「じゃあ、とりあえず帰ろうか。」

「そうだな。いつまでもここにいても仕方ないし。」

「ちょ、ちょっと待って?私、結人の家知らないんだけど、どこに帰ればいいの?」





経緯はどうあれ、早々に二人に真実を話しておいてよかったかもしれない。
いくら私の外見が結人になったとはいえ、ホイッスル!の世界について知っていることは
あくまで漫画に載っていることだけ。そこに載っていない情報はわからないわけで、
それはつまり、今の私が帰る家さえわからないのだ。





「住所教えて〜!じゃないと帰れないよ。結人の家の人も心配するだろうし。」

「心配いらないよ。」

「え?」

「俺の家に泊まってもらうから。」

「・・・・・・・うえええ?!!!」





ちょっと待って!ちょっと待って!
いきなりお泊り?!展開速すぎない?!私たちまだ出会ったばかりよ?!












my precious story












「え、英士が手が早いというのは、イメージではなく本当のことだったのね・・・!」

「は?」

「それは美味しい・・・!美味しいけどね、英士!物事には順序というものがね?」

「何寝ぼけたこと言ってるの?頭かちわるよ?」

「怖い!物騒な発言はやめてください!」

「俺と結人はもともと今日、明日と英士の家に泊まる話になってるんだよ。」

「あれ?学校とかないの?」

「今日から3連休。明後日まで休み。」

「へー・・・って、え、ちょ、一馬も一緒にお泊りなの?!」





あーもー参ったなあ。
この世界でいきなりお泊りで、しかも英士と一馬と一緒だなんて、なんてこと!
若い男女が一緒にお泊りだなんて破廉恥だわあ。すごい困った!本当に困った!





「そこの気持ち悪い人。来ないなら捨てていくよ?」

「ええ!ちょっと待ってよダーリン!」

「捨てていこう、一馬。」

「こいつが結人じゃなかったらなあ・・・。」





なんだかさあ、英士の冷たい目よりも、一馬の哀れみの目の方が突き刺さるってどういうこと?
かじゅまのくせに生意気な!君はあたふたして、照れながら、
「俺たちの大事な人(結人)を置いてなんかいけねえだろ?!」とか言ってほしかった。
そしたら英士に蔑まれたことなんて吹き飛んだのに。かじゅまめ!かじゅまめ!















英士と一馬の後ろ姿をほくほくと眺めながら、周りの景色が暗くなりかけていることに気づく。
そういえば私がここに来てからどれくらいの時間が経ったのだろう。
というか私はこれからどうなるのかな。とか今更なことを考え出した。
だ、だってこの世界楽しすぎるんだもの!不安になるよりも、ときめきの方が大きいんだもの!

なんて能天気なことを考えながら、先ほど結人の鞄に腕時計が入っていたことを思い出して、それを取り出す。





「あれ?」

「・・・今度はなに?」

「今って何時?」

「手にしてるそれは何?見ればいいでしょ。」

「壊れてるみたい。15時って指してるんだけど。」

「結人の時計、壊さないでくれる?どう責任とってくれるの?」

「ち、ちがっ・・・!もともとこうだったんだもん!」

「電池が切れてるとかじゃねえの?」





私の手から時計を取り、おかしなところがないかとまじまじと見つめる。
え?なんか一馬が優しい・・・!もしかしてこれからロマンスはじまる?





「って、時間あってるじゃねえかよ!18時!」

「時計も読めないなんて重症だね。」

「ええ?!だってさっきは確かに15時って・・・」

「ほら、よく見てみろよ!」

「・・・本当だ。」





一馬が見せてくれた時計は確かに18時を指している。
私の見間違い?まあ今日はね。麗しくて眩しい人たちたくさん見ちゃったからね!
もしかしたら目を酷使しすぎて、間違えちゃったかもしれない。





