「・・・なるほどね。」

「いい線いってると思わない?!」

が触れる時計が通常の時計の1/2で動くのは、それがの世界の時間だから。電話がつながらないのも別世界の人間だから。
この場所にやってきたきっかけは『一日でもいいから結人になりたい』って思ったからで、つまり『一日』が経てば戻れるはず、ってこと?」

「さすが英士!説明ありがとう!」

「で、結人がおかしくなってから既に一日が経ってる訳だけど、それは、」

「うんうん、私の世界時間で一日だからだと思うの!つまり、明日の12時に私は元の世界に帰れるんじゃなかろうか!」

「・・・そう。」





私は先ほど閃いた考えを英士と一馬に話した。
今まで解決の糸口は何もなかったんだもん。可能性があることを思いついただけでも収穫じゃない?





「で、証拠は?」

「え?」

「明日の12時に元に戻るっていう確信を持った証拠は?あるんでしょ?」

「・・・。」

「・・・。」

「いや・・・あの・・・だって、英士も時間のズレに意味があるのかもって・・・」

「・・・単細胞。」

「今なんて?!」

「バーーーーカ。」

「明らかに違うこと言ったよね?!」





少しの期待がこもっていた一馬の瞳が、みるみるうちに曇っていく。
何かを悟ったように呆れていた英士の瞳が、さらに遠い目になっていく。

いや、確かに確信も根拠もないけどさ・・・!
少しは、少しは驚いたり褒めたりしてくれたって、バチは当たらないと思うのに!!














my precious story














「あら皆、お帰りなさい。」

「ただいま。」

「またお世話になります。」

「お邪魔しまーす!」

「相変わらず結人くんは元気ね?」

「取り柄ですから!」

「ふふ、いいことだと思うわよ。」





美しい英士のお母様と挨拶をかわし、既に夕飯を食べてきた私たちはそのまま英士の部屋に向かった。
ドアを開け、小さなテーブルを囲んで腰を下ろす。





「・・・ふー・・・。」

「・・・はあー・・・。」

「おっ・・・重いっ・・・。空気が重い、二人ともっ!」

「誰のせいだと思ってるの?」





選考会はもう明日に迫っている。私に何か変化が起こった訳ではないし、手がかりといえば、
私が触れる時計の時間は元の世界のものかもしれない、といった確信のない可能性だけだ。





「・・・やっぱり俺、失敗したかな。」

「英士?」

「とっとと病院に連れていくべきだったかも・・・。結局元に戻せなかった・・・。」

「そ、そんなことねえよ!コイツが普通の奴と違うのは明らかだし、
こんな状態見せたらそれこそ・・・選考会どころじゃなくなるだろ?!」

「それは・・・そうだけど・・・。」





どうしよう。今まで冷静で飄々としてた英士までもが落ち込み始めてしまった・・・!
それにつられて一馬まで・・・!なぐさめたい・・・なぐさめたいけど、原因は自分なのにどうなぐさめたらいいの?!
この二人、かっこいいけど、基本ネガティブそうだもんね。結人っていうムードメイカーを失ったら大変なことになりそう。

こんなとき、結人だったらどうするんだろうなあ。





「・・・っ・・・英士!電話貸して!」

「・・・は?だって何も繋がらないんでしょ?」

「だって他に方法が見つからないんだもん。無理だってわかってても、試し続けたら何か見つかるかもしれない。」

「・・・誰かと電話が繋がれば、元に戻ると思う?」

「わからない!でも何もやらないよりはいいよ。そうでしょ?!」

「・・・わかった。」














英士からコードレスフォンを受け取ると、私はすぐに覚えてる番号へと電話をかける。
携帯のアドレス帳に頼っていて、覚えているものなんて少なかったけれど。





「その体は結人のものだ。」





腕につけたままの時計は、相変わらず正確な時間を示さない。
どこかに繋がらないかと、何度も番号を押すけれど、戻ってくるのは沈黙。相手を探す音すら聞こえない。





「明日の選考会だって・・・たった1試合のレギュラー決めだけど、その1試合が次につながっていく。」





何でもいい。元の世界に戻るきっかけがあれば、何か変わるかもしれない。
一馬も英士も、これ以上悩む必要は無くなるし、何より結人のこれからに迷惑はかけられない。





「油断なんてしていられない。そういう世界に俺たちはいるんだ。」





ホイッスルが好き。英士も一馬も結人も大好き。この世界に来て、もっともっと大好きになった。
だから、私は帰らなくちゃならない。そしてこれからもずっと、彼らを応援し続けるんだ。





「・・・。」

「なに?」

「・・・わかったから。」

「何が・・・」

「もう、いいよ。」





電話をかけ続ける私の手に触れて、英士が複雑そうな表情で首を振った。
その表情がなんだかすごく悲しく見えて、胸に痛みが走る。





「だって、困るんでしょ・・・?英士も、一馬も、結人だって・・・」

「困るよ。すごい困る。」

「だったら何でもいいから続けなきゃ!私、こんな夢みたいなこと、すぐに終わるって思ってた。
英士にだって怒られたのに、深刻さとか、必死さが足りてなかったよね・・・!」

