格好悪くもがいて、他に道なんて探せなくて。





自分の選択した道が正しいのかなんてわからない。













幼恋

−優恋−












お互い、好きな人は別にいるのがわかっている。
それだからか、彼女と一緒に過ごす毎日は思っていた以上に居心地の良いものだった。
元々相性がよかったこともあるし、何より、自分の本音を隠す必要がなかったから。





「若菜に言ったんだ?俺たちのこと。」

「うん。」

「ビックリしてただろ?」

「してたね。」

としてはちょっとした優越感?」

「ううん。あれはただの独占欲だもん。私を河野くんにとられちゃって悔しいだけ。」





若菜が何かしらの反応をするだろうってことはわかってた。
はそれが恋愛感情ではないと言い切り、何でもないという顔をしているけれど、
やっぱりどこか沈んでいるようだった。





「お前、若菜が自分を好きにならないって思うことだけは徹底してるよなー。」

「まあね。それは自分が一番わかってるし、だから期待も持ちたくない。」

「・・・まあ今は俺の彼女だし?」

「あはは、そうそう。」





端から見れば、若菜とはいつ付き合いだしてもおかしくないと思うのに。
どうして若菜はいつまでも彼女を振り回し、その気持ちを踏みにじるのだろう。

他に好きな人でもいる?

幼馴染というよりも、もう家族の目でしか見れない?



気持ちはなかなか自分でコントロールできるものではないから。
理由があるのなら、仕方ないと思うことだってある。
けれど気持ちがないというのなら、はやく彼女を解放してあげるべきだ。
はいつまでも若菜に縛られて、前に進めないでいるのだから。





「・・・。」





無理をしてでも笑おうとするの前に、自分の手を差し出す。
はキョトンとした表情を浮かべて、俺を見上げた。





、手かして。」

「え?」

「たまには恋人らしいことしとこう。」





俺たちはお互いに好きな人がいる、仮の関係。
恋人ごっこをしていると言っても間違いではない。
だけど、俺の前で強がって笑うが、あの人の姿と重なる。

そんな悲しそうな顔をしないでほしい。
俺の前で我慢なんてしなくていいから。



小さな手が俺の手を握り返して。
目があうとお互い考えていることを悟ってしまったらしく、不器用に笑いあった。

















「先生〜!おめでとう!でも寂しい〜!!」

「ありがとう!私も寂しいー!」

「幸せになってね!それで、旦那さんの友達とかいたら、私たちにも紹介してね!」

「なんだよそれ!別れの挨拶になってねえ!」

「いいじゃん!いいよね〜先生。」

「あははっ!最後まで可愛いなあ君ら!」





生徒たちの人気者だった『片瀬先生』がついに結婚退職することになった。
彼女は惜しまれつつ、そして祝われながら、授業の終わりに生徒たちと挨拶をかわした。
教室を歩きながら机をまわり、俺の前に彼女が立つ。





「・・・。」

「おめでとうございます。」

「・・・っ・・・」

「・・・今まで、ありがとう。"先生"」





差し出された手を掴むことは出来なかった。
きっと、その手を離すことができなくなってしまうから。
泣きそうになった彼女を、クラスメイトたちが茶化しだす。
その涙の意味は、生徒たちとの別れだけを指していたものじゃなかっただろう。





「私こそ・・・私こそ、本当に・・・ありがとうっ・・・」





ああ、やっと・・・笑った。
大人ぶった、強がった笑みじゃなく、俺が好きになった温かな笑顔。

俺がと付き合いだしたという話は、彼女の元にも届いているだろうから。
そう、もういいんだ。安心して幸せになって。ずっと笑っていて。



俺がもう少し強ければ、そう伝えられたのにな。















あの人を見送り、その背中をずっと眺めていた。
放課後になっても学校から帰る気になれずに、自分の机に突っ伏していた。





「河野くん。」





いつの間にか眠ってしまっていたようで、俺の名を呼ぶ声で目を覚ます。
手に本を持ったまま、手前の席に座っていたの声だった。





「もう下校時刻になるよ。そろそろ起きないと。」





窓から指す光が、彼女の顔を照らす。
俺の肩に手を置いて、穏やかに笑う。





「・・・俺、寝てた?」

「ぐっすりと。」

「うわ、恥ずかしい。寝言とか言ってなかった?」

「え、」

「・・・うそ、言ってた?!なんて?!」

「・・・まあ、まあまあ。いいじゃないですか。」

「うわー、めっちゃ嫌だー。」





は言いづらそうに言葉をつまらせて、視線を泳がせた。
なんだ?よっぽど恥ずかしい言葉でも言ったのか俺は。
結局は何も教えてくれなくて、仕方がないのでもう諦めることにした。



