『俺、若菜結人っていうんだ!アンタは?』 不思議な電話の先に聞こえたのは、若菜結人と名乗る"女の子"の声。 「・・・っ・・・」 『え?何?聞こえない!』 「・・・ゆっ・・・」 『頼むから電話切らないでくれよ〜!俺、もう訳わかんなくなってんだか・・・』 「結人おおおおお!!」 『ぐああ!耳があ!!』 その声の主は私。正確に言えば、私の声をした結人からの電話だ。 つまり、やはり予想通りに私と結人の中身が入れ替わってしまっているということ? 「英士!一馬!結人だよ!!」 「そ、そんな・・・本当に?」 「・・・女友達でも使って俺たちを騙そうとしてるんじゃないの?」 「まだ疑ってるの?!君たちはもっと適応能力というものを持った方がよろしい!」 「うわー、そんな適応力なんて全然持ちたくない。」 『・・・え?そこに英士と一馬もいんの?じゃあやっぱりそこって英士の家?!』 「そうだよ!・・・えーと話せば長くなるんだけど・・・」 『うわー!英士!一馬!ちょっと俺、今すんごいことになってんだけど!女子になっちゃってるんだけど! これって夢かな?!夢だと思う?!とりあえず服脱いでみていいかな?!ちょっと躊躇してたんだけど・・・いいよな!』 「よくなあああああい!!やめろ!動くな!踏み止まれええええ!!」 『ぐおおお!!耳が!耳があ!!』 my precious story 『違う世界って・・・いや、何言ってんの?それはさすがに冗談だろ?』 お互いに落ち着いたところで、現状私たちがわかっていることをかいつまんで説明する。 結人は体の入れ替わりはともかく、違う世界ということはいまいち納得ができないようだ。 元々結人もホイッスル!の世界も知っていた私と違って、結人は全然知らない世界で、 全然知らない女の子になったってことだもんなあ。信じられないのも頷ける。 「でも、本当なんだよ。確かに似た世界ではあるけど・・・。」 『・・・。』 「今、そっちは私の姿なんだよね?机に授業のノートがあったと思うけど・・・名前書いてない?」 『あ、えっと、うん。・・・・・・?』 「じゃあやっぱりそこは私の部屋かあ。ちなみにそこ以外触らないでね!無駄にあさらないでね! そんなことしたら結人のこと、一生変態扱いするからね!!」 『なんで?!・・・ところで今鏡みたら寝癖ひどいんだけど・・・ついでにパジャマなんだけど、着替えてい・・・』 「シャラップ!ちょっとお待ちなさい!特に着替えは待って!本当に待って!」 『えー!俺の美意識が許さねえんだけど!』 「美意識とか知らないよ!どうせ私に美なんかないよ!ごめんね!結人みたいにかっこよくなくてごめんね!」 『誰もそんなこと言ってな「シャラップ!!」』 「・・・ねえ、話が脱線していってるけどいいの?」 「も大分図太い奴だと思ってたけど、結人も割ととんでもねえな。」 そうだ。私たちには時間がないんだ。一刻も早く元に戻る方法を探さなければならない。 結人が私の寝癖を直そうが、着替えをしようがいい・・・いい・・・い・・・良くない! 『これってマジで夢じゃねえの?頬つねってみたら痛かったけどさー。いまいち信じられなかったっていうか・・・。』 「人の頬をつねらないでよ?!」 「残念ながら夢じゃないよ。少なくとも・・・結人の中に別の人間が入ってることはね。」 「・・・おい、英士・・・」 「一馬、そいつを少し黙らせておいて。結人・・・って言っていいのかわからないけど、俺が少し話してみる。」 「わかった!」 「ちょ、ちょっと一馬ー!」 ブツッ・・・ ツーーーー・・・ 「・・・。」 「・・・。」 「・・・。」 英士の命令を受けて、一馬が私から受話器を奪い英士に渡したその瞬間、 空しく響いた機械音。