「結人?」





目の前の二人に抱きつきたい衝動に駆られつつ、
なんとかそれを押さえ込んで、私は考える。





「・・・やっぱり係の人に見てもらった方がいいかな。」

「あ、じゃあ俺呼んで・・・」

「待って!」





ホイッスル!の若菜結人。もちろん私は彼も大好き。
プロフィールだって、ポジションだってバッチリ言える。





「・・・どうしたの?」





だけど、彼を演じるとなると話は別だ。
そもそも彼について知ることのできる確実な情報は、基本的なプロフィールのみ。
結人をよく知り、イチャイチャという擬音まで醸し出すこの二人の前では特に難しいだろう。





「驚かないで聞いてね?」





私は真実を話すことを選択した。












my precious story













「はっ。」





私、英士のことわかってるんじゃない?わかりすぎてるんじゃない?
どうしよう、あまりに予想通りで声が出ません。





「結人、俺たちを驚かせて楽しみたいの?今がそんな時じゃないってわかってるよね?」





でも、ちょっと予想外なことがある。
英士が鼻で笑って一蹴するなら、それはそれでいいと思っていたけれども。
オーラは想像以上に黒かった。魔王降臨。怖い。怖いよ英士!





「そうだぞ結人。笑えねえ冗談言うなよ。」





同じく怒られているというのに、何この一馬の可愛さ。お持ち帰りしたい。
英士のオーラに比べたら、子供に「めっ!」とか言ってる可愛さを思い浮かべるよ。
あ、それいい。一馬に言ってほしい。言わないだろうけど、そこを無理やり言わせるのもいいよね!

って、だからなんで私は思考がそっちに行くの?!戻して戻して。





「本当だよ!私は結人じゃない。って言うの!」

「・・・結人、お前本当に頭でも打ったのか?」

「だから、打ってないってばー!私は・・・あれ?えーっと、部屋でホイッスル!を読んでて・・・」





『あーいいなー!結人いいなー!』

『代わりたい!一日でもいいから代わりたい!』

『そして彼らに囲まれて、ハーレムを作りたい!』





「・・・。」

「ホイッスルを読んでて・・・?ホイッスルって笛?それを読むって何言ってんだ?」

「え、えーと、とにかく!いつの間にかここにいたの!しかも結人の姿になって!」

「じゃあその別人が何で俺たちや結人のことを知ってるの?さっき、鳴海のことも知ってたよね?」

「そ、それは・・・」





どうしよう。私の世界では彼らが漫画になってる、だなんて言っても信じてもらえないだろう。
自分が漫画の世界にいるだなんて、私が言われたって信じられないもん。





「そんな冗談が言えるくらいなら大丈夫だね。俺たちはもう戻る。行くよ、一馬。」

「あ、お、おう。」





・・・あーあ。英士を怒らせてしまった。一馬も呆れただろうなあ。
やっぱり結人の演技をする方が正解だったのかな。
でも私、サッカーできないし・・・今ここがどこかってこともわからないし・・・。

・・・いや、待てよ?
結人になってるってことはもしかして、サッカーの技術も受け継いでたり?





「ま、待って!」





完璧には無理だろうけど、結人の性格を真似るくらいならできるかもしれない。サッカーの技術も・・・
だって私は結人になりたいって願って、それが叶ったのだとしたら、ありえないことじゃないでしょ?





「やっぱり私・・・俺も連れてって!」

「ようやく観念した?」

「うん!ふざけてごめんな!」

「心配かけやがって・・・バカ結人!」

「うんうん!ごめんなかじゅ・・・一馬!」





これが夢なのか、そうじゃないのか、はっきりしていないけれど。
念願のホイッスル!の世界。とりあえずは楽しんでおくべきでしょう!





今から私、若菜結人になります!












「あら、もう大丈夫なの?」

「ハイ!ご心配おかけしました!」

「一応係の人にも見てもらって、問題はないみたいでした。」

「それはよかった。」

「・・・。」

「私の顔に何かついてる?」

「いえ!いいえ!」

「そう?もうすぐ休憩時間も終わるから、準備しておいてね。」

「ハイ!」





麗しい・・・!何度見てもお美しいです玲監督・・・!
もうあれだね。何時間でも見ていたくなる。
あの笑顔で命令されたら何にでも従いたくなっちゃうね!





「あ、若菜!大丈夫かあ?」

「鳴海が吹っ飛ばしたんだって?バカ力ー!」

「あんなんで吹っ飛ぶアイツが悪いんだろー?」

「無理はするなよ若菜。」





ちょ、ちょっとこれ、これは・・・!
い・・・いっ・・・





「結人?どうし・・・」

「イケメンパラダイス!!」





・・・しまったあ!!つい口から本音が!!
だ、だってだって、漫画の彼らよりも実物の方がかっこいいんだもの!!
これが興奮せずにいられようか!いや、いられまい!!





