俺はまだ何もわかっていなくて。
知らないことも、知るべきこともたくさんあるんだろう。
それでも、俺が伝えたいこと。
きっと、何度でも。
幼恋
終わりにしようとそう言った河野。俺は昨日聞いた、ゲームの話だと思った。
理由も告げずにいきなりそんな話を始めるなんて、
やはりアイツはのことを考えてなんかいないんじゃないかと。
けれど、
「・・・ずいぶんとあっさり言うんだね。」
は動じていない。
慌てて、大騒ぎをしていた俺とは対照的に。
「俺はあの人を、は若菜を忘れるため。
利害が一致したから始まった関係だしね。」
・・・何を、言ってる?
「若菜がを好きになったって言うなら、続ける必要はないだろ?」
俺を忘れるため・・・?利害の一致?
だって二人は付き合ってたんだろう?
だってしあわせだって、そう言って・・・
「・・・河野くんは、先生のこと忘れられたの?」
「うん。だから俺のことは気にしないでいい。」
「・・・そう。」
「はまだ、若菜のこと引きずってただろう?よかったじゃん、若菜の気持ちがわかって。」
「・・・。」
「?」
「・・・私は、結人の気持ちがわからないよ。信じられない。」
二人の会話の真意はいまだ掴めない。
どんな意味を指しているのか、今がどんな状況なのか。
けれどそれを知るよりも先に、の一言が重く突き刺さった。
「告白されたんだろ?」
「私は・・・結人の恋愛対象にはならないって思ってた。
結人が私に求めていたのは家族に求めるような安心感。だからずっと・・・私の気持ちを避けられ続けてた。
何があったって、恋人にはなりえないって言われ続けてるみたいだった。」
「でも、それが変わったってことじゃないの?」
「それをどうやって信じたらいいの?
結局結人は私が離れていくことが寂しいだけなのかもしれない。
私と付き合っても・・・結人はまた別の人に惹かれるかもしれない。」
「あー、若菜ってひどい奴だもんなー。」
「忘れよう、忘れようって必死になってるときに、どうしてあんなこと言うの・・・?!」
ズキズキと広がっていく痛み。
わかっていたつもりだった。
けれど、彼女の口から直に聞く言葉は、思っていた以上に自分の胸を締め付ける。
「・・・俺、実は昨日若菜とやりあったんだけどさ。」
「やっぱり・・・!一体何を・・・」
「聞いてて恥ずかしくなる台詞、たくさん聞いた。」
「・・・?」
「のこと、大切なんだって。」
「・・・え・・・?」
「傷つけてきたことも、苦しめてたことも知ってて、今更何も言う権利はなくても。
それでもに幸せでいてほしいし、もう傷ついてほしくないって。」
「っ・・・」
「一番傷つけてきたのは誰だって話だよなー。」
誰にも話すことのなかった、自分の本音。
河野に言い当てられたことは本当のことで、悔しくて頭に血がのぼって、思いをぶちまけた。
その言葉が矛盾しているものだとわかっても、止めることなんてできなかった。
「俺が思う存分責めたててやったから、すげえ反省してると思う。」
「・・・なんで河野くんが・・・」
「俺もに謝りたいことがあったから。少しでも罪ほろぼしになるかなと思って。」
「・・・どういうこと?」
河野は並んで座るの方へとまっすぐ向き直った。
はきょとんとした顔を浮かべて、河野を見つめ返す。
「全部嘘なんだ。俺の話。」
「嘘・・・?」
「俺と片瀬先生は何にもないんだ。」
「・・・え?」
「の気の引くための作り話。そんな話でもなきゃ、は嘘でも俺と付き合おうとなんてしなかっただろ?」
「・・・なんでそんなこと・・・」
「ゲームだったんだ。と付き合えるか、そのまま続けられるか。他のクラスの奴らと賭けてた。」
河野は言葉につまづくこともなく、昨日俺に話した通りのことをに告げる。
の表情は変わることはなく、その感情は読み取れなかった。
「ゲーム?」
「うん。本当に悪かった!」
「片瀬先生のこと、好きじゃなかったんだ?」
「結構切なくなるシチュエーションだろ?」
「・・・そうだね。」
「まあお互い楽しんだじゃん?これで終わりってことにしようぜ。」
・・・あれ?なんか方向性がおかしくなってないか?
ここは心から必死で謝るべきところだろ?終わりってことにしようぜーじゃねえだろ!
「いやー、でもさ、も案外簡単に騙されるんだな〜。」
「・・・。」
「俺もこんなにうまく行くとは思ってなくてビックリ。」
「・・・。」
「ももうちょっと男に慣れた方がいいかもな。若菜じゃなくても・・・」
「いい加減にしろてめえ!!」
汐らしくなっているかと思えば、やっぱりコイツ性格悪いんだな・・・!
謝るところで終わらせておけばよかったのに、いらないことまで言ってんじゃねえよちくしょう!