「そうだね。」

「私、本当に邪魔するつもりなんてなかったの・・・!
ハーレムだって・・・そりゃあ憧れたけど、でもそれよりもずっと・・・」

「・・・」

「この世界が、皆が好きで・・・会いたいって・・・それだけで・・・」

「わかったってば。」

「でもっ・・・」





その先は言葉にならなかった。
強い力に引き寄せられて、目の前が真っ暗になって、温かな何かに包まれたから。





「言っておくけど、」

「・・・。」

「そういう趣味はないから。」

「っ・・・〜〜〜〜!!」





何が起こったかわからなくて、数秒かたまって。
意識を取り戻して、思考を働かせるまでに、数秒を使って。
少しずつはっきりしてきた思考を整えるのに、数秒を使って。



私は今の状況を理解する。





「っ・・・あ、とあっ・・・なななあっ・・・?!」

「・・・落ち着かせようとしたのに、静かになったのは数秒だったね。」

「今にも気絶しそうなんだけど、そいつ。」

「なな、なにっ・・・ど、どうしっ・・・うええええ?!」

「面白いからもう少しこのままでいようか。」

「・・・俺的には、親友二人が意味もなく抱き合ってるのを見てるのは、ちょっと・・・。」





ちょちょちょ、ちょっとおおお!!
何これ夢?!夢なの?!英士に抱きしめられてるとか、ええええ?!

しかししかし、今の私は結人の姿!ああもう、どうして女の子の姿じゃなかったのかな!
いや、いいじゃないそんなこと!私は英士に抱きしめられている!それが事実!





「・・・英士っ!」

「抱きしめ返したら、このまま締め落とすよ?」

「怖い!!」





なんなの?!夢心地かと思ったら、すごい殺気を感じたんですけど!
期待させて落とすって手法はやめたほうがいいと思うの!ショック倍増だから!
・・・もしかしてそれを狙って・・・いやいやいや、英士がそんなわけ・・・いやいやいやいや!





「頑張るのは勝手だけど、見てて痛々しいんだよね。」

「っ・・・それって心配・・・」

「まあね。見た目、結人だから。」

「・・・。」

「・・・お前が必死なのは伝わった。俺らの邪魔をするつもりもないってことも。」

「・・・一馬・・・。」

「で、でも・・・私・・・」

「しつこいな。ちょっと落ち着けって言ってるでしょ。」





英士に軽く頭を叩かれ、それまで強張っていた体の力が抜けた。
そう、彼らはきつい言葉があろうが、からかいの言葉があろうが、結局は優しい人たちなんだ。





「わ・・・わかっ・・・」





ピリリリリッ





「っうわあ!!びっくりした!!」

「電話か。きっと1階で母さんが・・・」





ずっと電話をかけ続け、手にしていたコードレスフォンが電子音を鳴らす。
これは英士の家のものだから、当然郭家宛にかかってきたものだけれど。





ピリリリリッ





「・・・。」

「お母さん、出ないみたいだよ?英士が出る?」

「なんか・・・おかしくないか?」

「え?そりゃあ何かしてて電話に出られないことだって・・・」

「そうじゃなくて!電話のディスプレイもランプも光ってねえんだよ。音しか聞こえてない。」

「は?」

「ちょっと待って。」





英士は怪訝な表情を浮かべると、ドアを開けて部屋の外に出る。
そして周りの見渡すように視線を動かし、そのまま私たちへと振り返った。





「鳴ってない。」

「え?」

「鳴ってるのはその電話だけ。1階の電話は音がしてない。」

「え?な、何?故障ってこと・・・?」

「そうかも知れないけど・・・」





ピリリリリッ





電話は音を鳴らし続ける。
私はそれを手にしたまま、英士と一馬を交互に見た。





「出て。」

「ええ?!英士の家の電話なのに?!」

「このボタンを押すとスピーカー機能が使えるから・・・あとはほら、通話ボタンくらい押せるだろ?早く。」

「は・・・はあ・・・。」





英士の気迫に押され、緊張しつつ、言われるがままに通話ボタンを押す。






『もしもし?!もしもし!!』







スピーカーボタンを押したため、相手の声が皆に聞こえるくらいに大きい。
聞こえたのは女の子の声。それを聞いた瞬間、英士も一馬もため息をついて肩を落とした。





「・・・なんだ、違った・・・。」

か結人に何か関係があるか思ったけど・・・やっぱり電話の故障か。それなら俺が出るから貸し・・・」





けれど、私はその声に聞き覚えがあった。





『おーい?郭さんのお宅ですか?!やっと繋がったと思ったのに、何これ?故障?!勘弁してくれよ〜!』





いや、聞き覚えがあるってものじゃない。これは、





?」

「・・・これ・・・」

「え?」

「・・・これ、私の声・・・!!」





自分の声を電話で聞くだなんて機会はなかなかないし、似た声の人だっているだろうけれど、
さすがに自分の声を間違えたりはしない。





『・・・!そこに誰かいるのか?!いるなら返事してくれよ!!』

「貴方、誰?!」

『・・・なんか聞き覚えがある声だけど・・・あれ?これって英士の家の電話じゃねえの?!』

「!」

『まあ、誰でもいいや!今までどこにも電話通じなくて、やっと通じたんだよ〜!』





英士も一馬も何かを感じたのか、電話のすぐ傍に寄り添い、神妙な顔をして相手の次の言葉を待った。





『俺、若菜結人っていうんだ!アンタは?』






ディスプレイもランプもつかず、1階の親機の電子音も響かなかった不思議な電話。
それは私の声をした、結人からの電話だった。







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