「はい。」

「え・・・?!まさか私に・・・?!」

「そう。はやく受け取ってよ。」

「英士が私にプレゼント・・・!Yes!!」

「・・・いいから早くつけろよ。」





英士の家に到着し、彼の部屋に入り、興ふ・・・楽しく騒いでいるところに差し出されたもの。
少し古びた腕時計を、英士と一馬に促されるままに腕にはめる。





「ありがとう!いきなりプレゼントだなんて積極的〜!」

「やっぱり一気に狂うな・・・。」

「え?それって時間の話?この人の頭の話?」

「どういう意味ですか英士くん。」





結人の時計だけだと信頼性がないからと、渡されたのは英士の昔使っていたという時計。
先ほどと同じように私がそれを手にすると、時計は一瞬で時間を変えた。





「ちぇー。いいじゃん少しくらい夢見たって。はい、返す。」

「いいよ、いらない。」

「え?」

「呪われてそうで怖いから。」

「ふふ、私の呪いはねちっこいぞー!・・・ってちがーう!!」





英士の容赦ない一言にも大分慣れてきた私。
しかし慣れてくればくるほどにハードルはあがっていく。
ねえ、女の子を言葉責めするのが好きだなんて、どんなドS?













my precious story













「・・・で?アンタはどうしたら出て行くわけ?」

「え?」

「とにかくアンタが時計を狂わすっていうのはわかった。
でも、それだけじゃどうしようもないから、対策を考える。」

「でも私も何でいきなりこの世界に来れたのかもわからないし・・・」

「いいから絞り出せ。」

「こ、この世界に来たいって思ってたのは確かだよ?
だから神様が望みを叶えてくれたのかもしれないね!ふふ!」

「ははっ、俺はその望みをすべてぶち壊してやりたい。」





英士が笑った。この世界に来て数回目の笑み。
しかしそのどれもが意味ありげな嘲笑なのはどうしてでしょうか。





「・・・なあ。」

「なーに?かじゅま?」

「かじゅま言うな。何でアンタは結人になりたいって思ったんだ?
アンタが別世界の人間って言うのはちょっと信じられないけど、何か強く思ったからこうなったってことが言いたいんだろ?」

「根本の理由から聞く気?・・・でも仕方ないか。このままじゃ何も進まないしね。」

「・・・強く思ったこと?」





『あーいいなー!結人いいなー!』

『代わりたい!一日でもいいから代わりたい!』

『そして彼らに囲まれて、ハーレムを作りたい!』






・・・ああ、どうしよう。
一馬も英士もすごく真剣に聞いてくれそうなのに。
何か重大な理由があるんだろ的な、シリアスモード突入しそうなのに。
結人になりたいと思った理由が、ハーレム目的だなんて、一体誰が言えるだろうか。





「・・・あ、あの、私、この世界の皆のことが大好きで、ね?」

「ああ。」

「ほら、結人って顔が広くていろんな人と話すじゃない?だから私も仲良くなってみたいなあって・・・」

「「・・・。」」





あれ?ダメだった?
ちょっとにごして遠まわしな言い方してみたけどダメだった?
ハーレムって単語出してない辺り、私すごく自重したと思うんだけど・・・!!





「・・・どうしようか、一馬。」

「英士?」

「こいつの望みが俺たちと仲良くなりたい、ってことだったら叶えられそうにない。」

「え・・・」

「すでに殴り飛ばしたい衝動に駆られてる。」

「殴・・・っ、ちょ、ちょっと待って!私本当に悪気があったわけじゃ・・・」

「衝撃で元に戻ったりしないかな?」

「落ち着け英士!それ結人!結人の体だから!!」

「いーーーやーーー!!!」





英士は意外と手が早かった。想像してたのとは違う意味で。
で、一馬は意外と冷静だよね。漫画だと一人慌てて空回ってるイメージがあったけど。そこが可愛いんだけど。
一馬がいてくれてよかった。彼がいなかったら私は一体どうなっていたことか。
主に精神的な意味で、英士のオーラに消し飛ばされていたかもしれない。





「ちょ、ちょっと待てお前ら・・・!
えっと、その、そうだ。時間も時間だし、夕飯か風呂にでもしようぜ?まずは一旦落ち着いてから考えよう!」

「・・・そういえば練習からそのままだもんね。こいつのせいで。
まあ、このままでいるのも嫌だし。一馬、先に・・・」

「・・・。」

「何いきなり大人しくなってるの?」

「・・・お、お、おふろ・・・?」

「「あ。」」


























「・・・うっ・・・ううっ・・・」

「うざったい。アンタのことだから、喜んで入ってくるかと思ったけど。」

「なにそれ!私にどんなイメージ持ってるの?!」

「変態。」

「・・・そうですよねー。英士はそう言うと思ったー。ふふ、あははっ!」





正直なところ、私も半信半疑なところはあった。
今おかれてるこの状況は夢なんじゃないかって。
しかし、これは現実だ。だって私、こんなリアルに男の子の裸なんて見たことないもの・・・!
そりゃあ着替えくらいはできるさ。弟もいるし、クラスの男子のパンツだって見たことあるしさ!

でも、お風呂とトイレはさあ・・・!私みたいな夢見る乙女にはハードル高いでしょ?!





「お嫁に行けないっ・・・」

「大丈夫。元々貰い手いないよ。」

「さらっとひどいこと言うね君。」

「事実でしょ。」

「あははは!泣きそう!」





英士ってもっと女の子に優しいのかと思ってたのに・・・まったく微塵も優しくするつもりないよね!
こんなときくらい、少しは気を遣ってくれてもいいのに・・・!