コイツを少しでも信用してみるかと思った俺がバカだった!
「結人?!なんでここに・・・!」
「河野てめえ!何開き直ってんだよ!」
「若菜?!ちょっと待て、お前なんでこんな時間からいるんだよ!張り切りすぎだろ?!」
「うるせえ!そこに直れ、俺が直々に制裁を・・・」
「あーもう!二人とも・・・ていうか、結人!落ち着いてよ!」
河野に殴りかかろうとした俺をが必死で止める。
そんな彼女を見て、俺は振り上げた拳を静かにおろした。
「・・・!だってコイツ・・・!」
「だってじゃない。ちょっと落ち着いてよ。」
「若菜、話聞いてたんだろ?そしたらもうお前と話す必要もなくなったな。」
「あ?!」
「とちゃんと別れたって報告するためだったからさ。
また殴りかかられても怖いからちゃんとしとこうと思って。」
「河野〜!!お、ま、えはー!もう絶対許せねえ!」
「あーもう、結人!ちょっとそこでじっとしてて!」
まるで子供をしつけるかのように怒られてしまった。
なんだよ、俺だってのためを思ってだなあ・・・。
けれど、今の状況でに逆らえるはずもない。俺は一歩下がって彼女の言うとおりにする。
「河野くん、今日は帰るね。」
「ああ、そうだな。その方がよさそう。」
俺はまだまだ河野に言いたいことがあったけれど、なんとかその言葉を飲み込む。
は俺の腕を引いて歩き出し、けれど少しだけ立ち止まって、もう一度河野の方へと振り返った。
「・・・私、簡単にばれるような行動してなかったと思うよ。」
「・・・え?」
「現に誰も私の気持ちには気づかなかった。本人と・・・河野くん以外はね。」
「・・・。」
「気づいてた?河野くんの気持ちを聞いてから、私もよく貴方を見るようになってたんだよ。」
「・・・・・・?」
「河野くんの視線の先には、いつも同じ人がいた。」
・・・河野が驚いたようにを見つめた。
目があうと、は小さく笑みを浮かべる。
「それも、ゲームの一部ってことなんだよね?」
「・・・え・・・あ・・・」
「わかった。」
何かを答えるのを待つこともなく、そのまま頷いた。
「でもね、河野くん。」
「・・・なに?」
「・・・何がきっかけだったとしても、私は河野くんの存在に救われたよ。」
「!」
「河野くんといる時間、私は好きだった。」
「・・・」
「ありがとう。」
はあいつに騙されていたはずなのに、ひどいことだって言われたのに、
どうして礼を言ったのか、俺にはわからなかった。
「・・・俺も、好きだった。」
「・・・そっか。」
「ありがとう、。」
だけど、二人の表情は騙した奴と騙された相手には見えなくて。
何も口をはさむことができなかった。
「バイバイ。」
は複雑な表情を浮かべて。
「また学校で。」
けれどすぐに浮かべた笑みは、いつもの穏やかなものだった。
に腕を引かれたまま、俺たちは自分たちの家へと向かう。
沈黙が流れ続けている間、一体何から話せばいいのだろうと言葉に迷っていた。
「・・・あんなとこで隠れてまで・・・何やってるのよ結人。」
先に言葉を発したのはだった。
「だ、だって・・・河野がお前に謝るって言って・・・
いや、待ち合わせ時間に早くついたのはわざとじゃねえかんな?!」
「・・・はあ。」
「ため息とかつくなよ!悲しくなるだろ!」
「悲しいのはこっちよ。」
「え・・・?!あ、そ、そっか!そうだよな!河野に騙されてたんだもんな!
やっぱり俺、アイツを殴りに・・・」
「それはもういいってば。」
いつもよりの反応が冷たいと思うのは気のせいではないだろう。
そりゃ無理もないけど・・・呆れることはあっても、こんな突き放したような態度には慣れていないから、
どういう反応すればいいのか、少し困ってしまう。
「・・・。」
「何?」
「・・・俺、本気だからな。」
「え?」
「お前のこと本気だからな!河野に言ったことも全部本当!
のことすっげえ大切!ずっとお前のことばっかり考えてる!」
「・・・っ・・・な、なっ・・・」
「俺のこと信じられないのもわかってる。俺はそれだけのことをしてきたってことも・・・!」
だけど、これだけは伝えたいんだ。
これだけは、信じてほしい。
「お前が大好きなんだよ、!」
俺を見て驚いた表情を浮かべた。
静かに俺から視線をはずして、またひとつため息をついた。
「・・・ここ、ご近所さんも通る道なんだけど・・・」
「おう、いいじゃん!俺のこの想いを世界へ向けて叫びたいです!」
「・・・っ・・・何言ってるのよ。」
が小さく吹き出して、呆れたように笑う。
彼女の笑顔は何度も見ているはずなのに、俺はそれが本当に久しぶりに感じられて。
彼女につられるように緩んだ表情。
久しぶりに心から笑えた気がした。
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