そして相手の声はまったく聞こえなくなった。 「・・・なにやってんの?!」 「ち、ちがっ・・・俺、別に何のボタンも押してなっ・・・」 「ひどい一馬・・・!せっかく掴めそうだった手がかりの手段すら無にしてしまうなんてっ・・・!」 「お、俺じゃねえっつってんだろ?!」 「・・・じゃあ何で急に切れたんだろう?制限時間でもあったのか?」 「電話貸して!さっき結人は私の部屋にいたんだから・・・多分私の携帯だよ!かけてみる!」 「そんなこと言ったって、前は通じなかったじゃ・・・」 ピリリリリッ 「電話来た!このランプもつかない怪しげな感じは結人でしょ!そうでしょ!」 「いいから早く出なよ。」 「了解!結人?結人?!」 『何いきなり切ってんだよバカーーー!!泣きそうになったじゃねえか!!』 「ごめんごめん。ていうか、そっちが切った訳じゃないんだよね?」 『しねえよそんなこと!もう俺、超心細いんですけど!英士と一馬、こっち来れねえの?! お前らも女の子になって楽しもうぜ!一日くらいなら絶対楽しいって!俺たちの知らない神秘の世界が・・・』 「シャーラップ!!ちょっと結人!私の体でおかしなことしたら承知しないからね!」 「また主旨がずれてる。二人ともいい加減にしなよ?」 「『ごめんなさい!!』」 英士の一言に私たちは落ち着きを取り戻し、本題へと戻る。 電話は私が持ち、一馬は横でおろおろとした表情を浮かべ、英士は冷静に私を見つめる。 いつもの私ならば、一馬可愛い!英士そんなに見つめないで!とか思うわけだけども、さすがに今はそんな余裕はない。 「続けて。」 「え、英士が話さなくていいの?」 「さっき俺が持った瞬間、電話のランプがついて、ディスプレイも表示されて、通常通りに戻った。 つまり、が持ってないとダメってことなんじゃない?」 「・・・なんでそんな・・・」 「訳のわからないことばっかりだ。その電話もいつ何があるかわからないんだから、細かいこと気にしてられないよ。 その前になんとしてでも解決方法を見つけ出せ。結人も聞こえてるね?」 「『イエッサー!!』」 「お前ら息あいすぎだろ。」 なんだか私・・・結人とは良い友達になれる気がする・・・! なんていうのかな、無理な労働を強いる領主に反抗する領民みたいな?魔王打倒を目指す同志みたいな? 電話だけじゃなくて、こっちの世界でも会ってみたかったなあ。 おっと、今はそれどころじゃないんだった。 どうやら結人は今自分がどんな状態かすらわかっていないみたいだ。・・・というか、多分私たちの方が現状を把握してそう。 手がかりをどうにか増やさなきゃ。元に戻れる可能性を少しでも高くしておかなきゃ。 「結人。そっちはどういう状況なの?」 『どうもこうも・・・数時間前に目覚ましたらこの部屋にいてさ、女の子の姿になってた。 俺、もう訳わかんないし、パニクってさー・・・とりあえず片っ端から覚えてる番号に電話してたんだ。 そしたらダメ元の2週目くらいで英士の家につながった。あー、ねばってよかった!』 「数時間前・・・?と大分ずれがあるな・・・。」 「・・・そうだ!時間の証明ができるよ!結人、今そっちの時計は何時?!壁にかかってるのがあるでしょ?」 『壁・・・えっと、5時・・・朝の5時過ぎ。』 「私の腕時計も5時過ぎを指してる。でも実際はもう夜の10時!やっぱり時間のズレがあるんだよ!」 「・・・あれ?結人がおかしくなったのっていつからだったっけ?」 「昨日のお昼。12時くらい。」 「・・・昼の12時から朝の5時までって寝すぎじゃね?!」 「ああ、だから思考回路も眠ったままなんだね。」 「失礼な!まあ最近の寝不足がたたったか、入れ替わった反動じゃない?」 「はすぐに起きたのに?