頭から離れない声と表情。
あんな顔をさせてしまった自分が情けなく、浅はかなことも知っている。
けれど、
もう立ち止まることも、後戻りもしたくない。
幼恋
その日の夜はなかなか眠ることができなくて、気づけば外からは日が差し始めていた。
今日は学校は休みで、ユースもない。
いつもなら勇んで一日中遊びまわったりもするけれど、もちろん今はそんな気になれない。
ベッドから動く気にすらなれなくて、視界には部屋の天井が広がるだけ。
の声が頭に響く。
「・・・なんなの・・・?今更っ・・・」
今にも泣き出しそうな、小さく儚い声。
「・・・やだ・・・もう、やだっ・・・!!」
俯いたまま守るように自分を抱き、震えていた体。
少しずつ時間が経つたびに、一人でこうして考えていくほどに、
強くなっていく自責の念。
どうして俺はいつもこうなんだろう。
彼女がどんな思いでいるのか、どんな表情をしているのか、
考えるたびに体が強張って、動けなくなる。
ほんの少しの距離の先に、彼女はいるのに。
「・・・ん・・・?」
さすがに昨日から眠れていなかったからか、いつの間にか眠りについていたようだ。
自分の気分とは正反対に、明るくノリの良い音楽。携帯の着信音で目が覚めた。
俺は無意識にその携帯を手にとり、送信元を確認する。
「!!」
寝ぼけていた思考ははっきりと覚醒し、ベッドから飛び起きた。
数秒の着信音が途切れるよりもはやく、携帯を操作しその内容を確認する。
昨日のことで話がしたいと簡潔に書かれたメール。
俺だってあのまま終わらせる気がなかったから、すぐに返事を送る。
そうだ。ぐずぐずしている暇なんてなかった。
まずは自分のことよりも、彼女のこと。昨日は・・・つっぱしってしまった感はあるけれど。
時計を確認し、着替えを始める。
指定された時間にはまだ余裕があるけれど、いてもたってもいられなかった。
奴を責める言葉は浮かべど、まだ話すことは決まっていない。
どうしたら彼女が一番傷つかないですむのか。
そればかりを考えて、けれどうまい考えがすぐに浮かんでくるはずもなかった。
結局気持ちばかりが先走って、ずいぶんと早い時間に待ち合わせ場所に到着する。
ただっ広い公園の奥。広すぎるゆえに休日とはいえ人気はあまりなく、
聞かれたくない話をするには丁度よさそうだ。
さすがに河野もまだ来ていないだろうと思いつつ辺りを見回すと、
視界の端に見知った後姿が見えた。
見間違えかと思いつつ、もう一度ゆっくりと視線をそちらに向ける。
「・・・ええ?!」
間違えようもない。だ。
なんでがこんなところにいる?しかも一人で・・・!
俺みたいに用があるならともかく・・・
俺はに声をかけることもなく、気づかれないように彼女の後をつける。
たどり着いたのは、俺が向かっていたのと同じ場所。
そして、その先には。
「・・・!」
やっぱりは河野に会いにここに来たんだ。
俺と同じで、河野に呼び出されて・・・!それなら奴は一体何を話すつもりだ?
まさか俺と話す前に、に真実を告げるつもりだったのか・・・?!
ちょっと待て、そんなこと・・・
を引きとめようと駆け出しかけた、足が止まる。
その瞬間に携帯が震えたからだ。
それは河野からでもからでもなく、まったく関係のない友達からのものだったけれど、
俺は携帯を手にして、河野のメールの最後にあった言葉を思い出す。
『俺はに謝りたい』
今となっては自分の目に自信などないけれど、それでもと河野はお互いを大切にしていたと思う。
周りに見せ付けるように引っ付いていたわけじゃないし、惚気の言葉だって口にしていたわけじゃない。
だけど、どんな感情でもお互いを思っていなければ、俺はこんなにも寂しくならなかっただろう。
本当にバカだと思うけど、この気持ちに気づく事だってなかったかもしれない。
他人の気持ちに敏感なが、あんなにも穏やかな表情を見せることだってなかっただろう。
河野はゲームだと言った。それは絶対に許せないことだ。
けれどあいつは俺の気持ちも、の気持ちも見透かしていた。
に恨みがあったわけじゃない。信頼しているとだって言った。
俺にゲームのことを知られたときだって、隠すこともなくすべてをさらけだした。
今日だって、わざわざ俺を呼び出す必要なんてなかったはずだ。
に謝りたい、だなんて俺に伝える必要だってなかったはずだ。
本当に、心から、アイツはに謝るつもりなのかもしれない。
少し迷って、俺は二人から見えない位置に移動した。
もしを傷つけるだけの言葉を並べるのなら、その場で殴りかかってでも止めてやる。
「どうした?元気ないじゃん。」
「・・・別にそんなことないよ。」
「告白でもされた?」
「っ・・・え・・・?」
飄々として笑顔を浮かべる河野と、突然のことに慌てた表情を見せる。
ていうか会っていきなりその話題かよ・・・!どういうつもりだ河野は。
「相手、当ててやろうか?」
「ちょ・・・ちょっと・・・」
「若菜。」
「河野くん?!」
その意味を詰め寄るように近づいたに動じることなく、
河野はそのまま言葉を続けた。
「よかったじゃん、めでたく両想い。」
「・・・なに・・・?河野くん、もしかして結人に何かしたの?」
「別に?」
「だってそうじゃなきゃ結人があんなことっ・・・」
顔を俯けて声を震わせたの頬に触れて、河野は静かに笑みを浮かべる。
「もう、終わりにしようか。」
河野が告げたその言葉の意味も、二人の本当の関係も、
このときの俺はまだ、何も知らなかった。
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