「うへへ、ありがとう。一馬。」

「俺は別に・・・お前がうるさいから面倒だっただけで・・・」

「ツンデレありがとう!」

「なんの挨拶?!知らねえけどなんか嫌な響きを感じるんだけど・・・!」

「そんなことないよ。私の世界では皆に愛される称号なんだから!」

「そ、そうなのか・・・?」

「まともに相手にするだけ無駄だよ一馬。」





一馬は素直でいい子だなあ。頭を撫でくりまわしてやりたい。
それに対して英士は警戒心が強いなあ。意地でも攻略してやりたい。





「・・・あれー?!」

「なんだよさっきから、大声ばっかり出しやがって!」

「あまりうるさいとそこの川に沈めていくよ?」

川・・・?!って、違う。やっぱり時計、壊れてるよー!15時になってるもん!」

「だから何を寝ぼけて・・・あれ?」

「本当だ・・・。じゃあ今壊れたのか?
でもさっきまで18時だったのに、15時に戻ってから壊れることなんてあんのか?」





一馬がまた結人の時計を手に取る。そしてもう一度時計を見る。





「・・・18時過ぎなんだけど。」

「ええ?!」

「もう完璧壊れてるんじゃないの?その時計。」

「か、貸して!」





一馬から時計を受け取って、今度は私がしっかりと時計を見ると、





「・・・と、時計の針が戻っていく・・・!」

「は?」

「うわ、本当だ!なんだよこれ・・・!」

「15時過ぎに戻っちゃった・・・!」

「・・・だから壊れてるんじゃないの?」

「でも、こんな壊れ方初めて見たけど・・・」

「こわああああい!!」

「ああもう、うるさいな。」





英士が呆れた顔で私から時計を奪い取る。
すると、また時計の針がものすごいスピードで動き出す。





「ギャー!18時になったあああ!!」

「な、なんだこれ・・・!」

「・・・もう一度持って。」

「えええ、こ、怖いんですけど・・・!」

「いいから持て。」





無表情で差し出された時計を恐る恐る手にすると、
やっぱり時計の針が動き出し、ほんの一瞬で再度15時過ぎを指す。





「一馬、結人が倒れたのは確か・・・12時くらいだったよね?」

「あ、ああ・・・。」

「俺が合図したら、秒数を計って。」

「え?」

「いいから。」





驚く私と一馬とは対照的に、英士は冷静に話を進める。
どうしたんだろう。英士は何をしようとしてるんだろうか。





「それからそこの。」

「そこの?!」

「その時計でも秒数を計って。俺が合図するから。」

「えー、怖いんですけどこの時計・・・」

「わかった??」

「Yes!」





な、なにこの人・・・!さっきまであんなに怖かったのに、今度は笑顔を見せやがりました・・・!
そんな笑顔を見せられたら従わざるを得ないじゃないの!なんて恐ろしい子!





「それじゃいくよ。・・・スタート。」

「Yes!」

「うるさい。」





道端で三人の男(一人の心は女の子ですが!)が、時計を見つめじっと立ちすくんでいる。
そんな奇妙な光景に疑問を感じつつ、しかし英士の言うとおりに私は秒数を数えた。





「ストップ。今、何秒?」

「俺のは60秒。」

「俺のも。アンタは?」

「30秒。やっぱり壊れてるんだね!」





ああ、壊れてるかどうかの確認だったんだ。
電池切れとかだと時計の進みが遅くなることもあるわけだし。





「まあ、そう考えるのが普通だろうね。」

「ね!」

「だけど、おかしいのは、俺らがそれを持つと正しい時間に戻るってこと。」

「・・・どういうことだ?」





そうだった。時計が遅いってだけなら、持つ人によって時間が一気に変わる説明がつかない。
そんな壊れ方聞いたことないもんね。





「そこのが人間じゃないんじゃない?」

「そこのって何?!ていうか、ちゃんとした人間ですけどー!!」

「まあそこはどうでもいいけど。」

「どうでもいいの?!じゃあ何でわざわざ口に出したの?!」

「とにかく今の結人が俺たちの知ってる結人じゃないのは確かで。
変わりに自分勝手でうるさくて大迷惑な変態が入ってて。」

「うん、そうだな!」

「そうだな!じゃないよ一馬。真剣な顔で思いっきり肯定しないでください傷つくから。」





さっきからの英士の毒舌は怖いしダメージを受けてたけど、
言葉少なな一馬の一言の方がショックが大きいって何だろうね。なんだかものすごく切ない。





「ともかく、何かがおかしいのは事実だ。」

「・・・そうだな。」

「結人が乗っ取られたことと、その時間のズレに何か意味があるのかもね。」

「・・・意味?」

「仮定だよ。俺もなんてバカバカしいこと言ってるのかなって思うけど。
解決の糸口くらいにはなるかもしれないって話。」





私がここに来てから半分の時間しか進んでいない時計。
この不可解な時計の壊れ方は、確かにおかしい。

時間・・・時間・・・。私がこの世界に来る直前は何時だったっけ・・・?
しっかりと時計を見ていたわけじゃないから、確実なわけじゃないけれど・・・





「私があっちで見た最後の時間は・・・お昼くらいだった気がするから、やっぱり12時?」

「12時・・・結人がおかしくなった時間と一緒か。」

「この時計は今15時。3時間経ってて、だけど本当は18時なんだよね。」

「丁度倍の時間だね。」

「なんだろう。時間のズレかあ・・・。」

「何かの仕掛けっていう可能性もあるけどね。マジックとか。」





英士が言うようなマジックの技術なんて、当然私は持っていない。
でも、この時計の壊れ方はおかしくて・・・。時間のズレが何か鍵になるんだろうか?





「あー!わからないー!」

「諦めが早い。もっと何か思い出してよ。」

「だって私、ここに来る前に考えてたことは、結人になりたいってことくらいで・・・」

「なんてはた迷惑な・・・」

「なんでわざわざ結人なんだよ・・・」





あれ。一生懸命考えてるのになにこのどんよりとした空気。
仕方ないじゃない!好きな人になりたいとか、好きな人と仲のいい人になりたいって思うのは普通でしょ?
・・・え?普通よね?





「今すぐにでも出て行ってほしいのに、ふざけた考えばっかり聞かされて疲れた。投げ捨てて帰る。

「英士!結人の体ってことを忘れるなよ?」

「そ、そうだよ!親友のこと見捨てるの?!」

「少しくらいいいんじゃない?結人丈夫だし。」

「ギャー!!いやああ!!」

「英士ー!ストップストップ!!戻ってこい!!」





英士が相変わらずひどい・・・!
そりゃ私が願ったからこうなったのかもしれないけど、別に3人を邪魔しようとしてたわけじゃないのに・・・!
ただ、ホイッスル!が大好きなだけなのに・・・!





「かずま・・・!」

「な、なに・・・」

「デレをください・・・」

「デレって何だよ?!」

「君の胸を貸して泣かせてって意味。」

「デレの二文字が?!」





どさくさにまぎれて一馬の胸を借りて泣こうとしたら、結局投げ飛ばされました。

ちょっと一馬!いくら女の子に免疫がなくても、投げ飛ばしちゃだめでしょ!
しかし、あたふたする一馬可愛いな!

再度飛びつこうとしたら、英士が手刀でも浴びせるかのように手を動かしたので
思いとどまりました。



くっ・・・やっぱり先に攻略するべきは英士なのか・・・!








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