私は願った。
こうなった原因なんて未だわからないけれど、とにかく祈る。



ホイッスル!が大好き。この世界に来られて、もう本当に、本っ当に幸せ。
だけど、この世界に生きる結人の生活を狂わせちゃいけないと思う。
だから、私を元の世界に帰してください。結人を元に戻してあげてください。





「・・・・・・おいっ・・・」





ほんの少しの短い間だったけど、すごく楽しかったよ。
・・・ああ、英士の濡れた髪、色っぽかったなあ。一馬もちょっとからかうだけでムキになっちゃって。





「・・・え・・・るか?・・・起き・・・」





・・・あれ?もしかしてもうちょっと居られたら、二人の寝起きも見れちゃうんじゃないの?










「結人、朝だぞ!起きろ!」

「・・・っ・・・」

「どっちだ?!」

ちゃんです・・・」

「やっぱり一晩経ったくらいじゃダメか・・・。」

「ううっ・・・ごめんなさい・・・」

「あ、い、いや、そんな落ち込まなくても・・・」





私、ちゃんと願おうって思ってたのに。結人に体を返さなきゃって思ってたのに。
わずかな思い出に、あっという間に惹きこまれてしまった。
夢心地の意識のままで、あの幸せだった時間を忘れて、無心で祈ることなんてできないと思うわけで。

つまり何が言いたいかって、妄想っていうのは、すごいパワーを持っているよね!ってことなんです。












my precious story















「いつまで寝てるの?俺らには時間がないし、そこに転がられてると邪魔なんだけど。」

「・・・。」





二人の寝起きが見たいわきゃっほう!なんて思ってしまったがために、
もしかしたら元の世界に帰るきっかけを掴み損ねてしまったかもしれない。
自己嫌悪に陥りそうになったけれど、そんな間もなく、しっかり起きてばっちり出かける準備まで終わっている二人に取り囲まれていた。

・・・ていうか、二人ともしっかりしすぎじゃない?もっと寝ぼけてなよ!寝癖とかつけて、訳のわからない寝言とか言ってたらいいじゃない!!





「・・・なんで私、床に寝てたんですかね?」

「ああ、昨日そこに転がったまま寝てたからほっておいた。」

「ほっておいたの?!ベッドとか布団に運んでくれるわけじゃなく?」

「なんで俺らが・・・」

「ああ、毛布はかけたよ。」

「英士っ!やっぱり根は優し・・・」

「"結人に"風邪ひかれたら困るし。」

「・・・。」





はっ、そんなオチだろうと思ったよ!
もう慣れたもんね。過度な期待をして突き落とされるなんてことないんだからね!





「そんなことより出かけるから準備して。」

「出かける?どこに?」

「この近くに練習できる場所があるから。」

「練習場所ってサッカーの?だよね?」

「サッカーしてたら思いだすんじゃないかと思って。そもそも俺らも元々自主練はしておくつもりだったから。」

「せっかくのお休みなのに?さっすがー・・・」

「だからとっとと準備しなよ。その頭の寝癖も、服も。脱がされたいの?」

「キャー!セクハラ!・・・でもそんな危険な誘惑に負けそうにな・・・いや、だめ!だめよっ!」

「・・・。」

「っ英士!英士!それ結人の体だからー!!
その手を下ろせ・・・って、これ昨日も同じことしてなかったか?!」





二人に部屋を出てもらい、鞄に入っていた服で着替えをすませると、リビングへ向かった。
そこには美味しそうな朝食が並び、英士のお母さんがにっこりと笑いながらそれを勧めてくれる。
お、お、お美しいっ・・・!玲さんといい、このお母さんといい、美人な方が多くて目の保養になるなあ。


















