「・・・ごめん・・・ごめんなさい・・・」
目の前で泣き崩れ、謝り続ける彼女。
大人のくせに顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙を流して。
床に座り込み、俺への謝罪の言葉は止まることはない。
「・・・たくさん助けてもらったのに・・・私はっ・・・」
欲しいのはそんな言葉じゃない。
「・・・私なんか、貴方にふさわしくない。」
望んでいたのは、こんな結末じゃない。
「きっと、私なんかより・・・ずっと、ずっと素敵な人を見つけられる。」
知っているんだ。
知っていたんだ。貴方のことを。
「さよなら、智明くん。」
なあ、今更大人ぶらないで。
幼恋
−優恋−
「ねえねえ、聞いた?!片瀬先生、結婚するんだって!」
「うそー!いいなあ!相手は?」
「なんだっけ、どこかの社長だか・・・それともデザイナーだっけ?
ともかくかっこいいらしいよ〜!」
「先生綺麗だもんねー。あ、写真とかないのかな!見せてもらいにいこうよ!」
「それいい!行こー!」
クラスの女子が楽しそうに話すのを、ぼんやりと眺めていた。
どこから流れたのか、今日は学校の人気教師結婚の話題で持ちきりだ。
若くて綺麗で、生徒の相談にもよくのっていて。多くの生徒からの人気を集めていた。
この学校に入学したときから、俺も彼女を慕う一人だった。
それは若いからとか、綺麗だから、という理由ではなかったと思う。
俺は彼女の周りに流れる空気が好きだった。
真面目に勉強を聞くふりをして、何度も何度も彼女に会いにいったことも事実だ。
尊敬から憧れへ、憧れから恋情へ、この気持ちが変わっていったのはいつからだっただろう。
何度質問を繰り返しても、嫌な顔せずいつも親身になってくれていたから?
失敗をしても、成功をしても、いつも笑顔で迎えてくれることを知ってから?
それとも、ほんの偶然から彼女の恋愛相手を知り、その苦しみを知ってしまってから?
今考えれば、そのすべてが当てはまったのだと思う。
彼女を知れば知るほどに、この気持ちが大きくなっていたこと、俺は知っていた。
「じゃあさ、片瀬先生ってやっぱり彼氏いたってことだよね?」
「ねー。いつもはぐらかして教えてくれなかったからさー。」
そう。相手はいた。ずっと前から。
ただ、相手があまりにも多忙すぎて、男の影というものが見えていなかっただけ。
偶然にもその存在を知ってしまい、けれどそれからも俺は彼女の元へ通い続けた。
いつも強がっていた彼女だって弱い部分があって当然で。
ずっとはぐらかされていたけれど、次第に俺に本音を話してくれるようになった。
好きな人に、自分とは別の好きな相手がいる。
それは想像以上に苦しいもので、けれど彼女が今頼っているのが自分だけなのだと思うと、同時に嬉しくもなった。
矛盾している。けれど、俺はそれでもいいと思った。彼女の支えになりたいと思っていた。
けれど、
「・・・ごめん・・・ごめんなさい・・・」
結局、それが叶うことはなかった。
彼女の口から告げられた別れの言葉が、自分の中に残り消えてくれない。
彼女と出会うたびに、思い出すのは謝罪の言葉と悲しそうな表情。
そんな顔、見たくないんだ。
そんな言葉、思い出したくない。
自分の世界がどんどん色を失っていき、和らぐことのない苦しさが俺を追い詰めていく。
そうして今度は、彼女が自責の念に苦しむ。
もう、いい。
そんな顔しないで。
そんな顔をさせるために、話を聞いていたわけじゃない。
傍にいたわけじゃないんだ。
頼むから、俺のことなんかで苦しまないでほしい。
あれだけ泣いたんだから、今度こそ幸せになればいい。
笑っていてよ。
貴方が笑ってくれないと、俺だって笑うことなんかできない。
彼女を安心させたいと思った。笑って、大丈夫なんだって、そう言いたかった。
だけど、情けないことに、俺はちゃんと笑える自信がなかった。
あの人を本気で騙せるほどに、この想いを隠し通せる自信がなかった。
悩んで、悩んで、もうどうしたらいいのかわからなくなっていた。
俺のひとり相撲だったとしても、教師の恋愛について知っていただなんて、
むやみやたらに誰かに相談できるわけもない。
「・・・って、ことなんだけど、話に乗らない?」
たちの悪いゲームの話をされたのはその頃だ。
告白はされるのに、誰ともつきあおうとしない女子をターゲットとした告白ゲーム。
指定された期間につきあい、それが嘘じゃないと証明できるくらいまで続けられれば勝ち。
その存在は知っていたけれど、なんてくだらないと思っていた。
さらに、指定されたターゲットは同じクラス委員のだ。もちろん、引き受けることなんてなかった。
「なんだよつまんねー。そしたら別の奴で遊ぼうっと。」
そんなことやめろ、という正義感なんて生憎俺は持ち合わせていなかった。
今は他人を気にしている余裕だってなかった。
その後教室に戻り、をしっかりと見たのは、単純な好奇心からだ。
確かに彼女は人気があるようなのに、誰からの告白も断っている。
幼馴染の若菜と噂になったこともあるが、お互いにその気はないようで、保護者と子供だなんて言われているし。
「・・・。」
そう、単純な疑問とちょっとした興味。
けれど俺は、それから彼女を目で追うようになる。
から、何かを感じたからだ。
それが何かなんてわからなかった。けれど、なぜか目が離せない。
恋だなんて甘い感情でなく、むしろ、胸が苦しくなるような・・・そんな想いで。
そして、いつしか、その感情の意味に気づく。
彼女の視線の先には、いつも同じ人物。浮かべている表情は、まるで。
まるで、自分の姿を見ているようで。
なんで若菜に告白しないんだろう、とそう思った。
だけど、そうできない理由があるんだろう。
そして浮かぶ、ひとつの可能性。
は若菜が好きで、けれど若菜は気持ちに応えてくれない。
それでも幼馴染という関係上、傍にいる限りその気持ちを忘れられることはなくて、は苦しんでる。
だからあんな表情を浮かべる。そっと、誰にも気づかれないように。
も俺と同じなんじゃないのだろうか。
大好きな人がいて、けれど、その想いは叶わない。
これ以上想っていても苦しいだけなのに、忘れることができない。
根拠となる具体的なことは何もない。
なのに、俺は確信めいた何かを感じていて。
もし、彼女が俺と同じ想いでいるのならば。
そう思った後の行動ははやかった。
俺も、忘れたいんだ。
これ以上、あの温かな思い出が苦しさに変わる前に。
あの人を安心させてあげられるように。
「、俺とつきあわない?」
に嘘は通じないと思った。同じクラス委員で仲だって悪くない。
彼女が信用できる人間だともわかっていた。
だから俺は、誰にも伝えなかった本音を告げる。
「形だけでもいい。前に進みたいんだ。」
その言葉は、嘘なんかじゃなかった。
俺のことを好きじゃなくても、そしてが俺を好きじゃなくても、
俺たちはこのままじゃ立ち止まったままだから。
同じ想いを知る彼女となら、前に進める気がしていた。
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