に楽しかった。 もっともっと、大好きになったよ。 彼らと過ごしたあの時は、ずっと、ずっと、私の心の中で色づく。 それは、楽しくて、幸せで、宝物のように愛しい 私の大切な物語。 「ねーちゃん!何ぼけっとしてんだよ。俺、先に行くからな!」 「ええ!待ってよ俊平!一緒に行こうよ〜!」 「それならとっとと準備する!」 そしてまた始まる日常。 急いで鞄を持ち、机の上にあった携帯電話を手にする。 「・・・え・・・?」 「あーもー、何してんだよ・・・って、どうしたの?携帯故障でもしたか?」 「・・・これ・・・」 「音は鳴ってんのに、ディスプレイ真っ暗じゃん。画面表示がおかしくなったんじゃねえ?」 「・・・まさか・・・嘘だあ・・・」 「嘘じゃないだろ?実際、こうして映ってないんだから。」 「そうじゃなくて!電話のディスプレイもランプも光ってねえんだよ。」 もう一度、会いたいと思った。 英士が言ったように、今度こそ、本当の自分のまま。 けれど、それが叶わないとわかってた。 もう、あんな奇跡は二度と起こらないって。 響き続ける着信音。 相手の番号も名前もわからないまま、震える指で通話ボタンを押した。 「・・・もしもし?」 物語はまだ、終わらない? TOP あとがき |