「・・・あれ?」

「何?」

「反応が・・・まったくないんだけど・・・。」

「ああ、誰もいないんだ?とりあえず電話は繋がるってことだね。」

「ううん。だから反応がないんだってば。」





英士の家のコードレス電話から、試しにかけてみたのは自分の携帯番号。
通話ボタンを押しても、反応がひとつもない。
電話番号が使われていないというアナウンスでもなく、知らない人が出るわけでもなく、
話中の電子音でも、呼び出し音がなるわけでもない。何の音もない、まったくの無反応。





「・・・使い方が違うんじゃないの?」

「さすがに電話の使い方はわかるよ!電話番号を押して、通話ボタン押すだけじゃん!」

「・・・信用できない。俺がやるから番号言って。」

「ほーら!英士がさっき捨てたメモにちゃんと書いたのにさー!」

「アンタごと捨ててやろうか?」

「すいませんっでしたーっ!!」













my precious story













私の携帯番号を口頭で伝え、英士がその番号を押す。
けれど、先ほどと同じくどこにも繋がらず、電話の先は無反応のままだった。
試しに他に番号を覚えている自宅にもかけてみたけれど、結果は同じ。
番号不明のアナウンスすらないというのは、やはりおかしい。





「時計といい、電話といい、いろんなものに拒否されてるんだね。」

「ちょっとねえ何それどういうこと?哀れんだ目で見ないでくれる?!」





英士の嘲笑が痛い。吐いたため息が重い。
別に拒否られてなんかないもん。世界が違うから何か不思議な力が働いてるとかそういうのだもん。多分!





「英士、風呂ありがと・・・って、何だこの重い空気。」

「かーじゅまー!癒しが!癒しが戻ってきた!!」

「うわ、くっつくな、気色わりぃ!!」

「ちょっ・・・女の子になんてこと・・・!」

「お前は今結人だろ?!」

「え・・・それじゃあ結人の体じゃなかったら、思う存分抱きついていいっていう・・・」

「違えよ!いいように解釈すんな!」





一馬の反論なんて、英士に比べたら可愛いものよ。
必死になりながら、私の言葉に反応してくれる一馬を笑顔で見つめていると、
英士がため息をつきながら、その場に立ち上がる。





「それじゃあ俺も風呂に・・・って、一馬。こいつどうする?
家族の目に触れたら困るから・・・そうだな。どこかに閉じ込めておく?」

「ちょっと・・・!私を何だと・・・!」

「へんた「わかったわかった。それ以上は言わなくていいです泣いちゃうから。」」

「だ、大丈夫だよ。別に何か害があるって訳じゃなさそうだし。」

「一馬っ・・・!」

「でも一馬、女って苦手じゃなかった?」

「こいつ女じゃないじゃん。」

「一馬あああ!!!」





私の怒声にびっくりして、あ、と何かを思い出したような表情を見せる。
ひどい・・・!英士はきっと確信犯だろうけど、一馬は絶対天然だ・・・!

















「・・・おい。何やってんだよ。」

「・・・すねてます。一馬がひどいから。」

「仕方ねえだろ?中身はともかく、外見は結人なんだから。」





部屋の端っこで体育すわりをしていじけていると、重い空気に耐えかねたのか、一馬から話しかけてくれた。
そりゃあ親友が部屋の隅っこで体育座りしてたら、声かけるのが人情ってもんだよね!
さすが一馬!英士とは違うね!





「暇そうにしてるなら、元に戻る方法考えろよ。」

「ひどい・・・!一馬も私を追い出したいのね!」

「そんなこと・・・あ、あるけどさ・・・。結人が心配だし。」

「この正直者め!・・・でも、そうだよなあ・・・。」





まだ数時間とはいえ、私は結人の人格を奪ってしまっているわけで。
しかもタイミング悪く、ユースの選考会なんてあるときに。
大きな夢を目指してる3人にとっては、迷惑以外の何者でもないよねー・・・。





「・・・さっき英士にも言ったけどね、元に戻れるように頑張るから!」

「お、おう。」

「そこでちょっと思ったんだけどね。私が願ってここに来られたってことはだよ?」

「何だ?」

「その願いを叶える。つまり今の状況だと、一馬や英士と仲良くなれれば、
願いが叶って元の世界に帰れたりするんじゃないかな?!というわけで仲良くしよう!かじゅま!」

「なんだその理屈っ・・・!」





一馬の胸に飛び込んでみたけれど、凄まじい勢いで避けられてしまった。
もう、そういう運動神経がいいところは試合で見せるべきであって、こんなところで見せ付けるものじゃないよ?
一馬はもっとぽやっとしてていいと思う。私が抱きつきやすいように。





「じゃあ普通に話そうよ。何か手がかりになるかもしれないし。」

「最初からそうしろよ。飛びついてくる必要がどこにあるんだよ。」

「必要あるよ!私の傷ついたハート的に!」

「知るかそんなん!」





一馬は私を警戒するように、先ほどよりも離れた位置に腰を下ろした。
なんだなんだ、そんなに怯えなくてもとって食いやしないよ。まったくもう。





「そうだ、私知りたかったんだけどさ。」

「何?」

「英士と結人と一馬の出会いについて聞きたい!ユンの話も!
それからジュニアユースの繋がりとかさー!」

「はあ?!それと今回のことと何の関係があるんだよ?」

「お互いを知ることが大事!何がきっかけになるかわからない!
何事もやってみないと始まらないのだよ、一馬くん。」

「・・・っ・・・」





まあつまりは単純な好奇心なわけですが。
もっともらしいことを言ってみたら、意外と通じたみたい。
一馬は言い合いとかになったら明らかに負けそうだよね。
口ごもって、だけど悔しくてこっちを睨んできたりするんだよ。うん、可愛い!



















