自分の気持ちに決着をつけてから、俺の視線に映ることの多くなった二人。



一人は言うまでもなく、俺の彼女である



そしてもう一人は、彼女の想い人である若菜。



は絶対にない、と言い張るけれど、俺にはとてもそうとは思えなかった。
若菜は明らかに俺たちを意識しているし、最近ではさらに様子が変わった。
気になるのに、あえて視界からはずしているというようにも見える。

何か心境の変化があったのだろうか。
が苦しんだ原因のアイツを手放しで歓迎したりはしないけれど、
彼女が喜ぶのなら、それもいいと思った。

若菜の気持ちなんて、俺にはわからないけれど、
何かきっかけを作ることくらいは出来るんじゃないだろうか。





「あ、河野〜!お前、あの賭けのったんだっけ?」

「え?」





そんなときだった。
以前、くだらないゲームに誘ってきた奴らが俺の前に現れた。
俺にからむ、というよりは、退屈しのぎに話しかけてきたみたいだった。
適当に流してその場から離れようとしたけれど、ひとつ思いついて立ち止まる。





「・・・別に乗ったわけじゃないけど、面白そうだなとは思ってたよ。」

「え?冗談で言ったのに、お前さんに本気じゃないの?マジで?」

「さあね?」

「うーわー、悪い男!」




これは一種の賭けになるけれど。
きっかけのひとつくらい、自分の手でつくってやればいい。












幼恋

−優恋−














奴らがゲームに誘うのは、奴ら自身が退屈しているからだ。
そのルールに違反するようなことをして、ゲームを壊すようなことは言わないにしろ、
噂のひとつやふたつは確実に広がる。そう見越して、俺はたびたび奴らと会って話していた。
そして思ったとおりに、うまい具合に俺にたいしての噂が広がりだした。
や若菜にまで、それが伝わっていたのかはわからなかったけれど。

は性格上、俺に直接問い詰めるだろう。
若菜も同じだ。アイツがを大切にしているのは確かだから、
奴だって俺のところへやってくるだろう。そこであいつの本心を探ってやろうと思った。

もしこれ以上彼女を困らせる気なら・・・



・・・そしたら?



そうだったら、俺はどうするのだろう。



とは仮の関係なのに。














先に気づいたのは若菜だった。
奴らと会うところを若菜に見せると、案の定、アイツはそのまま俺へ向かってきた。
若菜を挑発にのせるために、ひどいこともたくさん言った。





を一番傷つけてたのはお前だろ?」

「!」

「なのに、何でお前がそんなこと言える?」





と一緒にいて、彼女との時間に安らぎを見つけて。
だから俺はどうしたって、側の人間になっていた。
もしかしたら若菜にも何か理由があったかもしれないけれど、
そんなことまで考えていられなくて。





「気持ちにも応えないで、ずっとをしばってきたのはお前だろう?
自分のしてきたことを棚に上げて、俺を責める権利があるのかよ。」





若菜を様子を見ていれば、彼が後悔していることだってわかっていた。
けれど俺はその傷をえぐるように責めたて、追い詰める。





「ねえよ、そんなもん。」

「だったら・・・」

「なくたって俺はが大切なんだよ!」





若菜が隠していただろう、本音の言葉。
いつも明るくて、周りの奴らとふざけながら笑って。
こんなに感情的に怒ることなんて、ほとんど見たことがなかった。





「アイツを傷つけてたことも、苦しめてたことだって知ってる!今更なことだってわかってる!
それでも・・・だからこそには幸せでいてほしかった!もう傷ついてほしくなかったんだよ!!」





