決意をして、覚悟を決めて。
まっすぐに向き合うと決めた。
それが自分勝手な理屈なのだと知りながら。
幼恋
「・・・っはあ、はあ・・・」
全速力で走って、汗だくになって、自分の家までたどり着く。
息を切らしながら、家の向かいを見上げた。
もう日も暮れ始めているけれど、彼女の部屋の電気はまだついていない。
部屋にいないのか、1階で家族と一緒にいるのか。
いまだ落ち着かない呼吸を無意識に整えながら、思考を巡らす。
別にいつだって会える。
わざわざこんな、ぼろぼろの姿で会わなくたって。
でも俺は今会いたかった。
一刻も早く気持ちを伝えたくて。
「・・・そうだ、携帯・・・」
ポケットから携帯を取り出して、の名前を見つける。
通話ボタンを押そうと指をかけた瞬間、
「結人?」
俺の名を呼ぶ声。
「そんなところでボーっとして・・・どうしたの?」
何度も、何度も耳にして、あまりにも当たり前にそこにあった温かな、
「・・・って、何?怪我してる?!」
君の声。
「ねえ、ちょっと結人!なにが・・・っ・・・!!」
汚れている制服と息を切らし様子がおかしい俺を見て、がこちらへと駆け寄る。
「、」
そして、俺を覗き込もうと近づいたをそのまま抱きしめた。
強く、強く。
「好き。」
の肩が小さく揺れる。
「・・・ゆう・・・と・・・?」
不安げな声で、俺の名前を呼ぶ。
「なに・・・言ってるの?どうして・・・」
「好きだ。」
きっと、伝えなきゃならないこと、謝らなきゃならないこと、たくさんたくさんあったんだろう。
いきなりこんなことをして、こんなことを言ったって、きっと彼女を困らせるだけ。
でも、今の俺にはこれしかなくて。
への気持ちで、埋め尽くされて。
「・・・本当にどうしたのよ、結人。何があったの・・・?」
「好きだ・・・!」
「・・・っ・・・」
自分がひどいことをしてきたのだと知ってる。
今更彼女に気持ちを伝えることが卑怯なのだとわかってる。
何を言ったって、言い訳にしかならない。
「・・・私、彼氏いるよ。」
「知ってる。」
「結人は・・・ただの幼馴染でしょう?」
「うん。」
それでも、俺は逃げないと決めた。
はいつだってまっすぐだった。まっすぐ、俺を想って、気持ちを伝えようとしてくれた。
なのに俺はそんな彼女の視線を、声を、無視し続けて。
理由をつけて言い訳をして、向き合うことすらしてこなかった。
「私、言ったよね。それは、違うって。」
「・・・。」
「今まで傍にあったものが無くなって、寂しいだけだって。」
俺ばかりが、彼女にあまえて。
居心地のいい場所を求め続けて。
「恋じゃないって。」
失って初めて、この気持ちの大きさに気づいた。
「違う。」
あのとき、見つけることのできなかった答え。
今ならはっきりと言える。
「俺はが好きだ。」
にはきっともう、俺への気持ちはなくて。
あのときあんなに傷つけたのに、なんで今更って責められる覚悟もあった。
「・・・思い込んでるだけだよ。」
「違う。」
「相談役の私が取られちゃったって思って、寂しいの。」
「違う。」
「私はただの幼馴染なんでしょう!」
「違う!」
たとえば河野のことを伝えて、二人が別れたとしたって、
の気持ちが俺へ向くことはないのかもしれない。
「俺は・・・お前を失うのが怖かった。」
「・・・っ・・・」
「当たり前に傍にいて、俺の居場所を作っていてくれた。
気負うことなく一緒にいられて、いつだって安心できる存在だった。」
俺が一番守りたかった、居心地の良い場所さえも失うのかもしれない。
「それが、すごくすごく大切で、だから何も変えたくなかった。
ずっとこのままでいられることが、幸せなんだってそう思ってた。」
それでも、
「だから俺は・・・お前の気持ちよりも、自分の気持ちをとった。
向き合うこともしないで、楽な方に逃げてた。」
今度こそ、逃げずに。
「が離れていって、寂しいって思ったのも本当だよ。だけど、それだけじゃない。」
まっすぐに向き合う。
「傍にいたい。傍にいてほしい。
たくさん傷つけた分、たくさん、たくさん幸せにしたい!」
たとえばそれを叶えるのが俺じゃなくても、の幸せを願うのはかわらない。
だけど、もし彼女が俺を許してくれるのなら。
・・・いや、許してもらうまで俺は。
「・・・っ・・・離してっ・・・!」
が俺を押しのけるように腕を伸ばし、体をひねる。
そんな彼女を見て、俺は抱きしめる力を緩めた。
「・・・なんなの・・・?今更っ・・・」
逃げるように俺から離れたは、顔を俯けたまま震えた声で。
「・・・私はっ・・・ずっと・・・っ・・・」
暗くなった道では、俯いた彼女がどんな顔をしているのかわからなかった。
だけど、きっと苦しんで、悲しそうな顔を浮かべているのだと思った。
そして、その表情をさせているのは自分なのだということも。
「・・・やだ・・・もう、やだっ・・・!!」
「!」
自分の家へと駆け込む彼女をそれ以上追いかけることはできなかった。
を止めようとした手をそのまま力なくおろす。
もう逃げないで、彼女とまっすぐに向き合おうと思った。
言い訳なんてしない。責められる覚悟だってあった。
それでも気持ちを伝えたいと思った。もう自分をごまかすこともやめようと思った。
そう思って初めて、それまでのの気持ちや決意を思い知った。
は俺に気持ちを伝えようとしてくれていたときから、ずっとそう思っていたんだろう。
だけど俺は気持ちを伝えることすら、させなかった。
からの拒絶の言葉が、あまりにも痛かった。
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