帰り支度を終えて、鞄を手に持ち教室を後にする。
最後に視界に入ったのは、消されることなく黒板に残っていたあの人の文字。





「笑ってくれたね。」

「・・・え?」

「ううん。」





一瞬、何のことかと思った。
けれど、それが何を指していたのか、すぐにわかった。





「ごめんなんて謝られたって俺は・・・」

「・・・そんな言葉が欲しいわけじゃないよね。」





俺なら、不安にさせない。泣かせたりなんかしないのにって、ずっとそう思っていたんだ。
俺があの人を幸せにしたかった。傍にいたかった。

悔しいのも、つらかったのも本当。
醜い感情が、自分を支配していくことだって知ってた。
想えば想うほどに、それは自分を苦しめた。



それでも、謝罪なんていらなかった。



あんな悲しそうな顔、見たくなかった。





だって、俺が一番好きだったのは。








「私こそ・・・私こそ、本当に・・・ありがとうっ・・・」








の一言が、あの人を思い起こさせた。
けれど、それは俺を苦しめるものではなく。





「・・・っ・・・」





最後に嬉しそうに笑った、あの人の姿。





一緒に笑い、一緒に悩み、過ごす時間は増えていった。
あの人は隠していたけれど、俺は知っていた。彼女が何度も泣いていたこと。
俺が支えてあげたかった。もっと、ずっと一緒にいたかったんだ。



こみあげてきた感情に、視界がぼやけた。





彼女に実質の別れを告げられ、何度も謝られたあの日から、初めてのことだった。





きっと、この日はじめて俺は実感したんだと思う。





もう、あの人は戻らないこと。





この想いを終える日がきたこと。


















それからも何気ない日々は過ぎていく。
あの人はもういないけれど、俺たちは相変わらず仮の恋人関係を続けていた。
仮の関係をやめるきっかけもなければ、お互いの居心地が良かったから。

一緒に買い物に出かけて、を家まで送ると、偶然家の近い若菜に会った。
若菜は平静を装おうとしていたけれど、俺との姿を見て動揺しているのはすぐにわかった。





「ま、まあウチのをよろしく頼むからな。」

「ウチのって何お前、そんな父親みたいな。あ、逆でが保護者なんだっけ?」

「別に保護者じゃねえよ!」





俺がのことを話すたびに、動揺が大きくなっていくのがわかる。
そんな若菜を見て思うのは、本当に奴のこの行動が寂しさや独占欲から来ているだけなのかということ。

もしかしたら、若菜も自分の気持ちに気づいていないだけなんじゃないのだろうか。





「お前、本当にのこと何も思ってなかったの?」





だってそれなら。
は若菜を諦める必要なんてないじゃないか。
そりゃ女好きって言われてる若菜だけど、悪い奴ではないし、
何より、がこんなにも好きになった奴だ。
もしかしたら本当は、だって想われているかもしれないだろう?

俺の想いはきっともう、叶うことはないけれど。
が苦しむ必要がないというのなら、それが一番いい。





が若菜は自分を恋愛対象として見ない、ってそう言うんだけど。」

「・・・は幼馴染だろ?」

「幼馴染を好きなっちゃいけない決まりなんてあんの?」

「うるせえな!好きになんてならねえよ!」





しかしそれは結局、今まで以上に彼女を苦しめる結果となってしまった。

家のドアから出てきたは、何事もなかったかのように俺たちの方へと駆け寄った。
だけど、きっと若菜の言葉をはっきりと耳にしている。

逃げるように、俺を送ると言い若菜と別れた。
必死で押し隠していた彼女の表情はもう、崩れかけていた。





こみ上げてきたものは、彼女の感情?それとも・・・





頭で何か考えたわけじゃなかった。
けれど、気づけば俺は彼女を抱きしめていた。





「・・・好きな人いるくせに。」

「それでも、こうしたいって思う。」





と一緒にいればいるほど、彼女を知れば知るほど、強く願うようになった。
それはもしかしたら、あの人への感情と重ねていただけかもしれないけれど。



もう悲しまないでほしい。



強がりで、けれど優しくて儚く脆い。
そんな彼女がもう苦しむことなく、幸せになってほしいと。







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