漫画には載っていない部分をあれこれ想像するのは楽しいけれど、
こうして本人からそれらを聞けるなんて、想像もしていなかった。
こちらが質問すると、一馬はなんだかんだで答えてくれたから、ここぞとばかりに質問を続ける。





「・・・本当に何も知らないんだな、お前。」

「え?」

「俺らのことを知ってたのも、結人の記憶があるからかってちょっと思ってたけど・・・」

「そりゃあ、結人とは別人だもん。」

「・・・じゃあ、結人は今どこにいるんだ?お前に押さえつけられてるとか?」

「そんなひどいことしませんー!・・・でも確かに・・・ってちょっと待って!!」

「な、なんだよ?!」

「私がここにいて、結人がここにいないということは、あちらも同じ状況ということじゃないのかしら・・・?」

「はあ?」

「私の体の中に結人が入ってるんじゃないの?!」

「そんな、まさか・・・」

「現に私は結人の体に入ってて、結人はいないじゃんー!」





どうして私、気づかなかったんだろう・・・!
そうだよ、そういう可能性だって十分あるじゃない!
ただ入れ替わるなら、百歩譲ってまだいいよ。私も結人に入ってるんだし、お互い様ってものよ。
でも、でもさ・・・





「そりゃあ、お前が結人じゃないことはわかるけど・・・そんな、入れ替わりとか・・・」

「どうしようどうしよう!あっちもお風呂入ってるよね?!トイレとか・・・ギャー!!
本気で嫌!本気でお嫁にいけないー!!」

「声がでかい!英士の家族に聞かれたら、結人がおかしいって思われるだろ?!
大体それくらいで大げさな・・・」

「それくらい?!一馬は乙女の裸をどう思ってるわけ?!」

「っは、裸って・・・どうって、な、ななな、なに言ってんだよ!!」

「・・・部屋の外まで響いてるんだけど。」

「英士!」





騒いでいたら、ドアを開ける音に気づかなかったようで、いつの間にか英士が部屋の中にいた。
なんかあれだね。お風呂上りって一馬も英士も妙にえろいよね。

・・・って、今はそれどころじゃなーい!!





「結人がうるさいのはいつものことだけど、もうちょっと話す内容考えてくれる?
一馬もこんな奴のペースに巻き込まれるなよ。」

「わ、悪い・・・」

「だって英士!私、結人と違ってスポーツしてるわけでもなんでもないし!
最近食べすぎちゃってたし、太った?って友達にも弟にも言われたばっかりで・・・!」

「くだらない。アンタの外見なんてどうでもいいよ。」

「見られたくないー!しかもよりによって結人とか!
食いしん坊キャラっぽいのに、意外と体は引き締まっていた結人とか!」

「そんなに気にしなくても、結人は意外と大人だから大丈夫。」

「どういう意味?」

「アンタの体を見ても「・・・ああ・・・」って気持ちになるだけで、何も言わないよ。優しいから。」

「私の何を知ってるの?!しかも本当にそうなりそうなところが嫌あああ!!」





うるさいと頭を押さえつけられ、私はそのままふらふらと英士のベッドに倒れこんだ。
英士のベッド?!これは思う存分寝とかなきゃ・・・!
と思ったのも束の間、勢いよく倒れこんだせいで、そのまま床へと転がり落ちた。





「・・・うう、痛い。恥ずかしい。痛い。」

「やかましいから、もうこのまま転がしておこう。一馬も変に反応返さなくていいからね。ほっておこう。」

「あ、ああ・・・。」

「ひどい・・・!」





そして、本当に私はほっておかれ、英士と一馬は何か難しいことを話してる。
・・・ああ、サッカーの話だ。ビデオテープを取り出して話す内容は、私の知らない単語ばかり。
いつもなら、ここに結人も参加していたんだろうな。



私がこの世界に来ることが出来た理由は、わからない。
思い当たることはやっぱり、自分で願ったからって理由だけ。
私に触れると時が戻る時計、どこにも繋がることのない電話。

邪険にされているけど、やっぱり楽しいし、もっとこの場所にいたいって気持ちもある。
けれど、彼らの夢を邪魔したくないって気持ちも勿論あって、三人の活躍を願いたいって思う。

今ここにいる理由が、私の願いが形になったのだとするのなら、帰りたいと強く願えば元に戻ることもできるのだろうか。





視界がぼやけ、自然と瞼が降りてくる。
英士と一馬の声を聞きながら、私はそのまま目を閉じた。





ずっとずっと夢に見てた、大好きな世界。
次に目が覚めたとき、私はどこにいるだろうか。












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