「あー美味しかった!さすが英士ママの手料理!」

「ホームシックにでもなった?それならとっとと帰りなよ。」

「それ口癖になってない?!私だって頑張ってるのにさ!」

「昨日は対策も考えず、真っ先に眠りこけてたくせに?」

「うっ・・・」

「しかもひどい顔で。」

「えええ!何?!どんな顔してたの?!」

「嫌だよ。思い出したくもない。」

「そんなに?!ちょっとどういうことなの?!」

「お、俺に聞くなよ・・・。そんな、あんなのどう表現しろって・・・

「いやああーーー!」





二人の寝起きどころか寝顔も見れず、逆に自分の顔を見られるとかどんな羞恥プレイ?
あ、でもいっか。大丈夫か。今、私は結人だもんね!可愛い美形だもんね!
美形は変顔だって、結局は美形だもんね!ふふ!・・・あー悲しくなってきた。





「まあ・・・うん、それは置いといて。夕飯もママの手料理?」

「夕飯は食べて帰るよ。極力アンタを人に近づかせないから。」

「え?何?お前は俺のもの宣言?」

「・・・。」

「嘘です。すいませんでした。」





いいじゃない。少しくらい夢見たっていいじゃない!
そんな、ゴミでも見るかのような冷たい視線を向けなくたっていいじゃない!





「・・・さっきから手料理にやけにこだわるな。何かあんの?」

「ううん。英士ママの手料理を味わいたかっただけ。うちは今、両親いないから自分で作ってるんだよね。」

「いない?」

「弟と二人暮らししてるんだ。両親とも海外出張中。」

「それ、何の設定?中学生の子供ほおって海外出張に行ったわけ?」

「だから設定じゃなくて、本当のことだってば。
ていうか、私、中学生じゃなくて高校生だからね?」

「は?」

「そう、そうなの!君らより年上だからね!もっと気遣って労わってくれていいんだからね!」

「年上だろうが同い年だろうが、興味ないからどうでもいい。」

「・・・年上の威厳とかないしな。」





なによなによ。今は結人の姿だから、同い年に見られるかもしれないけど、私はれっきとした女子高生なんだからね。
君ら男子中学生が憧れるであろう、年上のおねーさんなんだからね!
・・・と言おうとしたけど、なんだかむなしくなってきたのでやめました。





「そういえば、腕につけてるそれ、なに?」

「え?何言ってるの、英士からのプレゼントじゃないの!」

「誰があげたの?俺はいらないって言っただけなんだけど。」

「その捨てられた腕時計を私が拾った!これで万事解決!」

「あーもう!お前ら何回同じような言いあい繰り返してんだよ!ていうか、女言葉で大声出すな!」

「・・・英士のせいでかじゅまに怒られた・・・。」

「は?自業自得でしょ。」














連れてこられたのは、少し古びた空き地のような場所。
昨日の選抜練習のときのように、芝生で囲まれてるわけでもないけれど、
多少の広さと小さなサッカーゴールもある。
数面のフィールドがあり、奥にはすでに数組の先客がいるようだ。
二人は空いているフィールドの一画に荷物を置き、こちらを見た。





「容赦しないから。必死でついてきなよ。」

「思い出してくれよ、結人!」





私の存在を無視した、結人への言葉にちょっと泣きそうになりながら、
有無を言わさぬ威圧感に負け、私も彼らの方へと駆け寄った。





















「何回も練習しただろ?!そこはまっすぐ駆け抜けるって!!」

「それ以前にパスに追いつけてもないね。」





サッカーなんてできない。彼らが練習したというフォーメーションも知らない。
そんな私にできることは何もなく、ちょっとした練習にだってついていくことができなかった。





「・・・っはあ、はあ・・・」

「もうばててるの?数回往復して走っただけなのに?」





いくら結人の体とはいえ、体力もないみたいで。
二人はなんともないって顔なのに、一人で息があがってしまう。





「・・・だから、私はっ・・・結人じゃないんだってば・・・!」

「結人だよ。」

「・・・だから・・・」

「その体は結人のものだ。」

「!」

「明日の選考会だって・・・たった1試合のレギュラー決めだけど、その1試合が次につながっていく。」

「・・・っ・・・」

「油断なんてしていられない。少し手を抜けば一気に差をつけられることだってある。そういう世界に俺たちはいるんだ。」





私を見下ろす英士の目が、いつも以上に鋭かった。
今までのようにふざけて受け答えなんて出来ない。トーンの低い声。刺すような、責めるような視線。
いつまでも元に戻らない親友の姿に、焦りを感じているようにも見えた。





