すれ違って悩んでは、傷ついて後悔して。





ちいさな幸せをかみ締めて笑い、ささいな一言に涙する。





大人になったつもりで、何でもわかった気になって。





それに気づかず、何度も何度も繰り返した。





ようやくたどり着いた場所。





伸ばした手の先には―――。















幼恋














「おはよ。二人とも。」

「おはよう、河野く・・・」

「何もなかった顔してんなよ河野!俺がいるからにはに近寄らせな・・・いてっ!」

「おはよう、河野くん。」

「朝からやかましいな、若菜は。」

「本当に。」

「え?!なんなのお前ら!なんでそんな普通なの?!」





数日前までの緊迫感が嘘のように、俺を見ると二人は顔を見合わせて吹き出した。
え?ちょっと待て?何、俺一人で夢でも見てたのか?!
なんでこいつら笑いあってるの?は河野に騙されたんじゃないのか?!





!」

「なに?」

「ちょっとこっち来なさい!お兄さん、話があるから!」

「あれ、いつの間に保護者の関係変わったの?」

「お前は黙ってろ河野!俺はお前を許しちゃいねえからな!」

「結人、口が悪い。」

「いてっ・・・ってだから何で?!」

「ははっ、やっぱり変わってないなー。」





やっぱりなんか、俺に冷たくなってねえ?
いや、それはまあこの際よしとして、問題はそこじゃない。
俺はを半ば無理やり教室の外へと連れ出した。





「なあなあ、俺、結局お前と河野の関係聞いてねえんだけど・・・。」

「・・・別に、それは・・・」

「別にじゃねえよ!気になるじゃんか!お前、騙されてたんだろ?!」

「あーもう!声が大きい!」





今日叩かれたの何回目だろう・・・。
やっぱり保護者と子供だと、バカにして笑う河野が浮かんで悔しくなった。
だって気になるんだから、声が大きくなるのだって仕方ないだろう。





「騙されてないよ。」

「・・・え?」

「私が騙されてないって思ってるんだから、それでいいの。」

「・・・。」

「わかった?そしたら教室に・・・」

「お前それ、ホストに騙されたときの女の言い分ーーー!!戻ってこーい!!」

「本気で殴っていい?結人?」





笑って冗談を言っている・・・ようには見えず、俺は思わず口をつぐんだ。
こうなったには何も言わないに限る。普段優しい分、怒るとめちゃくちゃ怖いことを俺は知ってる。





「結人?何ぼーっとしてるの。はやく入らないと先生来ちゃうよ。」





そして、そんなときでも、結局は優しいんだってこともわかってる。





「おうっ。」

「いつも返事だけはいいよね。」

「だけはって何だ!俺はいつも素直でいい子なのに!」

「はいはい、そうですねー。」





何気ない日常が、繰り返されるやり取りが、どうしようもなく愛しい。
呆れたように、けれど優しく。彼女が笑っていてくれることが、こんなにも嬉しくて。
彼女が傍にいてくれれば、俺も自然に笑っていられるんだ。





















っ、!」

「・・・。」

「ちょっと何だよ、その迷惑そうな顔!」

「結人が懐きすぎて怖い・・・。」

「だって、好きなんだから当たり前だろ?傍にいたいのは当然じゃん。」





驚いた表情を浮かべて、咄嗟に俺から目を背ける。
そんな仕草すら、可愛く見えるのも当たり前のことで。
彼女との恋愛を避けていた自分は本当にバカだったと思う。
なんだよ、誰だ苦しいだなんて言った奴。恋愛って楽しいじゃんか!





「・・・あのね、結人。言っておくけど・・・」

「お?なになに?」

「私、結人と付き合うつもりはない。」

「・・・・・・・・・・・え?」

「結人と付き合うつもりはない。」

「ええ?!何だよ!何で言い直すの?!」

「結人が聞き返したからでしょ!」





楽しい気分が一瞬で吹き飛んだ。
確かに俺はを傷つけたし、信用だってないかもしれないけど・・・。
でも、そんなはっきりと言うことねえじゃんか・・・!