「ところで一馬は?」

「とっくに風呂に行った。」

「傷ついた私をほおって?!」

「少し黙れば?殴りたくなる。」





もう、なんだろう。なんだろうねこの状況!
愛しのホイッスル!で、愛しの英士と、彼の部屋で二人っきりっていう夢のようなラブシチュエーションだと言うのに。
ラブさが微塵も感じられないこの雰囲気は何?むしろ殺伐としていません?

しかし、今の彼にそんな状況を求めたら、本気で殴り飛ばされそうなので、とりあえず大人しくしておくことにする。
大人しく静かに英士の部屋を物色しとくよ。

静かにしているフリをして部屋を見渡すと、ところどころに3人の写真が貼ってあることに気づく。
3人とは勿論一馬と結人と写っているもの。
物が少なくて殺風景な部屋なのに、そういう写真は貼ってあるなんて、本当に仲がいいんだなあ。





「・・・何?」

「写真。楽しそうでいいなと思って。」

「・・・言っておくけど、結人が勝手に貼り付けていったんだからね?俺の趣味で貼ってるわけじゃないから。」

「へへ、そうなんだー。」

「何笑ってるの。馬鹿にしてるの?」

「してないよ!もー!すぐすごむの止めてよー!!」

「そういう行動を取る方が悪いんでしょ。」





興味ないって顔をしながら、英士はまた雑誌へと視線を戻した。
そんな英士の様子を見て、私もまた彼の部屋を見渡した。





「・・・あのね、英士。私、本当に皆の邪魔がしたかったわけじゃないの。」

「・・・なにが。」

「この世界に・・・私は元気付けられたし、助けられてた。
世界が違うのに、一緒にいる想像しちゃうくらいに大好きなの。」

「・・・。」

「結人になりたいって思ったのも、そんな思いから。そりゃあ動機は不純だけどさ。
ハーレム以前に、一度皆と会ってみたかったんだ。同じ目線で、同じ世界を見てみたかった。」

「・・・言ってる意味がわからないんだけど?」

「結人の・・・結人たちの夢を邪魔するつもりはないってこと!
もったいないけど一刻もはやく帰れるように全力を尽くします!」





英士の視線はもう雑誌から外れ、表情を変えぬまま、じっと私を見ていた。

漫画の世界だから、好き勝手をしていいだなんて思わない。
私の世界があるように、彼らの世界もある。
漫画に載っているのは一部分で、今みたいに私の知らないたくさんのお話が、世界があるんだ。





「・・・あのさ。」

「ん?」

「ハーレムって何?」

「っとああああ!!そうだそうだ、私、英士に聞きたいことがあったの!」





せっかくシリアスな感じになったのに!真面目に話したのに!
英士もわかってくれて、少しは優しくなってくれるかと思ったのにー!!
なんで私、ハーレムとか言っちゃったかな!ごまかせるかな、これ!





「えーっと、えーっと!携帯番号教えて?」

「携帯?持ってないよ。必要ないし。」

「嘘?!」

「持ってる奴の方が少ないよ。持っててもPHSとか。」

「あ、そっか。そうなんだっけ・・・。」





そういえば、ホイッスルの発売時は中学生で携帯を持つ子は少なかったんだっけ?





「そもそも教える必要だってないでしょ。」

「あるよ!私がもしも一人になったり、助けが必要になったときはどうするの?!」

「どうでもいい。」

「ひどい!」

「ああ、でもそういう状況になった方が、結人も戻ってくるかな。
非常事態で記憶が戻れば、結人は俺の連絡先知ってるし問題ない。」

「あーもー、わかったよ。じゃあせめて私の携帯番号をどうぞ。」

「いらない。」

「ギャー!一瞬で捨てないで!せめてチラッと見るくらいはして!!」





私の携帯番号が書かれたメモ用紙は、渡した瞬間にゴミ箱に吸い込まれていった。
ハーレム発言はごまかせたみたいだけど、私の心には傷が残りました。ちくしょう、英士め。
そりゃ教えたところで繋がらないとは思うけど、少しくらい気にしてくれたっていいのにさー。





「・・・ちょっと待って。」

「え?」

「連絡先、わかるの?」

「わかるって?」

「自分の家でも何でもいいよ。頼れる人がいるなら、連絡してこの状況をなんとかしてもらって。」





そう言った後の英士の行動ははやく、すぐにコードレスの電話を持ってきて私に差し出した。
繋がらないと思いつつ、もしかしたらという気持ちも持ったまま、ますは元の世界に繋がるかの確認のため、自分の携帯番号を打った。





「・・・これで繋がって、私が元の世界に戻ったら・・・英士、少しは寂しがってくれる?」

「は?バカじゃないの?せいせいするよ。」

「・・・ですよねー。」





ほんの数時間で親睦を深めるとか無理なことはわかってた。
でも、そこまで言わなくてもいいじゃない・・・!英士の鬼畜!S!でもそこが好き!





「でも、そうだな。今までの話、ひとつ信じるくらいはしてあげてもいいよ。」

「・・・え?」

「俺たちの邪魔をしたいってわけじゃないんだよね。」

「・・・っ・・・」





別に甘い言葉を囁かれたわけでも、何かを褒められたわけでもないのに。
すごく優しい言葉に聞こえてしまう。すごく優しい顔に見えてしまう。
ひどい扱いばっかりしてたくせに、英士ってばずるい。



そして私は、携帯番号を押し終え、最後に通話ボタンを押す。










「だから、とっとと帰ってね?」










その瞬間、また突き落とされた・・・!



やっぱりずるいこの人!








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