「・・・ごめん。」

「・・・。」





私はこの世界が本当に大好きで、憧れていて。迷惑なんてかけるつもりはなかった。
この世界に生きる彼らの邪魔をしようだなんて、思ったこともない。









「・・・ごめんなさい・・・。」









だけど、理由はどうあれ、私は結果的に彼らの道をふさいでしまっているのだと実感する。
元に戻れる方法だってわからない。私はただ謝ることしかできない。















「・・・英士・・・」

「・・・そんな目で見ないでよ一馬。俺が悪者みたいだろ。」

「べ、別にそんなつもりじゃ・・・」

「でも確かに、結人を責めてるみたいで気分は良くないね。」





俯く視線の先で、細い影が小さく動いた。
それに気づき上を見ると、すぐそこに英士の手が差し出されていた。





「・・・英士?」

「とっとと立って。そこに座られてても迷惑。」

「・・・う、うん・・・」

「それと、練習の邪魔だから端に寄ってて。」

「え?だって私・・・サッカーするんじゃ・・・」

「いいよ。邪魔。」

「じゃ、邪魔っ・・・」

「アンタは結人じゃないんでしょ。」





さっきまですごく怒っているように見えた表情。
今はもういつもの英士に戻っている気がした。





「・・・別に俺だって鬼じゃないよ。サッカーをすることで結人に戻らないのはわかった。」

「・・・うん・・・。」

「でも全力は尽くしてよ。」

「・・・え?」

「本気出して、全力尽くして、燃え尽きるんでしょ?」





「結人の・・・結人たちの夢を邪魔するつもりはないってこと!
もったいないけど選考会までには帰れるように全力を尽くします!」





「う、うん!も、燃え尽きるのは嫌だけど・・・」

「何か言った?」

「いいえ!」





振り向いて走っていく英士の表情が少しだけ柔らかく見えたのは、気のせいだろうか。
一馬も一度こちらを向いて、けれどすぐにフィールドに戻っていく。

私が抜けた後の二人は、先ほどとは比べ物にならないくらいにボールを自在に操ってた。
必死になって、汗だくになって、一生懸命にボールを追いかける。そんな二人の姿から目が離せなかった。





「お、お疲れ様です!」

「・・・何これ。」

「飲み物買ってきました!結人のお金だけど!」

「あーあ、結人に後で怒られるな。」

「まあ、俺らはいつも世話してるわけだし、これくらいは許されるんじゃない?」





英士と一馬が顔を見合わせて笑う。
そのまま、私の買ってきたスポーツドリンクを受け取った。





「・・・。」

「・・・そんな怯えなくても、何もしないよ。」

「う、うん・・・。」

「大人しいと調子狂うよ。結人も、・・・も。」

「!」





小さく笑みを浮かべた英士の表情は、今までと違って見えて。
人を馬鹿にするような嘲笑でも、呆れて諦めたような笑みでもない。

初めて見たその表情は、穏やかで、優しかった。





「・・・英士っ・・・」

「でも、調子に乗ったら実力行使するから。そのつもりで。」

「実力行使って何?!」





私の慌てた様子に、英士はまた笑って、一馬もつられるように吹き出した。
私も一緒に笑ったら、「笑ってられる立場?」って怒られたのはひどくないですか。



せっかく少しは心を許してもらえたのかと思ったのに。
持ち上げて突き落とすことが得意技なんじゃないだろうか、この人。



でも、そういうところだって、やっぱり大好きなんだけどね。








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