若菜がこんなにも感情をむき出しにするのは、彼女のため。



きっと、その気持ちはずっと前から自分の中にあったんだろう。





「お前は逃げてるだけだ。」

「・・・な・・・」

「最初っからそうだ。と気まずくなりたくないから。とは今の距離が一番楽だから。
理由ばかりつけて、楽なほうへ逃げていく。」

「!」

「気持ちに気づいたら今度はの迷惑になるから。が困るから。
自分にはそんな権利がないから。どんな立場だってお前はそうやって逃げ道をつくるんだ。」





それなら。
もう逃げるなよ。お前は、お前たちは、手を伸ばせばまだお互いを掴める。





なあ、





お前もきっと、掴める幸せを見失ってる。





遠くなんてない。叶わないなんて諦める必要だってない。





お前が望めば、それはもう目の前にあるから。


















若菜の気持ちがわかった今、俺がするべきことは決まっていた。





「全部嘘なんだ。俺の話。」

「嘘・・・?」





に本当のことを言ってもよかった。
だけど、俺からの言葉じゃきっと信じられないだろう。
に気持ちを信じさせるようにするのは、若菜の役目だ。





「ゲーム?」

「うん。本当に悪かった!」

「片瀬先生のこと、好きじゃなかったんだ?」

「結構切なくなるシチュエーションだろ?」

「・・・そうだね。」

「まあお互い楽しんだじゃん?これで終わりってことにしようぜ。」





それに本当のことを言えば、は自分だけが幸せになるのだと俺に引け目を感じるだろうから。
は怒るだろうけど、これくらいした方がいい。
もともとお互いのメリットから始まった関係だった。
彼女が好きなのは、若菜だから。少し腹はたつけれど、あとは若菜に任せようと思う。





そう思っていたのに。





「気づいてた?河野くんの気持ちを聞いてから、私もよく貴方を見るようになってたんだよ。」





そうだ、忘れていた。
俺は初めから、彼女を騙せると思っていなかったから本音を話した。





「・・・何がきっかけだったとしても、私は河野くんの存在に救われたよ。」





あの日、何も言わなくても黙って傍にいてくれた。





「河野くんといる時間、私は好きだった。」





言葉にせず、何も聞かずに。一緒にいてくれた。








「ありがとう。」








傷ついていた彼女を利用して、自分の傷を埋めようとしていたのに。



君が告げたその言葉が、また俺を救ってくれる。





「・・・俺も、好きだった。」





きっと、嘘をつく必要なんてなかった。







「ありがとう、。」



















本当は、思っていたことがある。
と一緒に過ごす居心地のよさも、安心感も、心が温かくなっていく感覚も。
それはきっと、同じ想いをしたっていう仲間意識だけじゃないって。

きっかけは自分のためだけだった。
あの人を忘れるために、俺はの気持ちを利用しようとしていた。
きっと、だってわかっていたはずなのに。それでも君は俺を救ってくれていた。
多くを語ったわけじゃない。すべての本音をさらけ出したわけでもない。
だけど、君が隣にいてくれたことが、どんなに心強かったか。



もしも若菜の気持ちがなかったのなら。



傷つけるだけの存在にしかならなかったのなら。





俺は―――。




















「おはよ。二人とも。」

「おはよう、河野く・・・」

「何もなかった顔してんなよ河野!俺がいるからにはには近寄らせな・・・いてっ!」





そしてまた、いつもの日常がはじまる。
俺たちの仮の関係は終わり、彼女は新しい関係が始まるだろう。
今は困惑しているようだけど、以前までの悲しそうな表情は感じられない。









笑いながら二人を見る俺に、が静かに近寄り、小声でささやいた。





「河野くん。」

「なに?。」

「・・・私さ、彼女はやめたけど・・・」

「・・・?」

「友達をやめる気はないからね。」

「!」





ああ、やっぱり叶わない。

最初に優位にいたのは、きっと俺だったのに。
彼女の存在はいつの間にこんなに大きくなっていたのだろう。





「何かあったらいつでも言ってね。」

「・・・ああ。もな!」





俺から引き剥がされるように、若菜に連れられていくに小さく手を振って。





自然と浮かんだ笑顔。





胸に温かいものが広がる。





モノクロだった世界が、少しずつ色づいていく。









TOP