「なんか言ったか若菜?」

「早口すぎて聞こえなかったー。」

「い、いや、なんも言ってねえよ!全然!」





助かった。まだちょっと距離があったもんね。
いきなりボロを出すところだったわ。あなどりがたし、ホイッスル!





「・・・。」

「・・・イケ・・・?パラ・・・?」

「よし、英士、一馬!練習再開しようぜ〜!」





さすがに隣にいた二人には聞こえてしまっていたようだけど、勢いでなんとかしてしまおう。
結人にはそんな力もあるはずだわ。そんな感じするもん!たぶん!
















フィールドってこんなに広いんだ。見たことはあるけど、いざ自分がそこに立ってみると余計にそう感じる。
立っているだけなのに、なんだかドキドキする。





「若菜、いったぞ!!」





なんて緊張しているうちにボールがまわってきてしまった。
よし、今の私ならきっといけるはず!なぜなら私は今、若菜結人だから!
自分ではサッカーなんて体育の授業くらいでしかしたことがなかったけど、
漫画を読んで興味はもちろんあったんだから。ちょっとワクワクする。





「おう、任せろ!・・・っとと!」





受け取ろうとしたボールは、自分の足をすり抜けて、あらぬ方向へ転がっていった。





「何やってんだバカー!」





漫画だとあれくらい、簡単にトラップして、ドリブルしてゴール前まで持っていって。





「おい若菜!ふざけてんのかよ!」





英士と、一馬と、息のあったコンビネーションで、ガッツポーズなんかしちゃったり・・・





「結人?!どうしたんだよお前!」





なのに、ボールがひとつも取れない。触れない。
息ばかりあがって、ボールを追いかける体力も・・・ない?














「若菜くん。今日はもういいわ。下がりなさい。」





ちょっと待って・・・?
私は結人になったんじゃなかったの?
漫画みたいに華麗に相手を抜き去って、かっこよくパスを決めて、
皆でハイタッチとかするものじゃないの?!





「で、でもっ・・・」

「貴方が本調子じゃないのは見ればわかるわ。」

「・・・。」

「調子が悪いのなら自分から言い出すことも大切よ?
我慢をしてチームメイトに迷惑をかけられるほうがよっぽど皆を困らせる。」

「・・・は、はい・・・。」





今度はさすがに怒られても喜べなかった。
やっぱりサッカーって難しいんだ。皆だって努力してたもんなあ・・・。















「わーかな!」

「わわっ!!」





練習が終わると、後ろから重みを感じ、肩を組まれた。
ふ、ふ、藤代くんだー!!近い!顔が近い!緊張するけど幸せ!
近くには桜庭くんと上原くんもいるし!ああ、その奥には渋沢キャプが!!





「お前今日はどうしたんだよー。鳴海に吹っ飛ばされて自信無くなった?」

「べっ、別にそんなんじゃないよっ・・・!」

「調子でも悪かったのか?」

「う、うん。そんなとこ・・・迷惑かけて悪かった。」

「若菜が謝った〜!めっずらしい!」

「今日はやけにしおらしくねえ?」





迷惑をかけてしまったというのに、なんていい子たちなんだろうか・・・!
うんうん、こういうところも彼らの魅力だよね!





「落ち込んでる暇があるなら、とっとと調子戻しなよね。」

「そうだな、その方が俺らとしても助かるし。」

「若菜がおとなしいって調子狂うよな。」

「だな〜!無理するなよ若菜!」

「若菜くん、もしつらいなら僕、薬とかもらってくるよ?」





そしてこちらは飛葉中と桜上水の面々・・・!
翼さんの責め口調なのに優しいところとか、もっと聞きたい!ずっと聞いていたい!
皆もうまとめて抱きしめたい・・・!





「翼さん・・・!」

「・・・は?」

「はっ!さ、サンキューな椎名!皆も!俺は大丈夫だからさ!」





なんなんですか、ちょっとこれもう本当にハーレムじゃないの!
惜しむべきは、なぜ私は結人の体なのかということなのよ。
せめて女の子だったら、ここからロマンスが始まるかもしれないのに・・・!

でも結人じゃなかったら、こんな心配もされなかったのか・・・。
いや、マネージャー設定ならなんとか・・・!



そんなことを考えながら歩いていると、目の前には更衣室。
・・・ここはどうするべきですか?入ってしまっていいんでしょうか?
私の知らない未知の世界がありはしないでしょうか?







「ねえ。」







皆が続々と更衣室に入っていく中、立ち止まり思考にふけっていると、後ろから声がする。







「英士。」

「・・・さっきの話。もう一度聞かせて。」







真剣な表情で私を見つめる。
そんなに見つめられると溶けそうです、だなんて言える雰囲気ではなく。





「・・・さっきの話?」

「結人の中にいるのが、別人だって話。」





ドキリと心臓が飛び跳ねた。
だって英士はさっき、鼻で笑って一蹴して、黒いオーラまで出してたのに。

別世界の人間が誰かの中に入ってしまうなんて、ファンタジーな話、信じそうにないのに。








「・・・君は誰?」











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