ああ、神経の図太さの違い?」 『なあ、時計ってどういうことだよ?俺、どうなっちゃってんの?』 まだほとんど把握できていない結人に、私の仮説を伝える。 私はホイッスル!が大好きで、この世界に来たいと願っていたこと、結人になりたいと思っていたこと。 私が触れる時計にずれが発生し、それは私の世界の時間かもしれないこと。 そして、もしかしたら元に戻る制限時間があるんじゃないかということも。 『・・・そっか。選考会、明日なのか・・・』 「そうだよ結人。だから悠長にしてる場合じゃない。一刻も早くコイツを追い出さないと。」 「ひどい!私だって頑張ってるのに!」 「が強く願ってこんな状態になったっていうなら、結人も願ってみたらどうだ? 大体、コイツの願いだけが叶うっておかしいんだから!」 「キー!英士も一馬も口が悪い!」 『うーん、とりあえず流れ星にお願いでもしてみるかー?』 「結人、俺たちは別人が入ったままの結人と1日以上過ごしてる。夢じゃないし、笑い事でも・・・」 『わーかってるよ。いまいち実感は沸かないけど・・・まあ俺もの体になってる訳だしな。 お前らがそんだけ必死になってるんだ。信じるよ。』 「・・・。」 選考会が明日に迫っていることを伝えても、結人は思った以上に冷静だった。 結人のことだからもっと盛大に騒ぎ出すかと思ったのに。 『どうせお前らてんぱってのこといじめてんだろー?ダメだぞ〜!女の子には優しく! お前らただでさえ誤解されやすいんだから!』 「今、そんな話してる場合じゃ・・・」 『大丈夫。いつか戻れるって!』 「なんでそんな余裕でいられるんだよ結人!選考会は明日だって・・・」 『1回の選考会でダメになったからって、それで俺自身がダメになるわけじゃないじゃん。』 「!」 『だから俺は成り行きに任せるよ。女の子になるなんて、滅多に出来る経験じゃないし!』 「・・・結人・・・」 選考会に出られなくたって、本当に何でもないんだと笑っているように聞こえる。 けれど、それは決して軽く考えているわけではないだろう。英士と一馬の表情を見ればわかる。 たぶん結人は、焦って必死になってる私たちを安心させようとしてるんだ。 今の状況を実感してないって言っても、一番不安なのは結人のはずなのに、だ。 『ところで、お前の下着さー・・・』 「ギャー!!何でそっちに話がいくの?!」 『俺だってまだの姿で過ごさないといけないわけだろ? 着替えくらいしたいんですけどー!それでこのブラ・・・』 「ちょっと待って!!せめてスピーカー切らせて!二人だけにしてから話して!」 『えー、あはは!仕方ねえなあ!』 結局解決には至ってないけれど、結人の言葉を聞いて、英士も一馬も今は現状以上の進展を一旦は諦めたようだ。 私が電話のスピーカーを切っても、特に何も言わなかった。 「あのさ結人!もしかしたら、1日っていう制限時間があるかもって話したでしょ? そっちの12時まであともう少しだし、必要最低限意外は我慢して?!着替えなんかしなくても生きていけ・・・」 『うん、そうだな。』 「へ?」 『俺も、思ったから。』 「な、何を?」 『一日でいいから、別の世界に行きたいって。』 「・・・え?」 下着やらトイレやら女の子特有の話をすると思っているからか、興味がないからか、 英士も一馬もこちらの会話を聞こうとはしていない。 だから二人とも、私が驚いた声をあげたことも、結人が何を言っているのかにも気づかない。 『俺ね、実は最近結構スランプ入っててさー。そういう時って何もかもうまくいかない気になっちゃうんだよな。』 「結人・・・?」 『体はうまく動かないしさ、監督には怒られるし。イライラしてるから友達とはケンカするしさ、 自分が悪いくせに誰かに当たって傷つけたり、そんで自己嫌悪すんの。