「やっぱり・・・河野?」

「・・・本当、結人なんかよりずーっといい人だよね。」

「な、なんだよ!そこまではっきり言うことねえじゃん!」

「・・・でも、彼は違うの。残念なことにね。」

「・・・それって、利害の一致がどうこう言ってた話?」

「内緒。」





河野との関係が気にならないわけじゃない。
二人の間でだけ話が完結して、俺が何も知らないっていうのはやっぱり嫌だったけれど、
何度聞いてもはそれを話そうとしないから。俺も深くは聞かなかった。





「・・・じゃあ、俺のこと信用できないから?」

「・・・それもある。」

「俺がのこと、傷つけたから?」

「・・・。」

「・・・俺、どうしたらいい?」

「・・・わからないよ。私だって混乱して・・・不安なことだらけだもん。」





そうだ。俺はそれくらい、長い間彼女を傷つけていた。
それをいきなり覆すことなんて、できるわけがない。





だけど、





「じゃあは今までどおりでいてよ。」

「・・・え?」

「俺のこと、幼馴染だって思ってていい。
俺がお前を好きだって言っても、冗談だって流したっていい。」

「・・・結人・・・」

「でも、これだけは覚えといて。」

「・・・?」

「冗談なんかじゃないから。」





たとえ彼女の気持ちが、俺になかったとしても









「俺はもう、お前に嘘はつかない。」









振り向いてくれるまで、今度は俺は彼女を追い続けるって決めた。













「・・・そ、そんなこと言われても・・・」

「だから、は普通でいいってば。」

「そんな風に言われて普通でいられるわけないでしょ?!」

「案外不器用だよな、。」

「不器用とか関係ないよもう!」





ああ、どうしよう。は怒っているのに、どうにも顔は緩んでしまう。
ころころ変わる彼女の表情に、にやついてしまう自分は端から見れば可笑しな奴だろうか。





「・・・本当に私、結人のこと気にしないようにするからね。」

「おう。」

「ほ、他に好きな人が出来るかもしれないんだからね。」

「そしたら俺は泣くね。一晩泣き明かした後に、お前を奪いに行くわ。」

「・・・な、何それ・・・」

「そうだ。ひとつ聞かせてよ。」

「・・・何?」





あんなに傷つけて、振り回して。が不安に思うのだって当然だ。
だから、彼女が許してくれるまで、信用してくれるまで、今度は俺が彼女を追いかけるんだ。





「俺と付き合えない理由はわかった。納得はしないし、諦める気もないけどな。」

「・・・。」

「それじゃあ、俺自身のことは?」

「・・・え?」





だけど、俺は自分が強くないことを思い知った。気が短い性格だってことも知ってる。
を諦めるつもりなどないけれど、ひとつ、確かなものがほしい。








「俺のことは?好き?」








たとえそれが、以前と同じものじゃなくても。








「・・・っ・・・!!」








君が俺を大切に思ってくれるのなら。









「・・・そっか!へへっ!」
























俺が笑うと、は真っ赤になった顔を背けて不満そうに口をとがらせた。
いつも一緒に歩いた帰り道。少しずつ日が暮れて、景色はオレンジ色に染まっていく。
隣には、ずっと一緒にいた幼馴染。大切で大切で、大好きな人。





「なあ、手つなごうぜ!手!」

「さっきの話の流れでどうしてそういうことになるの?!」

「昔はよくつないで帰ったじゃん!」

「子供の頃の話でしょ・・・って、わっ。」





あまりにも当たり前にそこにいて、穏やかで安心できる温かな場所。
俺は幼すぎてその大切さに気づけなかった。ずっと持っていた感情の意味にも気づかずに、
勝手に恋愛をすべてわかった気になって、浅はかな考えで彼女を傷つけた。
そうしてもう戻らないと思っていた彼女が、今、俺の隣にいる。








「ちょっと結人・・・!」

「やべえ、俺今しあわせ!めっちゃしあわせ!」

「・・・もう・・・バカじゃないの?」








ずっと一緒にいて、なのに、離してしまった温かな手。





また繋ぎなおせるように。





握り返してもらえるように。





少しずつ、少しずつ、近づいていく。








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