俺ってバカじゃねーの?とかね。』 「・・・。」 『んで、思っちゃったんだよね。どっか自分を誰も知らない世界に行きたいってさ。』 結人の突然の言葉に、私は何も返せなかった。 ホイッスル!の若菜結人といえば、天真爛漫で明るくて人懐っこくて、誰とでも気兼ねなく付き合えるようなムードメイカー。 言いたいことは言って、やりたいことはやって、悩みなんてないみたいに笑ってるイメージを持ってた。 けれど、彼だって悩むし苦しむし後悔することだってある。当たり前だ。 『と俺の願い、重なっちゃったんだな。』 「・・・そう、だったんだね。」 『さっきは言わなくてごめんな?そんな風に思ってたなんて英士にも一馬にも言いたくなくてさ。 あいつら容赦ないから、たくさんいじめられただろ?』 「え?うん、まあ。でも、それも結構嬉しいっていうか・・・?」 『ふはっ!なんだそれ!』 「それくらい皆が好きってことだよ!」 『おお!告白?』 「告白!違う世界のくせにって思う?」 『思わねえよ。違う世界に来ちゃうくらいに俺らのこと愛してんだろ?』 「うん!」 『あははっ!サンキュー!!』 結人の話を聞いて、私は元の世界でのことを思い出す。 私がここに来たいと思った理由は結人とは違う。けれど、"きっかけ"は同じだ。 結人も私と同じことを思い、私たちの心が入れ替わることになった。 お互いが思った1日という時間が、いよいよ現実的になってきたように思える。 そもそも今が非現実的なことになっているのだから、何が起こるかわからないことも同じだけれど。 「今はどう?」 『ん?』 「私の体になってれば、いろいろ追い詰められてた"若菜結人"は休めるよ?」 『うーん。それはそれでいいけど、それじゃつまんないや。』 「つまんないんだ?」 『そりゃ行き詰ることもあるけど、俺は俺として生きたいかな。』 「・・・そっか。そうだよね。」 『おう!』 ピー、ピー、ピー 今度は先ほどと違う電子音が流れた。 これは私が持っている電話というよりは、相手側から聞こえているように思える。あれ?もしかして・・・ 「充電切れじゃないの?!充電器探して!多分部屋にあるから!」 『え?え?』 「携帯の充電器!」 『つーか漁っていいの?』 「うわ!ダメ!!」 『じゃあどう探せっていうんだよ?!』 「あやしいところは避けながら探して!」 『できるか!』 慌てて混乱する私たちだけれど、無常にも充電切れの電子音は鳴り止まない。 『うわー!充電できてもまた繋がるかわかんねえから言っとく! 元に戻れるって信じてるからな!!』 「私も信じる!結人も全力で祈ってて!」 『ていうか俺、お前の周りのこと何も聞いてないんだけど、大丈・・・』 ブツッ 「あ、」 本日二回目、電話の切れた音。 確かに私のことをほとんど伝えてないけど、大丈夫だろうか? 学校は休みのはずだし、家には弟しかいないけれど・・・心配だ! 「?」 「・・・は、ははっ、切れちゃった・・・。」 「だから制限時間があるかもって言ったのに・・・話は出来たわけ?」 「うん、まあ。」 「そう。」 結人と話が出来たからだろうか。 英士も一馬も先ほどよりも、少しだけ明るく、落ち着いているように見えた。 もちろん、不安は消えてなんかないんだろうけれど。 それから何回か電話をかけたり、かかってくるのを待ったりもしてみたけれど、何も起こる事はなかった。 時間も遅くなり、だんだんと瞼が落ちてくる。英士も一馬も疲れているようで、今にも眠ってしまいそうに見えた。 誰かが眠ろうと言ったわけでもないけれど、いつの間にか私たちは眠りに落ちていた。 そして、選考会の朝がやってくる。 TOP NEXT |